47.アナザーサイト 〜フローレスの場合〜
私の名前はフローレス。
現在、ユニヴァース魔法学園で生徒たちを教える『導師』の仕事をしている。年齢はもうすぐ30になる。
私は、生徒たちからはなぜか『青の導師』と呼ばれている。
同僚のクラリティ(同年代)は『赤の導師』と呼ばれているので、そのあたりは何かの対比なのだろうか。
私は、もともとベルトランド王国の貴族の三男坊だった。
高い魔力が認められ、魔法学園に入学したものの、所詮は三男坊。特にその先の当てがあるわけでも無かった。
そんな私を拾ってくれたのが、第二の父親とも言える『賢者』ロジスティコス学園長だった。
ロジスティコス学園長は、本当に素晴らしい人格の方だ。
生徒たちにはまるで本当の親のように、ときには優しく、ときには厳しく接していた。
そして…当時学園卒業後、どこにも行く当てが無かった私に「よかったらこのまま学園に残ってくれないか」と言ってくれた。
私は本当に嬉しかった。
彼のために…学園を盛り上げるために全力を尽くそうと、そのとき固く心に誓った。
その後、私は…ロジスティコス学園長のお教えもあり、奇跡的に『天使の器』を見つけ、天使になることができた。
私が天使になると、周りの見る目がガラリと変わった。
これまで私のことを厄介者としか見ていなかった実家も、掌を返して「ぜひこっちに戻ってこないか、お前なら宮廷魔導士になることも可能だ」などとおべっかを使ってきたのだ。
だが私は、その手の誘いをすべて無視した。結果として実家とも縁を切ることとなってしまったが、なに一つ後悔していない。
私に対して変わらず接してくれたのは、ロジスティコス学園長と…クラリティをはじめとする、学園で働く仲間たちだけだった。
私の居場所はここにしかない。
このとき、改めてそう感じたのだった。
そんな私の学園での『導師』としての生活だったが、最近少し厄介なことがあった。
それは…今年編入してきたティーナという一人の少女の存在だった。
この魔法学園は、三年間の学園生活を基本としており、編入制度は原則認めていない。
その原則を曲げてまでロジスティコス学園長が入学を許可したのが、このティーナ=カリスマティックという少女だった。
当初私は「例外は作るべきではない!」と彼女の編入に反対したのだが、「まぁそう言わずに。ここはワシの顔を立ててくれんかね?」と言ってロジスティコス学園長が押し切ってしまった。
そんな無理が通じた理由、それは…実はこのティーナが、16歳にして既に『天使』に目覚めていることだった。
私はこの話を聞いて、本当に驚いた。
この目でその姿を見るまで信じられなかった。
なぜなら…その歳で天使になった存在の事例を、私がほとんど知らなかったからだ。
もちろん、数多くの…魔法使いの資質を持った子供たちがやってくるこの魔法学園において、そんな人物が過去に居なかったわけではない。
だがそれは、やはり王侯貴族や英雄の子供など、それなりに資質を持った子供だけであった。
しかし、ティーナは違う。
その出自も明らかでないような人物なのだ。
一応彼女の育ての親は『天使』だったらしい。
だが、血のつながりは無いのだという。
そんな規格外の話、これまで聞いたことが無かった。
ロジスティコス学園長の…というより本人の強い要望により、ティーナが天使であることについては極秘事項となった。
その事実を知るのは、ロジスティコス学園長や私、同僚のクラリティなどごくわずかな存在だけだった。
だが、このティーナが実に問題児だった。
まず、人とコミュニケーションを取らない。
ティーナは最初に来たときから仮面を被っていた。
これは…本人曰く「目立ちたくないから」ということなのだが、逆に目立ってしまっているような気がする。
おまけに…厄介なことにティーナは天才だった。
頭の回転の速さもさることながら、一度聞いたことを10にして身につけるその賢さに、私は凡人と天才の違いを身に沁みて痛感させられたものだった。
だが、そのせいか…授業にもたまにしか顔を出さない。
基礎的なことを教えても、「そんなことは知ってるよ」と、ろくに聞かない。
挙げ句の果てに…勝手に図書室から本を引っ張りだしてきて、独自の勉強をするようになってしまったのだった。
他の生徒たちからは、皮肉も込めて『鉄仮面』などという、ありがたくもない通り名を付けられてしまう始末。
そんな状況もどこ吹く風。ティーナは態度を変えること無く、気ままに学園生活を送っていた。
そんな彼女の生活態度に危機感を覚えた私とクラリティは、ロジスティコス学園長に状況の改善を申し入れることにした。
すると学園長は、逆に…私たちが思ってもみなかった提案をしてきた。
「ふむ…そうか。じゃったら今度の『世界行脚』の旅に、ティーナを連れて行こうかね」
「「ええっ!?」」
私とクラリティは、ロジスティコス学園長のこの提案に、驚きの声を上げてしまった。
ロジスティコス学園長の『世界行脚』は、数ヶ月に一度行っている世界各地への放浪の旅だ。
この旅で、学園長は各地に埋れた優秀な魔法使いの卵たちを見出している。
今では世界最強の呼び声高い冒険者チーム『明日への道程』に参加している『うら若き魔女』ベルベットも、この学園長の世界行脚で見出された才能を持つ者の一人だった。
その旅に、ティーナを連れて行く。
そのことが示す意味を、私たちは見出すことができなかった。
こうして始まった世界行脚の旅だったが、思った以上に順調に進んでいった。
特に目立った新人を発掘することはできなかったものの、ティーナは予想に反して大変大人しかった。
…もしや彼女は、学園ではわざとあの様な態度を取っているのではないか。
そんなことをする理由は正直さっぱりわからない。だがそうとしか思えないような今の現状に、私たちがそんな疑問を抱いてしまったのは、ごく自然な成り行きだった。
そして疑問は…あるとき不意に証明されることになる。
それは、ハインツ公国に向かう途中の、とある街での出来事だった。
その日の夜、なぜか寝付けなかった私は、宿泊していた宿の周りを散歩することにした。
そこで、ロジスティコス学園長とティーナが話している場面に偶然出くわしてしまう。
私はなぜか…その場に身を隠して、二人の会話を聞くことにした。
「さてさて、旅はどうだね?ティーナ」
「んー…まぁ、悪くないよ」
「そうかそうか…人と接しなくて済むことは、そんなに気楽かね?」
「…ボクはあえて避けてるつもりは無いんだけどなぁ。そう見える?」
「ああ、見えるとも。避けまくりの拒みまくりじゃ!」
わざとおちゃらけて話すロジスティコス学園長の言葉に、フッと笑みをこぼすティーナ。
「…ティーナよ、おぬしはしんどくないのか?そのように…わざと人を避けるようなことをして」
「……別に。そのほうがお互いにとって良いのであれば、仕方ないんじゃないか?」
「本当に…それで良いのか?」
「…ボクは別に構わないよ。たった一人でも…ボクのことを理解してくれる存在が居てくれるのであれば、ボクはどんな状況だって耐えられる」
「それは…おぬしのお店で働いておった例の『お友達』のことかな?」
その質問に、ティーナはなにも答えようとしなかった。だが…答えないことで、肯定の意を察することができた。
ティーナは、わざと人を避けている。
その事実は、私にとって衝撃的だった。
なぜ彼女がそのようなことをしているのかは分からない。あるいは天涯孤独の身の上だと聞いていたので、何か語ることの出来ない事情があるのかもしれない。
そんな彼女が選んだのは、孤独の道。それを察したのは…担任の私ではなく、ロジスティコス学園長。
そのことを、二人の会話で思い知らされた。
私は、そんなことも見抜けなかった自分自身を恥じるとともに、それすら受け入れて…彼女の身を案じているロジスティコス学園長に、深い敬意を抱いたのであった。
そして、このときから徐々に私の…ティーナに対する見る目が変わっていった。
決定的に変わったのは、ハインツに行ったときだった。
ようやく辿り着いた、今回の旅の目的地であるハインツ公国。ティーナはなぜか到着最初からソワソワしていた。
まったく落ち着きがなく、ロジスティコス学園長にいつ登城するのか何度も尋ね、それが明後日だと聞かされるとまた挙動不審になる。
そのような様子のティーナは初めて見たので、私とクラリティは首を捻ったものだった。
そして翌々日。
私たちはハインツ城に登城し、世界的にも有名な公王ら四人の人物に謁見する予定であった。
案内されて謁見の間に入った瞬間、私の全身が緊張で身震いした。
まずは『魔戦争の英雄』である『双剣』クルード王。
少し頭髪は薄くなっているものの…全身から放たれる気に圧倒される。
隣に居るのは、ロジスティコス学園長と同じ七大守護天使の一人である『塔の魔女』ヴァーミリアン。
時々挑発的に発される魔力が桁違いすぎて、自分が天使であるということさえ恥ずかしくなるレベルである。
そして…その奥に控えているのが、『ハインツの至宝』と呼ばれる『太陽王子』カレン王子と、『月姫』ミア姫だった。
この二人については、来年度からの魔法学園への入学が決まってた。これまで魔法学園に迎え入れてきた人の中でも…トップクラスの超重要人物だ。
事前に噂で『とんでもない美少年と美少女』だと聞いていたのだけれど…実物は想像以上であった。
特にミア姫。
白のドレスを身に纏ったその姿は、優雅であり優美。まるで希代の天才が描いた女神のような美しさだった。
単純にルックスだけ見ると、ティーナも同じように桁違いの美少女だ。だが、ティーナにはまったく『女性らしさ』というものを感じられない。
それに対してミア姫は…その儚さといい可憐さといい、世界一の美少女と呼ぶに相応しい雰囲気を持っていた。
導師という肩書きを持つ私ですら、一瞬心を奪われてしまうほどだった。
…などと、ミア姫に見惚れていたら、横にいるクラリティに脇腹をつねられてしまった。
あいたたた。いかんいかん、見惚れている場合ではなかったか。
…そんな目で睨まないでくれよ。
そのあと、謁見の間において私たちの目の前で繰り広げられた光景は…私たちの予想を遥かに超えていた。
なんと、公王らの背後に控えていた…ハインツの双子の家庭教師をしていた魔法使いの少女が、『鉄仮面』ティーナを見て突然泣き出すと…そのまま駆け出して、ティーナに抱きついたのだ。
彼女の名前はエリス。ティーナが経営していたブリガディア王国の魔法屋で働いていた…ティーナの友人だ。
実は私たちは一度エリスに会っている。ティーナをスカウトしに行ったときに、彼女も一緒に面接したのだ。
…そう、驚く事なかれ。見た目は普通のこの少女もまた、来年からの魔法学園への入学が決まっている特待生の一人だった。
しかも推薦者は、七大守護天使の一人でブリガディア国王であるあの…『聖剣』ジェラード国王である。
そんな彼女に涙ながらに抱きつかれた問題児ティーナは、私たちの前で驚くべき表情を見せた。
これまで笑うことはおろか、泣いたり悲しんだり怒ったりしたことすらせず、周りから『鉄仮面』と評されたティーナが、なんと…多少困惑し、戸惑い、照れ笑いを浮かべながらも…エリスを受け入れたのだ。
しかも、彼女のことを大事そうに抱きしめたり、頭を撫でてあげたりしている。
その情景に私は猛烈な衝撃を受けるとともに、ティーナもただの一人の少女であるという事実を思い知らされた。
ロジスティコス学園長の言う通り、これまでティーナが見せていた姿は『偽り』であったのだ。
それと同時に、あの夜ティーナが話していた『自分のことを理解してくれる存在』が誰なのか、分かってしまった。
あんなにも…優しい笑顔が見せれるものなのか。
私は…隣に居るクラリティと同じくらい、強い衝撃を受けていたのだった。
その後、落ち着いた私たちは…偶然にも恐ろしい場面に立ち会うことになった。
それは…『七大守護天使』である『賢者』ロジスティコス学園長と、『塔の魔女』ヴァーミリアンの魔法対決だった。
ここでも私たちは、格の違いというものを思い知らされた。
元々、ロジスティコス学園長が大変素晴らしい魔法使いであることは認識していた。
特に、彼の固有魔法である『真理の書物』は凄まじかった。
『真理の書物』は、知られているだけでも18種類の…異なる効果の章を持つ、規格外の『天使の歌』だ。
その中でも最強最高の魔法防御力を持つ『白の章』と互角以上の戦いを見せたのが、ヴァーミリアンの放った固有魔法『雷神の槌』だった。
この世界において、魔法の優劣を決めるのは…単純に『魔力』の引き算だ。
例えば10の魔力を持つ魔法使いと8の力を持つ魔法使いが対決した場合、勝つのはもちろん前者だ。かつ、引き算であることから…差し引いた『2』分のダメージが、負けた方に襲いかかることになる。
もちろん、魔法自体の威力や相性などもあるため一概には言えないが、魔力の大きさが決定的な要素であることに変わりはなかった。
そして…今回の魔法対決において、両者の魔力は完全に拮抗していた。
これは、二人がほぼ同等の魔力をぶつけ合ったことを意味している。
…しかも恐ろしいことにその魔力は、同じ天使である私ですらまったく太刀打ち出来ないレベルだった。
私の魔力を10としたら、先ほど二人がぶつけ合った魔力は…恐らく100は超えるだろう。…普通の魔法使いとは桁違いの魔力を持つ『天使』の私をして、これだけの差なのだ。
さらに恐ろしいのは…二人とも『まったく本気を出していない』という事実だった。これにはもはや、笑うしか無い。
これが『七大守護天使』というものなのか…
そのあとロジスティコス学園長は、双子の王子と姫の魔力を調べたりしていた。
学園長によると、なんでも…ヴァーミリアン王妃にかけられた特殊な魔法のせいで、正常に魔力が発現できない状態になっているらしい。
うーむ。なんだかよくわからないが、現時点では学園長ですら手の打ちようが無いようだ。
まぁ…『七大守護天使』の子供であるわけだから、魔法の資質が無いということもないであろうし、来年学園に来たところでじっくりと調査して解決すればよいのではないだろうか。学園であれば、色々な魔道具や機材もそろっているわけだし。
こうして私たちの今回の…世界行脚の旅は終わりを告げたのであった。
今回は私にとって色々と打ちのめされることの多い旅であったが、それと同時に…導師として学ぶことの多い旅でもあった。
人を見かけでは判断してはいけないこと。
表面上の態度に囚われないこと。
自分は、たとえ天使であったとしても、井の中の蛙であること。
決して奢ることなく、真摯に生徒たちと向き合うこと…
私は今回の旅で学んだことを、これからの学園での導師生活に役立てようと心に誓ったのだった。
旅の終わりにフラッと立ち寄った居酒屋で、酔った勢いでクラリティにそんな話をした。
するとクラリティは笑いながら「フローレス、あなたも随分『先生』らしくなったわね」と、酔いが回った赤ら顔で褒めてくれた。
…若干釈然としないものはあるものの、まぁ良いかな。
「あーもう!ティーナといい、あの姫様といい…あんなのが来たら魔法学園が美少女ばっかになっちゃうじゃんかー!」
居酒屋から宿への帰り道、珍しく酔っ払ったクラリティが私に絡んできた。私には彼女が悪態をつく意味がわからず、素直に疑問を口にする。
「それが何かまずいのか?別に構わないじゃないか」
「…フローレス、だからあなたは朴念仁って言われるのよ?」
「むむっ!?それはどういうことだ?」
「あーもういいわよ。どうせ私は行き遅れよ!フローレスのばかー!責任取ってよね!」
「な!なんで私が責任を取らなければならないんだっ!?」
その後、私は完全に酔いつぶれたクラリティを抱えて、宿に戻る羽目になったのだった。
…まったく、クラリティだったらいつでも私が貰ってやるというのにな。
まぁ、本人には口が裂けても言えないのだが。
…いつかは言えるようになりたいものだな。
少し冷えた冬の夜道を歩きながら、私はそんなことを考えていたのだった。
本章はこれにて終了です。
次からは新章になり、本作もクライマックスに差し掛かっていく?予定?です。




