(番外編)性転換ポーション
たくさんのブックマークや評価ありがとうございます!
お久しぶりですが、番外編を更新しました!
それは、寒さも峠を越えた冬のある日のこと。
カレンは、いつものようにリビングルームのソファーに座って一人寛いでいた。
とんとん。ドアをノックする音。返事を返すと、エリスがトレーを持って部屋に入ってきた。
…トレーに乗っているのは、どうやら紅茶のようだ。
「カレン、居てくれてよかった。特製紅茶淹れたんだけど、飲まない?」
「へぇぇ、エリスの特製紅茶?飲みたい!」
エリスの淹れる紅茶はとっても美味しい。
しかも特製だ。嬉しくないわけがない!
ぼくはウキウキしながらカップを受け取った。
ごくごく。
ごくごく。
なんだかエリスがニヤニヤしながら、ぼくが飲む姿をじーっと観察しているような…
なんか照れるなぁ。
それでも構わず、ぼくは紅茶を一息で飲み干したんだ。
すると…
「…あれ?あれれ?」
なんだか身体に違和感を覚える。
なんだろう…胸が…だ、大事なところが…ムズムズする。
そして…熱い!
違和感に耐えきれなくなったぼくは、一通り謎の反応がおさまったあと、恐る恐る自分の胸を触ってみた。
むにっ。
むにむにっ。
「っ!?!?」
ぼくは、言葉を失った。
なんとそこには…男であるはずのぼくには存在するはずが無い、とっても柔らかい感触の二つの丘があったのだ!
それは…紛れもない、女性の胸の感触だった。
「なっ…!なっ…!?」
焦ったぼくは、さらに大事なところのほうを確認してみたところ…
無い。
無い!!
大事なシンボルが無い!?
「なんじゃこりゃぁぁぁあ!?」
ぼくは思わず、これまで出したことのないような魂の叫びを上げてしまったんだ。
「あはは、うまくいったみたいね?」
「えっ?」
焦って身体中を弄っていたぼくに、エリスが心底楽しそうに声をかけてきた。
そこでハッと我に帰った。
ど、どういうこと?
もしかして、これは…エリスが何かしたってこと!?
いたずらっぽい笑みを浮かべたエリスが、ぼくに答えを教えてくれた。
「えへへ。カレン、女の子の身体になったんでしょ?」
「エリス!?ど、どうしてそれを…!?」
「だって、さっきカレンが飲んだ紅茶に…こっそり混ぜちゃったんだもの」
「混ぜた?混ぜたって、な、なにを!?」
ごくり。
ぼくは思わずつばを飲み込みながら、エリスの言葉の続きを待った。
エリスは、一瞬だけ面白おかしそうな表情を浮かべたあと、ぼくに向かって真顔でこう言い放ったんだ。
「混ぜたのはね…『性転換ポーション』だよ」
「せ、性転換ポーション!?」
その…禍々しい名称に、ぼくは全身に鳥肌が立つのを感じた。
そう言えば聞いたような気がする。
エリスが『グイン=バルバトスの魔迷宮』に向かったのは、性転換を可能にするという伝説の魔法薬『性転換ポーション』の作製方法を探しに行ったのだということを。
そんなもの、あるわけないと思ってた。
だから、そんな話はすっかり忘れてた。
だけど…そのとんでもない魔法薬のレシピが、どうやら実在したらしい。
しかも今のこの状況は、魔法薬の精製にまで成功したってことを意味していた。
「そんな…とんでもない、非現実的な魔法薬が存在するなんて信じられないよ」
簡単に受け入れられない状況に、ぼくは唸るようにそう口にした。
「それがねぇ…実在してたんだなぁ。なんとか精製することに成功してね。せっかくだからカレン飲んでもらおう思って紅茶に混ぜてみたんだけど…実験は大成功だったね!」
対するエリスは、ぼくの苦悩なんてまるで意に介さず。なんだか得意げな表情を浮かべてそうのたまったのだった。
なんてことを…してくれたんだよぉ…
現実を受け入れられないぼくは、思わず頭を抱えてしまった。
むにむに。
そうやってぼくが頭を軽く振っていると、ふいに胸のあたりになにか感触があった。
視線を落とすと、そこには誰かの手が…
「…えっ?」
振り返ると、なんと…いつのまにか後ろに回りこんでいたエリスが、ぼくの胸を触っているではないか。
「ええっ!?エリス!?」
「カレンってば、男だったときでさえ私より可憐だったのに、本当の女性になっちゃって、しかもこんな胸まであったら…あなた完璧じゃない?…同じ女として、私の立場無いわぁ」
「ちょ!ちょっとエリス!?何を言って…」
「それにしても…大きな胸ね。許せないわ」
「そ、そんなこと言いながら胸を触るのやめてーっ!!」
ぼくは必死にもがいて、なんとかエリスを引き剥がすことに成功した。
ちょっと、舌打ちとかしないでよ。
エリスってば、なんかキャラ変わってるんですけど…
って、ちょっ!?手をモミモミしながらこっちに近寄ってこないでーっ!
ぼくは、半分目が座ってしまったエリスに底知れぬ恐怖感を覚えた。
近寄ってくるエリスから反射的に後ずさると、そのまま一目散にこの部屋から逃げ出したんだ。
はぁ…はぁ…
しばらく走ったあと、どうやらエリスを巻いたらしいことが分かって、ぼくはその場にへたり込んでしまった。
…それにしても、さっきのエリスは怖かった。
なんだか何かに取り憑かれたみたいだったよ。
…大きな胸に恨みでもあるのかな?
ぼくは思わず自分の胸の感触を確かめてみようと、自分の胸に手を伸ばした。
「あーらカレン、そんなところで何してるの?」
「うわぁあ!?」
突然の後ろからの声。
慌てて振り返ると、そこには…エリスと同じようにニヤニヤした表情を浮かべたヴァーミリアンが立っていた。
「なんだぁ、びっくりした。お母さまかぁ」
「なによ、人をお化けみたいに言って」
…まぁ、お化けというより怪物だと思うけどね。
もっとも、そんなこと本人に面と向かって言うわけにはいかないけどさ。
「…それで、カレン。あなたこんなところで何してるの?」
「それが…さっきエリスに『性転換ポーション』を飲まされちゃって、そしたら急に女の人の身体になっちゃったんだ」
「ふーん」
あれ?意外な反応だ。
思ったより食いつきの悪いヴァーミリアン。
お母様だったらこういうネタ好きそうなんだけどなぁ。
少し疑問に思ったものの、そのときぼくはちょうど良いアイディアが閃いたので、疑問を後回しにしてそのことを問いかけることにした。
「…あ、そうだ!お母さま、お母さまの魔法でぼくの…女性化しちゃったこの身体を元に戻せないの?」
「元に戻すって…なんであたしがそんなことしなきゃいけないの?」
「なんでって…こんな身体だったら、ぼくが困るじゃない?」
「ふーん?別にあたしは困らないけど?むしろ…この状況は、あたしが望んでたことだし」
「へっ?」
お母様の口から出た言葉に、ぼくはキョトンとしてしまった。
だが、その言葉の意味を理解して、本人に確認しようとお母様の顔を見る…
そこにあったのは、最高に面白いものを見るような目。
ぼくを見ながらニヤニヤ笑う表情。
その瞬間、ぼくは確信した。
…お母様も、エリスとグルだったんだってことを!
「まさか…まさか…お母様もっ!?」
「そうよ、カレン。あたしも…あなたを女体化させるのに協力したのよ!エリスの性転換ポーション精製に、七大守護天使たるあたしの持てる力のすべてをもって支援することでねっ!」
やっぱり!!
でも…一体なんのために?
そもそもお母様は、男であるぼくに無理やり女装させることが趣味だったはずだから、ぼくが女の子になっちゃったら本末転倒だと思うんだけどなぁ。
「そうね、確かにあなたの言うとおりね。だけどね…あたし、気づいたのよ」
「気づいたって、な、なにを?」
ごくり…
ぼくは唾を飲み込んで、ヴァーミリアンの次の言葉を待つ。
「それはね…肉ばかり食べてたら、時には野菜も食べたくなるってことをよ」
「そ、それって…つまり?」
「つまり、女装させるばっかりじゃ飽きちゃうから、今度はあなたの女体化を見たいって思っちゃったのよぉぉぉおぉぉぉ!!」
目を血走らせながら壮絶なカミングアウトをするヴァーミリアン。
…いや、ほんとにもう勘弁してください。
ぼくは思わずズルズルと後ずさった。
逃げなければ…この場から逃げ出さねば…
今のお母様は、ヤバい。ヤバすぎる。
ぼくの頭の中で警報がガンガン鳴っている。
そんなぼくに対して、お母様は後ろに隠していた何かを取り出してきた。
布?マント?いや、これは…
「そ、それは…まさか…」
「うふふ、そうよ。これはねぇ…サファナに特別に作らせた、女体化したあなた専用のお洋服よぉ」
それは…フリフリのキラキラな、ぼくが絶対に着たくないと思うような可愛らしいデザインのドレスだった。
たらーり…冷や汗が背を伝う。
「さぁ…これを着るのよ、カレン」
じり…じり…
じわじわ近寄ってくる、悪鬼。
「はぁはぁ…さぁ服を脱いで…これを着るのよぉぉぉおぉ」
「うわぁぁぁあぁぁぁあ!!」
ぼくは絶叫しながら思いっきりヴァーミリアンを突き飛ばすと、ドレスに埋もれてモガモガしているのを尻目に、一目散にその場を逃げ出したんだ。
「はぁ…はぁ…あぅ!?」
どん。
豹変してしまったエリスとヴァーミリアンから逃げながらお城の中のコーナーを曲がったとき、今度はそこにいる誰かにぶつかってしまった。
慌ててバランスを取ろうとすると、ぶつかった相手に手をぐいっと掴まれた。
目の前にぱっと広がる銀色の波。それは…見慣れたはずの銀色の髪だった。
「あんた、なにしてんの?」
「…あ、姉さま!」
そう、ぼくがぶつかった相手…すなわちぼくの腕を掴んだのは、他ならぬミアだった。
ミアは、不思議そうな顔をしてそのままぼくの腕を支えてくれている。
ぼくは礼を言うと、すぐに態勢を整えた。
…それにしても今日の姉さま、なんだか力強いなぁ。
「カレン。あんまり慌てて走ったりすると、転んで怪我をするぞ?」
「え?あ、うん…」
あれ?なんだか発言がいつもと違うぞ?
…というより、優しい?いや。ちがう、これは…
「それで、あんた慌ててどうしたの?」
「あ、それがね…」
そのとき僅かに感じた違和感。
でも状況が状況だったので、とりあえずそれは無視して、先程までの出来事を姉さまにかいつまんで話すことにした。
エリスが突然ぼくに性転換ポーションを飲ませたこと。
その結果、ぼくの身体が女の人の身体になってしまったこと。
エリスに襲われそうに?なって逃げてきたこと。
そのあとヴァーミリアンに見つかって、フリフリの格好をさせられそうになったことを。
そんなぼくの話を、姉さまはなんだかニコニコしながら聞いてくれた。
うーん…やっぱり様子がいつもと違う。
「そうか。それは大変だったなぁ。かわいそうに、カレン」
そう言うと、ポンっとぼくの頭に手を置いた。
その…あまりにナチュラルな色男っぷりに、思わずゾワッとしてしまう。
ぼくのことを見守るような優しい目つき。
なんとなくしっかりとした体つき。
いつとより堂々とした態度。
…そう、ぼくがさっき感じた違和感の正体。
それは、姉さまが…なんだかとっても男らしいってことだ。
そのとき。
ぼくはものすごく嫌な直感が閃いてしまった。
ぼくが飲まされたのは『性転換ポーション』。性別を変えてしまう魔法薬。
それはつまり、男を女に変えるだけではなくて…
そして、嫌な予感は的中してしまう。
「まぁ、心配しなくていいぞ。これからはあたしがカレンのことを守ってあげるから」
「姉さま…あなたもしかして…」
「ふふふ、そのとおり!実はねぇ、エリスの『性転換ポーション』のおかげで、あたしもついにホンモノの男性になったのだぁ!!!」
そう宣言すると、姉さまは高笑いしながら自分の胸元を無造作にがばっと広げた。
そこには…これまであったはずのものが無く、かわりに筋肉隆々の立派な男性の胸があったのだった。
「あわわ…なんてことを…」
あまりのショックにガクガク震える。
こんなことって…こんな恐ろしいことって…
そんなぼくの肩を、姉さま…いや兄になってしまった存在は、にっこりと笑いながらパシパシ叩いた。
「カレン。これからはあたし…いやおれが、おまえのことを守ってあげるよ」
うぇええ!?
おれ!?
いまおれって言った!?
「そのかわり、これからはおれのことを…姉さまじゃなくて『おにいさま』と呼ぶんだぞ?」
お兄様!?
あぁ、もうだめだ。
すべて終わりだ…
そしてぼくは、そんな姉さまがあまりに恐ろしくなって…
「うわあぁあぁ!!いやだあぁあぁぁあ!!」
そんな声を上げながら、その場から逃げ出してしまったんだ。
はぁ…はぁ…
なんてこったい。
これはなんて悪夢なんだ?
ぼくは三人から必死に逃げながら、混乱する頭を整理していた。
「カレンー?どこー?胸触らせてー?」
「カレンー?こっちのお洋服もかわいいわよー?」
「カレンー?おにいさんがナデナデしてあげるぞぉ?」
そんなぼくの背後から、身の毛もよだつような言葉の数々が聞こえてくる。
…そのプレッシャーに、次第に追い詰められていく。
それにしても…性転換ポーションだって?
性転換なんていう自然の摂理に反する行為が実現化するなんて、とてもではないが信じられない。
しかもそれが、高度な魔法である『天使の歌』などでなく、ただの魔法薬で可能になるという。
…ん?
魔法薬!?
そのとき、ぼくはある事実に気づいた。
そうだ。性転換を実現したのが魔法薬なのであれば、そこにはきっと効果が発現する期間…すなわち持続時間があるはず!
そもそも、性転換なんて怪しい薬効の魔法薬の効果が、さほど長続きするとは思えない。
その場合、持続時間が切れれば、効果が無くなって元に戻れるのではないか。
それであれば…逃げて隠れて時間さえ稼げれば、そのうち薬の効果が切れるだろう。
そうすれば…あの『恐怖の攻撃』から逃げ切ることができるかもしれない。
ぼくの心に、少しだけ希望の光が灯った。
「こっちからカレンの気配がするわ…」
だが、やつらはそう簡単にぼくを見逃してはくれなかった。
すぐ近くから、そんな不吉な声が聞こえてくる。
慌ててぼくは近くの部屋の中に逃げ込む。
素早く扉を閉めて、鍵をかけた。
…そこは、なにもないがらんどうの部屋だった。
あれ?こんな部屋、このお城にあったかな?
まぁでも、今はそんなことを考えている場合ではない。
実際、ぼくが逃げ込んですぐに部屋の前に人の気配が来る。
「…この部屋にカレンがいそうな気がするぞ?」
「よーし、そしたら開けてみよう」
「そうしましょう、開けたら探しましょう」
がちゃり。
扉を開けようとするものの、鍵がかかっていて開かない。
ガチャガチャガチャ。
さらに強く開けようとする姉さまたち。
どかーん!
強く扉を…まるで何か重いものを叩きつけたかのような音。
ちょ!そ、そこまでする!?
てか、これ何てホラー!?
と、次の瞬間。
がちゃん。
という、絶望を知らせる音が、ぼくの耳に飛び込んできた。
なぜか…閉めていたはずの扉が開いてしまったのだ。
まさに、万事休す。
「うひゃああぁあ…」
情けない声を出しながら、必死に隠れる場所を探すぼく。
だけど、この部屋には隠れれそうな場所などどこにもない。
そのうち扉がゆっくりと開いて…三人が部屋の中に入ってきた。
「いた…」
「みつけた…」
「やっぱりここにいた…」
そこに居るのは、三人の悪鬼。
ニヤニヤして手をモミモミしているエリス。
目をギラギラさせて、両手に洋服を抱えるヴァーミリアン。
ニコニコしながら胸元をチラチラさせているミア。
ちょっとこれって、もしかして…ぼく、本気でやばい!?
じりじり近寄ってくる三人。
追い詰められるぼく。
三人の顔が近づいてくる。
もう…終わりだ…
そしてぼくは…恐怖のあまり、絶叫してしまったんだ。
「うわああぁあぁあぁああぁあ!!」
がばっ!!
絶叫とともに飛び起きると、そこは見慣れたぼくの寝室のベッドの上だった。
はぁ…はぁ…
荒い息、全身を覆うひどい汗。
だけど、今はそれが…自分が現実の世界にいることを証明してくれた。
「うっそ…あれ、ぜんぶ夢だったの?」
声に出して、ようやく確信する。
そう。どうやらぼくは、ひどい夢を見ていたようだった。
それも、とびっきりの悪夢を…
「うそだろう…いや、でも夢でよかった…」
それだけ口に出すと、気力の尽きたぼくはそのままベッドにパタンと前のめりに倒れ込んでしまったのだった。
ーーーーーーーーー
そして明けた朝。
ぼくは一人リビングルームのソファーに身を沈めていた。
いまのぼくは寝起きなのにとっても疲れ果てていた。
それもそのはず。あんなとんでもない夢を見たのだから…
起きたあともはっきりと覚えていた。
あんなに…ある意味怖い夢は初めてだった。
あれに勝る悪夢もなかなかないと思う。
正直、寿命が縮んだ気がする。
そういえば、夢はその人の隠れた願望を映し出すことがある…という話を聞いたことがある。
…そんなの、本気で勘弁して欲しい。
ぼくは今までもこれからも、女性になりたいなんて思うことはないのだから。
夢占いできる人がいたら占って欲しい。
この、最悪な悪夢の意味を。
トントン。
そのとき。
ドアをノックする音がした。
返事を返すと、エリスが部屋の中に入ってきた。その手には、湯気の出る何かを乗せたトレーを持っている。
…どうやら紅茶のようだ。
どきん。
高鳴るぼくの心臓…もちろん、悪い意味で。
この光景…デジャヴ。
そう、間違いなく夢と同じ状況だった。
「カレン、居てくれてよかった。特製紅茶淹れたんだけど、飲まない?」
げっ。せ、台詞まで同じとは…
ぼくは背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
そんなぼくの表情を見たからか、エリスが少し表情曇らせた。
「あ、もしかしてあまり飲みたくなかった?」
「…え?あ、ごめんごめん!ちょっと違うことを考えてたんだ。エリスの淹れた特製紅茶?飲む飲む!ぜひ飲ませてもらうよ」
そうだ。夢で同じであるはずなどない。
自分にそう言い聞かせると、嬉しそうな表情で紅茶を淹れてくれるエリスの動作を眺めながら、必死に心を落ち着けた。
そして…いよいよ手渡される紅茶。
恐る恐る口をつけてみる。
ごくり。
…すると、それは。
「あ、美味しい!この香りは…もしかしてオレンジ?」
「せいかーい!珍しいオレンジの香りがする葉が手に入ったから淹れてみたんだ。けっこう美味しいでしょ?」
「うん!この味と香りはぼく好きだなぁ」
まったく、ふつうの紅茶だった。
ふーっ、ものっすごい集中して飲んじゃったよ。
こんなに全神経使って紅茶を飲んだのも、生まれて初めてだよ…とほほ。
ようやくリラックスできたぼくは、おかわりをもらいながらエリスと雑談することにした。
二人で向かい合って紅茶を飲みながら、ぼくはふと思い立って聞いてみる。
…夢の中に出てきてぼくを苦しめた『魔法薬』の話を。
「そういえばさ、エリス。前にエリスが『グイン=バルバトスの魔迷宮』の『図書館』に行った目的の一つが、『性転換ポーション』の製法を探すためだったって話を聞いたんだけど…」
「あー、それね。それ…じつはガセネタだったんだ」
「…え?そうなの?」
性転換ポーションは、なんとガセネタだった!
エリスの話によると、どうやらそれは都市伝説の類のものので、その製法といったものは見つからなかったらしい。
なーんだ、こんなことならもっと早く聞いとけばよかった。
そしたらあんな夢見なくて済んだのに…
「無かったのかぁ。それはそうよだね。簡単に肉体を改変するような魔法薬があったら大変だものね」
「うんうん。でも、そんなこと聞くってことは…もしかしてカレン、興味あったの?」
「ち、ち、ちがうよ!そうじゃなくて…ただ、どうなったのかなーって」
そんな感じでぼくがしどろもどろになっていると、タイミング良く部屋の扉が開いてミアが入ってきた。
ナイスだ!姉さま!
「お、エリスの紅茶?いい香りがするね!あたしにも淹れてぇ」
「はーい、ミア。じゃあそこに座っててね」
鼻歌交じりに紅茶を淹れるエリス。
ご機嫌に雑誌をパラパラめくるミア。
…あぁ、これがぼくの日常なんだな。
そんな…ふたりの姿を見て、ぼくはなんだかほっと胸をなでおろしたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
よろしければご意見やご評価いただけると嬉しいです。
近いうちに新作でお会いできるようがんばります!




