#23 姉の指なんて足まで全部
「それじゃあまずは手始めに、アヤヒロ、あなたを連れて行ってみようかしら?」
「お断りします」
「なんで?」
興味はある。あるんだ。やりたくないわけじゃないんだ。ただ——
「SWAほとんど使ってないから、大して役に立たずにボコボコになるかと」
さっき喧嘩の音声を拾えたのに関しては、まぁマグレとしか思えないもので。
「でも、さっきも使ってるし分かるでしょう?イメージさえ出来れば、結構自由に使えるのよ?」
「そうです!さっき私が兄さまに突きつけたドスだって、画像検索で見て覚えただけの代物ですよ?」
有紗がこんなに生き生きと便乗してるの、初めて見たかも。んでもって、これからは腐るほど見れそう。
「……むしろ、本物のドスを見たり触ったりしたことある高校1年生女子とか怖すぎるだろ」
「組長の娘とかよね、きっと」
「いや、それだと多分機関銃に流れる、ってなんの話だ」
予告編でドスも触ってるけどさ。でもあれって組長の娘っていうか組長そのものだったのでは。
「ほら、最悪、見てるだけでもいいから、一回私と夜の歓楽街へ、世直しに繰り出してみない?」
「なんか高確率で怪我とかしそうだし……」
さっきの高校生集団。あれに一人で挑めって言われたら、いくらSWAがあっても無傷では済まなそうだ。
「大丈夫よ安心しなさい。あなたは死なないわ、私が治すもの」
「そのセリフ、どっかで聞いたことある気がするんですけど」
「日本語勉強するのに観てたアニメの台詞の改変だからよ」
「ああ、なるほど——」
「ただいまー」
玄関の方から声がした。
午前中からショッピングに出かけていた深月と紗加が帰ってきたようだ。
「お帰り、思ってたより早かったj——」
「私たちの家に上がり込んで何してるんですかさっさと出て行ってください串刺しにしてぐるぐる回しながら炙られたいんですか♡」
リビングに入ってきてベアトリスを見るなりこれである。
天使のような笑顔でわりとエグい言葉のマシンガン。
というか、そんなケバブ食べたくないです。
そしてそんな言葉を発する深月の手には、トルコ風の大きな包丁。まあ、もしかしなくともSWAで生成したものだろう。
カサカサカサッ、とゴキブリのような俊敏さでベアトリスがこちらにやってくる。そして俺に耳打ちして言うには、
「何よ!ミツキはショッピングに行ってるって言ってじゃない!」
「いや、俺だってこんな早くに帰ってくるのは予想がつかなオウフッ!?」
小声でベアトリスと話していたら、何かが飛んできた。
とっさに避け、見るとさっきのトルコ包丁だ。
SWA生成のものということで、能力者=深月の手を離れて床に突き刺さったそれは幻のように消え、無傷の床だけが残った。
「それ以上わたしのお兄ちゃんに近寄らないでください?命、惜しいですよね♡」
次発装填。深月の手には新たなトルコ包丁がすでに握られている。
「ちょっ…お姉ちゃん!?SWA生成だからって、部屋の中で刃物を投げたりするのは……」
花音、正論。
えてして中二病患者は自分が中二病だと指摘されると必死に否定するものだが花音は真逆、というのは一番言われている話。
こういう良識と中二病ってどの程度両立するんです?
「そうです!」
すかさず有紗が便乗する。
有紗が便乗キャラみたいな風潮になるのは本意ではないんだけれども。
「だいたい、ベアトリスさんがいるだけでそんなものを持ち出すなんてどうかしていますよ姉さま!」
そういってSWA生成の拳銃を姉に向けるのもどうかと思いますよ妹さま。
「なんだか私の実家みたいね」
「は?」
二人の銃刀法違反装備所持者の間で、ベアトリスが頬杖をついて微笑む。
「なにわろてんねんベアトリス」
「可愛いもんじゃない。死なない怪我ならSWAで治せるんだし。私、姉妹喧嘩で2回ぐらい腕切り落とされてるし、妹にそれやって罰でパパに小指詰めさせられたこともあるわよ?SWAがなかったら、今頃私の姉の指なんて足まで全部無く——」
「わかったからやめて指先がゾクゾクする」
我が家をそんな地獄絵図にしなくていいから。
というかベアトリスのお父さんってなんでそんな風習知ってるんだろう……
「お兄ちゃん——お兄ちゃん!」
耳元で花音がささやく声で我に返った。
「早く二人を止めないと——!」
そうだ。
早く止めないと。
姉妹同士の仁義なき戦いが始まってしまうのはまずい。
でも、どうやって——?
せっかくだからSWAを使う。これはまあ確定だろう。どういう風に止めれば——
ん?
止める。動きを止める。
拘束すればいい、のか——?
とりあえず、その方向で試してみようか。
テーブル(とベアトリス)を挟んでにらみ合っている二人の妹の方に手を伸ばす。
パチッ、と左右の手の指を同時に鳴らす。
二人の手にはSWA生成の手錠がはめられた。
警察官が持っているものというよりは、SMプレイでよく見る(?)ようなデザインのものだ。
次に、塩か何かをつまむように親指と人差し指の先を合わせる。
手錠の二つの腕輪の間の鎖が巻き取られ、ステレオタイプな「逮捕された犯罪者」の構図にする。
最後に、手首のスナップで「つまんだ」手を上に向ける。
すると、天井と手錠の間に鎖が現れ、それもまた巻き取られて手錠を吊るし上げる。
そして、二人がつま先立ちでギリギリ立てるくらいの位置で鎖を止めた。
「二人とも、これ以上エスカレートするとリビングが血まみれになりかねなかったので止めときました」
「うぅ……ごめんなさいお兄ちゃん……」
「私も、周りが見えなくなってしまっていました……」
とりあえず反省の色はあるようだ。
——と、ここで携帯が鳴った。リコからのメッセージで、もう少ししたら帰るとのこと。
「リコがもう少しで帰ってくるって。リコが帰るまでそのままなのと、今のその姿写真に撮られて永久保存にした上で解放するの、どっちがいい?」
「写真でお願いします……」
二人とも意見が一致したので、携帯のカメラで写真を撮り、リコに送ってから解放した。
礼洋◆罪状:室内決闘未遂
依子◆深月姉さん、メスの顔してません?
「深月、リコにメスの顔って言われてるぞ?」
「うん…正直ちょっと、目覚めた……かも?」
「是非とも否定して欲しかった」
「でも……お兄ちゃんだから、だよ?」
余計に危険だと思うんですけど。
そのとき、なんとなくこの場に居づらい気持ちを抱えた俺の心を見透かしたように、チャイムが鳴った。我修院から、というかGSIの工場から来たメルティブラウニーだろう。
「我修院に頼んどいたやつだな、俺が出てくる」
間髪を入れずにそういって、リビングを離れた。
居づらい気持ちの理由?
妹のいる前で言えるわけないじゃないか。
そんな——自分も「目覚めた」かもしれない、だなんて。
御察しの通り、この後滅茶苦茶動画検索した。