#21 そりゃもう工場直送よ
高校生たちがいなくなってから、俺と花音はベアトリスに近づいていった。
「あら、アヤヒロにカノンじゃない。久しぶりね、元気してた?」
「いやいや、どうしてそう平然としてられるんですか」
「……なんのことかしら?」
まあ、見られているとは思っていないのだろう。それでも、額に汗を浮かべているのが見える。察しはついているのだろうか。
「ベアトリスちゃんがバトルしてるとこ、偶然見ちゃったから……」
「電柱のとこに隠れて、花音のSWA使って見てたんだけど……」
「あ、ああ、なるほど…ね」
表情とこの狼狽えぶりからして、絶対分かってたと思う。
そして、そのベアトリスの体がコンビニの方に向いた。
「奢ってあげるわ、いい臨時収入が入ったから好きな飲み物でも選びなさい」
今、俺たちは飲み物を買った帰りだ。
だが、せっかくなのでベアトリスの誘いに乗ることにした。
コンビニの飲み物コーナーを見ていると、見覚えのあるチルドカップをみつけた。
「おおこれ、ここにもあったんだな」
「あっそれ、この前の新作?」
「そうそう、学園都市のコンビニで先行販売するって言ってたけど、ここにもあったのか」
そう、先日我修院が持ってきたGSIの新作チルドカップ飲料だ。
「わたし、これ気に入っちゃったんだよねぇ。ここにあるならいつでも買いに来れるねっ」
「そんなことしなくても、我修院に同じこと言ってみ。箱で届くから」
スーパーに並ぶ程度のランクの自社製品なら、大抵のものは言えばくれるのが我修院だ。
それも、俺から言わせれば迷惑なことに本人の惚れ込んでいる大村5姉妹のおっぱい担当が言っているのだ。箱で送られてきて、それが尽きれば電話一本で無限に湧いてくるくらいの勢いだろう。
だいたい、喜市にすら毎月5kgとも10kgとも言われる量のポテチを送っているのだ。花音の頼みを断るはずがない。
ちなみに誤植ではない。米ではなくポテチで合っている。喜市は本当に週1〜2kgペースでポテチを消費するらしい。それもビタ一文払うことなく。それで血糖値とかも問題なしだという。胃の中で炭水化物に反物質でもぶつけてるのか。
「何これ、美味しいの?」
さて。意識がコンビニに戻ってくる。
店に入ってから別行動をしていたベアトリスが隣に来ていた。
手に持ったカゴには……ワイン?
「……それ、昼間っから飲む気ですか?」
「別にいいじゃない、講義もなければ車の運転するわけでもないし」
「本当ですかね……」
「私、日本の運転免許持ってないもの。イギリスのはあるけど、日本じゃ使えないし。逆は使えるみたいなのに」
曰く、ヨーロッパの大学の食堂では普通に酒が頼めたりするらしい。日本人の感覚からしたら考えられないが。
「それで、これなんですけど」
とりあえず俺と花音の分で2本、商品名「メルティブラウニー」を手に取り、ベアトリスの持っているカゴに突っ込んだ。
「出してる会社の社長の息子と俺が友達で、この前試供品貰ったんです。チョコとか好きなら美味しいと思いますけど」
「ショコラが嫌いなフランス人なんていないわ……私の知る限りは。ぜひ試してみましょう」
大村礼洋◆花音がね、メルティブラウニー気に入ったみたいよ。
ベアトリスがさらにもう一本、手に取ってカゴに入れる間に、我修院に伝えてみた。一瞬で既読がつく。
我修院史緒◆配達時間帯が16時から18時になると思うけど、その時間家にいる?
そしてこの以心伝心ぶりである。
過程をすっ飛ばし過ぎだが、かれこれ丸5年以上の付き合いなので、これで分かってしまうのだ。
大村礼洋◆やけに早いな、本社倉庫から出荷?
我修院史緒◆そりゃもう工場直送よ、かわいい花音ちゃんのためだもの。
気合いが入り過ぎだ。
というより、社長令息とはいえ、たかがその友人宅を会社の物流体系に組み込んでしまっていいものなのか。
「さて」
会計を済ませ、店の外に出てきた我々御一行。
「ここはアヤヒロたちの家の近くなの?」
「は?」
何を言ってるんだこの人は。
「この前あなたが寿司を買い占めたスーパーと俺の家の間なんですが……」
「なるほど、どうりで見覚えがあったわけね」
「そんな記憶力で大丈夫ですか?」
「家と大学を往復できれば生きていけるわ」
そして、しれっと帰路をゆく俺と花音について来るベアトリス。
「ベアトリスさんは、どこに行くところだったんです?」
「特に決めてないわ。バイトの面接が思ったより早く終わって暇だったの。——そうだ、遊びに行ってもいいかしら?」
また来るのか。
正直面倒だとは思った。とはいえ、なんだかあのゲームを再開する気にはなれなかったので、俺はベアトリスの訪問を了承するのであった。