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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第2話 強制的プラトニック
10/74

救世主のタブー

「やっぱり……駄目かも……」


 赤い顔をして、中身が半分残ったグラスを持ちながら啓斗(けいと)が言った。


「大丈夫? 啓斗?」隣でミズキが啓斗の背中をさすり、「もう、レイナがあんまり勧めるから」

「ごめん、ごめん。あんまりいい飲みっぷりだったからさ。結城(ゆうき)くん」


 レイナも啓斗の肩に手を置く。


「俺、もう寝ます……」


 啓斗はグラスをカウンターに置いて椅子を立った。啓斗のグラスは四杯目だった。


「送るわ」と、ミズキも腰を浮かしかけたが、


「ううん。大丈夫」啓斗はミズキを制して、「ひとりで行けるよ。ミズキは、まだみんなと楽しんでてよ」

「そういうわけにいかないでしょ」ミズキは椅子を立って、「啓斗を送ってくる」と、啓斗の肩に手を回し、「外は寒いから、中から行こう」


 そう声を掛けて、出入り口に向かいかけた啓斗の体を店内奥のドアに向かわせた。



「ごめんねミズキ。みっともないところ見せちゃって」

「そんなことないよ」


 狭い廊下を歩きながら、啓斗とミズキは会話を交わしていた。廊下に人間二人が余裕を持って並んで歩くだけの幅はないため、肩を貸して歩くミズキと啓斗二人の体は、ぴたりと密着していた。


「廊下、狭いね……」


 啓斗が言うと、ミズキは、


「うん、ごめんね」

「いや、全然悪いことないよ……あ、ごめん、変なこと言って」


 啓斗が笑いながら言うと、ミズキは俯いて頬を染めた。


「ありがとう。ここでいいよ」


〈10〉と番号が打たれたドアの前で二人が足を止めると、啓斗が言った。


「大丈夫? ベッドまでたどり着ける?」

「それくらい心配ないって」ミズキの言葉に啓斗は笑って答え、「俺の部屋。荷物で足の踏み場もないからさ、二人並んで歩けないよ」

「そう……啓斗、眠たい?」


 ミズキは啓斗の顔を見た。そのまぶたは半分閉じかかっている。


「うん……ちょっと……」


 啓斗はまどろんだ声で答えた。ミズキはそれを見て微笑んで、


「啓斗。ありがとう。最高にかっこよかったよ……」


 そう呟いて廊下の前後を見回してから、啓斗の頬にそっと唇を触れた。


「え? ミズキ……?」

「――ささ、もう寝ないとね」


 ミズキはパネルに触れてドアを開け、啓斗を押し込むように部屋に入れさせた。啓斗は部屋に入ると振り返って、


「うん、おやすみ、ミズキ」

「おやすみ」


 ミズキは答え、パネルに触れてドアを閉めた。廊下の壁に背中を付けて、ふう、と息を吐くと、自分の唇にそっと触れ頬を染めて、廊下を引き返した。



 ミズキが戻り、酒の席は続いていた。啓斗が座っていた席にはオペレーターのマリアが座っている。料理長のタエも厨房から出てきてカウンターの中に入り、その場にいる全員がカウンターテーブルを挟んで談笑していた。


「アキがいないのが残念だね。というか、酒の席にアキがいないことが不思議だね」


 マリアが言うと、レイナは、


「整備で大変みたいよ。私やスズカたちも時間をみつけて手伝ってるけど――」


 そこまで言ったとき、外への出入り口ドアが勢いよく開かれ、全員が一斉にドアを向いた。


「あら、アキ」

「噂をすれば」


 レイナとマリアは呟いた。そこには、息せき切ったツナギ姿のアキが立っていた。


「大変なことを言い忘れてた!」


 息を整えると、アキは開口一番そう叫んだ。


「何よ、藪から棒に」レイナはミズキにお代わりのカクテルを差し出しながら、「言い忘れてたって、何? 大事なこと?」

「ああ、大事だ」と、アキは、「私たち、いや、人類存亡に関わる重大事だ」

「何?」


 レイナを始め一同は色めきだった。ミズキはお代わりのグラスを唇に付けながら、真剣な表情のアキの顔を見た。アキは一同に向かって指をさし、


「お前ら全員、セックス禁止!」

「はあ?」「何?」


 レイナとカスミは頓狂な声を上げ、ミズキは口に含んだカクテルを勢いよくカウンターテーブルに吹き出した。


「何なのよ、アキ!」


 テーブルを布巾で拭きながらレイナが言った。マリアは咳き込むミズキの背中をさすっている。


「どうしてアキに、私たちの性生活を管理されなきゃならないの!」


 指をさし返して声を飛ばしたのはカスミだった。そうだそうだ、と、スズカも拳を上げる。


「違う! そんなの知ったことか! 好き勝手にやれ!」と、アキは、「私が言ってるのは、結城くんのことだ!」

「結城くん?」


 レイナがオウム返しに言った。


「啓斗とセックスするな、ってこと?」


 スズカが言うと、落ち着いたかに見えたミズキは再び咳き込んだ。


「ああ、そうだ」アキはカウンターに歩いて行くと、「レイナ、私にも、いつものくれ」


 そう告げて椅子に座った。出されたカクテルを、それがまるで水であるかのように飲み干したアキは、「仕事の後の一杯、最高」と言って満足そうにグラスを置いた。


「で、アキ。どういうことなのよ」


 二杯目のグラスを出しながらレイナが話の続きを促す。


「ああ」アキは二杯目のグラスには少しだけ口をつけて、「結城くんが、どうしてウインテクターを装着して戦えるか、知っているか?」

「そんなの、みんな知ってるわよ」


 レイナが言うと、一同は皆、うんうん、と頷いた。


「言ってみろ」


 アキに促され、レイナは、


「遺伝子が書き換えられてないからでしょ。2016年の人間である結城くんは、まだ彗星からばらまかれた粒子による遺伝子情報操作を受けていない……」レイナは言葉を止め、「え? じゃあ、もしかして……」


 アキは、もうひと口カクテルを喉に流し込んでから頷いて、


「そう。もし結城くんが、この時代の人間と性行為をしたら、結城くんのほうにも遺伝子操作が及んでしまうかもしれない、ってことさ」

「それ、確かなの?」


 神妙な表情になったレイナに、アキは、


「絶対にそうなる、という確証があるわけじゃない。普通に考えれば、性行為を行っただけで、遺伝子情報が書き換わるなんてこと、起きるはずがない。だが、ブルートが私たち地球人に行った遺伝子書き換えは、ウイルスの一種のようなものが遺伝子に付着して引き起こされたものだと考えられている。彗星から粒子が地球全土にばらまかれてから、もう何百年も経っているが、それは今も私たちの中に存在するんだ。性器のデリケートな粘膜同士の接触により、ここぞとばかりにウイルスのやつが未感染の結城くんの側に入り込まないとも限らない」


 レイナを始め、皆は沈黙した。


「ルカからみんなに話しておいてもらおうと思ってたんだが、ルカはあの生存者の少女に構って、話しそびれていたらしかったからな」

「そ、そういうことなの……」レイナは口に手を当てて、「ま、まあ、みんな大丈夫よね」と、一同を見回した。

「おい! ミズキ!」アキはカウンターに身を乗り出してミズキを見て、「お前、まさか、もうやってないだろうな!」

「や、やるか! バカ!」


 ミズキは顔を真っ赤にして反論した。


「ま、みんながそんな気を起こさなきゃ大丈夫だ」アキはカクテルを煽った。


「明日、結城くんに教えたほうがいいわね」


 カスミの言葉にレイナは、


「それは、もちろん……結城くんは私たちに、のべつまくなしに手を出しまくるような子とは思えないけど」

「当たり前でしょ!」


 ミズキは、今度はレイナに向かって真っ赤な顔で声を上げた。


「クミとミサには、私から、それとなく伝えておくよ」


 タエは、すでに部屋で就寝している、自分の手伝いをしている二人の少女のことを言った。


「ああ、お願いする」と、アキは、「結城くんに部屋に誘われても、ひとりじゃ絶対に行くな、と言っておいてくれ」

「だから、啓斗は、そんなことしません!」


 ミズキはアキに向かって二度目の反論をぶつけた。

 アキが入ってきてからの会話が成されている最中、オペレーターのサヤひとりだけが、真っ赤になって終始俯いていた。


「あと、危ないのは……」


 アキが上目遣いになって言うと、カスミが、


「そりゃ、コーディでしょ」


 と、笑った。アキも、ああ、と呟いて、


「コーディは? もう寝た?」

「コーディなら、とっくに酔いつぶれて、そこに……」


 カスミはボックス席のソファに顎をしゃくったが、そこにコーディの姿はなかった。


「あれ?」カスミは店内を見回し、「さっきまで、そこに……」

「さっき、ていうか」と、レイナも、「いつからいないの?」


 そう言って皆を見回したが、全員首を横に振るだけだった。


「部屋に帰って寝ちゃったのかしら……」


 レイナが言ったが、


「も、もしかして……」


 そう呟いたカスミの頬に、ひと筋の汗が流れた。

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