49.グイン=バルバトスの魔迷宮
「エリス、君に用があって来たんだ」
「えっ?」
爽やかな笑顔を浮かべながら、堂々とそう宣言するレイダー。突然の申し出に驚き戸惑うエリス。
そんな二人のやり取りに、ぼくと姉さまはとても混乱していたんだ。
…そもそも、エリスがレイダーと顔見知りであることすら知らなかった。
しかも、ただの顔見知りではない。わざわざ『英雄』と呼ばれるレイダーが直接会いに来ることを目的にするくらい…特別な関係なのだ。
用があるって…どういうことなんだろう?
もしかして…レイダーはエリスのことを…迎えに来た!?
様々な妄想に、ぼくの心臓が激しく波打ち出す。
そんな、緊迫する空気を打ち破ったのは…明るい女性の声だった。
「ちょっとちょっと、レイダー!そんな言い方したらエリスちゃんが混乱するでしょ!?」
そう言いながらエリスの側に歩み寄って来たのは…『明日への道程』の一員である『うら若き魔女』ベルベットだった。
「あ、ベルベットさん。お久しぶりです!」
「エリスちゃん、久しぶり!元気だった?あなたなんだか綺麗になったわねぇ!」
「えっ?そんなことありませんよー。ベルベットさんこそ、なんだか雰囲気がガラッと変わりましたね?なんというか…自信に溢れているというか、目が輝いているというか…」
「あっ、分かる?実はね…あたし、ついに自分の『天使の器』を見つけて『天使』になったのよぉ!」
「わぁ!本当ですか!?おめでとうございます、ベルベットさん!」
「あはは、ありがとー!」
先ほどまでの話もどこへやら、突然…仲良くワイワイと話し出すエリスとベルベット。急展開する状況に、ぼくたちや…当事者のレイダーまで、完全に置いてけぼりにされてしまう。
だけど…そのおかげで、ぼくは少しだけ冷静になることが出来たんだ。
この状況から鑑みるに、どうやらエリスは…レイダーだけでなく『明日への道程』のメンバーと旧知の仲だったようだ。
エリスに向かってガウェインやウェーバーも手を振ったりしていることからも、それが分かる。
それにしてもエリスってば、こんな超有名人たちと顔見知りだったなんて…
もしかしてエリスは、なにげにすごい人なのだろうか。
このときぼくは、なんだか急に…エリスが遠い存在になってしまったかのような錯覚を覚えたんだ。
「はいはい、女性同士の再開の挨拶は後回しにしましょうね」
「えーっ?別に良いじゃん、ウェーバー!」
「…ったく、だから女ってのはめんどくせーんだよ!」
「おだまりなさいガウェイン!せっかくエリスちゃんとの再会を喜んでるんだからさ…少しほっといてよねっ!」
「そんなことよりベルベット、あなたはレイダーの誤解を解くのではなかったのですか?」
「あ、そうだった!忘れてた!」
青い髪の魔道士…ウェーバーに諭されて、ようやく本来の目的を思い出したベルベット。ズカズカとレイダーに歩み寄り、顔をグイッと近づける。
「あのねレイダー、あの言い方だとエリスちゃんに誤解を招くでしょ?ちゃんと用件は正確に伝えなさいよ…エリスちゃんを『臨時のパーティに誘いに来た』ってね」
「ええっ!?」
「「えええーっ!?」」
その説明に、エリスだけでなく…双子たちも驚きの声を上げてしまったのだった。
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場所は変わって、こちらはクルード王の応接室。
この部屋にはクルード王、『英雄』レイダー、エリスの三人が集まっていた。
コトリ、コトリ。
侍女のプリゲッタが緊張の面持ちで全員にお茶を出していく。
プリゲッタが退室するのを見計らって、クルード王がおもむろに口を開いた。
「それでだ、レイダー。…さっきの話はどういうことなのだ?」
「急なお話ですいません、クルード王。実は…またちょっと『グイン=バルバトスの魔迷宮』に行くことになりまして。それで、エリスの力をお借りしたいと思ってこちらに立ち寄りました」
「あっ…またあの迷宮に行くのですか?」
エリスの問いかけに、レイダーは微笑み返しながら頷いた。
『グイン=バルバトスの魔迷宮』
それは、かつての『魔戦争』において、『原罪』アンクロフィクサと『魔王』グイン=バルバトスが居城としていた『魔迷宮』だ。
魔戦争の最終決戦の舞台となり、レイダーの両親である『聖道』パラデインと『聖女』クリステラによってアンクロフィクサとグイン=バルバトスが討伐された…いわくつきの場所である。
そのことからこの迷宮は『魔界に最も近い場所』と言われており、現在でも多くの魔物が潜んでいると噂されていた。同時に…特別な『魔法道具』も数多く眠っているという伝説もあった。
だが、その噂や伝説を確かめられた者はほとんど存在ない。
なぜならば、この『魔迷宮』には…普通の人間は入ることが出来ない特殊な事情があったからだ。
その事情とは…この『魔迷宮』が持つ独特の『入宮』方法にあった。
「たしか…『グイン=バルバトスの魔迷宮』に『入宮』するには、四人の天使の力が必要なのですよね?」
エリスの問いかけ…というよりは確認に、レイダーは頷いた。
この世界において『天使』となることができた存在は非常に限られている。
元々数が少ない上に、一人一人がそれなりの地位や立場にいることが多かった。
そのため…複数の天使が一同に会するような機会は非常に限られていた。
ただでさえそのような状況にあるのに、『四人の天使を集める』という『魔迷宮』の『入宮』条件が、極めて厳しいハードルとなっていたのだ。
その結果、『グイン=バルバトスの魔迷宮』は…実質誰も入ることができない、知る人ぞ知る特別な場所と化していたのだった。
「ほほぅ…エリス殿は一般にはあまり知られていない『グイン=バルバトスの魔迷宮』について良く知っておるな」
「はい。実は…半年ほど前にレイダーさんたちと一緒に『魔迷宮』に行ったことがあるのです」
「な、なんと!?」
「あ、もちろん私は『入宮』のお手伝いをするところまでで、実際に中までは入っていないのですが…」
「ああ、なるほどな。そういう裏技があったのか」
エリスの説明にようやく納得するクルード王。「と、いうことは…」状況を理解したクルード王の視線に応えるように、レイダーが口を開いた。
「はい。また俺たちは『グイン=バルバトスの魔迷宮』に潜ろうと思っています。その際に、またエリスの力を借りたいのです」
そう、これこそが…レイダーたち『明日への道程』一行が、わざわざハインツまでやって来た理由であった。
「あっ、でも…『魔迷宮』へのエントリーには四人の天使が必要ですよね?レイダーさん、ウェーバーさん、私。あとの一人は……あっ!さっきベルベットさんが『最近天使になった』って言ってましたね!」
「そうなんだ。ベルベットは『天使』になることができたんだよ」
そしてレイダーは真剣な表情を浮かべると、クルード王に向き直って話を続けた。
「そういう訳で、クルード王。エリスを数日の間お借りできないだろうか。
エリスが現在、カレン王子とミア姫の家庭教師をなさっているのは十分認識しています。
ただ…ご存知の通り『あの地』に関するこの手の相談を、信頼して依頼できる存在は極めて少ないのです。ですから…」
「うむ!わかった!他ならぬ『救国の英雄』レイダーの頼みだ。双子についてはわしが説得しよう。
だが、なによりも…肝心のエリス殿の意思が重要だ。エリス殿はどうかね?」
「で、でも…本当に私なんかで良いのですか?」
少しだけ怖気付いたエリスに、レイダーは優しげに微笑みかけながら頷いた。
「ああ、もちろんだ。メンバー全員が君を希望している。それに…これはたぶん、エリスにとっても悪い話じゃないんだ」
「えっ?」
そう言うとレイダーは、ぽんぽんっとエリスの肩を叩きながら爽やかな笑みを浮かべたのだった。
場面は変わり、ここは…『明日への道程』一行が待機している客人用控室。
「おいおい、結構長げーな!どんだけ時間かかるんだよ!」
「まぁまぁガウェイン、そんなにイライラしないで。エリスさんだってここで働いてるんですから、簡単に『はいそうですか』とはいきませんよ」
「んなこたぁわかってんだよ、このトカゲ野郎!」
逆立つ髪を怒らせながら吠える『野獣』ガウェインを、穏やかになだめるウェーバー。
それを呆れた表情で眺めるベルベット。
これまでは、それがこのパーティの日常であった。
しかし、半年ほど前からその状況に少しだけ変化があった。
一人の女性が、彼ら『明日への道程』のメンバーに加わっていたからだ。
…伝説的パーティに新たに追加されたメンバー。
それは、長いストレート黒髪で目の部分まで隠し、その身に法衣を纏った若い女性だった。
「ったく、あいつらほんといつもやかましいよねぇ!あなたもそう思うでしょう?パシュミナ」
パシュミナと呼ばれたこの女性は、ベルベットの言葉にコクコクと頷いた。長い黒髪が揺れて、その瞳がチラリと見えそうになる。
パシュミナは慌てて前髪を抑えると、また俯いて黙り込んでしまった。
「…まったく、ほんとにパシュミナは大人しいわね!ガウェインと足して二で割ればちょうど良いのに…まぁいいわ。それよりもさ、エリスちゃんかなり印象変わってたよね?ウェーバーもそう思わない?」
「そうですね、以前よりもさらにあか抜けて可愛らしくなりましたね。それもありますが…あのハインツの姫は大変な美人でしたね」
「ええ…本当にそうね。正直、綺麗すぎて嫉妬もわかないレベルだったわ」
「くくく、ベル嬢ちゃんが嫉妬しないたぁ、ハインツの姫様もたいしたもんだな!」
「うるさいわね!ガウェインはあれだけの美女を見てなんとも思わないの?」
「けっ、そんなのどーでもいいんだよ!それよりも俺はあの…ハインツ王とやり合いてーぜ!ありゃかなり強いぞ!」
「まーたガウェインはそんなこと言って!あなたの頭の中は戦闘しかないの?」
「あん?ほっとけよ」
そうやってメンバーが盛り上がっていると…トントンと部屋の扉をノックする音がして、ゆっくりと開いた。
そこには、彼らのリーダーであるレイダーと、紅茶色の髪の少女…エリスが一緒に立っていた。
本当に自分は歓迎されるのであろうか…
レイダーに連れられて『明日への道程』のメンバーに再会するとき、エリスはかなり緊張していた。
だが…そんなエリスの不安は、すぐに吹き飛んでいってしまった。
「おっ!おかえり!エリスちゃんが一緒ってことは…臨時メンバーになったくれることを同意してくれたって考えて良いのかしら?」
扉を開けて入室した瞬間、ベルベットが嬉しそうに二人を出迎えてくれた。
そんな態度が嬉しくて…エリスはつい笑顔がこぼれ出てしまう。
「はい、私でよければ…足手まといにならないようにがんばります」
「おっ!決まったか!またよろしくな、嬢ちゃん!」
「エリスさん、また楽しい旅ができると良いですね」
「ガウェインさん、ウェーバーさん…はい、よろしくお願いしますね!」
一通り既知のメンバーにあいさつしたあと…エリスは、ベルベットの後ろでモジモジしている女性に目を向けた。
その女性は、エリスが初めて会う人物であった。
彼女は…傍目には20歳くらいに見える。
しかし、目まで覆う黒髪とダボダボの法衣のせいで、その素顔やはっきりとした年齢、体つき等を察することができなかった。
彼女が、新しくメンバーに参加したパシュミナという女性なのだろうか。
エリスはとりあえず…アルバイト時代に培った営業スマイルを活用して彼女に挨拶してみることにした。
「あのー、はじめまして!パシュミナさんですか?私、エリスって言います。よろしくお願いしますね」
「あっ、あの…わた、わた、わたしは…パシュミナ…です。よ、よろしくお願い…し、します!」
かなりオドオドしながら…それでも一所懸命自己紹介をしてくるパシュミナ。
あぁよかった、嫌われているわけではなかったんだ。
下を俯いたままこちらを見ることなく話す彼女の姿を見て、エリスは…もしかしてパシュミナはものすごい恥ずかしがり屋なのかもしれない、と思った。
だがこのとき、エリスは…パシュミナに対して少しだけ違和感を感じていた。
それは…うまく口にできない、違和感。
かつて…どこかで感じたことがあるような…そんな既視感。
だが、エリスがその正体に気づく前に、レイダーが一同に声をかけた。
「よーし、あいさつも済んだところで…今日はこれでいったん解散だ!といっても、今日はもう遅いから一晩お城にやっかいになることが決まっている。みんな…城内だから羽目を外さないように!
明日は早い時間に出発するからな!それとエリス。エリスはそれまでに出発の準備を済ましておいてくれ。あと…すまないが、王子や姫への説得も、な」
「「はーい!!」」
こうしてエリスは…明日から『明日への道程』一行の臨時メンバーとして参加することが決まったのであった。




