#18 今はスカイアイで
「わたし、さっきからずっと考えてたんだけどね」
隣を歩く花音がそう切り出した。
始業式が終わり、授業が始まり、特に面白味もなく週末を迎えた土曜日。
深月と紗加はショッピングに出かけ、有彩は図書館へ宿題をしに、リコはフル装備でボード片手にどこかに滑りに行った。
オール電化なので山へ柴刈りに行ったり、川へ洗濯に行ったりする用事はない。そもそも川より湖の方が近い。
そして俺はというと、今日も今日とて生徒会の手伝いを頼まれていたのだが、我修院が結局昨日のうちに仕事を片付けてしまったらしい。ということで、久々に自室でゲームに興じていた。
——興じていたら、同じく自宅で過ごしていた花音も加わってきた。一人用ゲームなので、少しずつ交代でやろうとしたものの、花音はアクション系が苦手らしい。少しプレイしたら難しいと投げ出したので、ほとんどは俺がプレイして花音が横で見ている形だった。
今は休憩して、近くのスーパー——この前ベアトリスが寿司を大人買いしていたところ——まで飲み物を買いに来たところだ。
「SWA使ったら、あのゲームみたいなことできるんじゃない?」
「アレみたいなことって……本当にやる気かよ?」
今日はずっと二人で(操作はほとんど俺だが)、ヤクザもののアクションゲームをやっていた。主人公が敵のヤクザの集団を拳ひとつでガンガン倒していく様は確かに快感だが、まあ現実味はないな、と思っていた矢先にこの発言である。
「本当にできるとは思ってないけどさ、SWA使って不良とかコテンパンにして、世直しだーっなんてやるの、ちょっと憧れちゃうなぁ」
「……花音ってさ、学校にテロリストが乱入してきて、ソイツら相手に戦う妄想とかしたことあるでしょ」
「逆にしたことない人っているの?」
「有彩とかしなさそう」
学校に侵入したテロリストを撃退する妄想はよくあるが、普通に考えて小中学生くらいの単体が武装した大人に勝てるわけはないのだ。勝てるわけはないのだが、考えてしまう。
いや本当に、この妄想は誰しもしたことあると思うんだけどなぁ。
「お兄ちゃんは?」
「するんだけど、我修院家がヘリとか持ち出してねじ伏せそうって結論に至っちゃってさあ」
「お金の力は偉大だねぇ」
そんな風に、ほぼ部屋着みたいな服装で、ふたり呑気に歩いていた。
重度の中二病を自称するわりに、こういうところは拘らないのな、花音って。
スーパーからの帰り道に、コンビニの前を通る。よくある事だが、部活でもした帰りなのか、オラついた高校生が溜まっている。
「お兄ちゃん、あれ……」
「……あの学ラン、工業高校か?まあいつものことだろ」
「そうじゃなくて、あの囲まれてる女の人——」
女の人?
立ち止まって目を凝らしてみる。
確かに、オラつき高校生に囲まれるような形で、髪の長い人——多分花音の言う通り女性が立っていた。
「あれ、ベアトリスちゃんじゃない?」
「えっ?」
ベアトリス?ベアトリスってあの?
5つも離れてるのに「ちゃん」付けで呼ぶので一体何の事かと。
まあ、本人指定とはいえ3つ下の俺が呼び捨てしてるのに比べたらマシか。
そんなことより。
ベアトリスがオラついた高校生に囲まれてるって……相当ヤバい状況なんじゃないのか?
その高校生たちも、ずいぶんいい体格してるし。よく言えば屈強、悪口を言うなればゴリラだ。
「やっぱりベアトリスちゃんだ!」
と、電柱影に隠れた花音。右目を手で覆って、左目は発光。SWA発動中のようだ。
「それ、魔眼か?」
「うん、今はスカイアイで、真上から見てる。間違いないよ」
魔眼。そういうのもあるのか。
本当に工夫しだいで色々出来るのな。
「これがゲームなら、颯爽と割って入るとこなんだけどねぇ」
「SWAが使いこなせればあるいは、な」
しかし現実はそうもいかず、遠巻きに見ている事しか出来ない我々。情けないとは思うけど、割とみんなこんなもんだと思う。
「それにしても」
「ん?どうした?」
「ベアトリスちゃん、さっきからめちゃくちゃ余裕の表情してるんだけど、どういう状況なんだろう?」
「余裕の表情?」
「お兄ちゃんも見てみる?はいこれ」
花音に手渡されたのは折りたたみ式の小さな鏡。
だが、見てみるとそこに映っていたのは自分の顔ではなく、学ランの男たちに囲まれたベアトリスだった。
「魔眼に映ってる映像と同期させてるのか、これ」
「そうだよ、すごいでしょ。わたしが魔眼使ってない時には普通の鏡として使えるんだよ」
「使いこなしすぎだろ、いつの間に習得したんだ」
「あーちゃんと毎日練習してたの」
それじゃ、有彩もこんな感じで使えるのか?なんだか遅れを取っているようだな……
なんて呑気に考えていたら——
「うおっ!?」
「殴った!」
事態が一変。二人で同時に変な声をあげた。
高校生の一人がベアトリスに殴りかかった!