59.『五芒星』の最期
『グイン=バルバトスの魔迷宮』の地下四階にある『図書館』。
ここに今…七人の人物が対峙していた。
悪魔『魔操者』と、それに操られている『魔人』プリムラ。
プリムラを魔法で縛り付けているチェリッシュ、さらには傷付きながらも妹を心配するパシュミナと、それを支えるバレンシア。
そして…たったいま到着した『片翼の天使』ティーナと『双剣』クルード王。
助けてもらった礼を述べながらも、パシュミナは安心していなかった。
なぜなら…妹プリムラの『精神操作』が解放されたわけではなかったからだ。
「待ってください!あの悪魔を倒しては…妹の呪縛が解けません!」
双剣で悪魔を切りつけようとしているクルード王を、慌てて制するパシュミナ。
それでピタッと動きを止めるクルード王。
冷や汗を流しながらも…状況はまだまだ自分を向いていることに『魔操師』は思い至った。
「くくく…パシュミナの言う通りだ。ワシを殺すとプリムラの精神は焼き切れるぞ?それで良ければワシを仕留めるが良い!ぐわはははは!」
「へー、それじゃあ貴様の魔法を解除すれば良いんだな?」
「なぬっ!?」
そう言って一歩前に歩み出したのは…ティーナだった。
背に生えた片翼の翼をはためかせ、『光の紐』で縛られたプリムラに対峙する。
そして…ティーナはゆっくりと『天使の歌』を歌い出した。
「…今ここに現れ、そしてその扉を開け放て!悪しき心を浄化するために!…発動せよ!『天国への扉』!!」
ティーナの腕の動きに合わせるように出現した『光の扉』が、拘束されたプリムラの目の前に具現化した。
その扉がゆっくりと開き、プリムラの身体を吸い込んでいく。
そして…プリムラ吸収した扉が、爆発的な光を放った。
…光が収まった後、そこには…先ほどと同じ姿で立ち尽くすプリムラが居た。
カランカラン…
手にした大剣を、地面に落とすプリムラ。
だがその瞳には…先ほどまでと違い、明確に意思の光が宿っているように見える。
ぐらり…プリムラの身体が揺れた。
「プリムラ!!」
パシュミナが慌てて崩れ落ちそうになる妹の身体に手を伸ばす。
…間一髪、間に合った。妹の身体を抱きしめるパシュミナ。
「プリムラ!?だいじょうぶ?!」
「…うーん…おねえ、ちゃん?」
「プリムラ!!精神拘束が解けたのねっ!?良かった…」
傷ついた自らの身体を無視して、ぎゅっと妹を抱きしめるパシュミナ。
安どの表情を浮かべるプリムラ…だがすぐに意識を失ってしまう。
そんな妹を、パシュミナは愛おしげな表情で見つめていた。
こうしてパシュミナは…半年に渡る旅の末、無事妹の救出を成功させたのだった。
「ば、ばかな…ワシの『悪魔の呪文』が…あっさりと打ち破られた、だと?あの『英雄』レイダーですら解除できなかったワシの…究極の『固有魔法』が…」
「ふん、それはレイダーが安全を期したためだろう?うぬぼれるなよ」
「ぐぬぬぅ…きさまのような小娘に…」
「それは相手が悪かったな。なにせボクは…『対悪魔』に特化した能力を持ってるからね」
そう言うと、ティーナは…両手でその長い金髪をかきあげた。
その姿はまるで、戦いの勝利を誇る戦女神のようであった。
「な、なんだと…そんな能力…認められん!」
ブルブルと怒りに震えながらティーナを睨みつける『魔操師』。
だが、どんなに強がろうと…『切り札』を失ってしまった今の彼は、完全に追い詰められていた。
じり…じり…
一歩ずつ後ろに下がっていく。
「おっと、そこで逃げるのかよ?」
「無駄なことを…愚かな悪魔ですこと」
「うふふ、わたしがこいつも食べちゃおうかなぁ」
突如、背後から響き渡った声に、ぎょっとして後ろを振り返る『魔操師』。
そこに立つ三人の姿を確認して…『魔操師』が悲鳴に近い声を上げた。
「げえええ!!ガウェインにウェーバー!?それにヴァーミリアンだとっ!な、なんということだ…」
そう。遅れて登場したのは…『明日への道程』のメンバーであるガウェインとウェーバーだったのだ。さらにその隣には、先ほど悪魔を一体屠ったばかりのヴァーミリアンまで居る。
完全に…『魔操師』は追い詰められていた。
「さーて、誰が頂いちまうかな?」
ボキボキ指を鳴らしながら舌なめずりするガウェイン。
そんな彼を制するように、すっと前に進み出た人物がいた。
それは…意識を失ったプリムラをバレンシアに預けたパシュミナだった。
「私に…任せていただけませんか?」
そう言うとパシュミナは、ガウェインとウェーバーを真剣な表情で見つめた。
パシュミナの瞳をじーっと確認して…ふっと笑う二人。
「ちっ。仕方ねえなぁ。今回はお前に譲るか」
「仕方ありませんね。ヴァーミリアンさんもよろしいですか?」
「ふん、まぁしょうがないわね」
こうして一同の賛意を得たパシュミナは、今度はウェーバーに近づいていった。
ウェーバーは頷くと、パシュミナの耳元でなにかを囁く。
それは…パシュミナの『封印』を一時的に解くための『言葉』だった。
「それでは…一時的にあなたの『封印』を解放します。……『解除鍵・解放』!」
次の瞬間。
パシュミナの全身から強烈な魔力が吹き出した。
その瞳は赤く輝き、その背には…バキバキと音を立てながら、まるで蝙蝠のような黒い翼が生えてくる。
それが…『魔族』パシュミナの、真の能力を解放した姿だった。
「な…なんだそのふざけた魔力は…」
その…他を蹂躙するような圧倒的な魔力に、『魔操師』はガタガタ震えながら絶望的な声を上げた。
そんな彼を…パシュミナは冷徹な目で見下ろした。
「『魔操師』。私はもう誰も傷つけたくないと思っていました。だけど…あなたは別です。あなただけは…私の手で葬ってみせます!!」
パシュミナの瞳がカッと開いた。
すると…その全身を包むように、鉄の鎧が具現化する。
ガシャン!ガシャン!
その鎧が音を立てながら、パシュミナの全身を覆っていった。
やがて…『魔操師』の目の前には、二十年前の魔戦争において世界を震撼させた存在…『凶器乱舞』パシュミナそのものが出現していた。
二十年の時を超えて、かつて『魔将軍』とまで呼ばれた存在が、ここに復活したのだった。
…ただし、今回は人類の味方として。
「きさま…!魔族のくせに悪魔の敵に回るというのか!?」
「私にとって、天使も悪魔も魔族も人間も…何一つ変わりません。ただ…私の大切な妹を好き勝手に操った、あなただけは許さない」
全身鎧に身を包んだパシュミナが両手を上げた。
すると…『魔操師』の周りに次々と…様々な種類の武器が具現化していく。
剣、槍、ナイフ、ハンマー、鉾…さらにはクワや弓矢、カマ、鉈…はたまた投石機などまで…
この世に存在するあらゆる武器が、『魔操師』の周りを取り囲んでいた。
その姿、その状況…まさに『凶器乱舞』!
「な…なんという力だ。これだけの武器を一度に具現化させるとは…」
「…さぁ、滅びなさい。『魔操師』」
その言葉と同時に、パシュミナが…自ら構えていた大剣ごと『魔操師』に飛びかかっていった。
その大剣を、必死の形相で手に持つ『悪魔の器』で受け止める『魔操師』。
がきぃいぃぃん!
響き渡る、鈍い金属音。
「っくはっ!う、受け止めたっ!?」
なんと、『魔操師』は…
全身鎧姿のパシュミナから放たれた大剣での一撃を、ガッチリと受け止めたのだ。
ダラダラと汗を流しながらも、誇らしげに…目を狂気に光らせる悪魔。
だが…
ずぶりっ。
「…なっ…?」
突然、『魔操師』の胸から剣が生えてきた。
『魔操師』の胸を、激痛が貫く。
ごふっ、と…血を吐き出した。
それでも歯を食いしばりながら、後ろを振り返る『魔操師』。
するとそこには…
暗黒よりも黒い瞳をしたパシュミナが、冷酷な表情をうかべたまま…彼に剣を突き立てていた。
「ばかなっ…な、なぜきさまが背後に…げふっ!」
「…残念ながらあなたが対峙していたその全身鎧は、最初からもぬけの殻だったのですよ」
それだけを伝えると、パシュミナは剣から手を離して…すっと『魔操師』から遠ざかっていった。
その様子を、まるで他人事のように眺めながら…口から血を吐き出してその場にうずくまる『魔操師』。
「がふっ!がはっ…」
「…さぁ、自分の行いを後悔しながら逝きなさい。…あなたには、それ以上の悔い改める機会すらも与えない。……奥義・『最凶器嵐舞』!」
パシュミナがそう宣言すると、『魔操師』を取り囲んでいた無数の凶器が……一斉に彼に襲いかかった。
迫り来る凶器の乱舞に……『魔操師』は最期の雄叫びを上げた。
「うがあっ…がぁぁぁぁぁ!!」
どかがごががごががごがっ!
壮絶な音と共に、かつて『魔操師』が立っていた場所に、大量の武器が突き立った。
さらにそれらの武器が…ゆっくりと光を発し出す。
やがて、それらは閃光と共に炸裂した。
どぉぉぉごごぉぉぉぉ!!
この瞬間、『魔操師』は…跡形もなく、この世から消滅したのだった。
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「はぁ…はぁ…」
もはや一人きりの『五芒星』の生き残りとなってしまった『主星』は、それでも必死になって逃げていた。
錯乱した『魔操師』が、プリムラをパシュミナに襲いかからせたあたりから、『主星』は彼を見捨てる決断をしていた。
あの場で戦っていても…いずれはレイダーたちに追いつかれて終わってしまうことが目に見えていたからだ。
もはや…あいつはダメだ。
せめて自分だけでも逃げ切らないと。
これがある限り…再出発は可能なのだから。
彼は…懐にしまいこんでいる一冊の本をギュッと握りしめた。
しばらく逃げていると、背後の方から…確証的な破壊音が聞こえてきた。
おそらくは…『魔操師』が滅ぼされた音であろう。
『主星』は一瞬だけ目を瞑ると、再び走り出そうとした。
「…どこに向かおうというのだ?」
突如、後方から投げかけられた声に、『主星』は足を止めた。
…聞き覚えのある、男性の声。
『主星』の肩がブルッと震える。
「その声は…レイダー!!」
『主星』が振り返ると、そこには…軽めの金属鎧に身を包んだ戦士…『英雄』レイダーの姿があった。
その横には、『うら若き魔女』ベルベットの姿もある。
「残念ながらここまでだ、悪魔よ。もうお前たちに切り札は…ない」
「くっ…くそう!貫けっ!『星の槍』」
『主星』は無我夢中で己の固有魔法を放った。
魔力をヤリの形に変貌させ、それをレイダーに向けて投げつける。
だが…彼の放った魔法は、レイダーの身体に触れる前に消滅してしまった。
「あ、ありえん!やはり噂は本当だったのか!?」
その状況に『主星』は愕然としていた。
彼が聞いていたレイダーの噂。
それは…
『レイダーには魔法が効かない』
というものだった。
「どういう噂を聞いたのか知らないが、たぶん正解だ。俺の固有能力は『絶対魔法防御(アルティメット・ディスペル)』…あらゆる魔法が無効になる」
「くそっ、『絶対魔法防御(アルティメット・ディスペル)』だと…ふざけた能力を持ちやがって、この『反則野郎』がっ!!」
絶叫しながら『主星』は大量の『魔力のヤリ』を打ち放った。
複数の魔力の塊がレイダーに近づいては…消滅していく。
その魔力のヤリはすべて囮だった。
彼はそのスキにレイダーから逃げ出そうとする。
だが…それすらも読んでいたレイダーに、すぐに回り込まれてしまった。
完全に、万事休すであった。
「ま、まいった!負けを認める!だから頼む、どんな罰でも受けるから…命だけは助けてくれ!」
もはや打つ手が無いと悟った『主星』は、作戦を変更してきた。
なんとか許しを乞うて、命だけでも助けてもらおうとしたのだ。
「そうか…じゃあ一つ教えて欲しい。貴様に『禁書』を渡したのは誰だ?」
レイダーのその質問に、『主星』の動きが固まった。
たらり…と冷や汗が頬をつたう。
「そ、それは…」
「…どうした?言えないのか?」
「い、いや言える!女だ!髪の長い女悪魔だった!名前は知らんが、そいつは『解放者』と名乗っていた!」
その名前を聞いて、レイダーが少し動きを止めた。
何かを…考え込むような仕草をする。
「…そ、そうだ、これも渡そう!きさまが探していた…『禁書・魔族召喚』だ!」
そう言いながら、懐に手を入れる。
そのとき、『主星』の目がキラリと光った。
次の瞬間、懐から短剣を取り出すと、そのまま一気にレイダーの腹へと突き刺した!
「わははは!油断したな、レイダー!このナイフには猛毒が塗ってある!これで貴様も終わりだぁぁ!」
「…なにが終わりなんだ?」
「…なにっ!?」
あまりにも平然としたレイダーの返事に異変を感じた悪魔は、突き刺したはずの短剣の先に目を向ける。
…そして、驚きに目を剥いた。
なんと『主星』が突き刺した短剣は…その刃がレイダーの身体に触れる前に停止していたのだ。
「な…なんだと?」
「悪魔よ、俺はさっきお前に…俺の能力が『絶対魔法防御』だと言ったよな?それは、実は正確ではない」
そう言うとレイダーは、腰の剣をスラリと抜いた。
「…確かに俺の能力に『絶対魔法防御』はある。だがな…俺の固有魔法はそれだけでは無いんだよ」
「ど、とういうことだ…?天使は一つの固有能力しか持てないはずではないのか!?」
「正確には、一つの『天使の器』に一つの固有魔法、だな。
だがな、あいにく俺は…三つの『天使の器』に選ばれているんだ」
その言葉に、『主星』は全身が電撃に貫かれたかのような衝撃を受けた。
そんな存在…彼の常識では考えられなかった。
「ば、ばかな…そんな存在聞いたことが無いぞ!?『反則』にもほどがあるだろうがっ!!」
『主星』はそう絶叫しながら、再度短剣を押し込もうと力を込める。
しかし…短剣はピクリとも動かなかった。
「…ということはきさま、まさか…『絶対物理防御』までも持っていると言うか!?」
「そうだ……と言ったらどうする?」
「ふざけるな!そんなもん、『魔王』でも勝てるか!クソがっ…」
「ちなみに冥土の土産に教えといてやろう。俺の三つ目の固有能力はな…『絶対防御無視』だ」
この一言に、『主星』は完全に絶句してしまった。
魔法も武器も一切通用しない。それだけでなく、防御無視の攻撃まで可能な存在…
そんな相手に、どうやって戦えというのか!
この瞬間、彼は…落ちてしまったのだった。
「…きさまは…『神』か?私たちは『神』を相手にしていたというのか…」
「俺は普通の人間だ。『神』などではない。…さぁ、言い残すことは無いか?」
レイダーはそう言うと、崩れ落ちた『主星』の前に立った。
「…くそったれ、こんな世界滅びてしまえ!」
「…お前たちは、超えてはいけない一線を越えてしまった。さぁ…いまこそ闇へ還れ」
チンッ。
鋭い金属音。
遅れて、バサリと『主星』がその場に崩れ落ちた。
この瞬間、世界の裏で暗躍していた悪魔集団『五芒星』は…この『グイン=バルバトスの魔迷宮』の地で全滅したのだった。
「…終わったね、レイダー」
「ああ…」
隣のベルベットに声をかけられ、剣をしまいながら頷くレイダー。
倒れた悪魔の懐から、一冊の本を引き出す。
「…これは、この世にあってはならない本だ。『図書館』に入れる価値すらない。この場で…滅しよう。『燐火』」
そう呟くと、レイダーはその本に火をつけた。
よほど乾燥していたのか…一瞬で火は広まると、あっという間に焼け落ちてしまった。
「それにしても、また『解放者』か…
いつも元凶として存在しているのに、いつまでもその姿を捉えることができない。
だが…いつかは決着つけないといけないな。
…さて、ベルベット。みんなのところに戻ろうかな。どうやらお客さんも来ているみたいだし…」
「えっ、お客さん?誰かこの『魔迷宮』に入ってるの?」
「ふふふ、どうやらそのようだな」
レイダーが微笑を浮かべながらベルベットに頷き返した…そのとき。
どごごぉぉぉおぉぉぉお…
空気を切り裂くような鋭い炸裂音が、この魔迷宮の中を突き抜けていった。
「…もう『悪魔』たちは全滅したはずなのに、何事だ?」
「どうせまたガウェインあたりがケンカでもしてるんじゃないの?」
だが、ベルベットのその…いかにもあり得そうな言い分に、レイダーは納得しなかった。
「いや…気になるな。早く戻ろう」
レイダーは真剣な表情でそう宣言すると、ベルベットを促して…『図書館』の方へと駆け出していったのだった。




