#09 必ず紫色なの
「確かめたいこと……?」
話変わりすぎだろ。
「ええ。もし私の予想が当たったら、怪我の功名で仕送り復活もありえるわ」
「金のことしか頭にないのか……」
「金とSWAのことしか頭にないわ」
「素直でよろしい」
しかし、やってくれ、と言われてもだ。
試しに、それもダメ元でやろうとしたら出来てしまったものなので、再現できるのかどうか。
まあ、やる前から無理と決めつけるのもよくない。やってみよう。
条件は同じにしたかったのだが、先ほどスーパーで端数をきっちり出してしまった結果、財布の中に10円玉がない。仕方がないのでそのときのおつりの100円玉でためすことにした。
「それじゃ、いきますよー」
「ああ、ちょっと待って」
今回はベアトリスに当てる用事もない。なので壁に向けて撃とうとしたのだが、止められてしまった。
「私に向かって撃ってみてくれないかしら?」
「……なんか変な趣味にでも目覚めました?」
「そうじゃなくて、正面から観察したいの。仕送り復活のためなら数秒痛いくらい安いもんよ」
クールで落ち着いてるっぽく気取っておきながら、昨晩の段階でポンコツっぷりを露呈しているベアトリス。そのベアトリスが自分の一撃でMに目覚めたとでもあったら、もうこの人を理解するのをやめたくなるところだった。
「はい、じゃあまた額狙いますよ。いいですか」
「いつでもいいわ」
再び、ベアトリスの額に狙いを定める。距離もさっきと同じくらい。
改めて見ると、確かに先ほどの一撃の跡さえも残っている感じはない。文字通り跡形もなく、ってとこか。
そして、100円玉を弾く右手の指先に意識を集中させ——発射。
先ほどと同じように、コインは直線状に飛んでいき、ベアトリスの額を直撃した。成功だ。
「っ痛ぅ〜……でも、やったわ。私の思った通り。ねえ、もう一回やってくれない?動画撮りたいの」
「動画?」
「ええ。撮れれば、あなたにも私の言っていることがどういうことかわかるわ。大丈夫、研究目的以外には使用しないから。はい100円」
100玉を受け取り、今度はベアトリスの額ではなく壁に狙いを定める。
今回ベアトリスは射線上にしゃがんでスマートフォンを構えている。それで録画をしようというのだろう。
少し勝手が違うが、やることは同じ。
ベアトリスの額と比べたら3倍くらい距離のある壁に向けて、100円玉を弾いた。
壁に向かって弾いた100円玉は、一直線に壁に突き刺さった。
どうやらこの能力、発動させるだけなら取り立てて何か特別な技能が必要、ということはないらしい。SWAを使ってしたいことをイメージするのが重要、ということだろうか。
「ありがとうアヤヒロ、ばっちり撮れたわ」
「何を撮ったんです?」
壁にめり込んだ100円玉の方に腕を伸ばし、手のひらを向ける。100円玉が手の中に戻ってきた。案外出来るものだな。
「まずは見てみて」
「どれどれ」
ベアトリスのスマートフォンが今しがた撮った動画を再生し始める。
「目のところをよく見ておいて」
ちょうど狙いを定めているあたりで、ベアトリスにそう言われたので、言われた通りにしてみる。
すると、ちょうどコインを指で弾く瞬間の前後あたり、俺の左目が緑色に光っているのがわかった。
「この目が光るのを撮りたかったんですか?」
「そうよ。……じゃあ今からこの壁をSWAで直すから、私の左目をよく見ておいて」
「わ、わかった」
二人で壁に近づき、ベアトリスが壁の傷に手をかざす。昨日も見た、紫色に光る左目。色が違う、ということを言いたいのだろうか。
そして例によって、壁の傷は跡形もなく消えた。
「この、目が光るのって、SWAが発動してるってことですか?」
「そうよ。それで、普通——人工的じゃなくSWAを使える人の場合、光る色は必ず紫色なの。でも——」
「俺は緑色に光ってたな」
「そうよ。そしてカノンは黄色……というより金色かしら。どうもあなたたち、この目が光るの……SWA研究用語ではInvoking Eye Glowで"IEG"なんて呼んでるんだけど、その色がバラバラみたいなの。どう?大発見じゃない?」
「大発見——なんですか?」
SWA研究がどのくらいの規模で行われているのかがわからないので、コメントのしようがない。
「そりゃあもう!まあ、専業で研究してるのがパパ一人なんていう小規模な分野だけどね。でも、もし協力者が一人だったら少なくとも現段階では出来なかった発見よ。さっそく論文にしなきゃ。入国管理局行くのは後回しね。アヤヒロ、残ってる寿司、ちょっと持って帰るわね」
そう言ってベアトリスは唐突に帰り仕度を始めた。
というか、メインで研究してる人が一人って、あまりにもマイナーすぎやしないか。
——なんてことを考えていた矢先。
ドアが開く音。
これだけなら、出かけていた誰かが帰ってきた、というだけのことだ。しかし、今日は様子が違った。
ドアが開いて閉じた音がした後、ドサッという穏やかじゃない音が聞こえた。
重くて、硬くないなにかを床に置くか落とすかした音。買い物袋とか、土嚢とか、あとは人が倒れる時とか——
——人が、倒れる?
この間2秒あるかないか。俺は慌てて玄関に走って行った。
ここで良いニュースと悪いニュースがある。良いニュースは俺の勘が捨てたものじゃないということ、悪いニュースはその勘が完全に「悪い事態」を予想していたことだ。
「——リコ!」
玄関には、リコが倒れこんでいた。服装からして、スケボーで滑ってきたのだろう。こういうときにいつも着ている青いランニングウェアが、ところどころ破けている。
スケートボードというのは、確かに怪我の危険が常に付きまとう遊びだ。しかし、リコはそれをよく分かっている。その証拠に、いつもランニングウェアの下は胸、背中、肘、膝……とプロテクターを全身フル装備している——真夏だろうと汗びっしょりになりながらそれは遵守しているのだ。
それもあり、本人の才能もあってか、これまでリコはスケボーで捻挫より重い怪我をしたことがない。そのリコが、こんなボロボロに——
「どうした、何があった!?」
「くるま……当て逃げされました……」
「当て逃げ——!?」
「どうしたのアヤヒロ、急に走って……リコ!?」
「ベアトリス……!怪我してるみたいなんだ。車に当てられたらしい」
「ベアトリス……さん……」
「動かないで、じっとしてて!すぐに治してあげる!」
騒ぎ(騒いでいたのは主に俺一人だが)を聞きつけたベアトリスも、玄関のリコのところに駆け寄ってきた。
そして今俺は、初めてベアトリスのことを頼れる存在だと認識するとともに、感謝した。
「まずは痛みを取っちゃうわね。というか、神経信号を遮断するから感覚そのものがなくなっちゃうけど……どこが痛いかわからないから全身やっちゃうわね」
「はい……」
ベアトリスがリコの身体に両手をかざし、左目が紫色に光る。"IEG"と言ってたっけか。
それにしても神経信号を遮断って、SWAってそんなことまでできるのか。
「一応できたけど、大丈夫?痛くない?感覚ないから喋ったりしづらいだろうし、無理はしなくていいわ」
リコは小さくうなずいた。