#04 それ以外の方法で怪我治したことないわ
「異能の力——そうね、それに近いわ」
「ということは、バトルとかも——」
花音の瞳がとんでもなく輝いている。
異能バトルもののライトノベルとか好きだもんな。
「まあ、できるかできないかで言えば、出来るわ。というか実際してる人いるし」
「それは何かこう——魔法みたいな?」
反面、その双子の姉は全くもって疎い。二卵性とはいえ、こうも違うものか。
「近いものはあるわね。科学で説明がついてないし、いろいろ応用できるわ」
再生してしまった黒歴史ノートを拾い上げて、ベアトリスがテーブルに戻ってくる。
「今のは——そうね、日本語でいうなら"このノート固有の主観的時計を操作した"ってことになるのかしら。まあこれじゃ英語を直訳しただけだけど」
「固有の、主観的、時計……?」
「そうよ。もっともこれは英語での呼び方——Peculiar Subjective Clockの直訳。ありとあらゆるモノに備わっている、体内時計みたいなものよ。今、私はこのビリビリに破いたノートの体内時計を逆回転させたの。だから、元に戻った。……どうも分かりにくいわね」
体内時計を逆回転させる?
固有で主観的な時計……いきなり話が難しくなった。
「例を挙げて説明しましょう。もし10分前、アヤヒロがカレーのお皿を片付けようとして、落として割ってしまったとするわ」
「お、おう」
なんでそんな不名誉な例え方をするのか。
「そこで、割れたお皿の固有主観時計を20分巻き戻すの。それはつまり、その"かつてお皿だったもの"の20分前の状態を再現する、ということよ。——って言えばわかるかしら」
「何となくは、って感じかな」
「そうでしょうね、説明してて私も自分のやってることが分からなくなってきたわ」
本当に大丈夫かこの人。
本当に大丈夫かこの人の実験に協力しちゃって。
「まあ、そんな細かい話は後々でいいの。結論を言うとね、私はアヤヒロ——の予定だったんだけど、状況が変わったわ。あなたがた皆に実験に協力してもらいたいの」
今、皆っていいました?
俺だけならまだしも、妹たちまで巻き込もうというのか。事と次第によってはただではおかんぞ。
「このような能力はこれまで、生まれつきでしか使えるようにしかなれないとされてきたわ。これは、その異能の力——私たちがSacred Witchcraft Arts、略して"SWA"と呼んでいるこの能力を、後天的に、かつ人工的に開発できるようにすることが可能か否かの実験よ」
一度は座ったベアトリスが、両腕をテーブルに突いて立ち上がる。
「あなたたちには——」
ベアトリスがゆっくりと息を吸う。
同時に、ノートを再生したときと同じように左眼が紫色に光った。彼女の呼吸に合わせるように、じわじわと輝きを増す。
「——"異能者"になってもらうわ!」
その声には、カラオケのマイクに通したようなエコーがかかっていた。もしかして、そのSWAとやらをつかってエコーをかけたのだろうか。
しかも、当のベアトリスは「キマった…!」とでも言いたそうなドヤ顔をしている。
「ちょ、ちょっと!せっかく人がエコーまでかけてキメたのに、そんなに白けないでよ!?」
ああ、本当にSWAでエコーかけたのか。
そういう使い方もできるのね。
「白けてません!異能者になれるんですか!バトルもできるんですよね!?」
相変わらず花音は中二病全開である。
「えっと……異能者になれるっていうのは、実験に成功すればね。それに、まあ確かに異能者になればバトルもできるんだけど、そこまで求めるつもりはないわ。もっとも、詳しくは追い追い話すけど、その必要もなさそうだし?」
顔を赤くして、視線をそらすベアトリス。不貞腐れてるのか?
「ちょっと花音、本気なの?」
「失敗したらどうなるかわからないよ?」
「もし花音ちゃんが死んじゃったら僕はどうやって生きれば……!」
見たところ、発言順で有彩、深月、紗加が慎重派のようだ。紗加は一人称こそ「僕」だがれっきとした女子中学生である。
「それなら心配ないわ。イギリスでも同じ実験をしたの。私は三姉妹の真ん中なんだけど、妹に学校で仲が良い男の子とっ捕まえてきてもらって、この能力開発を試したわ。その子達は結局異能者たちにはなれなかったんだけど、それだけよ。失敗したら異能者になれないだけ、リスクはないわ」
その男の子たちが災難すぎるだろ…何やらせてんだ。
「それにね、イギリスのときは見境なくとっ捕まえてきてた。だけど今回はちゃんと人を篩にかけて選んでるわ——この天使を使ってね」
夕飯前に取り出してから、ずっとテーブルに置きっ放しだった天使の置物をベアトリスが指差した。
「だから、多分大丈夫よ。安心して異能者になってちょうだい」
「で、でも、だからって——」
「ベアトリスさん、質問です」
突然、食事を終えて以来黙っていたリコが口を開いた。
「——何かしら?」
「その異能の力で出来るかどうか、判断してほしいことがあるのですが」
「言ってみて。SWAはかなり自由度高いし、まだ可能性もたっぷり残ってるわ」
異能の力で何ができるか。リコはそれをもとに、実験を受けるかどうか決めるつもりらしい。
「まず一つ目、さっきのノート修復みたいなのを応用して、人の身体の修復はできるですか?」
「私、それ以外の方法で怪我治したことないわ」
「骨折とかも対応できます?」
「お姉ちゃんがしょっちゅうやってる」
お姉ちゃん結構アクティブな方なんですね。スポーツか何かやってるのだろうか。
「身体の修復だけど、死んでさえなければどうにでもなるわ。物質的な身体と魂は別物だから、死んだ体をもとに戻しても生き返らないの。そこだけ注意ね」
「なるほど、ありがとうございます。もう一つ良いですか?」
「いくらでもどうぞ。あなたみたいに興味を持ってくれる子好きよ」
怪我治せるの?
あれ、この時点でこれ結構便利じゃない?
「超反応、というか——反応速度上げるみたいなこともできたらうれしいなーって……」
「それ、SWAのかなり初期段階から発見されてるスキルよ。反応速度上げるのもいいけど、主観時計の速度ずらせば周りから超スピードで動いてるように見えたりもするし——」
「やります」
「……ふぇ?」
「その実験やります、異能者になりたいです」
リコが陥落した。
まあ無理もない。リコの趣味からしたら、怪我治せたり超スピードとかは確かに嬉しい能力だろう。
「わたし、スケボーやるんです。だから、怪我がすぐ治せたり反応速度上げられたりしたら練習がとってもしやすいし——」
「なるほどね、とってもいい着眼点よ」
スケボー。それがリコの趣味だ。
確かに散々ドジっ娘だなんだ言ってきた。そしてドジっ娘にあの競技は危険だ。それも分かってる。
けれどリコは、スケボーが絡むと性格が変わる。
学校では内気でドジっ子。髪型も、両サイドを細めの三つ編みにして、後ろの髪はハーフアップ。そんな、なんとも大人しい優等生っぽい感じにまとめてある。
しかし、それが一転スケボーとなると話は別だ。何かと強気に出てくるし、ドジも踏まない。一体どんな仕掛けになっているんだろう。
まあ、それでもボディプロテクターとかヘルメットとかフル装備なのはさすがと言うべきか。
それにしても、だ。これっていい着眼点なのか?
完全にスケボー目的の私利私欲な気がするが。