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50.守られなかった『約束』

 


「…というわけで、3日ほど不在にさせてもらうことになっちゃったの。勝手に決めてごめんなさい!」


 カレンぼくたちにペコリと頭を下げるエリスに、ぼくは…正直心の底からホッとしていたんだ。



 ここはいつもの双子ぼくたち専用リビングルーム。

 クルード王おとうさまに呼び出されたまま戻ってこないエリスに、ぼくと姉さまはずっとモヤモヤしていた。


 姉さまなどは「なんでエリスだけ!!不公平だー!あたしだってレイダーとお話ししたーい!」と文句を言っていたけど、さすがにそれはお門違いだと思う。

 いずれにせよ、なぜエリスが呼び出されたのか…そのあたりの説明がぼくらになされないまま、エリスは半ば強引に連れて行かれてしまったのだ。


 そして、ようやく戻ってきたエリスの口から聞かされたのは…にわかに信じられないような…驚きの内容だった。

 なんとそれは、エリスが…『明日への道程ネクストプロムナード』の臨時メンバーとして、3日間だけ彼らと一緒に旅に出ることになった、というものだったのだ。



 …それにしても、ぼくの心配していたようなことじゃなくてよかった!


 エリスから話を聞いたときに、ぼくが一番最初に思ったことが…それだった。


 正直このときのぼくは、なぜかエリスが…もう戻ってこないような気がしていたのだ。エリスが遠くへ行ってしまうような…そんな幻想。


 だけど、それがただの杞憂だったと判明した。


 …それにしても、いつからぼくはこんなに心配性になってしまったんだろうか。




 それはさておき、世界最強と言われる冒険者チームに…臨時とはいえメンバーとして誘われるのだ。やっぱりエリスはそれくらいすごい人なんだなーと、ぼくたちは素直に感心したのだった。




「いいなーいいなー!あたしも一緒に行きたいなー」


 ぼくの横で駄々をこねるミアねえさま。エリスも少し困った表情を浮かべている。

 まったく、無理ばっかり言って…


「うーん、さすがに一緒に行くことは出来ないんだ。ごめんね、ミア」

「えー。じゃあせめて…レイダーのサインを貰って!」

「あ、う、うん。それだったら大丈夫だと思うよ」


 なんともミーハーな姉さまの会話をとりあえず横に置いておいて、いずれにせよ…今回の件についてぼくたちが反対する理由などなかった。

 なにより…救国の英雄である『明日への道程ネクストプロムナード』からの要請なのだ。ぼくらのわがままで止めることなんてできない。


 そうと決まれば、エリスを遅くまでこの部屋に引き止めるわけにはいかなかった。なにせ…明日の朝早くにはエリスは旅立つのだ。

 ぼくたちは明日の朝の見送りを約束して、とりあえずエリスを部屋から送り出したのだった。







「それにしても…すごいね。『明日への道程ネクストプロムナード』の臨時メンバーなんてさ」


 すっかり冷めきったお茶を飲みながら、姉さまがそうつぶやいた。

 ぼくは、いつもの窓際の席に座って無言で窓の外を眺めていた。…姉さまに返事を返さずに。


 窓の外では、部屋から漏れる光に反射して…白いものがちらついていた。

 驚いたことに、それは…今年の初雪だった。


「エリスは、明日から三日間くらい居ないんだね…」

「どうした、弟よ。もしかして…エリスが居なくなるのが寂しいの?」

「ち、ちがうよ!ただ…ここ半年くらい、エリスが居ることが当然だと思ってたから…なんだか不思議な感じがしてさ」

「…ふーん、そっか」


 気が付いたら、姉さまがぼくの隣に立っていた。

 一緒に窓の外を眺める。


「雪か…もう冬なんだね。季節が巡るのなんてあっという間だね」

「うん…そうだね」

「エリスもすぐに帰ってくるよ」

「うん…そうだね」


 姉さまの言葉に、ぼくはただそう返事を返したのだった。












 ----------------------------









 場所は変わり、まさに今双子が見下ろしている…お城の中庭。

 誰もいない、小雪がちらつくその場所を、一人の女性がゆっくりと歩いていた。


 長い黒髪。ダボダボの法衣。ヨタヨタと歩く歩き方…


 それは、『明日への道程ネクストプロムナード』の新加入メンバーのパシュミナであった。




 パシュミナの歩みは安定せず、ふらふらとしていた。

 ときおり思い出したかのように立ち止まり、足元に咲く花に目を向ける。

 しゃがみこんでその花に降り積もった小雪をやさしく払うと…またフラフラしながら歩みを進めた。


 …そんなパシュミナの行く先に、一人の人物が立っていた。

 なんとそれは、エリスだった。




「あっ…エ、エリスさん。こんばんわ…」

「こんばんわ、パシュミナさん。こんな夜更けにこんな場所でどうしたんですか?」


 すると、それまでフラフラしていたパシュミナの動きが急激に変化した。

 フラフラした動きが止まり、急に背筋も伸びる。

 そんな…パシュミナの変化に、エリスはまったく動じる様子を見せなかった。

 そんなエリスの落ち着いた態度に、パシュミナは…これまでよりもしっかりとした口調で、こう口にした。 


「あなたが…ここに来るのを待っていました。エリスさん」









 それより遡ること少し前。

 レイダーがメンバーに解散指示を出した後、エリスはレイダーを呼びとめると…さきほど感じたモヤモヤを、思い切って彼に確認することにした。


「あのー、レイダーさん。少しお聞きしたいことがあるのですが…」

「ん?どうしたんだい、改まって」

「その…大変聞きにくいのですが…レイダーさんのパーティに新しく参加された『黒髪の女性パシュミナさん』についてです。レイダーさんは…あの方の素性については確認されたのでしょうか?」


 その問いかけに、レイダーは目をキラリと光らせた。

 だがそれも一瞬のことで、エリスはその変化に気づくことはなかった。


「パシュミナのことかい?…なぜそんなことを聞く?」

「その…とても申し上げにくいのですが、あの女性かたから、特別な魔力ポテンシャルを感じるんです。以前一度だけ似たような魔力を持つ人にあったことがあるのですが…」

「ほう…。その…同じような魔力を持つ人物とは、どんな人だったんだい?」

「それは…」


 エリスは、次の言葉を発するのに非常に躊躇した。

 もし間違えていたら、きわめて失礼で…侮辱とも捕らえかねない内容であったから。

 だが、エリスとしても確認しないことには落ち着かないものがあった。レイダーの「大丈夫、何でも言ってごらん」という言葉に、素直に甘えることにした。


「私が過去に似た魔力を感じた相手は、その…『悪魔』なのです。つまり…私はその…パシュミナさんに、『悪魔』と同じような魔力を感じたのです」


 恐る恐る…しかしはっきりと、エリスはそう口にした。

 それは、あまりに衝撃的な内容。



 しかし…通常であれば大騒ぎになるであろう言葉キーワードにもかかわらず、レイダーの態度に変化はなかった。「ほぅ…エリスは過去に『悪魔』と出会ったことがあるんだ」と口にしただけで、相変わらず穏やかな眼差しをエリスに向けている。

 レイダーはぽりぽりと自分の頭をかきながら(…鋭いな、さすがはジェラード王とパメラさんの娘。…あるいは感知系に魔力特性があるのかな?)と呟くものの、エリスの耳にその言葉が届くことはなかった。



「なぁ、エリス。君にお願いがあるんだが…」

「…はい?なんでしょうか?」

「うちの、パシュミナについてなんだが…」


 そこで少し言いにくそうにするレイダー。どうやら言葉を選んでいるらしい。


「彼女はその…なんというか、極めて特殊な環境に生まれ育った女性なんだ。だから…もしかしすると、色々と戸惑うような事態があるかもしれない。だが…彼女の身の上については俺が保証する。なにより今は・・俺たちの大事な仲間だから、そのあたりは大目に見て欲しいんだ」


 そんなこと、レイダーに言われるまでもなかった。

 このパーティに参加している時点で、優秀な人材であることは間違いない。

 それに…パッと見は凶暴そうなガウェインなども、実際はとても優しいことを前回の旅で知っていた。


「そんな…私、大丈夫ですよ。きっとどんな方でも受け入れますので」

「そうか…すまないな。そう言ってもらえるとありがたいよ。

 …ただ、それでももし気になるのであれば、本人に直接聞いてみてくれないかな。きっと、パシュミナならばきちんと答えてくれると思うから」


 レイダーにしては珍しく、歯切れの悪い言葉を口にしたのだった。





 エリスとしては、いったんはこれで収めたつもりでいた。

 しかし…どうやら「エリスが疑問に思っている」ということを、パシュミナのほうは敏感に感じ取っていたようだ。


 その後、エリスが自室で明日の準備を整えていると…中庭のほうから「自分を誘うかのような『魔力』の流れ」が発されているのを感じた。

 これは…パシュミナから自分に宛てた『目に見えぬ形の呼び出し』だと直感したエリスは、慌ててコートを身につけると…小雪ちらつく中庭に飛び出して行ったのだった。







「ここの…中庭は綺麗ですね。とても美しい場所です」


 既にどもらなくなったパシュミナ。その優しげな口調からは…エリスが感じたような『悪魔』の邪悪さはまったく感じられない。

 しかし、だからといってパシュミナの身から僅かに漏れ出す『魔力』が『黒く禍々しい』ものであることには変わりがなかった。

 エリスには彼女が…額面通りの『法衣を着た治癒術師』には見えなかったのだ。


「あなたは…いったい誰なのですか?あなたはご自分の名前の意味を…ご存じなのですか?」


 ついにエリスは、パシュミナに対して一番聞きたかったことを切り出した。




 そう、この名前。

 パシュミナという名前は、人類にとって…決して簡単に見過ごせるような名前ではなかった。




 かつて、世界を恐怖のどん底に陥れた『魔戦争』。

 その戦いにおいて、人類に適する魔王軍の中に、まったく同じ名前の人物がいた。




凶器乱舞デスペラード』パシュミナ。


 かつて…魔王の配下にあった七人の魔将軍のうちの一人であり、たった四体しか居なかった…『魔族』のうちの一体。


 強大な魔力によって様々な武器兵器を次々と具現化し、人類に襲いかかってきた…凶悪な魔族。

 その姿は…完全武装した全身鎧フルプレートの戦士だったと伝えられている。


 魔戦争の折に…『聖道テスタメント』パラデインと『聖女ジャンヌ』クリステラによって成敗されたはずの存在。

 それが、…エリスの知る『魔族』パシュミナだった。



 今エリスの目の前にいる『自称治癒術師』は、それとまったく同じ名前を名乗っていた。

 言い伝えられている『魔族』パシュミナとは似ても似つかないその姿。しかし…その全身からは、過去にエリスが対峙したことがある『悪魔』と同じ『黒い魔力』がうっすらと滲み出ている。


 目の前で確認してみて、改めてエリスは…パシュミナが『悪魔』もしくは『魔族』と無関係には思えなかったのだ。



 レイダーは言った。自分で確かめればよいと。

 だから、思い切って…本人に聞いてみたのだった。





「やっぱり…ダメですね。ごまかしても、分かる人には分かっちゃうんですね」


 返ってきたのは、予想外の言葉だった。

 とても寂しそうな…悲しそうな声。


「えっと…それは…どういう……」

「エリスさん、あなたのお考え通りですよ」


 そう言うとパシュミナは…顔を覆う黒髪を、そっと指で払いのけた。これまで長い髪で隠されていた顔の大部分が露わになる。


 その顔を見て…エリスはハッと息を飲んだ。


 美しい、整った顔立ち。

 だが、そこには明らかに違和感があった。

 その瞳は…かなりの部分までも黒く染まっており、さらに彼女の耳は…わずかに尖っていたのだ。


「私は…パシュミナ。あなたが知っている…20年前の魔戦争で『凶器乱舞デスペラード』と呼ばれ恐れられた存在と…同一人物なのです」



 パシュミナの口から飛び出した衝撃の告白に、エリスは…完全に言葉を失ってしまった。











 -----------------











 明けて翌日。

 カレンぼくと姉さまは…朝早くから起きて、エリスたちの出発を見送ることにした。


 前日降った雪は、うっすらと街を白く染めている。

 それが…朝日に反射して、キラキラと幻想的に輝いていた。



明日への道程ネクストプロムナード』の一行は、馬車の準備に取り掛かっていた。レイダー、ガウェイン、ウェーバーの男性陣だけでなく、ベルベットやパシュミナといった女性までもが出発の準備を手伝っていた。

 さすがは超一流の冒険者チーム、男女公平に働くんだなぁと感心しながら、ぼくはその様子を眺めていたんだ。



 既に出発の準備を整えていたエリスは…ほとんどスカートを履いている彼女にしてはめずらしく、今日はズボンを履いていた。

 やはりこれから『冒険』をするわけだから、旅行気分とはいかないのだろう。


「エリス…ちょっと眠そうだけど、大丈夫?」

「え?あ、うん。大丈夫だよ。昨日準備で遅くなっちゃって…心配してくれてありがとう」


 少しだけ目をこすりながら…エリスは元気に返事を返してくれた。

 うん、どうやら大丈夫そうだ。




 出発間際に、ぼくは思い切ってレイダーに駆け寄っていった。姉さまがそんなぼくの動きを見て「あっ!」と声を上げているけど、そんなのおかまいなしだ。

 これまでぼくはレイダーとろくに話をしたことがなかったんだけど…今回はそんなことは言ってられない。少し緊張したまま…ぼくはレイダーに語りかけたんだ。


「あの…レイダー」

「ん…?どうしたんだい」

「あの…くれぐれも、エリスのこと、よろしくお願いしますね」


 ぼくのその言葉を聞いて、レイダーは…とても優しげな表情を浮かべた。

 そして…穏やかな笑みを浮かべながら二三度頷くと、サラッととんでもないことを言ってきたんだ。


「分かってるよ、エリスは必ず無事に帰す。だから…安心していてくれよ、王子様・・・


 その言葉に、ぼくは…彼といまどんな話をしていたのかも忘れて…心臓が飛び出そうになるほどびっくりしたんだ。

 レイダーは…いたずらっぽい笑顔を浮かべると、そのままぼくの前から立ち去っていった。


 …さすがは『英雄』。ぼくのことなんか、とっくにお見通しのようだった。





 そしていよいよ、エリスとお別れの時間となった。


 少しだけ湿っぽくなりそうな気配を察してか、エリスは極力明るく振る舞っていた。


「それじゃあ…ちょっとだけ行ってくるね。3~4日したら帰ってくるから、それまで風邪とか引かないようにね」

「最後にお願い…ちゃんと無事に戻って来てね?約束だよ?」


 ぼくの真剣なお願いに、エリスは微笑みながら頷いてくれた。


「うん。約束するよ!」


 それだけを言うと、そのままエリスは『明日への道程ネクストプロムナード』の人たちと一緒にハインツを出発したのだった。



 ぼくたちは…その姿が見えなくなるまで手を振り続けたんだ。







「三日間なんて…すぐだよね?」


 完全に一行の姿が見えなくなったあと、ポツリと呟いたぼくの言葉に、姉さまが笑いながら答えてくれた。


「ああ、三日なんてすぐだよ!なにせあの『明日への道程ネクストプロムナード』の一行と一緒なんだ。世界中でこれ以上安全な場所なんて無いさ」

「そうだね…そうだよね…」


 そう。そのときは、ぼくもそう思ってたんだ。

 エリスなら大丈夫だって。

 すぐに帰ってくるって。






 だけど…その考えが間違いだったことを、ぼくはすぐに思い知らされることになる。




 予定していた三日が経っても、四日経っても……




 エリスは、帰ってこなかったんだ。


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