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8.予想外の申し出

 

「エリスさん、こちらざますわ」


 マダム=マドーラにそう言われてエリスが案内されたのは、さほど広くない打ち合わせ用の会議室だった。

 『謁見の間』にでも案内されるのではないかと思ってどきどきしていたので、少し拍子抜けする。


 侍女のベアトリスの役割はここまでだったようで、エリスを室内へ案内するとそのまま部屋から退出していった。

 同様にマダム=マドーラも「ここで少しお待ちするざます」と言い残して、奥にある扉から出て行ってしまう。



 一人残されたエリスが会議室でしばらく待っていると、奥の扉が開いて王冠をかぶった壮年の男性が入室してきた。

 …頭に王冠を載せている以外は比較的ラフな格好をしているが、おそらくは彼こそがハインツ公国の公王であり双子の父親であるクルード王なのだろう。

 彼に続けてマダム=マドーラと、ピシッとした身なりの初老の男性も入ってきた。



「やぁエリス殿。

 よくぞこのハインツに来てくれた!

 招待に応じてくれて礼を申し上げる。

 わしがこの国の公王であり双子の父親でもあるクルードだ。

 横に居るのは内務大臣のスパングル。

 マダム=マドーラは既にご存知だな。

 わし共々よろしく頼む」


 部屋の隅々までよく通る…明るく親しげで朗らかな声に、エリスは一気に好感を持った。

 双子の父親だけあって顔立ちはかなり整っていたものの、歳を経て得られる渋めの雰囲気が彼のダンディな魅力を醸し出している。

 ただ…少し頭髪が寂しくなっていることには残念に思えたのだが…そこはあえて見なかったことにする。


「初めまして、エリス=カリスマティックと申します。

 このたびは私のようなものをご招待いただきましてありがとうござい…」

「あぁ、堅苦しい挨拶は良いよ。

 うちではそういうの気にしなくて良いから。

 いま双子を呼んで来るから、少し待ってくれな」


 エリスが緊張しているのに気づいてか、にかっと笑いながらそれだけを言うと、クルード王は部屋の奥に向かって「おーい、双子はまだかー?」などと声をかけた。


 しばらくすると、ベアトリスとは別の侍女に連れられてカレン王子とミア姫がやってきた。

 王子はエリスに向かって手を振りながら、姫は扇子で顔を隠しながら…でもチラチラとエリスをチラ見しながらの登場である。

 もしかするとミア姫には会うことも拒絶されてしまうかも…と不安に思っていたので、エリスは無事ミア姫が来てくれたことに少し安堵した。



「おお、やっと来たか。

 二人ともこっちにおいで。

 エリス殿、既にこの二人とは面識があるみたいだが、改めてわしから紹介しよう」


 クルード王はそういうと、自分の右手・・にミア姫を、左手・・のほうにカレン王子を引き寄せた。


「…改めて、わしの右手・・に居るのがカレン。左手・・に居るのがミアだ」

「えっ?」


 エリスは思わず声を出してしまった。

 いまクルード王は…ミア姫を示して『カレン』と、カレン王子を示して『ミア』と紹介しなかったか。



「あの…すいません。

 もう一度、ご紹介いただけますか」

「えっ?」


 少し首を捻りながらも、優しいクルード王は改めて双子を紹介してくれた。


「…わ、わしの右手に居るのがカレン。左手に居るのがミアだが…」

「えっ?」

「えっ?」


 やはり説明は変わらない。

 若干混乱気味のエリスの様子に気づいたのか、クルード王はハッとした顔をして左手に居るカレン王子…と思しき人物の方を見た。

 王子は、まるでイタズラがバレた子供のような表情を浮かべている。


「まさか…ミア、おまえ…教えて無かったのか?」

「えへへ…」

「えっ?えっ?」


 エリスはこのとき混乱が頂点に達していた。

 今、確かにクルード王は、カレン王子のことを『ミア』と呼んだような…


 クルード王は「はぁーっ、なんということを…」と呟きながら大きなため息をつく。


「エリス殿、すまんかった。

 どうやらこやつから何も教えられていなかったみたいだな。

 それであれば、改めて説明しよう。

 …これからわしが話すことを、驚かずに聞いて欲しい」

「あ…はい」


 そうしてクルード王が言葉にしたのは、エリスが想像もしなかった衝撃的な事実だった。


「実はな…

 わしの右手に居る…一見女性ひめのように見えるのが、我が息子カレンでな。

 左手に居る…どこからどう見てもおうじにしか見えないこいつが、娘のミアなんだ」


「えっ?えっ?えええええええっ!?」


 エリスはあまりの話の内容に、場もわきまえず大声を上げてしまった。

 ハッとして『カレン王子』…と思っていた『ミア姫』の方を見ると、してやったりといった顔でニヤニヤ笑っている。

 続けて『ミア姫』…と思っていた『カレン王子』の方を見ると、泣きそうな表情を浮かべてサッと顔を隠してしまった。



 だ、騙された…


 エリスはこのときになって、ようやく自分が『ミア姫』に出し抜かれたことに気づいた。

 そしてそれこそが、彼女ミアが侍女のベアトリスに頼み込んでまで1人でエリスを迎えに来た真の理由だったことも…





 だけど、それと同時にエリスはホッとしていた。

 なぜならば、ずっとこの双子に感じていた違和感の正体が、この話を聞いてようやく判明したからだ。


 私が感じていた違和感の正体は、二人の性別に関する部分だったんだ。

 どうやら私は、自分でも無自覚のうちに二人の正体に気づいていたみたい。

 それが『視覚と感覚のズレ』を指摘する違和感となって、ずっと私の中枢にある神経きもちを刺激していたんだわ。



 そんなエリスの様子に気づかないクルード王は、事態がおかしなことになってしまったのを気にして、一旦この場を仕切り直すことにしたようだった。


「とりあえず挨拶はこのくらいにして、一度解散しよう。

 わしはエリス殿と少し話があるから、皆はそれぞれ戻って良いぞ。

 双子はとりあえず自分の部屋に戻ってなさい。

 エリス殿との話が終わったら部屋にお連れするから」


 こうしてエリスに対する双子紹介イベントは一旦幕を下ろしたのだった。







 ------------------







 先ほどまで6人居た会議室には、クルード王とエリスの二人だけとなった。

 他の人たちを人払いしていたので、どうやらこれから他の人には聞かせられないような話をするつもりのようだ。


 クルード王は自らポットに入ったお茶を淹れてくれた。恐縮しながら受け取るエリス。

 どうやらハインツの公王は自ら手を動かすことを厭わない…かなり気さくな人物のようだ。




「なにも知らなかったらビックリしただろう?」


 クルード王の優しい問いかけに、エリスは素直に頷いた。

 さすがにあの場でいきなりあんなことを明かされたら驚くしかない。


「実はな…双子がああなったのには深い理由があるのだよ」


 クルード王はそう言うと、これまで起こった出来事を色々と話してくれた。

 『写真集事件』のこと。

 『禁呪暴走事件』のこと。

 そして先日の…『双子の成人記念祭』でのこと。


 カレンとミアの二人が、母親にかけられた魔法のせいで非常に困った状態に居ることを、エリスはこのとき初めて知った。

 あまりに衝撃的な内容に驚愕するとともに、二人…特に女装を強要されている王子カレンに心の底から同情する。


 それにしても私、すごい秘密を知ってしまったわ…

 エリスはそう思うと同時に、余計なことが気になってしまう。


「あの…私なんかにそんな、ハインツ公国のトップシークレットとも言うべき秘密を教えていただいてもよろしかったんですか?」

「はっはっは。これから家庭教師をしてもらうのに秘密もなにも無いだろう?

 それにな、わしは知っておるのだよ。

 …そなたの『正体』のことをな」

「えっ?」


 クルード王は渋めの顔にニヤリとした笑みを浮かべると、手に持ったお茶を一気に飲み干した。


「わしはな、エリス殿の『正体』を知った上で、今回の話をお願いしているということだよ。

 なにせ、ブリガディア王国のジェラード王はわしの親友だからな」

「あぁ、なるほど…」


 エリスはその言葉で納得した。

 おそらくクルード王は、自分の素性や能力について把握しているのだろう。


「…わしも最初聞いたときは驚いたよ。

 まさかジェラード王にそなたのような『庶子』が居たとはな」

「…今の私は、ただの平民の『エリス=カリスマティック』ですよ」


 そう…エリスは、クルード王が語ったこの事実こそが自分がここに居る理由だと思っていた。


 実はエリスは、ブリガディア王国ジェラード王の秘密の隠し子だったのだ。





 彼女自身、つい最近までその事実を知らなかった。

 それまではただの平凡な中流貴族の一人娘として生きて来ていたのだ。


 だが、とあることがきっかけで彼女の素性が判明することとなる。




「その…決して疑っているわけでは無いのだが、そなたの『天使』となった姿を見せてもらえるか?」

「はい、わかりました」


 クルード王の要請に頷くと、エリスは首から下げていたネックレスを手に取った。

 ネックレスの先には、少し古ぼけた『鍵』がかかっていた。

 エリスはその『鍵』を手に取ると、目を瞑ってぎゅっと『鍵』を持つ手に力を込めた。



 …次の瞬間。

 エリスの全身が白く輝いたかと思うと、その背に真っ白な『天使の翼』が出現した。


「おぉ!天使の翼だ!

 …そなたは本当に『天使』だったのだか。

 ということは、その『鍵』がエリス殿の『天使の器(オーブ)』ということになるのかな」

「はい、そうです。

 私はこの『ラピュラスの魔鍵』のおかげで『天使』となることができました。

 ただ、まだほんの数か月前に『天使』に目覚めたばかりなのですが…」


 エリスが自分の素性を知ることになった原因。

 それこそがこの…『天使』に目覚めた、ということだったのだ。



 魔法使いは基本的には血筋でその魔力の強さが決まる。

 そのため、通常『天使』になるほどの資質を持つ者は、王侯貴族など非常に限られていた。


 エリスは…ほんの数か月前まで、まったく魔力を持たない育ての両親のもと、魔力を封印される形で育てられてきた。

 それはジェラード国王の落胤であることを隠すための処置であり、本来であれば…何も知らないまま普通の人間として生きていくはずだった。


 それが、『ラピュラスの魔鍵』と出会うことで自身の封印された魔力に気づき、その封印を解放することでエリスは『天使』として目覚めたのだった。 

 皮肉にも…その出来事がきっかけとなり、エリスは自分が育ての両親と血がつながらないことが明らかになったのだが、それはまた別の物語である。



「驚いたな…

 本当にその若さで魔法使いの上位存在とも言うべき『天使』になれるとは。

 さすがは『7大守護天使』の一人であるジェラード王の血を引くだけはある」

「私の場合は、運が良かっただけなのです。

 たまたま運命的にこの『ラピュラスの魔鍵』という『天使の器(オーブ)』に出会って、天使に目覚めることができただけなので…

 なにより私はそれまで、魔法すら使うことができない…ただの普通の女の子でした」

「うむ、それも聞いている。

 あまり魔法についての知見が深くないということもな」


 そこまで知っていながら、なぜ私が双子の家庭教師として選ばれたのか。

 そんなエリスの疑問に気づいたクルード王が、優しげな表情を浮かべながら教えてくれた。


「なぜそんな自分が家庭教師に?と疑問に思っている顔だな。

 実はな、家庭教師というのはただの名目に過ぎない。

 本当はエリス殿に…双子の『友達』になってもらいたいと思っておるのだ」

「えっ…」


 完全に予想外の申し出。

 エリスは驚き戸惑いの声を上げた。


「わしは双子のために誰か良い人物…友人でも作ってあげることはできないものかと悩んでおった。

 そんな折にジェラード王に相談したら『良い人物が居る』といってエリス殿を推薦されたのだよ。

 だから、そなたをハインツに招聘したのは、このわしだ」

「そ、そうだったんですか…」

「うむ、そうだ。

 …エリス殿は少し勘違いしているようだが、そなたは決して祖国を厄介払いをされたり追い出されたりしたわけではないぞ?」


 エリスは、自分の心が見透かされたのではないかという感覚に陥った。

 いまクルード王が指摘したことは、まさにエリスがそう思っていたことだったから。


「でも…私…」

「もっとも、急に友達になってくれと言われても困る…という気持ちはわかる。

 だからこその『家庭教師』なのだよ。

 そういう名目であれば、気軽に接してもらえるのではないかと考えてな。

 もちろん、エリス殿が魔法について未熟なのは承知しておる」

「は、はぁ…」

「だが、その点については心配せんでもいい。

 双子もまた、魔法については疎いのだ」

「えっ…?」


 エリスはその言葉に驚きを隠せなかった。

 普通王族であれば魔法の勉強をしているのは当然であったし、なにより二人はあの…『7大守護天使』ヴァーミリアンの子供なのだ。

 その潜在的な魔力は相当なものだと考えられた。

 それなのに、これまで魔法の勉強をほとんどしてきてないとは…


「まぁその理由についてはおいおい分かるだろう。

 っとまぁそんなわけなので、気軽な気持ちで今回の話を受けてもらえると助かるのだがな。

 …もちろん、エリス殿が来年の春から『魔法学校』に行くことが内定していることも聞いておる。

 だからそれまでの間で良いので…どうだろうか?」


 来春からの『魔法学校』への入学の内定通知。

 それは、エリスが今回の家庭教師の話をされたときに一緒に来た話だった。


 まだ歳若い魔法使いたちにとって、魔法学の中枢ともいえる『魔法学校』への入学を許されることは、大変名誉なことだ。

 そんな『魔法学校』への内定はエリスにとって大変喜ばしいことであった。

 なにより魔法学校(そこ)には…エリスの親友である人物ししょうが下宿していたから。




 いずれにせよ、もともとある程度の覚悟を決めてハインツに来ていたエリスには、今回の話を断る理由などなかった。

 エリスは真正面からクルード王の顔を見据えると、少しだけ言葉を選びながら…彼女なりの誠意を以って答えた。


「あの、このようなことを言うのは失礼に当たるのかもしれませんが…

 私もぜひ、お二人のお友達になりたいと思ってます。

 私はこれまでの…長くもない人生の中で、友達にたくさん助けられてきました。

 今の私が在るのも、その友達のおかげです。

 ですからその…恩返しという訳じゃないんですけど、私も誰かの力になりたいんです。

 私なんかじゃ役不足かもしれないですけど…お二人にとってそんな存在になれたらいいなって、そう思っています。

 ですので、今回のお話は…私なんかで良けれは喜んでお受けさせていただきます」


 少し照れ笑いしながら答えるエリスを、クルード王はまるで眩しいものでも見るかのように目を細めて見た。

 やがて…ひと時の間をおいてクルード王は頷くと、エリスに右手を差し出した。


「ありがとう。

 エリス殿に頼んでよかったよ。

 これから春までの間だけど…二人のことをよろしく頼む」

「はい!

 こちらこそ、よろしくお願いします!」


 こうしてエリスは…双子の家庭教師として、正式にハインツ公国の客人となったのだった。








 ----------







 エリスが退出した部屋に一人残ったクルード王はふーっとひとつ息を吐くと、自分で淹れたお茶を口に運んだ。

 そのとき、トントンという扉を叩く音が響く。


「入っていいぞ」


 クルード王の返事を待ってゆっくりと扉が開き、スパングル大臣とマダム=マドーラが入ってきた。


「…クルード王、いかがでしたか?」

「うむ、無事引き受けてくれた」


 クルード王の言葉に、二人は安どのため息をこぼす。


「正直、予想してたよりもずっとしっかりとした女の子ひとだったよ。

 …色々と苦労もしてきているようだったしな」

「そうなんですか…人は見かけによりませんなぁ」


 スパングル大臣が訳知り顔で頷いている。

 そんな大臣の言動を無視してマダム=マドーラが問いかけてきた。


「クルード王から見て、エリスさんは大丈夫そうざますか?」

「あぁ、あの件か…」


 マダム=マドーラの問いかけに頷くと、クルード王は懐に手を入れ、なにか手紙のようなものを取り出した。


「問題ないと思う。

 きっとあの娘なら双子とも仲良くなってくれるだろう。

 来年の春以降も…な」

「そうざますか…

 上手くいくと良いざますが…」


 クルード王は返事の代わりに、手に持った郵便物を拡げた。

 そこにはこう書かれていた。

『魔法学校入学内定書』

 宛先は…カレン王子とミア姫だった。




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