#25 聖歌隊がなくたって
「あっ、そういやさぁ」
「ふい?」
早くもカップ麺の麺部分を体内に回収した我修院が深月に話しかけ、深月が麺を啜りながら反応する。
カップ麺はいつの間にか室内の全員に伝播した。我修院がひとつ持っていったあと、喜市が「礼洋くんと深月ちゃんもどう?あと真尋くんも」なんて言うもんだから、つい手を出してしまったのだ。
っていうか何これすごい辛いんだけど。何味?
……トムヤムクン?どうりで。
「生徒会に入りに来た理由二つって言ってたよね?もう一つっていうのは?」
「えっと、それはですね——もうすぐ、"来る"と思いますよ」
来る?誰かが、生徒会室に、だろうか。
トムヤムクン味カップ麺のあまりの辛さに、冷蔵庫の中のメルブラ——メルティブラウニーは世間的にもこの略称で定着してきているご様子——を求めて席を立ったところに、ちょうどドアをノックする音が聞こえた。
「来たみたいです」
「よし、ちょうど立ってるそこのフリーター、出迎えて差し上げろ」
「へいへい。——どうぞー」
ドアを開けると、そこには一人の女子生徒が立っていた。
「…………」
女子生徒は、部屋の奥の方を見つめて押し黙っている。
胸元の学年バッジには「S」の文字——Ⅳ学年、高校一年生だ。
「すっすみません部屋を間違えました」
「待って!間違えてない!間違えてないよ麻衣ちゃん!」
慌てて逃げようとするその子を、横から深月が必死に引き止める。
「あれ、みつき先輩?本当にここが生徒会でいいんですか……?」
深月が呼び止めたので引き返してきた、麻衣ちゃんと呼ばれた女子生徒。
亜麻色の髪ってこういう色のことを言うのね、というくらい典型的に亜麻色をした髪を長く伸ばし、ストレートにしている。
「いやいや、書いてあるでしょ生徒会室って」
「そうなんですけど、ドア開けててっきりインスタント食品研究会か何かかと……」
「ああ、そういう……」
無理もない。部屋にいる全員がカップ麺貪ってたらそう勘違いもするだろう。
「えっとそれで、この子はⅣ学年の篠崎麻衣ちゃん。聖歌隊の後輩なんだけど、今生徒会にⅣ学年の子がいないって話をしたら是非自分がって……」
「なるほど。いい心がけだね、ようこそ生徒会へ!」
「えっと…麻衣ちゃん、でいいかな?カップ麺食べる?」
生徒会の二馬鹿こと会長と副会長が勝手に篠崎さんを歓迎し始める。
「んでだ、何フリーターの分際で先輩面してんねん」
「別にいいでしょー、聖歌隊がなくたって学校的には先輩でまちがいないんだし」
「一理ある」
フリーター。
何処かで聞いたその台詞。「何処かで」もなにも俺自身がフリーターである。
これまでに挙げたのだと、俺が生徒会、花音がクイズ研究会(と、実は文芸部も)でフリーターをしているわけだが、そんな具合で深月は聖歌隊のフリーターだ。だいたいクリスマスやイースターの時期になるとお呼びがかかる。
お忘れかもしれないが、ここ一応キリスト教の学校ですからね。
「それじゃあ、別に来るものを拒もうってわけじゃないんだけど、色々聞いていい?食べながらでいいよ」
喜市からシーフード味のカップ麺を支給された篠崎さんが、俺から見て二つ右隣に座った。二人で深月を挟み込む形だ。
そしてそんな篠崎さんに対する「面談」が始まる。しれっと2杯目にカレー味を開ける我修院。
「まあ、じゃあとりあえず、なんで生徒会に来ようと思ったのか聞いてもいいかな?別になんとなくならなんとなくでもいいし」
「えっと…Ⅳ学年——その、高校生になったわけだし、何か学校の役に立つことをしなさいって親に言われ、まして……」
「それで生徒会を思いついた、って感じか」
「は、はぃ…そんな感じで……」
聖歌隊なんて、学校の建学の精神の実現においてはめちゃめちゃ役に立ってると思うんだけどなぁ。
篠崎さんの親が、学校の役に立つことを全くやってない、やってたとしてもおいしいとこだけ、そんな兄妹6人を子供にもったら何を思うだろうか。
まあ我々のことなんですけどね。