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ヴィーナスドライヴ  作者: 庵字
第1話 500年を越えて
1/74

少年は二度死ぬ

結城啓斗(ゆうきけいと)くん」

「はい」

「落ち着いて聞いて。……あなたはね、死んだの」

「……えっ」


 結城啓斗は、目の前に座る女性が発した言葉に呆然とした表情で短く答えた。

 女性は、啓斗からの何かしらのリアクションに備えるように表情を硬くしていたが、啓斗は無言のまま女性の顔を見つめるだけだった。


 いや、実際には訊きたいことは山ほどあった。

 登山中に突然火山の噴火に見舞われ、いつの間にか意識を失い、気が付けば見知らぬベッドで目を覚ましたこと。一緒に登山をしていた友人たちは無事だったのだろうか。家族に連絡はつけてくれたのだろうか。


 そして今、啓斗の裸の上半身には包帯が幾重にも巻かれている。自分はそれほどの重傷を負ったのだろうか。それにしては、まったく体のどこにも痛みは感じないが。

 それら全ての疑問を、目の前の女性のひと言が封じてしまった。

「あなたはね、死んだの」

 死んだ、ということは、


「じゃ、じゃあ」啓斗はようやく口を開き、「ここは、……天国?」


 目の前の女性が吹き出した。「ごめん」と詫びてから、女性はもとのように表情を引き締めて、


「残念だけど、ここは天国じゃないし、私も天使じゃないわ。……むしろ、地獄よ」

「地獄……って……俺、やっぱり日頃の行いが悪かったから?」


 啓斗のその言葉を聞くと、女性は、ふふ、と一瞬だけ笑みを浮かべて、


「『死んだ』という言い方は間違いね。正確には、『死ぬはずだった』ね」

「死ぬはず……だった?」

「色々と話すことがあるの。とりあえず、ここを出ましょう」


 オウム返しに啓斗が言った言葉に答えないまま、女性は立ち上がった。

 この人は天使ではないし、医者でもないな、と啓斗は思った。女性が来ている服は白衣ではなく、軍服のようなグレーのスーツだったためだ。

 女性は狭い医務室のようなその部屋に(しつら)えられている棚から、ひと揃いの丁寧に畳まれた衣服を取り出し啓斗に渡し、


「着替えて。外で待っているわ。それと」と、視線をベッドの足元に向けて、「それを履いてちょうだい」


 ベッドの下には、金属特有の光沢を放つ、いかめしいデザインのブーツが一足揃えてあった。



 着替えた啓斗は医務室を出た。包帯は巻いたまま。着替えるときに大きく体を動かしたが、やはり痛みは全く感じなかった。

 部屋のドアにノブはなく、女性が出ていったときの動作を真似して啓斗はドアを開けた。それは、ノブがある高さの壁に貼り付けてあるパネルに手を触れる、というものだった。啓斗がそうすると、ドアは自動ドアのように横にスライドして開いた。部屋を出ると、反対側の壁にも対象の位置にパネルがあり、出たときと同じように啓斗がそこに触れると、ドアはもとのようにスライドして閉じた。

 出て来た部屋も決して広くはなかったが、部屋の外の廊下も負けずに狭かった。人がすれ違おうとすれば、互いに体を斜めにしなければならない程の幅しかない。窓はなく、天井に等間隔に照明が灯っている。左右に伸びた廊下の、啓斗は右を進んだ。数メートル先に外へ通じていると思われるドアが開いていたためだ。天井の照明とは比較にならない明るさの、明らかな陽光が廊下に差している。


「段差があるから、気を付けてね」


 外では先ほどの女性が待っており、足を踏み出しかけた啓斗に、そう声を掛けて注意を促した。女性の注意喚起通り、廊下の床面と外に見える地面には数十センチの落差があり、啓斗は二段備え付けられたタラップを踏んでから地面に降り立った。

 啓斗は手で額に庇を作って周囲を見回した。

 そこは陽光降り注ぐ大地。見渡す限りの荒野、といった風景だったが、遠くにビルのような明らかな人工物が立ち並んだ都市のようなものも確認出来る。が、そのビル群はどれもビル特有の直方体ではなく、不自然に折れ曲がったり、欠けているようなシルエットをしている。いくつかのビルは明らかに地面に対して垂直ではなく、傾いでいた。


 啓斗は自分が出て来たドアを扇ぎ見て、


「えっ? 車……トレーラー?」


 そう呟いた。啓斗が出て来たドアは、巨大なトレーラーの側面に開いていた。廊下と地面との落差は、タイヤの分車体が浮き上がっているためだった。啓斗は左右に視線を巡らせて、自分が出て来たトレーラーを見る。トレーラー部をキャブトラックが牽引するタイプのものだ。全長は二十メートル近くある巨大トレーラーだった。その巨体を支えるため、車体下部にはいくつものタイヤが並んでいる。


「こっちよ」


 女性の声に啓斗は振り返った。軍服姿の女性は、長い髪を揺らしながら背中を見せて歩き出していた。その向かう先にも一台の大型車両があった。そちらはキャブとトレーラーに分割されていない、一体型の車両だった。今、啓斗が降りてきたものよりは遙かに小型だが、それでも全長十メートル以上はある。そのどちらも、余計な装飾の類は一切されておらず、実用一辺倒といったデザインをしていた。


 ドアの下にせり出しているタラップを踏んで、女性はもう一台の車両に入っていった。啓斗もそのあとを追ってタラップを踏む。

 車内に入り、もう一枚ドアを抜けると、そこは広い部屋だった。

 部屋に窓はなく、正面と左右の壁にモニターが並び、それに向かって数脚の床に固定された椅子が設置されている。中央には広いテーブルがあり、このテーブルの脚も床に固定されている。


 部屋には三人の人物がいた。

 ひとりはテーブルの前でパイプ椅子に座っている。白衣を羽織っており、明らかにこの人物は医者に見えた。残る二人は正面の壁に向かい、床に固定された椅子に座っていた。二人の前は複雑な計器が並んだコンソールパネルとなっている。その二人は椅子の座面を回転させて振り向いた。ともにヘッドセットをつけている。その二人も幾分か軽装ではあったが軍服のような服を着ていた。三人に共通しているのは、全員が女性だということだった。


「レイナ、もう大丈夫なのね?」


 白衣の女性が、啓斗をここまで導いてきた女性に声を掛けた。「レイナ」と呼ばれた女性は頷くと、部屋の隅からカートに入れられていたパイプ椅子を二脚持ってきて、テーブルの前に広げ、


「座って」


 啓斗に着席するよう促した。

 言われた通り、啓斗が無言のまま椅子に腰を据えると、


「で、どこまで説明したの?」


 白衣の女性が再び声を掛けた。


「まだ、何も」


 啓斗の目の前に座った女性は答えた。


「記憶は?」


 さらなる白衣の女性の質問に、「レイナ」と呼ばれた女性は、


「大丈夫みたいよ。名前を呼ばれたら返事をしてくれたもの」と、ここで啓斗に向かって、「そうでしょ。自分の名前も、過去の記憶も、全部あるでしょ」


 啓斗は、二、三度頷いた。


「一応、本人の口から聞かせてもらいたいわ」白衣の女性はそう言うと、椅子を引っ張って啓斗の横に座り直して、「自分の名前と年齢。ここに来る、いえ、ベッドで目を覚ます直前のことを話してもらえる?」


 そう告げると、少しだけ首を傾げて微笑んだ。先端が軽くカールした栗色の髪がふわりと揺れた。


「は、はい……」啓斗は自分を見つめる白衣の女性の視線から逃れるように、若干頬を染めながら床に目を向けて、「名前は、結城啓斗。十七歳。仲間と行った登山の最中に、突然山が噴火して、そこは火山だったんです。……で、俺ひとりだけ逃げ遅れて……焦ってた俺は、急斜面を駆け下りて、足を滑らせて、転がって、それで……斜面を転がり落ちていって……とても暑かった。斜面を転がった俺は、空中に放り出されたみたいになって、で……下に……」


 そこまで話した啓斗の額から汗が噴き出てきた。


「下に、ですね……真っ赤なものが……とても暑かったんです……」

「ありがとう、もういいわ」


 白衣の女性は啓斗を労うように、その肩をやさしく叩いた。


「どうぞ」


 声を掛けられて啓斗が視線を上げると、ヘッドセットをした女性が水の入ったグラスを両手で差し出していた。正面に座っていたうちのひとりだった。髪をポニーテールに結っている。


「あ、ありがとう」


 礼を言って啓斗がグラスを受け取ると、女性は、にこり、と笑ってもとの席に帰った。女性というよりは少女と形容したほうが相応しい外見をしている。

 啓斗は一気に水を飲み干すと、グラスをテーブルに置いて、


「で、ここはいったいどこなんですか? ……えっと」

「レイナよ」


 目の前の女性が名乗った。


「レイナ……さん」啓斗は、ごくり、と唾を飲み込んで、「お、俺、死んだって、どういうことなんですか? ここはどこですか? あなたたちは、いったい……」

「詳しく説明するわ。落ち着いて聞いてね」


 レイナが、ことさら落ち着き払った口調で言うと、啓斗は開いた脚の膝の上に手を置いて、前のめり気味になって聞く体勢を整えた。レイナの唇が開き、


「西暦2016年7月16日。高校生結城啓斗は登山の途中、突然の火山噴火に遭い……死亡したの」

「え……?」


 啓斗は絶句したが、レイナは構わず続け、


「さっき君自身が話してくれたように、逃げる途中に足を滑らせて、急斜面を転がって、地割れの中に落ちていったの。その下にはね、真っ赤に煮えたぎる溶岩が――」

「――そうだ!」啓斗は立ち上がって、「溶岩。そうだ、あれは溶岩だった! 俺、斜面から転がって、溶岩の中に……」


 啓斗は自分の両手を見つめると、ゆっくりと視線をレイナに戻して、


「……それで、死んだ、と?」


 レイナは頷いて、


「そう、摂氏千度を超える溶岩に飲まれて、跡形もなくね」

「え? え? じゃあ、やっぱりここは、天国……」


 啓斗が呟くと、正面に座った水を持ってきてくれた少女が、ポニーテールを揺らしながら、くすり、と笑った。


「私たちが助けたの」


 レイナが言うと、啓斗はゆっくりと椅子に座り直して、


「そ、そうだったんですか。ありがとうございます」


 膝に手を付いて、ぺこり、と頭を下げた。それを見ると今度は、もうひとりのヘッドセットをつけた女性と、白衣の女性も笑いに加わった。


「レイナ」白衣の女性は笑い声は収めたが、未だ笑みを浮かべたまま、「全然話が進まないわよ」

「わかったわよ……」


 レイナは少し憮然とした表情になると顔を赤くして、


「結城啓斗くん。さっきも言ったように、あなたは西暦2016年に溶岩の中に落ちて死ぬはずだったのだけれど、それを私たちが助けたの」

「助けた? ど、どうやって? 俺、あのとき、回りにヘリも何も見ませんでしたよ!」

「タイムサルベージを使ったの」

「……何て?」

「タイムサルベージを使って、過去から君の体を引き上げたの。この西暦2520年にね」

「に、2520年? 西暦? い、今が?」


 レイナは、こくり、と頷く。


「た、タイムサルベージって……何ですか、タイムマシンみたいなものですか?」


「そうね。でも、時間を自由に行き来出来るわけじゃないの。名前の通り、過去から人間ひとり分くらいの質量を引き上げる(サルベージ)しか出来ないわ」

「じゃ、じゃあ、俺は時を越えて、えっと……五百年くらい先の未来に来てるって、そういうことですか?」

「飲み込みが早くて助かるわ」

「……はは、またまた……」


 啓斗は薄い笑みを顔に貼り付かせたが、レイナをはじめ、四人の女性はもう笑っていなかった。


「啓斗くん、上着を脱いで」

「え?」

「上着を脱いで包帯を取って。ルカ」


 レイナが言うと、白衣の女性が立ち上がって啓斗の上着のボタンを外しにかかった。


「え? ちょ、ちょっと……」

「ルカよ、よろしくね」


「ルカ」と呼ばれ、自分でもそう名乗った白衣の女性は、戸惑う啓斗に構わずボタンを外し終えると上着を脱がせた。そして手際よく体に巻かれた包帯も解いていく。


「あの……え? ――うわっ!」


 包帯が解かれ上半身裸となった啓斗は、自分の体を見て立ち上がった。その拍子に揺れたパイプ椅子が金属音を響かせる。

 包帯の下の啓斗の体には傷ひとつなかった。が、啓斗は顎を引いて自分の体、胸の中心、心臓の位置を凝視し続けている。そこには、楕円形の赤く半透明な宝石のようなものが埋め込まれていた。楕円の長辺は五センチ、短辺は二センチ程度の長さだった。


「な……何だこれ?」


 啓斗は自分の胸元から顔を上げ、四人の女性の顔を順に見回した。


「痛みや違和感はないでしょ」


 白衣の女性、ルカがそう訊くと、啓斗は頷いた。


「こ、これ、何――」

「結城啓斗くん」


 レイナが声を掛けると啓斗は黙った。ルカも元のように啓斗の隣で椅子に座っている。レイナは、ひと呼吸おいてから、


「私たちが君を救って、ここ、君の感覚でいう〈未来〉に連れてきたのはね。この地球を救って欲しいからよ」

「はあ?」


 啓斗は頓狂な声を上げた。


「あなたひとりしかいないの。この地球で〈奴ら〉に対抗出来るのは」

「や、奴ら……? 地球を救う? お、俺、ただの高校生ですよ。そんな俺が、ど、どうやって?」

「それを使うの」


 レイナは、真っ直ぐに啓斗の胸に埋め込まれた赤い宝石のようなものを指さした。


「それは、強化外骨格〈ウインテクター〉を装着するための受信機よ。結城啓斗くん。君はウインテクターを装着して、この地球を侵略した宇宙人〈ブルート〉と戦うの」


 訊きたいこと、言いたいことは山ほどあった。が、啓斗は何も口に出来ないまま、無言でレイナの真剣な表情を見つめ返すしかなかった。

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