修羅場
どうかこれ以上嘘なんかつかないで
この目で確かめるまではシロかクロか分からない
神様、嘘だといって・・・
十月も終わりを向かえようとしていたがまだ外は暖かかった
まだ少しだけ政司を信じたかった
どうか、勘違いであってほしい
でも女の影は間違いないはず・・だとしても一瞬の気の迷いだ、浮気だ
だからもう終わってるのかもしれない、いやこれで終わらせてほしい
とにかく現場を押さえてこの目で確かめなくては・・何も始まらない
でも、もしも誰もいなくて何事もなく引越しを終わらせたのだったら
田舎でもう一度政司とやり直したい
女と一緒で居てほしい、でも誰も居なくて自分の勘違いでありたい
願いと企みが半々で誰もいなかったら政司と一緒にサンドイッチを食べよう
そう思い深夜寝ずにして作って出かけた
早朝6時
怖かった震えが止まらなかった
家にいる気配がする
でもまだ時間が早すぎる
逃げられないようにマンション前で張り込む
誰も出てこない
午前9時
そろそろ起きるであろうと一応、政司に電話をかけてみた
出ない・・・
もう一度鳴らした
出ない・・・
誰かと一緒だ
やはり最後の晩餐したか・・・
ほんの少しの願いは打ち砕かれた
「神様、助けて」
真由美は壊れる寸前だった
二日間寝ていない。そういえば何も食べてもいなかった
このままではいけないと思い急いで近くのコンビニに立ち寄りいつもは
絶対買わないであろう高い値段の栄養ドリンクを3本一気に流し込んだ
また急いでマンションに戻る
誰かが出たら分かるようにドアに紙切れを仕込んでおいた
外れていない
午前10時
陽は昇り、通りが騒がしくなってきた
真由美の気持ちとは裏腹に政司のマンションを照らしていた太陽すら憎かった
そろそろ実行だ。
自分で傷つきに行くんだ馬鹿な女に成り下がってまで
どうせ終わるのならこのまま何もなかったかのように政司を田舎に戻らせない
全て真実をこの目で確かめるまで。
ピンポーン
震える手で政司の部屋のチャイムを鳴らした
当然、出ない
ドアスコープは覗けないように絆創膏を貼った
ピンポーン・・・ピンポーン・・ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、
ピンポンピンポンピンポン・・・・・・
もう狂ったかのようにチャイムを押し続けていた
ドアをノックする
ドンドンドンドンドンドンドン・・・・・
手から血が出てきたので蹴り上げた
ドンドンドンドンドンドンドン・・・・
ドアは靴跡だらけに
昼過ぎには引越しセンターがやってくる
絶対逃げられないのに居留守を使い続けるつもりとでも?
物音ひとつしない
まだ寝てるのか?
こんなに騒がしくしてるのに起きてないはずはない
ふたりで息を潜めていると思うだけで吐き気がした
少し疲れて休憩してるとすぐそばに電気メーターを見つけた
ガンガン動いてる!
やっぱり居るんだ
ガス栓と水道栓を止めてやった
静かだった・・
しばらくすると鍵を開けるような小さな音がした
恐る恐るドアが開いた
すかさず足を挟んだ
よく刑事ドラマで見ていたのでそれは本当だった
政司は寝起きの格好で鳩が豆鉄砲くらった顔をしていたが
誰かを守るかのように力ずくでドアを閉めた
もう言葉は発せなかった
立ってるのが精一杯なほど悲しかった
裏切られた怒りと悲しみの中、やっと発せた言葉は
「やっぱり嘘だった・・・なんで?なんでよー」
真由美は政司の顔を何度も何度も叩き続けた
政司は黙って殴られ続ける
まるで痛くも痒くもないような平然とした顔をしている
いや、まずいなぁ・・・くらいな面食らった顔だ
こんなまぬけ面、いままで見たことがなかった
真由美は女の顔を見ずにはいられなかった
出会って数週間ですぐに男の部屋に上がり込む淫乱女。
政司は絶対部屋に入れようとはしなかった
真由美はマンションの外に出た
政司の部屋は2階。
通りからベランダが丸見えだ
ふたりで選んで買った遮光カーテンの向こうに政司が守ろうとしている女が
まだふてぶてしく彼女ヅラしている
逃げもせすに・・・謝罪もせずに
真由美はベランダの硝子めがけて石を投げて割った
それでも女はでてこない
政司はマンションの外に出た真由美を追いかけようともしなかったのに
今度は慌てて外に出てきた
「帰ってから話すから」
「黙れ」
真由美は力尽くで部屋に入った
玄関にはベージュのコーチのフラットシューズ
え、、、愕然とした・・・若い子はこんなの履かない
真由美は靴も脱がず
リビングに突き進んで行くと、厚かましくもソファに堂々と座っているのは・・・
おばさん・・・
え、なんで?
若い子だったらまだマシだった
なのに政司の浮気相手はただの中年の太ったおばさんだった
しかもこれまた普通の・・・
真由美は自分の目を何度も疑った
政司はこんなただのおばさんを守ろうとしてるのか
でも理解できた
このおばさんが会社関係の人で政司を救ってあげたのだと
無理もないどうみても政司より年上だ
虫も殺せないような普通の男が自分を救ってくれたことが恋だと勘違いして
モーションかけてきたらこんなおばさん、男関係ご無沙汰ですぐイっちゃいます
最後の恋かも、なんて錯覚です
いえふたりとも恋がしたかっただけ。
ただそんなプラトニックな恋ではない
1ヶ月前まで真由美が座っていた、政司と行為もしていたソファの
ど真ん中にそんなことお構いもなしに堂々と座っていたのですから
政司は騙せても真由美はこのおばさんのしたたかさはすぐにわかった
政司の部屋はどうみても女の気配がするはず
なぜなら食器類は全て母親がペアで揃えてくれたものばかりで洗面台のハブラシもお風呂の中まで全て一緒に買い揃えたペアものばかりだから真由美の
スリッパだけは隠されていたが。
おそらく政司は彼女と別れたばかりだとか嘘をついていたと思う
ただ一緒にいたらおかしいことが多々あったはず
特に電話に関しては・・・鬼電だし。
そして中年体型のでかいお尻でど真ん中に座っていて頑として帰らず
演技までし始めたシクシクと泣き始めたのだ
嘘泣き・・・
おばさん泣いても同情の余地もない、まず可愛くない
帰るでしょ、普通こんな修羅場を迎えて・・・
帰れ、と言っても泣くばかりで
イラつく光景、苛つくばばあ
真由美はどうしていいのか分からず引越しのまとめた荷物を投げ壊し始めた
おばさんはさらに声をあげ泣き続ける
ただ政司はやめてくれと言わんばかりに「物に当たらないでくれ俺に当たれ」、
と、だったらと蹴るは殴るはしたが政司も修羅場の免疫もなく
どうしていいのか分からずで、ただおばさんは悪くない、
全て俺のせいだからと言わんばかりにちゃんと謝罪も釈明もせず
この瞬間早く終わってくれの顔。ふたり揃って・・
そんなふたりを見て真由美はこの一か月あまりにされたことを思い出しては
ふたりに侮辱されたことで腹わたが煮えくり返りカーテンは引きちぎり、
泣き叫びながら暴れまわった
さらに追討ちをかけるかのようにベッドサイドにあるゴミ箱が倒れているのを見てしまった
ゴミが散乱しているものの中にティッシュの塊から政司の精子の匂いがした
最後の晩餐でヤリまくったふたり
半狂乱になっても真由美の心の叫びはおさまらなかった
さらに見つけたものが空きっぱなしのクローゼットの中のネクタイ・・・
政司の持っているネクタイ9割はブランド物で真由美が全てプレゼントして
いた物だった
真由美はそれら全て切り刻んだ
最高1本4~5万円はするものもあった総額いくらであろう・・・
ブランドにうとい政司はおそらく物の価値はわからないであろう
だからなんの感情も愛着もない、どうせ貰い物だしくらいな・・・
そんなことはお構いなしに恨みを込めて小さく小さく切り刻んでベランダから
花吹雪のようにばら撒いた
当然、吐き気をもよおすゴミ箱ごとベランダから投げ捨てた
その中に政司がいつもしているネックレスもあり「これ、高いんだからー」とすかさず拾いに行ってた馬鹿な男の姿。
政司は
「引越しセンターももうすぐ来るしこんなに散らかしてまた片付けなきゃいけないからお願いだから今日は帰って、田舎に帰ってちゃんと話そう」
ちゃんと話すって・・・なんの話・・
なんで私だけがこんな状態の中、別れてもいないのに彼女の私が
帰らせられなきゃいけないわけ?
もう何がなんだか分からずで真由美はさっきまでネクタイを切り刻んでいた
はさみで政司を殺そうと思ったがかすり傷で逃げられ真由美は自傷行為を
おこなったがふたりでコソコソと何か話して真由美は放置されていた
見てもいない・・真由美はもう疲れきっていた
田舎に戻って政司と話し合えばきっとやり直せるはずだと真由美はまだ思っていた
女は悪くない、全部政司が悪いんだ
そう思っておばさんには指ひとつ触れず罵倒もせず
政司に「家まで、送って」と言った
嘘でしょ?と言わんばかりの顔をしてたが早く消えて欲しい真由美のいう通りに
せざるを得なかった
帰ることになった真由美はさっきまでシクシク泣いてたおばさんが
キッチンに立って当たり前のように洗い物をしている
何事もなかったかのようにやっと終わったか、くらいな感じで
ボロボロになった真由美のほうを見もせずに
おばさんのしたたかで腹黒い正体を見てしまったのだ
心の片隅ではここに引越してきたばかりの頃のように
また笑いながら片付けしながら用意してきたサンドイッチを一緒に
食べるはずだった
幻想だった・・・
サンドイッチを無言でおばさんの足元に叩きつけてきた
ささやかな抵抗だったが
おそらく引越しゴミとして捨てられたのであろう・・・真由美同様に。
おばさんを部屋に残し忌々しいマンションを出ると外には人だかりがあった
外まで響き渡っていたのであろう修羅場が・・・
知ったことか
許せない
密かにおばさんへの憎しみが募り始めた
そしておばさんの本当の姿を知らずにはいられなかった
一体、何者なんだ
家に着くまで言葉にならず、ずっと泣き続けていた真由美。
政司は真由美の手を握っていた
いつも車の中では手を握っていた政司。
いつもスキンシップがかかせない
今日この日はなんの温もりも感じなかった
明日からはこのポンコツ車の隣は私じゃない、
カラオケで新曲が歌えるようにいつも曲を提供してたのに
今日で新曲は途絶える・・そしてこの偽りの手の温もりもあのおばさんに・・・
そう思うと真由美はドアに手をかけ高速道路の走る中飛び降りようとした瞬間
政司の手が止めた
もう消えてなくなりたい
引越しの日、初めてあのマンションに入った瞬間の違和感を思い出した
こんな日を用意されていたんだ
神様、どうして・・・
私を許してください、ちゃんと愛せなかった私をどうか許して
これからはちゃんと向き合ってやり直しますから、なんでもしますから・・・
でも政司の心はもう真由美にはなかった。
入居するときは真由美、退去するときはおばさん
調子がいいよね・・・
今夜、引越しが終わったら別れ話をするのか・・・
そんなの認めない
きちんと向き合ってこれまでの経緯と話をしよう
そんなことを考えながら家まで送ってもらうと真由美の心は空っぽだった
いつか政司とデートに行く時着ようと買っていた秋物のカーディガンを
なぜかこの日に初めて袖を通した
もう二度と着ることはないだろう
政司が誠意を持ってちゃんと話をしにくればよかったのに・・・
その夜、政司はいくら待っても真由美の元には現れなかった。
政司はこれで何もかも終わった、やっと新しい恋にいける、と心弾ませていたのだった
それが間違いの始まりだった・・。
馬鹿な政司。逃げずにきちんと謝罪して話し合えばよかったのに・・・
真由美の中ではまだ終わっていなかった
あの日、修羅場を迎えただけで別れ話はされていないから
おばさんは一時の浮気相手。
頭の中ではわかっていたつもりだけど真由美はかき消した
(いまは冷却期間だから・・・政司は必ず戻ってくる)
そう思うことにした。
政司の二股に逆鱗した真由美だったが
ただの浮気だと一旦、身を引いたつもりでいた
時間が経てば経つほどに真由美の頭と心はついていかなくなっていた