46.魔法学園への推薦
「ふーむ、これはさっぱりわからないのぅ」
とても残念そうなロジスティコス学園長の言葉に、カレンは一気に落胆した。
ここは、クルード王の執務室。
お父様に呼び出されたぼくとミアは、同じくその場に居たロジスティコス学園長に『禁呪』について調べてもらったのだ。
だけど…結果は芳しくなかった。
『世界最高の魔法使い』ロジスティコス学園長の手にかかっても、ぼくたちにかけられた『禁呪』はどうにもならないと言われてしまったのだ。
「そ、そうですか…」
あからさまに落胆したぼくに、優しい表情を浮かべながら…ロジスティコス学園長が慰めてくれた。
「まぁそう落胆することはないぞ。
どうせ来年からワシの学園に来るのだろう?うちにある専門的な機関や設備で調査研究したら、何か良い解決策が浮かぶかも知れんぞ?」
「「えっ!?」」
その言葉に、双子は思わず驚きの声を上げてしまう。
いま、ロジスティコス学園長は何と言った…?
ぼくたちが、来年から『魔法学園』に行く!?
「ちょ…お父様!どういうこと!?」
「あれ、言ってなかったか?お前たちにロジスティコスから『ユニヴァース魔法学園』への推薦状が届いておるのだよ」
「「はぁー!?」」
…全くもって初耳だった。
そんなの、ぜんっぜん聞いてないし!
「ちょっと待ってよ!魔法学園って…確か完全下宿制でしょ!?ぼく…この格好で下宿するの!?」
「ふぉっふぉっふぉ!その辺はワシに任せなさい!」
ドンッと胸を叩いてそう宣言するロジスティコス学園長。
いや、あなた自慢のおヒゲ、お母様の電撃で焦げてますよ?
本当に大丈夫?
「やったー!マジか!一人暮らしだ!魔法学園だ!わーいわーい!」
そんなぼくの様子はお構いなく、一人で勝手に盛り上がる姉さま。
…そりゃあ姉さまは良いよねぇ。どうとでもなるし。
でもね、こっちは女装ですよ!?
誤魔化し効かないんですよ!?
「うーむ…一定時間完全に女体化する伝説的薬物の話を、どこかで聞いたことはあるんじゃが…」
「そんなものいりません!!」
そんな本末転倒な薬、絶対必要ないし!
そもそも、どんな原理で身体が女性に入れ替わるんだろうか。とてもではないけど、そんな怪しい薬物は信じられない。
そんな与太話はともかく、今回の魔法学園入学の話はヤバい。ヤバすぎる!
ここハインツであれば、色々と守られていることから何とかなっているものの…
右も左も分からない『魔法学園』に行って、秘密がバレることなく生活するなんて…とてもではないが上手く行くとは思えない。
そんなわけで、ぼくは…『禁呪』が解けないという絶望的な結果だけでなく、新たに『魔法学園への下宿』という課題を突きつけられてしまった。
あぁ、どうしよう…
あまりの状況に、ぼくは完全に頭を抱えてしまったんだ。
だけど、捨てる神あれば拾う神あり。
お父様の次の言葉で、ぼくの心は…地獄のどん底から救われることになる。
「まぁ…エリスどのもおるから、その辺りはなにかとカレンの力になってくれるんじゃないか?」
「…へっ!?エリスがいるの?」
「んん?わしはこれも言ってなかったか?エリスどのも、おまえたちと一緒に魔法学園に通うことになっとるぞ」
「えーっ!?それ本当っ!?」
しがみつくように確認するぼくに、呆れ顔のお父様。
でも、こっちはそれどころじゃない!
エリスが居るかいないかで、状況は雲泥の差だ。
むしろ…エリスとこれからも一緒に居ることができて、嬉しい?
「なんだよカレン。えらい嬉しそうじゃん」
「…」
姉さまにそう指摘されて、ちょっと恥ずかしくなる。ぼくはお父様を掴んでいた手をゆっくりと離した。
ふーっ、少し動転していたようだ。
落ち着こう落ち着こう。
「うおっほん。…まぁそんなわけでだな、来年からよろしくじゃな。二人とも」
「あ、はい。よろしくお願いします、ロジスティコス学園長」
「お願いしまーす!」
こうして…ぼくたちは突如、来年からの『魔法学園』行きを告げられたのだった。
…ロジスティコス学園長ら一行は、その後しばらくの間城内に滞在したあと、その日のうちに再び旅立っていった。
エリスは時間ギリギリまでティーナと親交を深めていた。
そういえば…魔法学園に行くことになったら、ティーナは先輩ってことになるのかな?
去り際に、学園長一行がぼくたちに声をかけてくれた。
「お主らの年代は、かなりの有名人が揃っておる。楽しみにしとれよ?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら、ロジスティコス学園長がそう言った。
お父様から聞いた『魔戦争の悲劇』の影響は、その笑顔からは微塵も感じられない。
だけど、深い人生経験を積んだものだけが醸し出す…優しく暖かい雰囲気に、ぼくはなんだか彼のことが好きになっていたんだ。
「王子、姫。来年は安心して我らの学園にいらしてください!」
「下宿には王族向けの備えもありますし、我々が全力でサポートしますので!」
あまり話す機会は無かったけど、ロジスティコス学園長の懐刀…フローレス導師とクラリティ導師が優しく言ってくれた。
彼らはぼくたち双子の秘密を知らないけど…学園では力になってくれそうかな?
「…色々と世話になったね。エリスのこと、くれぐれもよろしく頼むよ。あの子は純粋で真っ直ぐだからさ」
再び仮面を着けたティーナが、ぶっきらぼうにそう言い放った。
この口調に慣れてしまったぼくたちには、これが彼女の普通であり、照れ隠しであることもなんとなく理解できた。
本当にエリスのことが大切なんだなぁ。
「それじゃあ、また会おう!」
「また会いましょう!」
「お元気で!」
最後の挨拶を終えると、ぼくたちは城門のところで…一行が見えなくなるまで手を振って見送ったのだった。
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その日の夜。
場所は変わり、ここはハインツ公国の公都ハイデンブルグから少し離れた小高い丘の上にある塔…通称『還らずの塔』の中。
その塔の中央にある部屋の一室に、ヴァーミリアンは一人椅子に座っていた。
その目は閉じており、何かを深く考えているよう。
しばらくして、ヴァーミリアンの目がパチリと開いた。
「…来たわね」
すると…ゆっくりと、部屋の扉が開く。
そこに現れたのは、なんと…エリスの親友のティーナであった。
その姿を確認して、ニヤリと笑うヴァーミリアン。
「うふふ。お待ちしてたわ、ティーナちゃん」
「そりゃあ…こんなもの渡されたら、嫌でも来なきゃいけなくなるだろう?」
ティーナは少し不機嫌そうに、手に持っていた紙を前に突き出した。
それは、ティーナにコッソリと渡された…この塔への『招待状』だった。
ハインツ城に滞在中に、侍女からこの『招待状』を渡されたティーナは、半ば脅しに近い形で…この塔へと導かれたのだ。
「それにしても、ずいぶんあっさりとここまで到着したわね。あなた…只者じゃないでしょ?」
「…何を言ってるんだか。この塔にあるトラップは、すべて『天使クラスの魔法使いにとっては足止めにもならない』レベルの安易な魔法罠ばかりじゃないか」
少し呆れた表情を浮かべながら、そう口にするティーナ。
そう、実はこの塔にあるトラップは…すべて『魔法障壁でダメージを軽減させることが可能な罠』だったのだ。逆に言うと、ティーナのように『天使級』の魔力を持つものにとっては、なんの障害にもならないトラップばかりだった。
実はこれ、天使以外をこの塔にあまり寄せ付けないようにするための、ヴァーミリアンの仕込みであった。
この事実を知るものは、僅かしかいない。
「それに…この塔の仕組み。これはまるで、あなたを…」
「へぇー、あなたそこまで分かるんだ。凄いわね。…でもそれ以上は言わないでね」
「…わかった」
ティーナの返事に満足したヴァーミリアンは、嬉しそうに頷く。
「さて、ここまで無傷で来れたということは…あなたは自分が『天使』であることを認めるのね?」
「認めるもなにも、分かっててボクを呼んだんだろう?」
何を今更と呆れ顔のティーナ。手に持っていた手紙…ヴァーミリアンがティーナにコッソリと渡した、この塔への『招待状』…を突きつけながら、ヴァーミリアンに詰め寄る。
「…それで、七大守護天使のヴァーミリアンさまが、こんな置き手紙まで残してボクをここに呼びつけたのは…どんな理由からだい?」
「呼びつけたんじゃなくて、招待したつもりだったんだけどね。…まぁいいわ。
こんな回りくどいことをしたのはね、ちょっとロジスティコスたちが居るお城では聞きにくいことを…あなたと話したかっただけ。…あなただって、その方が良いでしょ?」
ヴァーミリアンは椅子に座ったまま指を鳴らす。すると、機械式の人形が壁から現れて、ギシギシ奇妙な音をたてながらお茶を運んできた。
「へぇ…魔導式機械人形か。初めて見るよ」
「珍しいでしょ?わたしのコレクションの一つなのよ?」
優雅な動きで機械からお茶を受け取るヴァーミリアン。そのままティーナをテーブルにある椅子へと誘導する。
彼女が椅子に座るのを確認すると、ヴァーミリアンは満足げにお茶に口を付けた。
「ところでティーナちゃん。あなた、苗字をカリスマティックって言うのよね?あなたは、今は亡きあの…『ほうきの魔女』デイズ=カリスマティックの身内なの?」
「へぇ…七大守護天使のあなたが、デイズおばあちゃんのことを知ってるんだ?」
「そりゃあ、あなたのおばあさんはそれなりに有名人だったからね。それで…質問の答えは?」
「一応、ボクはデイズ=カリスマティックの孫娘…ということになっている。
だけど、ぼくとデイズおばあちゃんの間に血のつながりは無い」
「うんうん、そうよね。あなたたち全然似てないものね。そしたら…あなたはどうやってデイズの孫娘になったの?」
「その経緯については、実はボクも知らない。正確には…今のボクには分からない。なぜなら、10歳以前の記憶をデイズおばあちゃんに封印してもらっているからだ」
「まぁ…そうなの!そしたらあなたは、もしかして…デイズ=カリスマティックがどういう出自の人物かも知らないの?」
「ああ、知らない。ボクにとっておばあちゃんはおばあちゃんだ。何者だろうと関係ない。
そもそもボクはおばあちゃんが何者だったかなんてまったく興味は無いし、調べるつもりも無い」
「ふーん…、そう。知らないし、知るつもりもないし、知る必要も無いってことね。…分かったわ」
暫し二人の間に流れる沈黙。
…その空気を打ち破ったのは、ヴァーミリアンのほうだった。
「ところで…その記憶の封印、わたしが解いてあげましょうか?」
その言葉に、ティーナの目が鋭くキラリと光る。
だが、それも一瞬のことで…すぐに平常のティーナの顔に戻った。
「お気遣いありがとう。だけど必要ないよ。封印を解くための暗号はおばあちゃんから聞いて既に知ってるし、何より…18歳になるまでは封印を解かないって、色々な人と約束したからね」
「そっか…余計なことを言ったわね、ゴメンね。今の話は忘れてちょうだい。
それじゃあ…ついでにもうひとつ質問、というより相談。私と…『魔法勝負』しない?」
口の端を釣り上げて、不敵に微笑むヴァーミリアン。ペロリと舌舐めずりをする。
だが…ティーナはその挑発に乗らなかった。ゆっくりと頭を横に振ると、彼女が持つ黄金色の髪が、波立つように揺れた。
「…いや、遠慮するよ。ボクはそういうのにまったく興味ないし」
「へぇ…ヴァーミリアンに敵わないから、とは言わないのね?」
「…そんな安い挑発には乗らないよ?」
ティーナはフッと笑うと、手元のお茶を一気に飲み干した。
トンッとテーブルにカップを起き、そのまま席を立とうとする。
「…あっ、そうだそうだ、忘れてた。ところで…あなたの双子のお子さんにかかっているヘンテコな魔法。あれ…あなたの仕業なんだろう?だから、放っておいて良いんだろう?」
「ふふふ、あなたは本当に察しが良くてイイわね。…その通りよ、手だし無用でよろしくね」
「…分かった。仮にエリスに助けを求められても、この件に関しては放っておくことにするよ」
「ありがとう、ティーナちゃん。恩に着るわ。
…それにしても、あなたのこと…ますます食べちゃいたくなっちゃったわ」
「ぼくの歌は、そういうのに適してないから勘弁してくれよ。…お茶ごちそうさまでした。それじゃあ、用が済んだならボクはこれで失礼するよ」
そう言って立ち去ろうとするティーナに、ニヤニヤ笑いながらヴァーミリアンが最後に一言声をかけた。
「ティーナちゃん、あなたに一つの予言をしてあげる。
…あなたは今後、大きな悩みを抱えることになるわ。そして、もしあなたが道に迷うことがあったら…わたしのところに一度来なさい。
そのときは、少しくらいは力になってあげるから」
「…どうもありがとう」
ティーナはぶっきらぼうにそう言うと、そのまま席を立って部屋を後にしたのだった。
あとには、ずっとニヤニヤしっぱなしのヴァーミリアンと魔導式機械人形だけが残された。
「18歳か…あと二年ねぇ。デイズ、あなたもとんでもない置き土産を遺していったものだわ。
…それにしても来年の『魔法学園』は本当に面白そうね。
ティーナちゃんでしょ、うちの双子でしょ。それから、ジェラードの実子に、異母姉のエリちゃん…そんでもって、パラデインとクリステラの娘であり優等生レイダーの妹であるあの娘でしょう?そして…あの子、か。
…こりゃなんだかロジスティコスも大変そうね、良い気味だわ」
誰も居ない塔の中で、ふーっと独り言を漏らすヴァーミリアン。
その表情は、昔を懐かしむようで…少しさみしそうであった。
そして、時は少しだけ流れて…冬。
ハインツに大きなニュースが流れてくることになる。
それは…『英雄』レイダーとその仲間『明日への道程』一行の、ハインツへの凱旋だった。
冬のハインツは、このビッグニュースに大いに盛り上がった。
予定より長くなってしまったので、ここで一旦区切ります。
番外編をはさんで新章になる予定です。




