#11 "脳筋"って言葉を送ってやりたい
「これはもうアレね。事ここに至っては全員のIEGの色を調べさせてもらうわ」
「なんだ、まだ帰ってくれないのか」
「さすがにもう1泊はしないつもりだから大丈夫よ」
あの後、リコに目の発光の色の話をした。それで見せてももらったが、リコのIEG発光は赤色だった。
「この現象に名前をつけたいわね。何かいい案ない?なんかお洒落なやつ」
なんですかその、たまにネットの掲示板で立てられるスレッドみたいなノリは。
ベアトリスも、さすがにそんなディープな日本のサブカルチャーに浸ってはいないだろうと踏んで、というかそうであってほしいと信じて、口には出さなかったけど。
「パッと思いつくのはカメレオンとかですかね…色が変わるというと」
「それは……なんか微妙だな。色が変わるというより、いろんな色のパターンがある感じな気がする」
「そうね、アヤヒロのイメージがたぶん正しいわ。あとカメレオンはなんかキモい」
「えっ…す、すみましぇん……」
リコがしゅんとしてしまった。家ではドジっ娘弱気キャラなのに、スケボーに乗ると人格が変わるらしい。変わったとこ見た事ないからどんな感じかわからないし、リコも再現したがらないから又聞きだけど。
……なんてことを考えていたら。
「……コランダム」
花音が小声でそう言った。
「え?」
「コランダム。鉱石の名前で、混ざっている不純物イオンによって色が変わるの。酸化クロムイオンで赤、鉄イオンで青とかになるんだけど……お兄ちゃん聞いたことない?」
聞いたことがある気がする。赤と青の宝石、よく対比されるそれらが元は同じ鉱石——
「ルビーとサファイアか!」
「正解!中二病患者は雑学にも強いんだよ?」
「多分花音だけだと思うんですけど」
今更だけど、自分から中二病っていう中二病患者って珍しいと思うんだ。中二病ってのも、素でやっているのではなくキャラづけなのだろうか?
「へえ、いいわね。本人に備わっている何らかの要素の違いがIEGの色の変化を引き起こしているとすれば……不純物によって色が変わるコランダムとは相性がいいかも」
「じゃあ、いいんじゃないですか。曲がりなりにも発見者だし、ベアトリスが決めれば」
「そうね。じゃあこの現象を"コランダム現象"と名付けることにするわ!論文用にメモしておかないと」
ベアトリスがスマートフォンで何やらメモを取り出した。
コランダムか、そういうものもあるんだな。
「ところで、リコは知ってた?コランダムのこと」
「ルビーとサファイアが不純物による色違いなのは知ってたんですけど、名前までは…」
「なるほどね。花音、よく知ってたな」
「中二病患者が雑学に強いって信じてないね!?」
「いやだって花音、クイズ研究部でフリーターやってたりするじゃん、そっちじゃないの?」
フリーター。
別に文字どおりの意味ではない。先日花音は中学を卒業したことになるが、まだ3月なのでかろうじて中学生だ。 学生は学生である時点で本来の意味でのフリーターにはなり得ない。
俺から紗加まで、6人全員が通っている「シルヴェストル学院」の用語で「フリーター」というのは、まあ部活の助っ人みたいなものだと思ってくれればいいだろう。
文化部を中心に、「正式な部員ではないが、人手が必要な時だけ参加したり、不定期にふらっと顔を出したり」ということを認めている部活がいくつかある。
その手の部活に、正式な(中略)顔を出したりしている生徒というのが「フリーター」と呼ばれるわけである。
かくいう俺も、会長が腐れ縁なよしみでフリーターの身分にて生徒会によく出入りしているわけである。それで、よく手伝いを頼まれるのだ。昨日もそのパターン。
兄妹6人で通っていて、誰一人正式に部活をやっていない大村家だが、全員何らかの団体でフリーターはしている。まあ詳細はまた話す機会があるだろう。
時間を少し進めて。
「知ってるよ、不純物でルビーとかサファイアになるやつでしょ?」
「理科の授業で聞いたような…でもあれは先生の雑談の範疇だと思います」
「僕、一時期誕生石とかハマってたでしょ?その時本で読んだかなぁ。花音ちゃんが知ってるのも多分それ」
残りの出かけていた妹たち、深月と有彩と紗加が帰ってきました。
コランダム、聞いてみました。
全員知ってました。
「なんでや!!」
妹5人全員程度の差はあれ知っていたものを知らなかったとは、不覚である。
いやさ、兄より優れた妹なんて、とかいう話ではなくて。やっぱり妹たちの好きなものとか把握しておきたいじゃん?プレゼントとかに活かしたいじゃん?
だいたい、うちの妹たちはみんなどこかしら兄より優れてること知ってるし。
「まあ、兄さま?女の子って誕生石とかそういうの好きですし、目にする機会は多いのでは?紗加もハマってたわけですし」
「おっ、そうだな……」
「仲間ね」
「へ?」
壁に手をついてうなだれていると、ベアトリスが肩に手を置いてきた。
「さっき、私の姉妹とパパに聞いたら、皆知ってたわ。知らなかったのはどうやら、私とあなただけみたいね」
振り向くと、そう言ってベアトリスはドヤ顔をしていた。全く威張れるポイントじゃないんだけど。無知を恥じるところなんだけど。
「何よ、知らないのになんでドヤってるんだって顔してるわね。無知の知って言葉があるでしょ?恥じるべきは知らないことじゃなくて、知らないことをさも知ってるかのように振る舞うことなのよ?」
「ベアトリス日本語の発音崩れてるぞ」
ここ数時間で気づいたことだが、ベアトリスは動揺すると日本語のイントネーションがおかしくなる。というより、ステレオタイプな「英語風日本語」の発音をしだす。
普段の発音が完璧なだけに、それが目立つのだ。
「……バカにされたわよ。姉なんて日本語の"脳筋"って言葉を送ってやりたいような人なのに」
「ああ……それはお気の毒さまで……」
それに比べてうちの妹たちは。
バカにはしないわ、むしろフォロー入れてくれるわ、最高じゃないか。
「アヤヒロ、いい妹を持ったわね。大事にしなさい」
「言われなくてもそうするよ」
これを言われるのは初めてじゃない。誰の目から見てもそうなのだろうか。特に、妹持ちのクラスメイトから言われることは本当に多い。
「それと——これ」
ベアトリスに封筒を差し出す。
「何?お金でも入ってるの?」
「そうだよ」
「えっ……それって……」
「報酬の一部。何あれ、羽振り良すぎでしょ。6等分したって、中高生が簡単に手に入れていい額じゃない。だから、俺の裁量で一人1枚ずつこっちに回すことにした」
ベアトリスから受け取った報酬の封筒には、なんと30万円という大金が入っていた。6等分して5万円、そこから一人あたり1万円をベアトリスに戻したということになる。
「でも、いいの……?」
「一度こっちの手に渡ったんだからこれは俺たちの金だ。さすがに気の毒だから小遣いをやろうと思ってな。妹達には内緒にするんだぞ。あと、寿司代は引いてあるから」
「アヤヒロ……」
ベアトリスのその目には、涙が浮かんでいるようだった。
「妹だけじゃないわ。あなただって、十分優しいじゃない」
「……ベアトリスとはいえ、照れるな」
「何よ、その言い方」
そんなやりとりをして、二人で笑った。2日目にして、初めてかもしれない。
初めて、異国の友人ができた瞬間。そう言っていいだろう。
「……ねえ、アヤヒロ」
「何です?」
「やっぱりもう一泊してってもいい?」
「帰れ」
お後がよろしいようで。