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51.リグレット

 

「どういうことだよ!何があったってんだよ!」


 ミアねえさまが激しくクルード王おとうさまに詰め寄る姿を、ぼくは焦点の合わない視点で眺めていた。




 結局一週間経っても、エリスは帰ってこなかった。

 それどころか…『明日への道程ネクストプロムナード』一行が、『グイン=バルバトスの魔迷宮』から出て来たという話すら聞こえてこない。



 彼らの身に何か起こったのではないか…

 エリスの帰りを待つ間、ぼくは…居ても立ってもいられないような激しい焦燥感に襲われていた。



 本当なら今すぐにでも飛び出して行って、『グイン=バルバトスの魔迷宮』に乗り込みたい。

 そう思ってはみたものの…現実的には不可能だった。

 なぜならあの『魔迷宮』は…四人の天使の力が揃わないと、中に入ることができない仕掛けになっていたからだ。



 そしてぼくは…無力感に苛まれ、ろくに眠ることもできないまま、この数日を過ごしていた。

 もちろん、食べ物もろくに口を通らない。


 …そんなぼくを見兼ねたミアねえさまが、ぼくに代わってお父様に直談判してくれたんだ。



 だけど…二人が激しく言い争う声も、ぼくの耳には十分届いていなかった。

 なぜなら…今の自分たちに出来ることなどほとんど無いことを、自分自身が強く自覚していたからだ。



 …ぼくは、無力だ。

 …ぼくは、エリスが困っているときに、何も出来ない。

 …ぼくは、大切な人を…


 気がつくと、ぼくは無言で歯を食いしばっていた。

 そんなぼくのことを、お父様と姉さまは驚いた表情で見ていたんだ。





 結局、お父様との会話でなにか良い解決策が出ることはなかった。

 そのまま…会議は解散となってしまった。







「…ご飯ぐらい食べなさいよ、カレン」


 いつもの双子ぼくたち専用リビングルームで、ぼんやりと外を眺めるぼくに、姉さまが優しく慰めてくれた。


「うん…ありがとう」

「分かったなら、これ食べなさい」


 ぼくは姉さまに押し付けられたサンドイッチを無理やり口の中に入れた。

 むぐむぐ。

 …正直、紙を食べているような感覚だったんだけど、姉さまの善意を裏切るのが嫌だったからがんばって最後まで飲み込む。


 その様子を確認すると、姉さまはホッと一つ息をついた。

 ぼくはそのときになって初めて…自分の今の状態がどれだけ姉さまに心配かけているのかを知ったんだ。


「ごめんね、姉さま。心配かけて」

「ばーか、なに言ってるの。姉弟なんだからあたりまえでしょ?」


 優しくそう口にする姉さまは、普段とは大違いで…胸の奥の方から何か熱いものが込み上げてきた。

 鼻の奥がツンとして、涙が溢れてきそうになる。


 目の前で泣くような女々しい姿は、姉さまには絶対に見せたくなかった。

 だから、ぼくは必死に堪えたんだ。





 しばらくして、なんとか落ち着いたぼくは…まるで姉さまに甘えるように、こう口にした。


「ねぇ、姉さま…」

「ん?なぁに?」

「ぼく…エリスのことが心配なんだ」

「うん…あたしだって心配だよ」

「だけどね…ぼくには何の力も無いんだ。どんなに心配しても、待つことしかできないなんて…本当に辛いよね」


 ぼくの問いかけに、姉さまは何も答えてくれなかった。

 ただ…ぼくのことを優しく抱きしめてくれたんだ。










 姉さまにおやすみの挨拶をしたあと、ぼくは一度自分の部屋へと戻った。

 だけど寝付くことが出来なくて…そのまま一人で中庭まで降りてきた。



 真夜中の屋外は身が切れるような肌寒さで、ぼくは羽織った厚手のコートをギュッと抱きしめた。

 だけど今は…この冷たさがありがたかった。

 ともすれば余計なことを考えてしまいそうになる自分の心を、その感覚がなんとか留めてくれていたから。



 はーっ。

 吐く息が白い。


 もうこんな季節なんだな。

 そう思うと同時に、ぼくは…エリスが来てからあっという間に時が過ぎていったということに気づいた。





 エリスがハインツに来てからの半年弱…

 ものすごく色々なことがあった。


 突然の家庭教師就任。

 初めての外出…怯えていたぼくを守ってくれていた。

 ブリガディア王国の変な貴族にからまれたり、姉さまたちのせいで産まれた『アフロディアーナ』に変身したり…



 そして、秋の『収穫祭』。

 一緒に踊った『精霊のダンス』。



 最初は守られてばっかりだったぼくは…やがてエリスのことを強く意識するようになってたんだ。



 それは……親友だから?



 わからない。だけど少し違うような気がする。



 ううん、本当は分かってる。



 そうじゃない、そうじゃないんだ。


 こんな事態に…エリスが帰ってこなくなってから、ようやくぼくは認識した。




 ぼくにとってエリスは…特別な存在ひと





 本当は、ぼくは……









 エリスのことが………











 ぼくの頬に、一筋の涙がこぼれ落ちた。








 ---------------------------










 その日の夜。

 ここは、クルード王の私室。


 クルード王はユラユラと揺れる椅子に腰掛けたまま、なにか思案しているようだった。

 その横にある椅子に、一人の女性が座っていた。それは…他でもないヴァーミリアン王妃だった。


「それにしても、まさかあの『英雄ザ・レジェンド』レイダーが帰ってこないとはな…なにかあったのであろうか」

「いくら何かあったとしても、あの子はパラデインとクリステラの息子よ。どうにかなるわけがないわ」


 クルード王の不安に、一刀両断といった感じで返事を返すヴァーミリアン。

 だが、クルード王のほうも簡単には納得しない。


「だが…例えばもしあの『パシュミナ』が裏切ったとしたらどうだ?相手は『魔族』だぞ?」

「それは無いわね。そのことはわたしたちが一番分かってるでしょう?それに…仮にそうだったとしても、レイダーの敵ではないわ」


 ここは確かにヴァーミリアンの言うとおりだとクルード王は頷いた。

 自分たちはレイダーの真の力をよく承知していた。おそらく…今ではあの『魔王』にすら一対一でも引けを取らない実力を持っているだろう。



「だが、あのレイダーや…ましてやエリス殿まで約束を破るとは、ただ事ではないぞ?」

「…その点に関してはね。わたしは実は、レイダーのことを疑ってるんだ」

「むむ?レイダーを?」

「そう。レイダーがバラした・・・・せいで、エリちゃんは『魔迷宮』の…恐らくは『図書館ライブラリー』あたりに篭ってるんじゃないかってね」


 その言葉の意味が理解できず、少し首を捻るクルード王。

 だが…やがてヴァーミリアンの言わんとしていることを理解すると、目を大きく見開いた。


「お…おまえ、まさか…レイダーが『カレンの秘密』に気づいた、と考えておるのか?そして…それをエリス殿に漏らしたと?」

「…ええ、そうよ。それ以外にあの…クソ真面目だけが取り柄なレイダーや、何事にも一生懸命なエリちゃんが、うちの子たちとの約束を破る理由なんて考えられる?」

「だが…しかし…。『カレンの秘密』を知るのは、『七大守護天使』の中でもロジスティコスやジェラード、パラデイン夫妻と…あとはミアくらいのはずでは…」

「あのねぇ、レイダーが誰の息子だと思ってるの?両親から聞いているかもしれないじゃない。それに…あれだけの『能力タレント』を持ってたら、カレンあのこの『秘密』に気づいてもおかしくないわ。第一カレンの女装のこと、一目で見破ってたんでしょ?」

「うむ…確かにそうなのだがな…」


 そのことを理解して、クルード王はふぅと大きなため息をついた。

 それは…本当に深くて重いため息だった。


「だが、もしそうだとしたら…せっかくおまえやミアが悪者になってまで隠してきたことが、すべてエリス殿に知られてしまったということになるのではないか?」

「結果的に良い方向へ向かうのなら、そんなことは別にどうでも良いわ。

 だって…わたしはあの子の母親なんだから。あの子たちのためなら…わたしは悪役にでも道化にでもなるわ」


 そう言うと、ヴァーミリアンは優しく微笑んだ。

 それは…これまで他の誰にも見せたことの無いような…クルード王のみが知る、優しい笑顔だった。


「そうか…。物事が良い方向に進むと良いな…」

「そうね…わたしたちには出来なかったことを、もしかすると若い世代が乗り越えてくれるのかもしれないわね。

 それを期待するほど夢見る年頃ではないけど、やっぱり…心の何処かではそう願ってる自分がいるわ」


 夫婦は互いに見つめあい、ふっと笑いあった。長年連れ添ってきた運命共同体ふうふにしか分からない、心のシンパシーだった。




「それにしても…このままだとカレンが倒れてしまうぞ。ろくに寝てないし飯も食っていないようだからな」

「まったく…誰に似てあんなに繊細な子になっちゃったんだかねぇ…」


 そう言うと、ヴァーミリアンはじーっとクルード王を睨みつけた。

 サッと視線を逸らすクルード王。


「…まぁいいわ。明日には何か手を考えましょうかねぇ」

「うむ、そろそろあやつらの不安も限界だろうしな。気丈に振る舞ってるが…ミアだって辛いだろうし。

 よーし、そうと決まれば、今日は早く寝よう!」


 そう宣言すると、二人は立ち上がって…そのまま部屋を後にしたのだった。











 ------------------------------










 どんよりと、暗く沈んだハインツ城内。

 いつもは元気に飛び回っている王子様ミアも、どこにも姿が見えない。

 姫様カレンに至っては、もうずっとその姿を見かけられなかった。


 お城で働く衛兵や侍女たちは、そんな城内の雰囲気に深く憂慮していた。

 しかし…その理由が明確に分かっているがゆえに、どうにも手が打ちようもなかったのも事実だった。



 彼らは…少し背の低くて控えめな、だけどいつも明るくみなと接してくれた…一人の少女の存在の大きさを、いやというほど痛感していた。


 その少女が居ることで、いかにこのお城が暖かく、明るく、優しくなっていたのかを。




 だから、彼らは祈ったのだった。


 …エリス、早く帰ってきてくれ!と。









 そして、その祈りが天に通じたのか…


 この…膠着した状況を大きく変化させる存在が、ハインツの街にやってくることとなる。











 翌日。

 ハインツ城前の『白鳥広場』に到着した、一台の乗合馬車。


 その中から…二人の女性が大地に降り立った。



 一人は、炎のように赤い髪を後ろで束ねた、スタイルの良い女性。

 腰に長剣をぶら下げていることから一見戦士のように見えるが、筋骨隆々というよりも引き締まった肢体はむしろ競技者アスリート踊り手ダンサーを彷彿とさせた。


 そしてもう一人は…まるで魔女が身につけるような真っ黒なとんがり帽子を頭にかぶった、金髪の女性。

 魔法使いのローブを膝上で切り、まるでファッションのように着こなす姿は、魔法使いのコスプレのようにも見える。


「へぇー、ここがハインツ公国かぁ…なんだかオシャレな街ねぇ!アタシにピッタリじゃない?」

「あんたねぇ…あたしたちは観光に来たわけじゃないんだからね!」

「ちぇっ、つまんないの」


 周りをキョロキョロと見回す金髪の女性を、苦笑しながらたしなめる赤髪の女性。

 どうやら彼女たちは、たったいま初めてハイデンブルグの街にやってきたようだ。

 しかも、そのいでたちや言動から、観光目的では無いことが明らかだった。


 ピョンピョン飛び跳ねる金髪の魔法使いが、白鳥公園の先ににそびえ立つハインツ城を見上げた。ほほーっと歓声を上げると、後ろにいる赤髪の女性を振り返った。


「いやー、すごいお城ね!…でもさ、本当にあなたのお友達はあのお城で働いてるの?ここ、すごく有名なお城なんだよ、知ってる?」

「んなこたぁ知ってるわよ、チェリッシュ。なんでも物凄い美少年の王子と美少女の姫様がいらっしゃるんでしょう?」

「そうよ。あなたみたいなガサツな人が行ったら、強制排除されちゃうんじゃない?ぷぷぷっ!」

「はいはい、そうねー。よかったわねー」


 チェリッシュと呼ばれた金髪の魔法使いは、とんがり帽子を片手に持つとくるりと回すと、小馬鹿にするように笑った。だが残念なことに…チェリッシュの挑発じみたイヤミは、赤髪の女性に通じなかったようだ。

 つまんなさそうな表情を浮かべたチェリッシュは、負け惜しみのように口を開く。


「まぁ、行けばわかるからアタシは構わないんだけどね。…それじゃあ早速会いに行きますか、そのお友達に。

 お名前は…エリスだっけ?」

「あぁ、そうだ。エリス=カリスマティックって言うんだ」


 そう言うと、赤髪の女性は…スタスタとお城に向かって歩き出した。


「あっ、ちょっと待ってよ!バレンシア!!」


 慌てて追いかけるチェリッシュの声も耳に入らないのか、バレンシアと呼ばれた赤髪の女性は振り返りもせずに歩き続けた。





 バレンシアの瞳は、まっすぐに『ハインツ城』を向いていた。

 そして、誰にも聞こえないように独り言を漏らす。


「待ってなよ、エリス。あんたの親友であるあたしが会いに来たんだからね!」


 そう呟くと、それまで真剣だった表情が急に柔らかくなった。

 クスクスと含み笑いまで漏れてくる。


「…にしても、エリスびっくりするだろうなぁ。あたしがチェリッシュ連れていきなり会いに来たら、さ。

 あー、早くエリスの驚く顔が見たいなっ!」





 いま、このときから。

 状況は大きく動き出す。


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