#05 戦闘とかマジ危ないし
「そんな着眼点でいいんですか?リコのを聞いていると、完全に私利私欲っぽいんですけど……」
有彩グッジョブ。やはり同じことを思う者がいたか。さすがは兄妹。
「あら、それがいいんじゃない」
「どういうことですか?」
「この実験の目的はあくまで、SWAの能力開発が可能かどうかの検証よ。どこまで使えるようになるかとかはその後。だからまずはSWAに興味を持って、使えるようになりたいって思ってくれることが最優先なの。アリサっていったっけ?あなた、何か趣味は?」
「趣味ってほどではないですが……料理とか、あとは紅茶も好きですけど……」
「95°C」
「!?」
「紅茶を淹れるのに最適なお湯の温度である95°Cを、温度計も何もなくても正確に測ることができるわ。あと、リーフの量も0.01g単位で調節したり……もちろん、料理にも充分応用できるわ」
少し心を動かされているようだ。
しかし、そこは兄妹一の堅物である有彩——と言ってもそれは相対的な話で、世間的には物腰柔らかい方ではあるだろうけど——この位でオチるだろうか。
「ま、まあ、考えるくらいはいいでしょう」
引き受けるとは言っていない。
だがしかし、俺も兄だ。伊達に15年以上有彩の兄をやっていない。
有彩は、本心を隠して話そうとするとき、左斜め下あたりに視線を向けて喋る。普段ならむしろ怖いくらいがっつり相手の目を見て話す有彩が、だ。俺が気づかないはずかない。
要するに有彩の心は、もうほとんど「使えるようになりたい」に傾いているとみていいだろう。
「まあ、この異能の力、使えるようになったら好きに使ってくれて構わないわ。もっとも、あなたがた自身のために、犯罪に使うのはお勧めしないけどね」
ベアトリスの日本語が少しずつたどたどしくなってきているような気がした。快諾してくれるとでも思っていたのだろう。いや確かに、アニメなんかを観て、自分もこういう能力を使えたらなぁ、なんて思うことはある。というよりしょっちゅうだ。
だけど、いざ実際に目の当たりにするとそうはいかない。もちろん、これは実際に目の当たりにして初めて分かったことだ。
ん?アニメ……?
実はさっきから、何かが引っかかっている感じがしていた。そして今、その引っかかっているものの正体が分かった。なので、それについて聞いてみよう。
「ベアトリス、質問いいですか」
「ええ、どうぞ」
「その能力って、使ってるとこ見られたらマズいやつですか?」
結論から言うと、これが双方にとっての痛恨の一撃、そのトリガーとなった。
けれどこれは重要なことだ。能力を人に見られたらまずいということなら、見られた時の罰則があるかもしれない。もしそれが元で兄妹もろとも消されでもしようものなら……
だから、これは当然聞くべき質問だったんだ、俺は悪くないぞ。
「そうねえ、別に見られたからといって特にペナルティとかはないわ。今はほとんど存在を知られてないけど、それは今だけ。スピリチュアルみたいな話になってくるけど、未来のある段階で、この能力は人間にとって当たり前のものになると予想されているから。ただ……」
「ただ?」
「見られとき、説明するの面倒じゃない?だから、個人的にはむやみやたらと人前で使うのはおすすめしないわ。でも、その辺も個人の裁量よ」
意外と規則はゆるいみたいだな。しかし、確かに説明は難しそうだ。特に非科学的なことを信じてなかったり、この手のアニメやライトノベルに触れたことのない人には。でも、別に説明してもいいんだ。
「——ちなみにお聞きしたいんですけど」
「どうぞ」
今度は末っ子の紗加だ。
「その能力、使えるようになったら何かしなきゃならないことってありますか?」
「何もないわ」
「——えっ?」
「SWAが使えることによっては、いかなる義務も発生しないわ。あなたがたはあくまで好きに能力を使ってればいいのよ。戦闘とかもできるっちゃできるけど、あくまで自由意志よ」
いかなる義務も負わない。その中で、あくまで自由意志で戦いに身を置く。なんだかかっこいいと思ってしまうあたり、感覚が麻痺してきているのだろう。
「戦闘って、何と戦うんですか?能力者対決?それとも世界の脅威みたいなものです?」
質問者交代。再び花音。
「基本は後者よ。私達が"悪魔"と呼んでいる世界の脅威に、SWAを使って対抗——」
その時、リビングの中にけたたましいビープ音が鳴り響いた。
誰かの携帯電話か?でも、音が大きすぎて、音の出所がわからない。
——が、明らかに約一名、異常にあたふたしている人がいる。
ベアトリスだ。
あたふたしながらバッグの中からスマートフォンを取り出し、廊下に出て行った。
そして、廊下とリビングを繋ぐドアが閉まると、ビープ音は鳴り止んだ。
「……どう?お兄ちゃん、何か聞こえる?」
「聞こえるけどダメだ、日本語と英語でないことは確か。国籍的にフランス語じゃないか思うけど」
いけないとは思いながらも、ドア越しにベアトリスが話している内容を盗み聞きしようと試みた。しかし、ベアトリスが話しているのは俺たちからしたら未知の言語だ。
ここにいる兄妹6人は、日本語と英語以外聴き取ることができない。これは多くの中高生がそうだろう。それに学年が違うのだから、一口に英語といったって程度の差がある。ドア越しなのもあり、俺でも「英語を話しているということは分かる」レベルじゃなかろうか。
数分して、ベアトリスがリビングに戻ってきた。そして丁寧にドアを閉め——
土下座した。
なんだこの状況。
「と、とりあえず顔を上げてください、というか座ってください。何か謝罪をしたいらしいことは分かりました」
「はい……」
元々、割とのんびりとしたトーンで話していたベアトリス。今となっては、消え入りそうな弱々しい声になってしまった。
ふらふらと立ち上がり、ふらふらと席に着くベアトリス。まるで魂でも抜けてしまったかのようだ。
「結論から申し上げますと、皆様には問答無用で実験に協力をしていただくことになってしまいました」
…………ゑ?
この人、丁寧な言葉遣いでとんでもないことを言っている。
これが世に言う、謝罪風脅迫というやつか。
「ど、どういうことなの?……あの、わたし丸腰だから、何もしないから……」
深月もさすがに気の毒に思った様子である。というか、どちらかというとこっちの深月が普通だ。
「最後の、花音さんの質問に対する答え……
——あれ、機密事項でした」
「機密……事項……?」
「違います、花音さんは悪くありません。完全に私のミスです。機密事項だから、と言って回答を拒否すれば済んだ話なんです」
急展開の引き金を引……いたのはベアトリスか。しかし、いわばそのセーフティを外してしまった花音が、もう今にも泣きそうな顔をしている。
「それで、私に実験協力者探しを指示した研究者——というか私の父と協議した結果、機密とはいえSWA能力者であれば全く無関係な話ではなくなるので、それで手打ちにするとのことです。なお、これを拒否した場合——最悪、私もろとも"消される"まであるとのことです」
「消され、る……?」
「えっ……」
「えええええええええええ!?」
やっぱり謝罪風脅迫最後通告添えじゃないか!
「……というわけで」
「いや、どういうわけですか」
再び立ち上がるベアトリスに、俺が突っ込んだ。しかし、構わずベアトリスは続ける。
「SWAの発生源となるエネルギー、私たちが"UnicA"と呼んでいるものをあなたがたのからだに入れさせてもらうわ」
「ユニカ……?」
「UNInCarnated Angel からとった略語よ」
「そういうことを聞いてるんじゃない」
自動改札でタッチしたら電車乗れそうな略称しやがって。
「数時間経つと、身体に取り込まれたユニカがコアを形成して、能力が安定すると思うわ。それができれば、あとはコアが空気中に漂うユニカを勝手に回収して、体内に溜め込んでくれるの。で、これはRPGでいうMPみたいなもので、身体に溜め込める量には個人差があるし、慣れれば増えてくるわ。楽しみね」
ダメだ、この人多分もう話聞く気がない。というより、おそらくもう狂気に陥ってるパターンだと思われる。不定の狂気か、それとも一時的なものだろうか。さすがに少し心配になってくる。
「いいのよ、私利私欲のために能力を使えばいいの。説明する自信があるなら人前だろうとお構いなしよ。確かに本来は世界を救うために用いられてきた力よ。でも別に構わないわ、世界の脅威と戦ったりしなくても。戦闘とかマジ危ないし」
ベアトリスの眼がまた紫色に光った。あれがSWA発動の印、ということだろうか。
ベアトリスの足元に魔法陣が現れる。それは眼のものと同じ紫色の光で描かれ、周囲には紫色に光る霧のようなものが発生しだした。
「それに、これ言ってなかったけど研究協力者には定期的に報酬が支給されるの。6人でも当分ニート生活できる額らしいわ。なにせ今回のミスで私の仕送りになるはずだったお金が全額そっちに上乗せされることになったんだもの。でもいいの、私が死んでも、代わりが6人もいるもの」
お金が貰えるって、それかなり重要なことなんじゃないですか……
それにどうやら結構な額のようだ。ただ、自業自得ではあるとはいえ、仕送り全額カットはかわいそうかも。自業自得だけど。
「便利な能力もお金も手に入る、嫌なら使わなきゃいい、こんな都合のいい話他にないでしょ!ええ、あるわけないわ!だからもういいでしょ!?」
完全に自棄っぱちだこの人ー!
「世界救うとかどうでもいいから、異能の力を受け取ってよ——!!」