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7.エリス、ハインツ公国にやってくる

たくさんのお気に入り登録&ご評価ありがとうございます!


ここから第二章となります。


 


 一面に広がる平原は、夏の日差しの加護を受けて深緑に染まっていた。

 焼けるような日差しは、残暑の影響からか…地面に反射して燃えるような熱を発している。


 そんな平原の中心を切り裂くようにできた一本の街道。

 そこを、一台の馬車がゆっくりと進んでいた。


 どうやらそれは、定期航路を行く馬車のようだ。

 体格の良い御者に操られて、ガタゴト音を立てなが街道を突き進んでゆく。



 その馬車の乗客は3名だった。

 8人乗りの馬車なので、比較的少ない方であろうか。


 客のうちの一人は、商人風の若い男性。

 揺れる車内で帳簿を見ながら、なにやらぶつぶつと独り言をつぶやいている。

 二人目は、おっとりとした雰囲気の初老の女性。

 馬車の揺れに身を委ねながら、こっくりこっくりと居眠りしている。


 そして最後の一人は…まだ少女といっても過言ではない若い女性だった。

 期待に胸をふくらますかのようなきらきらした瞳で、まるで初めて見る景色を楽しむかのように…じっと外の景色にかじりついている。


 少し長めの紅茶色の髪を、窓から入り込んでくる夏の風に躍らせていた。

 幼さの中に芯の強さを感じさせる可愛らしい顔立ちのこの少女。


 彼女の名前はエリス=カリスマティック。

 若干15歳の、れっきとした魔法使いの少女だった。







 ----------





 あぁ、旅って素敵…

 ずっと昔からあこがれていた馬車での旅が、まさかこんな形で実現するなんて…


 馬車の窓に流れる風景を見ながら、私は感嘆のため息をついた。

 そしてその瞬間だけ、これから先に起こるであろういろいろな現実から逃避することができた。



 私はある目的のためにブリガディア王国の王都イスパーンからハインツ公国の首都ハイデンブルグに向かっているところだった。

 ある目的…それはなんと驚くべきことに、『ハインツ公国の双子の王子と姫の家庭教師をする』というものだった。

 人生どうなるかなんて、本当にわからない。

 そんなことを痛感させられる状況に、いまの私は居た。



 ハインツ公国の双子といえば、ちまたで美男美女として有名な雲上人だ。

 その双子の家庭教師として招聘されるということは、私にとって青天の霹靂そのものだった。






 この話を最初に聞いたとき、私には戸惑いしか無かった。


 このときの私はただの『魔法屋の店員見習い』でしかなかったし、魔法に関しても師匠からようやく基本を学び始めたばかりだったから。

 そんな私に…他人に物事を教えるような深い教養があるとは考えられなかったし、そもそもとてもではないけれど…私なんかにそんな大役務まるとは思えなかった。




 だけど…落ち着いて考えて、色々な人に相談して…

 結果的にはこの話を受けることにした。



 今回の話が、私自身の特殊な生い立ちに起因する問題から私を遠ざけるための…厄介払い的な意味合いがあることは、すぐに理解できた。


 もちろん、理由はそれだけではない。

 師匠の後押しもあった。

 彼女ししょうは私に「ボクはキミがちっぽけな店で漫然とした日々を過ごすよりも、なにも知らない場所で刺激的な毎日を送った方が、きっとキミの将来のためになると思う」と言って、この話を強く薦めてくれたのだ。


 だけど何より一番の理由は…私自身が新しいことにチャレンジしたいと思ったからだ。


 私はある出来事をきっかけに、大きく人生が変わってしまった。

 そのこと自体は自分で決断したことだから一片の後悔もないし、これからするつもりもない。

 ただ…その決心をしたときに、一つ自分自身に決めたルールがある。

 それは…

『たとえダメだと思うことがあっても、とりあえず第一歩を踏み出してみる』ということだ。



 なので私は、正直自分には分不相応だと思える今回の話を受けることにしたのだった。









 馬車はゆっくりとしたスピードで道を進んでいた。

 とはいえ、いよいよあと一時間ほどでハインツ公国の首都ハイデンブルグに到着してしまう。


 そのことを意識すると、さすがに緊張する気持ちを抑えることはできなくなって、そわそわ落ち着かなくなる。


 私は予習のため…自分自身を落ち着かせる意味も込めて、手元にある観光ガイドブックと『写真集』を手にとって、再度内容を確認することにした。







 ガイドブックによると、ハインツ公国は交易を中心に発展した公国であるとのことだった。

 その国土や人口はさほど大きくなく、国家の規模としては小国の部類に入る。


 そんなハインツ公国の国民が、他国に自慢できるものが大きく3つあった。


 ひとつ目は、ワイン。

 ハインツ公国は良質のぶどうを産出しており、ここで造られるワインは高級品として世界各国の貴族に愛飲されているとのこと。


 二つ目は、ファッション。

 ハインツ公国は交易で発展した国であることから、いろいろなものを輸入に頼っているそうだ。

 そのため、輸入した材料をもとに独特な服や装飾品・家具等をデザインしたり加工したりし、独自の付加価値を付けて輸出していた。

 それらが『ハインツブランド』として、世間から高い評価を受けていたのだ。

 実際ハインツ公国で生まれる流行は、世界のセレブファッションの最先端に在るといっても過言ではない…らしい。


 そして、最後の三つ目が…

 先ほどから話題に上がっている、この公国の…絶世の美男美女と噂されている『双子の王子』と姫だった。




 ふむふむ…なるほど。

 やはり自分の出身であるブリガディア王国とは少し勝手が違うようだ。




 続いて私は、もうひとつの資料…写真集『ハインツ公国の太陽と月』を手に取った。

 そこには、ガイドブックの説明に違わぬ『絶世の美少年・美少女』が、様々な情景シーンに魅力的なポーズで映っていた。


 …うーん。なんというか、住んでる世界が違いすぎる。

 こんな人たちと、私は上手くやっていけるのだろうか…






「おやおや、貴女も『ハインツの双璧』のファンなのかい?」


 私が写真集を真剣な表情で眺めていると、いつの間にか目を覚ました隣の席のおばあさんが、嬉しそうに語りかけてきた。

 本当のことを言うわけにはいかないので「はぁ、まぁ…」などと曖昧な返事を返す。


「まぁ、そうなの!あたしなんかは年甲斐もなくカレン王子のファンなのよ。

 なんかこう、物語の王子様!って感じでキューンってなるのよねぇ。

 しかもあのルックスなうえにお優しくて…

 貴女知ってる?その写真集はハインツの双子が魔災害で被害にあった人たちに寄付するために作ったもので、収益を全額寄付してるそうなのよ」


 その話は私も知っていた。

 ハインツの双子を一躍有名にした、大きな出来事だったから。

 …実を言うと、ガイドブックを読んで初めて知ったのだけれども。



 いずれにせよ、こんな長距離馬車の客のおばあさんが知っているくらいの知名度をこの双子は持っているのである。


 そんな人物の家庭教師になるなんて…

 どうしよう…


 かえって緊張が増す結果となってしまったので、私はそれ以上の心を落ち着かせる作業を放棄して、外の景色を楽しむ方に気持ちを切り替えたのだった。













 それからおよそ一時間後。

 馬車は無事にハインツ公国の首都ハイデンブルグに到着した。


 街の中央にある公園のそばで、私たち客は長距離移動馬車から降ろされた。

 御者の方に礼を言うとともに隣のおばあさんに別れを告げると、私はそのままハインツ公国関係者と待ち合わせしている『白鳥広場』と呼ばれている場所に向かうことにした。







『白鳥広場』は、ハインツの公城である『白鳥城』の前にある広場だった。

 平日の真昼間だというのに、たくさんの人たちが散歩したり観光したりしている。

 どうやら国民の憩いの場となっているようだ。


 私も目的が無ければのんびりと辺りを歩き回ってみたいなぁ…

 そんなことを思いながら、私は待ち合わせの場所に向かうことにした。



 待ち合わせの場所、それは広場の中心にある一本の大きな木だった。

 その木は大きな傘のような形状をしていて、その下にはベンチとかも置かれて憩いの場となっている。

 私は手持ちのカバンと一緒に、そのベンチに座ることにした。



「ふーっ」


 思わず大きなため息をつくと、私はハンカチを取り出して額の汗を拭った。

 木陰から差し込む木漏れ日のシャワーが、長旅で疲れた身体に心地良く沁みわたる。


 待ち合わせの時刻までは、もう少し間があるはずだ。

 腕時計を確認しながら今後の流れを思い出す。

 確か…予定の時刻に『ベアトリス』という名前の侍女が、自分のことを迎えに来てくれる手はずとなっていたはずだった。


 それまで、少し休もうかな…

 私はそのままハンカチを顔にかけると、少しだけ意識を手放そうとした。










「やぁ。きみが、エリスかい?」



 突然かけられた声に、私の心は唐突に現実に引き戻された。

 あわてて顔にかけてあったハンカチを取り除く。


 一瞬だけ、夏の眩しい日差しに目がくらんだ。

 だけどそれはすぐに収まり、徐々に視界が回復してくる。



 そして、そんな私の視界の中に…猛烈な違和感を持った存在が飛び込んできた。






 最初に目に入ったのは、真っ白な白馬。

 次に目に入ったのは、その馬に跨った人物だった。


 後ろで束ねられた銀色の髪は、夏の日差しに反射してきらきらと鈍い輝きを放っている。

 すらりと伸びた四肢は、まるで均整がとれた彫刻のよう。

 そしてなによりそのルックスは…筆舌に尽くしがたい美少年だった。

 強い意志が秘められた切れ長の瞳に、魅惑的な少し厚い唇。

 その中性的な顔立ちは、同じく中性的な澄んだ声色と合わせて、見るものを強烈に惹きつける魅力を発している。


 絵画でしかお目にかかれないような、絶世の美少年。

 歴史絵巻に出てくる、徹底的に美化された絵画の登場人物のような存在。


 しかし私は、この美少年に見覚えがあった。

 そう、彼の名は…


「カ…カレン王子……ですか?」



 私の前に出現した、白馬に跨った美少年。

 その人物は、写真集『ハインツの太陽と月』に在る美少年『カレン王子』その人だったのだ。




 私は突然の状況に度肝を抜かれていた。

 まさか、いくらなんでも王子様自らが迎えに来るとは思ってもみなかったからだ。


 そんな私の戸惑いには気づく気配もなく、カレン王子…と思しき人は私に微笑みかけると、さっとその右手を差し出してきた。


「えっ…?」

「きみを迎えに来たんだ。

 さぁ、一緒に王城に行こう!」


 私が突然の出来事に気が動転して躊躇していると、彼は馬から飛び降りて私に近づいてきた。

 そして…おもむろに私の手をつかむと、ぐいっと引っ張った。


「わわっ!?」

「さぁ、早く馬に乗って!

 急がないと…周りが騒ぎになっちゃうよ?」


 その言葉に、私はようやく周りの様子に気づいた。

 周りの人たちは突然の『カレン王子』の登場に、かなり騒然となっていたのだ。


 さすがにこの場で話をするのはまずいととっさに判断した私は、彼の言うとおりにすることにした。

 手助けをもらって派手な白馬にまたがる。

 すると、遅れて『カレン王子』が私の後ろに飛び乗ったのだ。

 私は急に後ろから抱きかかえられるような形になってびっくりする。


「ええっ!?」

「いくよ、はいやーっ!!」


 そんな私の反応を無視するように『カレン王子』は馬の腹を勢いよく蹴ると、一気に王城に向かって駆け出していった。


「あっ!?カレン王子様よ!?」

「きゃー!かっこいい!!」

「ちょっと、前に乗っているあの女のひとって誰なの!?」

「うそー、信じられなーい!」

「なにあれ…うらやましい!平凡な顔の女のくせにー!」


 そんな歓声や罵声を聞きながら、私たちを乗せた白馬は王城の門を一気に走り抜けていった。










 城内に入ると、一人の女性が駆け寄ってきて馬の手綱を取った。

 メイド服を着たその女性は、黒髪を後ろで束ねてポニーテールにした…あまり感情の起伏が感じられない人だった。


「ありがとうベアトリス。きみの役目を奪ってごめんね」

「いえ…お気になさらずに」


 あぁ、この人が私を迎えに来る予定だったベアトリスさんか。

 なんだか東洋的な雰囲気の人だなぁ。

 でも今の話を聞く限り、カレン王子が役目を奪い取ったのかな。

 でもなんでそんなことをするんだろう…


 私が一人でそんなことを考えてる間に、王子は詫びとばかりにベアトリスの頭をぽんっと軽く叩いた。

 その瞬間、ベアトリスは照れたような表情を浮かべる。

 だけどそれも一瞬のことで、すぐに一重まぶたのきりりとした目で私のほうを見てきた。

 …正直、怪しいものを探るかのような鋭い視線だった。



「ご案内致します」


 白馬を馬房に預けると、ベアトリスが先導して城内に入城していった。








 やがて私たちは城内の中庭のような場所に到着した。


 ハインツ公国の公城『白鳥城』は、真ん中の空いた四角形の形をした建物だった。

 その中心の空いた部分がささやかな中庭になっており、そこには綺麗に整備された草花がたくさん生い茂っていた。


 素敵な中庭…

 生まれ育った家に小さな庭があったのを思い出して、私は少しほっこりとした気分になる。



「お、いたいた!

 エリス、あそこを見て!」


 突如王子に言われて指差された方を確認すると、窓辺に一人の女性が佇んでいるのが見えた。




 その女性を見たとき、私は思わずはっと息を飲んだ。


 …物憂げに中庭を眺めているその女性。

 彼女は遠目にも分かるほどの、とてつもない美貌の持ち主であった。


 でも私が驚いたのは、その美貌についてではない。

 彼女の顔が…横にいる王子とそっくりだったことだ。


 あぁ…あれがハインツの『月姫』ことミア姫なのね。

 何の説明もされなくてもそれくらいは察することができた。




 二人はさすがに双子だけあって、その顔立ちは非常によく似ていた。

 ただ、それぞれが醸し出すオーラのようなものは決定的に違っていた。


 横にいるカレン王子の…『太陽王子』の名にふさわしいハツラツとした雰囲気に対して、窓辺の美少女は儚く物憂げな雰囲気の…まさに『月姫』と呼ぶに相応しい気配を持っていたのだ。





「おーい!

 さっき話してた『家庭教師』の人が来てくれたぞー!」


 横にいる王子が大きな声で窓辺の…彼とよく似た美少女に呼びかけた。

 すると、声をかけられた方の美少女…おそらくミア姫のほうは、その言葉にハッとしてこちらに視線を向ける。

 そして…私の姿を認識したとたん、彼女の顔が恐怖の色に染まった。


 次の瞬間、窓辺の美少女…ミア姫はあわてて顔を隠しながらさっと身を翻すと、パタンと窓とカーテンを閉めてそのまま閉じこもってしまった。



 ベアトリスさんといいミア姫といい、私そんなに警戒されるような変な雰囲気を出してるのかなぁ…

 私はちょっぴり傷ついてブルーな気分になる。



「あちゃー、やっぱダメだったかぁ」


 隣に居る王子がその様子に投げやりな独り言をつぶやいた。

 ベアトリスも同調するように頷いている。

 どうやら彼が考えていたことは上手くいかなかったようだ。



「よし、それだったら乗り込んじゃおう!」


 カレン王子は声高らかにそう宣言すると、ニヤリとした笑みを浮かべながら私たちを引き連れて城内へと入っていった。








 王子に半ば強引に連れられて到着したのは、とある部屋の前だった。

 カレン王子は何の躊躇もなくその部屋の扉をノックする。


「おーい、連れてきたんだから開けてくれよー」

「…絶対イヤだ!」


 室内から聞こえてきたのは、強烈な拒絶の声だった。

 おそらく室内に居るのはミア姫なのだろう。


 でもそんな声にめげることなく、王子は引き続き交渉を行う。


「諦めて素直に出てきなよー。

 出てこないと、家庭教師の女の子が泣いちゃうよぉ?」


 私は断じてそんなことで泣くようなタイプの女の子ではない。

 そう思ったものの、そんな一言がきっかけでミア姫が部屋から顔を出してくれるのであれば…と思って、王子がやっていることを黙って見守ることにする。


 するとどうだろう…

 驚くべきことに、部屋の扉がゆっくり空いて中からミア姫が顔を出してきたのだ。

 その様子は恐る恐る…といった感じではあったが、それでも大きな前進だった。

 どうやらミア姫は、私が泣くのを気に病んでくれるくらい優しい心の持ち主らしい。



 顔を覗かせたミア姫は、少しおどおどしているようだった。

 その顔色は悪く、かなり衰弱しているように感じる。


 …それにしてもミア姫は美しかった。

 私はシルバーブロンドの髪というのをこの双子で初めて見たのだけれど、光に反射してキラキラと輝く様子が本当に綺麗だった。

 カレン王子とは対照的な不健康そうな感じが、逆に儚げさや可憐さを際立たせる結果となっている。


 おそらくミア姫は、ずっと部屋に引きこもっていたのだろう。

 その理由は…今の私にはわからない。

 ただなんとなくではあるが…その辺りが私が家庭教師として呼ばれた理由なのではないかなぁ、ということだけは推測できた。




 だけど私にはそれ以上に気になることがあった。


 私はこの二人…カレン王子とミア姫に、なぜだかわからない違和感を感じていたのだ。

 なんとなくちぐはぐというか、バランスが取れていないというか…

 言葉では伝えにくい違和感。


 その違和感は、実はカレン王子と最初に会ったときから感じていた。

 その最大のものは、「王子ほどのイケメンに後ろから抱きしめられるように馬に乗せられたのに、まったくドキドキしなかった」という点である。


 その理由が、私にはさっぱりわからない。

 もしかして美形慣れしてしまったのかとも思った…私の師匠もとんでもない美女だったから。

 だけどミア姫に会うことによって、この違和感はさらに増すことになった。


「あの…あなたがたは本当に『カレン王子』と『ミア姫』なのですか?」


 私は思わずそんなことを聴きたい気持ちに駆られた。

 だけどさすがにそんな不躾なことを聞くわけにはいかないので言葉を飲み込む。




 私のそんな戸惑いに…ミア姫は気づいたようだった。

 これまでの警戒一色だった気配が変わり、問いかけるように口を開こうとする。




 と、そのとき。


「こ、こんなところに居たざますかーっ!!」


 通路の奥の方から、細めの眼鏡をかけた貴婦人が強烈な怒気を発しながらこちらに向かってスタスタと迫ってきた。



「やべっ!マダム=マドーラだ!」


 その様子を見て一瞬にして王子が顔色を変えると、慌てて何処かへ逃げ出して行った。

 姫もパタンと扉を閉じて部屋に戻ってしまう。


 結果的にその場には、私とベアトリスだけが残されることになった。




「まったく…まーたあの人のせいざますね、本当に困ったものざます…。

 ベアトリス!貴女がついていながらなんということになってるざますか!」

「申し訳ありません、マダム」


 いきなり目の前で始まるお説教に、私はちょっと首を竦めた。

 どうやら私が原因のようなので、なんだか自分が怒られたかのような気持ちになってしまう。

 しかし、ひとつ分かったことがある。

 王子が私を迎えに来たのは、やはり色々と想定外の出来事だったようだ。

 どうやら一筋縄ではいかない相手みたいだぞ…

 私はなんだか身が締まる思いがした。



「あーオホン、貴女がエリス様ざますか?」


 私がそんなことを考えてると、例の貴婦人が眼鏡の縁を指で触りながら問いかけてきた。

 私は慌てて姿勢を正して返事を返す。


「あ、はい。エリス=カリスマティックです。

 申し訳ありません、どうやら私がなにかご迷惑をおかけしたようで…」

「いえいえ、あなたのせいじゃないざますよ。

 ワタクシはマダム=マドーラ、この王城の侍女長ざます。

 それよりも国王陛下がお待ちざますわ。

 こちらに来るざます」

「あ、はい!」



 こうして私は自分の心の体制を整える暇も与えられ無いまま、ハインツ公国の国王の元へと案内されたのだった。




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