エピローグ
冬の真っ只中のその日。
ハインツ公国は…歓喜に包まれていた。
当初ハインツの国民にもたらされていた情報は、『ヴァーミリアン王妃が双子を連れて武者修行の旅に出た』というものだった。
あぁ、またあの王妃がとんでもないことをやってるなぁ。
国民の多くはそう思っていた。
だが、その後届けられたビッグニュースに、ハインツの国民たちは度肝を抜かされた。
ハインツの双子を含めたメンバーの、『魔迷宮』への突入。
冒険者チーム『明日への道程』による、魔迷宮における『悪魔団体の殲滅』作戦の遂行。
その殲滅戦への、『七大守護天使』ヴァーミリアン王妃やクルード王の突然の参戦。
そして…悪魔団体との戦いの果てに、『ハインツの至宝』カレン王子とミア姫が、運命の『天使の器』に出会って『天使』へと目覚めたこと。
特に最後のニュース…『ハインツの双子、天使に目覚める!』は、大きな驚きと歓喜を以ってハインツ公国に迎え入れられた。
「おいおい!ただでさえ天使なうちの姫様が、本当に『天使』になっちまったんだってよ!」
「あぁ…王子様が『天使な王子様』になってしまわれたのね…ますます遠い存在になるわ!」
「あなたなんか王子様のお呼びじゃないわよ!それより…王子も姫も、あの冒険者チーム『明日への道程』のメンバーの手助けをしたらしいわよ!」
「本当かっ!?さすが『魔戦争の英雄』のお子さんだけある!我がハインツの誇りだっ!」
そして、このニュースに加えて…翌朝にクルード王たちがハイデンブルグの街に凱旋することが伝えられると、大騒ぎに拍車がかかった。
しかも…『明日への道程』一行が護衛を務めながら戻ってくるという。
この…彼らにとっては『魔戦争の勝利』や『ハインツの火龍討伐』に匹敵するかのようなビッグニュースに、ハイデンブルグの街は盛大に盛り上がったのであった。
そして翌朝…
彼らはハイデンブルグの街に凱旋してきた。
ハイデンブルグの街は、たくさんの人たちで溢れかえっていた。
英雄たちの帰還を…心待ちにしていたのだ。
道を覆い尽くさん限りの人出は、これまでのどんなお祭りでもなし得なかったほどのものだった。
そんな…大勢の観衆で満ち溢れた『マリアージュ通り』を、帰還した一行が大歓声に包まれながら行進していた。
先導するのは…馬に跨った『英雄』レイダーだった。
左右には『野獣』ガウェインと『氷竜』ウェーバーという…『明日への道程』一行の名だたるメンバーが控えている。
三人の少し後ろを闊歩する馬車に揺られているのは、二人の女性。『うら若き魔女』ベルベットと、のちに…『漆黒の聖母』と呼ばれることになるパシュミナだった。
今回の偉業達成により、彼らの伝説に新たな1ページが追加されることになった。
だが…通常であれば主役であるはずの彼ら『明日への道程』一行でさえ、今日は引き立て役でしかなかった。
彼らの後ろから…さらに二台の馬車が見えると、観衆はさらなる大歓声に沸いた。
一台目の馬車に乗っていたのは、クルード王とヴァーミリアン王妃だった。
クルード王は威厳高く、ヴァーミリアンは…これまでの彼女からは考えられないほど穏やかで優しい表情で、席に腰掛けている。
そして、その左右には…
「うわぁー!!カレン王子ー!!」
「ミア姫さまー!すてきー!!」
「お二人とも、『天使』への覚醒、おめでとうございまーす!!」
「なんとお美しい…まさに美の神の化身だ!!」
そう、そこでは…『ハインツの太陽と月』カレン王子とミア姫が、誇り高く、美しく、気高い雰囲気を醸し出しながら、観衆に向かって手を振っていたのだ。二人は立ち上がって、熱烈な歓迎をする観衆の声援に応えている。
そんな二人の姿を、エリスは最後尾の馬車から寂しそうに眺めていた。
「どうしたの、エリス?さみしそーにしちゃって!」
バレンシアに肩を叩かれて、エリスはちょっとだけ苦笑いを浮かべる。
「ううん、なんでもないの。ただ…やっぱり二人は違う世界の人間なんだなーって感じちゃって…」
「何言ってんだよ。キミは…彼らの『親友』なんだろう?」
不意にかけられたティーナの優しい言葉に、なんだかうるっときてしまうエリス。
そんな彼女に対して、バレンシアが…大観衆に舞い上がり、挙動不審になっているチェリッシュを押さえつけながら、続けてこう口にした。
「それに…エリスは『ヴァーミリアン王妃の公認』だしねっ!」
「ちょ、ちょっと!やめてよ!」
エリスは真っ赤になりながらも慌てて両手を横に振る。そして再び二人の様子に視線を向けたエリスは…堂々とした態度で観衆に手を振るカレンたちを、今度は誇らしい気持ちで眺めたのだった。
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それにしても、すごい観衆だなぁ…
あまりの人の多さに圧倒されながら、カレンは大観衆に向かって一生懸命手を振った。
今回のこのセンセーショナルな『帰還劇』は、すべてヴァーミリアンのシナリオだった。
ぼくが生還したあと、お母様は…ぼくたち全員にハインツへ来るように伝えた。
レイダーたちは断ろうとしてたみたいなんだけど、「あんたたち、わたしの誘いを断るっていうの!?」と凄んだら諦めたみたいだった。
でも、今のぼくには分かる。あれは…お母様なりの照れ隠しなんだ。
本当は皆に感謝していているからこそ、改めてお城に呼んでお礼がしたかったんだと思う。
『魔迷宮』から脱出したあと、ぼくたちは…ボロボロの身体を引きずりながら、近くの村まで移動した。そこで、お風呂を借りたり食事を取ったりして…ゆっくり一晩骨休めさせてもらったんだ。
その間に、お父様がハイデンブルグに早馬を飛ばしたみたい。たぶん…無理やり残してきたスパングル大臣たちに気を遣ったんだろうと思う。
一晩ゆっくり休んで、ある程度体調が良くなったぼくたちは、馬車を調達してようやく帰路についたわけなんだけど。
…まさか、こんなに大騒ぎになっているとは思わなかったんだ。
マリアージュ通りには、たくさんの観衆が集まっていた。
中にはチラホラ見知った人の姿も見える。
あっ!あれは…サファナのお店のスタッフだ!その横ではボロネーゼがバシバシ写真を撮っている。
またどっかの雑誌にでも売り込むのかな?
向こうに見えるのは…『スパイラルエッジ』の四人組だ。
相変わらずハイタッチしてるなぁ。
「いやー、それにしてもすごい観衆だね!みんなあたしらが『天使』に目覚めたことを喜んでくれてるんだよ?」
いまだに『王子様』の格好をしたままのミアが…面白おかしそうに笑いながら、ぼくに話しかけてくる。
ぼくは…そんな姉さまをキッと睨みつけた。
「なにさ?なんか気に入らないの?」
ぼくの睨みつけ攻撃に対して挑発的な視線でそう応えながら、右手のブレスレットを掲げる姉さま。
すると…その背中に『天使の翼』が具現化した。
美しい白い翼を持った『天使』の姿になった『カレン王子』。
その姿に、観衆が一気にどわぁぁぁぁぁっ!!と沸く。
「いやさ…なんで姉さまが『男装』してて、ぼくはまだ『女装』してなきゃならないわけ?」
そう、なんと…ぼくにかけられた『呪い』は、未だに解けていなかったのだ!
なので、当然ぼくは今も『お姫様』の格好をしていたわけで…
いくら慣れたとはいえ、これはあんまりだと思う。
…やがて我が家である『白鳥城』が見えてきた。
遠目にも、たくさんの人たちがぼくたちを出迎えてくれているのが分かる。
あれは…侍女四人組だ!
あーあ、ベアトリス号泣してるよ。
バーニャとプリゲッタが涙を流しながら抱き合い、シスルが元気いっぱいに手を振っている。
その横には…サファナがルクルトと手を絡めあって大声を出していた。
あ、もう彼氏のことはバーニャさんにバレたのかな?
そして、その中心には…これまたボロボロと涙を流しているスパングル大臣とマダム=マドーラの姿が見えた。
あぁ、ぼくは還って来たんだな。
この…生まれ育った場所に。
そんなことを思いながらも、今だにぼくは『禁呪』が解けないことに対してぷーっと頬を膨らませていた。
少しふてくされたぼくの様子に気付いたヴァーミリアンが、今度は声をかけてくる。
「カレン、あなたまだブツブツ文句言ってるの?」
「当たり前だよ!だいたいさ、この『呪い』って…ぼくを『病気』から守るためだったんでしょ?だったらさ、病気が治った今なら、もうこんな『女装』は必要ないんじゃないの?なのになんで『禁呪』が解けないわけ!?」
そんなぼくの疑問に対して、ヴァーミリアンが…突如とんでもないことを言ってきた。
「確かにきっかけはそうだったかもね。だけど…病気が治ったからといって、だれもあなたの『女装してないと気絶する魔法』を解くとは言ってないわよ?」
「は、はぁ!?どういうこと?」
「だーかーら、あなたの魔法はわたしが解かないって言ってるの!」
「ええー!?そんなの困るよ!なんでそんなことするのさっ!?」
ぼくの必死の問いかけに、ヴァーミリアンは…最高に意地悪な笑みを浮かべた。
そして、ぼくのほっぺたをつつきながら…悪魔のような言葉を、ぼくの耳に囁いてきたんだ。
「カレン、あなた分からないの?そんなの…わたしの趣味に決まってるじゃない」
「ぶーっ!?」
お母様の悪魔のような爆弾発言に、ぼくは盛大に吹き出してしまったのだった。
「うふふ、じゃあしばらくは…18歳までかな?その格好でがんばってね!お・ひ・め・さ・ま!」
ぼくたちの会話を横で聞いていた姉さまの…白々しいその言葉に、ぼくは怒りにプルプル震えた。
だけど、観衆に向かって両手を振って歓声に応える姉さまは…意に介した様子もない。
もう…堪忍袋の尾が切れたぞ!
その態度に少しカチンときたぼくは…真剣な表情で姉さまを睨みつけると、こう言ってやったんだ。
「ぼくは…『お姫様』じゃなーい!!」
次の瞬間、ぼくの気持ちに呼応するかのように、ぼくの背中に…天使の翼が具現化した。
それを見た大観衆が、この日一番の大歓声を上げたのだった。
〜「ぼくは『お姫様』じゃないっ!」
The End 〜
ここまでこの物語を読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。
本作品はこれにて一旦完結となります。
今後は…少しフォローできなかった人たちとかの番外編などちょいちょいアップしようかと思っています。
いずれにせよ、ここまで書くことが出来たのは、読んでくださった皆様のおかげです。
また充電&勉強をしたら…続編?新作?でも書きたいと思っていますが、ひとまずはここまで。
最後に…もし本作を気に入っていただけたら、感想や評価など頂けると嬉しいです!
本当に、ありがとうございました!




