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世界救うとかどうでもいいから異能の力を授かって!  作者: A46
Chapter1. ある男子高校生のひどい一日
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#01 いえ、妹です

「——それ、気になるの?」


 突然、背後から声がした。

 不意をつかれたので、一瞬ビクッとしてから振り返る。そこには、一目で西洋人と分かるひとりの女性が立っていた。クラシカルロリィタ、なんていうんだっただろうか、そんなアンティークドールのような格好をしている。


 それは春休みの日曜日、生徒会長でもある同級生にして腐れ縁の悪友・我修院にしこたま遊びに連れ回された日のことだった。ラーメン、ゲーセン、ボウリング。生徒会役員の連中と共に電車まで使っていかにも高校生らしい遊び場をハシゴした。というかさせられたのであった。

 そんな帰り道、湖畔の遊歩道を一人歩いていると、何かキラリと光るものが視界に入る。

 それは、木製で背もたれのないベンチの上に置かれた、石膏製の小さな天使の像だった。

 その像を手に取ってみる。片手ですんなり持てる手のひらサイズで、左眼の部分に薄紫色の宝石が埋め込まれていた。なるほど、キラリと光って見えたのはこれか。アメシストだろうか?

 そんなことを考えていたところで、冒頭に戻る。西洋人であろう女性に背後から声をかけられた。


「これ、あなたのものですか。だったらお返し——」

「ううん、いいの。その子があなたを選んだのよ」

「その子——?」


 女性は、俺がまだ手に持ったままの天使像を指差した。それにしてもこの人、非常に流暢に日本語を話す。訛りもほぼなく、顔を見ずに声だけ聞いたら外国人だと思わないだろう。


「その天使像には不思議な力があって、私の求めている人を探し当ててくれるの。その人の気を引いて、ね」

「それで俺がその、"求めている人"ということですか?」

「そうよ、正確には"素質のある人"かしらね」


 女性が細かく数歩歩いて近づいてくる。これまで2メートルくらい離れて会話していたのが、もう少しで互いの吐息を感じられるようになりそうなほどだ。


「そんなあなたにね、お願いしたいことが——」


 ぐー……


 吐息を感じられる距離まで来たからだろうか。がっつりはっきり聞こえてしまった。

 彼女のお腹が鳴るのが。


「あ、あのー……」

「きっ……聞こえた?」


 目の前の西洋人女性の顔がみるみるうちに赤くなっていく。元々色素が薄いからだろうか、はっきりわかる。


「お腹空いてるんですか?」

「……朝からずっとここで張り込んでたんだもの」

「お昼とか食べてないんですか?」

「…朝も食べてない」


 つい十数秒前まであった、どことなく優雅さを感じる口調が完全に失われている。


「あなたもお腹空いてない?どこかお店に……」

「いやあ、あんまりお腹空いてないんですよ……」


 昼間連れて行かれたラーメン屋というのが、ヤサイやニンニクをマシマシにしたりできる類の店だったのだ。いや、あれはラーメンではない、良くも悪くも何か別の食べ物だという人もいるが。小ラーメンにしたし、その後かなり色々動き回った。なのにまだ腹に残っている感覚がある。


「お、奢るから……シャトーブリアンでも何でも頼んでいいから……」

「それに夕飯なら家で用意されてますし……」

「連れてってください」


 彼女はひょいっと背もたれのないベンチに飛び乗り、その上で土下座した。空腹でそんな素早い動きができるのか。本当に空腹なのか。

 しかし、ものの数分前に出会った人間の自宅で夕飯をご馳走になるとは。どういう精神力してたらそんなことを頼めるのか。というか、そこでそういう発想に普通なるだろうか。


「個人的には別にいいんですけど…家の人に了解とってみないことには」

「家の人?ご両親?」

「いえ、妹です。両親は海外だったり関西だったりで仕事してまして……」

「詳しく」


 妹がいる発言をした瞬間、土下座したまま恐ろしい速度で顔を上げてきた。不自然なくらいの真顔で。


「詳しく、といいますと?」

「主に歳とか、血縁関係はちゃんとあるかとか」

「なぜです?」

「同じ両親から生まれた兄妹なら、"素質がある"可能性が高い」

「なるほど」


 妹がいる。両親はいない。何も起きないはずが……ある。そこはわきまえているつもりだ。両親は二人とも大学教員で、父はアメリカ、母は関西のとある大学に勤務している。


「——あの、立ち話もなんなんで、家に向かいながらにしません?名前も聞いてませんし」

「え…ええ、そうね。私はベアトリス。一応ここでは留学生の立場よ」

「ベアトリスさん、ですか」

「さん付けなんていらないわ、私の国にはないものだから、なんだか落ち着かなくて。それで、あなたの名前も聞いてもいいかしら」

「アヤヒロです。大村礼洋。それじゃあ、うちはこっちです。立てますか?」

「ええ、ありがとう……oops!」


 ベンチから立ち上がろうとしてよろけ、ベアトリスは盛大にこけた。


 自宅までの道のりでは、たわいもない雑談のような自己紹介を延々としていた。

 ベアトリスは国籍上フランス人ながら、物心ついてからは大半の時間をイギリスで過ごしたんだそうだ。フランス語も話せるが、英語の方が得意らしい。20歳で、最近までは大学の語学留学プログラムで日本語を勉強、そしてこの春から学部生になるとのこと。


 一方の俺はというと、春からは高校3年生になる17歳。つまり受験生……にはならず、系列の大学に内部進学する予定だ。なので高校最後の1年はほのぼのと過ごそうと思っている。

 そして、驚いたことに、ベアトリスの通う大学というのが、その系列大学らしい。さっき、着ていた制服で当てられた。


 中でもベアトリスが一番驚いていたのは、俺の妹のことだ。俺には妹が5人いる。それも、俺を高3として計算すると、高2、双子の高1、中3、中2。5年間毎年産んでいたことになる。ベアトリスも言っていたことだが、母の体力や精神力がとてつもなさすぎる。

 父方の祖父母が2人目の男の子を産めとうるさかった。しかしそこから続けて5人も女の子が生まれたものだから、さすがに諦めてくれたようだ。昔そう説明されたが、実際どうなんだろうか。

 といったところで、携帯が鳴った。先ほどベアトリスを家に連れて帰ってもいいか、妹たちに伺いを立てておいた。その返信だろう。

 案の定、ロック画面にメッセージアプリの通知が5件。どれも6人兄妹のグループ「おおむらしぶりんぐす」の新着メッセージだ。


 有彩(ありさ)◆ご飯は多分足りるので大丈夫かと。

 依子(よりこ)◆ついに彼女ができたのです?

 深月(みつき)◆お兄ちゃん、私というものがありながら…。・゜・(ノД`)・゜・。

 花音(かのん)◆歓迎しよう、祝宴に招き入れるがよいぞ(・言・)

 紗加(すずか)◆連れ込むんです?うち屋上も睡眠薬も地下室もないけど?


 なんにせよ、人数の割に年齢差の極めて小さい1男5女の6人兄妹で、日々それなりに仲良く生きております。


「あっ、ここ、ここです」

 湖畔の遊歩道から自宅はそんなに遠くはない。今日は途中の大きな交差点で数分待たされたが、それがなければ5分かかるかどうかだ。

「へえ、けっこう大きいのね。日本でこの大きさの家ってなかなか見ないわよ?」

「まあ、兄妹6人全員同時に私立校に入れるくらいですからね。どうぞ入ってください」


 ただいま。まったく、なんて日だ。

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