傷を負った男と女の出会い
過去の恋に傷つき、恋をすることに臆病になっていた
毎日ただなんとなく過ごしていた日々に
恋にトラウマを抱えたもの同士が出会ったのは雪が舞う冬だった
時は残酷なもので何も変わらないまま、また桜の季節がやってくる。
桃色の街にまたむしずがはしる、憎しみを抱えたまま
彼女はひとりぼっちだった
そんな彼女も5年前は幸せだった
竹山 真由美 39歳 バツ1 シングルマザー カフェ勤務
東京に本社をかまえるカフェが彼女の住む街では初出店であり彼女は店長に抜擢された
当時、カフェブームで田舎でも大繁盛で彼女は子育てをしながら寝る暇もなく
働いた
恋もできず仕事と子育ての両立で睡眠不足が続き体は疲れ果てていたものの
それなりに仕事にやりがいを感じ始め彼女は充実した毎日を送っていた。
時は12月。街はクリスマスモードも離れ正月を迎えようとしてる気忙しい
そんなある日、客でやってきた彼と出逢う
橋本 政司 40歳 バツ2 葬儀屋勤務 ⇒ IT業?
真由美の住んでいる所からさらに小さな隣町に両親と暮らしていた
バツ2はひっかっていたが長期ローンは抱えてるものの一応自己所有
マンションだという。
離婚して3LDKの部屋は一人では広すぎるということもあり両親と一緒に
住み始めたという
田舎では大手の葬儀屋の総務課に勤めていた。年齢もキャリアもあってか
管理職ではある
それでもいわゆる普通のサラリーマンではある
見た目イケメンでもないしどちらかというと目立たず物静かでこちらから
話しかけないと自分からは話さなくて恋人がいる風でもなければ欲しそうな
感じもしなかった
ただなんとなく過去に繋がるような影を感じた
友人と来店したのだが政司とは正反対の見た目派手な友人のほうが
フットワークが軽くよく話しかけてきた
大谷 洋 39歳 既婚者 新聞社勤務
真由美はそんな友人に対してあまり眼中にはなくごく普通の男、政司のことがなぜか気になった
その日店内はピーク時を過ぎておりゆっくりとした時間が流れていた為、
普段、客と話すことはほとんどないのになぜか彼らと沢山話していた
たわいもない会話だったけれど真由美にとって一瞬、日々の忙しさも忘れ、
母であることも忘れ、まるで学生時代を思わせるような同級生ととても楽しくいられた
そんなひとときだった
友人、洋はそっちのけで真由美と政司は連絡先の交換をした
まだラインなどは普及しておらず、連絡先の手段として
ただ電話番号でもなく携帯のメールアドレスでもなくお互いパソコンの
フリーメールアドレスだった
なぜか・・・・
その日の真由美は早く家に帰りたくて仕事を終え真っ直ぐ帰宅し着替えることもせず、
すぐさまパソコンを立ち上げて政司にメールを送っていた
なかなか返事は来なかった
無理もないパソコンのメールアドレスなのだから
それでも真由美はパソコンの前で待っていた
あきらめかけていた30分ほど過ぎた頃、政司から返信が来た
政司はまだ家に帰っていなかった
まだ友人と一緒でダーツバーにいるという内容だった
政司のフリーメールは携帯電話で受信がわかるようにしていたのだ
真由美はダーツバーなど行ったことがなかったのに
-まだ帰っていなかったのだったら仕事帰りに寄りたかったな-
とか
-久々にダーツしたかった-
とか
自分でも意味のわからない内容を送っていた
きっと政司からは誘ってはくれないと察していたのだ
社交辞令のような短い内容のやり取りを数回しながらもまだ友人と一緒の
せいかメールのやり取りを早く切り上げようとしてる感じが伺えたのは
-またお店に行くね。おやすみ-
その日はそれが最後でもう返信がなかった
真由美もそれ以来もう連絡はしなかった
翌週末、政司と洋がまた真由美の勤め先のカフェにやってきた
しかしその日は運悪く店内は混み合っていてほとんど話ができなかった
「メールするね」とだけ言い残して帰った
真由美からは連絡しなかった。その日は政司からもメールはなかった。
日曜日、真由美は久しぶりの休みだった
朝何気なくパソコンに向かい政司にメールを送っていた
-おはよう。今日は久しぶりのお休みでこれからひとりでランチでも行こうと
思ってます
今日はお休みかな?何してる?-
仕事なのかどこにいるのか何をしているのか私生活もわからず
とりあえず誘うわけでもなく
真由美はどうしたいのか分からず何度もメールの内容を考えながら
確認しながら送ってみた
即返信ではないが少したって政司から返信がきた
-おはよう。今日は仕事休みだよ
今まで寝てた
ランチ何食べるの?いいなぁ腹減った
俺は今からちょっと用があって出かけるけど-
返事に困る内容だった
休みだったら一緒にランチ行く?くらい誘ってくれてもいいのに・・・
どうしたいのか?どうしたらいいのか?わからない態度に内心、真由美は
もやもやしていた
出かける用事があるなら・・・もうそれ以上返信はしなかった
政司からも返信はなかった
翌週、忘年会やら何やらでお店が混雑していて真由美は雪の降る中、
外で客の車の駐車場誘導をしていたところ店のスタッフから電話があり
「お客さんが店長はどこ?と聞かれて電話してるんですけどお店戻れます?」
という内容で
「まだ戻れない、誰なの?急ぎ?」
すると
「橋本さんて方です。駐車場にいますと一応伝えましたが」
政司だった。
どうしよう、また話もできずもしかしたら会うことすらできず帰ってしまわれるかも?
はやる気持ちの中、手は凍りつきそうで雪が激しく降り続け
途中投げ出してお店に戻りたいと思っていた真由美に黙って傘を差しかけてくれた政司がいた
政司は交通整理を一緒に手伝ってくれ真由美は「寒いよう」と自然に政司の腕に絡まり腕を組む形で一緒にお店に戻った。
ほんの一瞬の出来事だったが真由美にとってはゆっくりと時間が流れそれまでの寒さも忘れる程の心温まる光景で忘れていた心のときめきすら覚えはじめていた
店に戻ると当然混雑ぶりはまだ続いていて店ではまた話もできなかった
気づけば、政司はいなくなっていた
帰ったことにも気付かなかった
仕事が終わり忙しすぎて疲れきっているはずなのにまたパソコンに向かって
政司にメールを打っていた。
-今日はせっかく来てくれたのにごめんね
寒い中、手伝ってくれてありがとう-
またそんな内容でしか送れなかった
真由美にとってはそんな短い内容だけれど送るまでに何度も書き直しては
考えてのメールだった
政司からはすぐ返信があった
-気にしないで
無理しないで頑張ってね
またお店に行くから-
相変わらず何がしたいのかわからない内容で真由美はすかさずまたメールを
打っていた今度は思いつきで
-来週末、ひとりで遠くまでミュージカルを観に行くんだけど帰り、
電車だから普段行かない街だけど政司くんの住んでる街、通り越しちゃうよね-
真由美は何が言いたいのか分からずいつもは慎重に送る内容のメールを
読み返しもせずに送っていた
すると政司からの返信に
-何時頃終わるの?早く終わるんだったら途中下車して飯でも行かない?-
初めて政司が誘ってきた
しかも真由美の住んでる街ではなく自分の住んでる街に誘ってきた
真由美は嬉しいはずなのに誘われたらどうしていいのか分からず
-何時に終わるのか分からないから早く終わったら行こうかな-
素っ気ない返信を送っていた。
-わかった。行けたらいつか話していた鉄板焼きでも食べに行こうか?返事待ってるね-
政司からの返信に真由美は予想外の急展開にまた戸惑いを覚えた
いい歳してなんでプラトニックなんだろ・・・政司はどう思ってるんだろう・・
え?恋??彼に??
政司は普通の男だ、タイプではない高学歴でも高収入でもない
楽しいと思えるほど会話もしていないしどちらかというと口下手で女の扱いも
慣れている感じではない
ただ恋がしたいのか結婚も視野に入れているのかどちらも焦りも見えない
では何がいいんだろ・・・なんで気になるんだろ・・・
でも進めない
真由美もいい歳だ
離婚してからは親とも縁を切られ誰にも頼らず女手ひとつで子供を育てながら今まで頑張ってきた
子供が自立するまでは再婚はしないと決めていたのだ
真由美もこれまでシングルマザーといえども当然、恋もしてきた
再婚したい相手もいた
しかし血の繋がらない子供を父親にして二人の間に新たに子供ができたとしても
同等に愛してもらえるのか、不憫な思いをするのではないのか、そう思うといつも踏み切れずに
好きな気持ちを抑え別れを選択してきた
離婚は大人の勝手な都合だ
子供に罪はない
父親を引き離した罰だから
そう言い聞かせて生きてきた
しかしあと3年もすれば子供は自立する
恋をすることにトラウマを抱えながらもひそかに次の恋愛が最後だ
そう思いながらも結婚にそれほど焦りはなかったけど自然と恋愛=結婚
と意識していたのかもしれない
政司は同い年でバツ2ではあるけど独身だ
子供はいない
しかし普通の男だ
真由美にとって政司のような普通の男は今まで無縁だったのでどう切り出していいのかわからない
また政司もピントがずれていてどう進めていいのか分からずにいた
二人は過去の恋に傷つき時を経てようやく癒えてきた頃だった
どうなるかわからないけどゆっくりでいい
焦らずゆっくりと・・・
恋なのかどうかも分からずにいたふたりは
ただ繋がっていたかった
この出会いは運命なのかも・・・
そう思っていた