54.禁呪使い
ひとたび『グイン=バルバトスの魔迷宮』に挑むことが決まったカレンたちだったんだけど…
そのあとの準備が大変だった。
まず、王家のものが全員『冒険の旅』に出てしまうことに、スパングル大臣とマダム=マドーラが大反対した。
…そりゃそうだろう、ぼくたちが全滅したらハインツ王家はお終いなんだから。
そんな二人の反対を…珍しくクルード王が強引に押し切った。
「これは国家の一大事なんだ。悪いが…あとは頼む!」
そう言いきって二人を黙らせてお父様は、いつもと違って本当にカッコ良く見えたんだ。…大臣とマダムがちょっと可哀想だったんだけどね。
そのあとは、大急ぎで旅立ちの準備を整えた。
何かあってはいけないと、お父様は…王家の秘宝である『魔法武器』を惜しげも無くぼくたちに解放した。
ちなみにこれらの魔法武器は…ハインツ王家に代々伝わるものであったり、魔戦争のおりに魔王軍から奪い取ったりしたものなのだそうだ。
宝物庫に収められていた数々の…強力な魔力が込められた武器や防具を、ぼくたちはワイワイ言いながら選んだり身につけたりしたんだ。
基本的に貧弱で…戦闘能力皆無なぼくが選んだのは、極めてシンプルな装備だった。
…キラキラ光る女物のローブ『光輝のローブ』に、魔法の短剣『貫き丸』を身につける。
対して姉さまは、身体が軽くなる魔法がかかった『風雅服』に、軽さを重視した剣『羽根剣』を腰に吊り下げた。
へー。馬子にも衣装とは言うけど、装備を整えた姉さまはいっぱしの剣士のように見える。本人もなんだか嬉しそうだった。
魔法道具が大好きで…目の肥えたチェリッシュが、これらの魔法武器を前に目を丸くして食い入るように見入っていた。
「すごい…いずれも魔法効果+1や2の効果があるものばかりだわ。バレンシア、あなたの持ってる大剣…『ぶんぶん丸』なんて+3よ!」
「へぇー。…それって凄いの?」
「ちょっとあなた!曲がりなりにも今は魔法屋の店長なんでしょ!?せめて魔法武器のことくらい知ってなさいよ!」
「そ…そうね…」
「まぁ、魔法武器が市場に出回ることなんて滅多に無いから仕方ないんだけどね。アタシもこんなにたくさんの魔法武器は初めて見たわ」
ちなみにこの+の数は、それぞれの武器にかけられた魔法の数を示しているのだそうだ。
それにしても、どんな原理で武器に魔法をかけてるんだろう。
「『魔法武器』ってものっすごくレアなんだからね!バレンシア、あなたガサツなんだから大事に使いなさいよ?…いやむしろ使わないで」
「いやいやチェリッシュ、武器を使わなかったらどうやって戦うのさ?」
「そうね……逃げれば良いんじゃない?」
「…おいおい」
そんなふうにじゃれ合うチェリッシュとバレンシアを横目に、ぼくたちは真剣に…自分たちに似合う武器を選んで、出発準備を整えたのだった。
「さぁ、準備が整ったなら出発するわよ!」
準備が整ってお城の中庭に集合したぼくたちは、ヴァーミリアンの号令で一箇所に集められた。
どうやら今回引率してくれるのはお母様になるようだ。ずいぶん張り切っている。
そんなお母様に…クルード王がすっと近づいていくと、なにやら小声で話し始めた。
「…ヴァーミリアン、どれくらい持つんだ?」
「そうね…三日ってとこかしら?」
「ふむ、そんなに時間は無いな」
「だから…最初から全開でいくわよ」
…ぼくには二人の会話の意味がさっぱり分からなかった。もしかしてお城の中のことかな?あんまり長い期間、王様不在では色々とマズそうだしね。
二人の会話を終えたお母様が、今度はティーナのほうに近づいていった。
魔法剣を振り回してその感触を確かめていたティーナは、自分に近づく存在に気付いて手を止める。
「ねぇティーナちゃん。ちょっと力を貸してくれない?」
「良いけど…ボクは何をすれば良い?」
「そうね…わたしがまとめて『飛ばす』から、あなたは飛ばしやすいように『固めて』おいてもらえないかしら?」
「全員を…?」
「ええ、そうよ。できる?」
「……わかった。やってみるよ」
ティーナは頷くと、腰に差していた…歪な形をした短剣に手を添えた。
あれは確か…ティーナの『天使の器』だ!
同様に、お母様も…手に持つ『|天使の器』を空に掲げる。
次の瞬間、ヴァーミリアンとティーナが眩しく光り輝きだした。
やがて、お母様には二翼の巨大な翼が…ティーナには片翼の翼が具現化してゆく。
ふたりは…同時に『天使化』した。
「それじゃあティーナちゃん、先によろしくね」
「…はいはい」
そう言うとティーナは…指を魔力で光らせながら、宙に魔法式を描き始めた。
…一体これからなにが始まるのだろうか……ぼくの脳裏に不安がよぎる。
「それじゃあ固めるよ。…『磁力結合』!」
ティーナが描いた魔方陣から放たれた光が、意味も分からず様子をうかがっていたぼくたちの体を不意打ちのようや包み込んだ。
すると、ぼくたちの身体が…まるで磁石のように、お互い強烈な引力でひきつけられる。
「うわたたたっ!」
「な、なにこれっ!?」
「ちょ…!?」
結局、お母様とティーナを除く全員の身体が、この魔法によって強制的に引っ付けられてしまった。
それを確認したティーナがぼくたちに触れながら、お母様に向かって「さ、どうぞ」と言い放った。
「よーし、そしたら今度はわたしの出番ねっ!飛ばすわよぉ…」
今度はお母様が…手に持った杖状の『天使の器』で魔法陣を描くと、声高らかに魔法を唱えた。
こ、これは…もしかして…
「…お母様、あたしらをまとめて『飛ばす』気じゃないっ!?」
ぼくの隣にひっついていたミアが、焦ってぼくに耳打ちしてきた。どうやら姉さまとぼくと同じ考えのようだ。
…ということは、ぼくたちは…
「いっけぇ!『飛翔・改』!!」
お母様の絶叫によって、ついに魔法が発動した。強烈な爆発音と共にぼくたちの身体が宙に舞う。
やっぱりこれは…空中飛行の魔法だ!
「うわわわっ!」
「ひえぇぇぇ!」
「お、お助けぇぇ!」
ぼくや姉さまは慣れてたんだけど…初めて体験するティーナやバレンシア、チェリッシュはかなり驚いているようだ。
…それはそうだろう。この飛行魔法はお母様が改造を施したオリジナルで、通常の飛行魔法に比べて数倍の…猛烈なスピードで飛ばされることになるからだ。
こうして一体となったぼくたちは、お母様の魔法によって…猛烈な勢いで空を飛ばされていったのだった。
こうして旅立ったぼくたち。
世間的には「双子の鍛錬のため、公王と王妃が武者修行の旅に出かける」と発表されたそうだ。
これも…スパングル大臣の頭脳労働の賜物だと思うんだけど、やっぱり王族がこぞって不在するなんて異常事態だよねっ!?
帰ったら大臣とマダムには謝らないとなぁ。
さて、空を飛ぶこと…というか飛ばされること数時間。
なんとぼくたちは、目的地である『グイン=バルバトスの魔迷宮』に早くも到着してしまった。
途中、何度か地面に降り立って休憩したものの…普通だったら馬を使って一日半かかる旅路をその日のうちに到着したのだから、やっぱりお母様の魔法は凄まじかったのだろう。
「…さーて、それじゃあ早速『入宮』しましょうかねぇ」
灰色の怪しい魔法薬をグビグビ飲みながら、ヴァーミリアンがそう宣言した。
魔力回復薬かなにかだろうか。流石にあれだけの魔法を使ったのだから、化け物じみた魔力を持つお母様もガス欠なのかもしれない。
「それで…どうやって『入宮』するんだい?不足している二人分の『天使』の穴埋めは?」
そうだ、まだその課題の解決策を聞いてなかった。
お手並み拝見といった表情のティーナに問いに、お母様は不敵な笑みを返した。
「うふふ、言ったでしょう?『裏技がある』って。それじゃあ見てなさい…」
そう言って、お母様はぼくのそばに近づいてくると…突然、ぼくの腰に差していた短剣を奪い取るように引き抜いた。
「えっ…?お母様…?」
「…ところでカレン、あたしが世間からなんて呼ばれてるか知ってる?」
突然のお母様の問いかけに首を捻るぼく。
そりゃあお母様の呼び名と言えば…『七大守護天使』や『塔の魔女』といったものだと思うんだけど…
「うふふ、実はね…わたしにはもうひとつの呼び名があるのよ。
もっとも、この名で呼ぶのは親しい魔法使いくらいなんだけどね。
……教えてあげようか?」
グイッと顔を近づけてくるお母様の威圧感に負けて、ぼくはなんだか分からないまま…聞きたくもないのにコクコクと頷いてしまう。
お母様はニヤリと笑うと、もったいつけて溜めるだけ溜めたあと…もうひとつの呼び名を教えてくれたんだ。
「わたしのもうひとつの呼び名はね……『禁呪使い』よ」
次の瞬間。何を思ったのか…お母様が、ぼくから奪い取った短剣で右手のひらをスパッと横一線に切り裂いた!
掌にスッと走る赤い線。
うわぁ…
な、何を始めるのっ!?
焦ってお母様の様子を伺っていると、短剣を持つ手を替えて…今度は左手のひらまでスパッと切る。
「えっ…?」
事態についていけないぼくに短剣を投げて戻すと、お母様は…血の流れる掌をぼくたちのほうに広げて見せた。
そして…そのまま不思議な『呪文』を唱え始めた。
「それじゃあ、いくわよ…
【キエフの門。鶏の足の上に建つ小屋。
今ここに捧げん、我が血肉。
バーバ・ヤーガの名の元に、具現化せよ…言葉紡ぎ出したるその唇を、その舌を!】
……発動しろっ!
禁呪…『魔女の口』!!」
次の瞬間、お母様の両手のひらの傷口から、ブワッと赤黒いもやが吹き出してきた。
どうやらお母様が、なにやら『禁呪』を使ったらしい。
その…怪しげな呪文によって、発動した禁呪。その正体は……
「ええっ!?どういうこと?」
「これは…」
「し、信じられない」
異口同音に驚きの声を上げるミア、バレンシア、チェリッシュ。
ティーナは…声は出していないものの、目を見開いてお母様の掌を見つめている。
皆が驚くのも無理は無いだろう。なぜなら、お母様の両手の掌の切り口が…なんと、真っ赤な唇を備えた口に変わったのだ!
「な…なにそれ?」
「あらカレン、気になるの?
これはねぇ、わたしの禁呪『魔女の口』によって作り出された…魔術的な『口』よ。この口はね、わたしの魔力を使って魔法を唱えることができるの」
「えっ!?そ、それって…もしかして…」
「そうよ。この『禁呪』を使うことによって、わたしは…自分の口も含めて三つの『魔法』を同時に使うことができるのよ。もっとも、魔法式を使うような複雑な魔法は使えないのが欠点なんだけどね」
そう言いうとお母様は…『掌の口』をパクパクさせながら、ぼくにウインクを送ってきた。
呆気に取られたままのぼくは…とりあえずいま疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「ところでさ…『禁呪』って、何なの?」
「あーらカレン、そんなこと知りたいの?『禁呪』とはね…『魔族』が使う魔法のことよ」
「なっ!?そ…そんなの何でお母様が使えるの?」
「うふふ、ナーイショ!あなたね、女の過去を聞くのは野暮ってもんよ?」
お母様は意味ありげな含み笑いを浮かべながら…結局ぼくに真相は教えてくれなかったんだ。
一方…あまりに衝撃的なお母様の『裏技』に、事情を知るであろうクルード王を除く一同は絶句していた。
「あの…それは本当なんですか?魔法を…同時に発動させることができるなんて話、聞いたことが無いんですけど…」
お母様の掌でパクパクしている『魔法の口』に…ビクビクながら問いかけるチェリッシュ。お母様はフフンッと自慢げに鼻息を荒く吹き出した。
「そりゃそうよ。これは普通の魔法使いには出来ない芸当だからね。でも…わたしは『七大守護天使』。特別なのよ」
「はぁ…アタシは自分が世界でも優秀な部類に入る魔法使いだと思ってましたけど…なんだか格の違いというのを思い知らされました」
「うふふ、凡人が己を知ることはとっても大事なことよ」
お母様にそう宣言されてガックリとうなだれるチェリッシュは、なんだか可哀想だった。
だって…比較する相手が間違ってると思うからね。
そんなチェリッシュを、バレンシアがポンポンと肩を叩いて慰めていた。
「それで…あなたはその『反則的』な禁呪を使って、三人分の天使の力を賄おうと?」
そんなお母様の『禁呪』に怯えるでもなく、あくまで冷静に確認するティーナ。
さすがはエリスの師匠。しかも『天使』だけあるなぁ…
「そのとおりよ、ティーナちゃん。それじゃあ、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか?」
「そうだね…はやくエリスを探しに行きたいからね」
「ふふん。それじゃあ行くわよ?」
ヴァーミリアンとティーナは、互いに頷きあうと…そのまま『魔迷宮』の入口近くにある四体の石像のそばに近づいていった。
そして…一気にその魔力を高めていく。
ティーナはその右手に魔力を集中させながら魔法の言葉を唱え始めた。
お母様は…右手の口、左手の口、さらには本当の口の三つがそれぞれ違う魔法の言葉を唱えている。
そして二人の…四つの口が同時に、最後の魔法の言葉を言い放った。四つの口から強烈な魔力の光が解き放たれる。
二人の身体から発された四本の…魔力の流れは、そのまま四体の石像に吸い込まれていった。
すると…どうだろう。
ぎぎぎぎぎぎ…
という不気味な音と共に、『グイン=バルバトスの魔迷宮』の扉が開いたのだ!
どうやら…『入宮』は成功したようだった。
「ふぅ…開いたわね。さ、行くわよ!」
額から流れ出る汗を拭いながら、ヴァーミリアンがそう宣言した。
こうしてぼくたちは……
二十年前の『魔戦争』の最後の決戦の舞台となった『魔迷宮』に乗り込んでいったのだった。
待っててね、エリス!!
ぼくたちが…迎えに行くからねっ!!




