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44.夜の来訪者

 その日の夜。

 カレンぼくはなんだか寝付くことができなかった。


 理由は、昼間聞いた『魔戦争』の話にあった。

 あの戦争で起こった数々の悲劇に、ぼくは強い衝撃を受けていた。


 彼らは、どんな思いで生きてきたのだろうか。

 そして、どんな思いで戦って、そして散っていったのだろうか…


 そんなことを考えていたら、眠れなくなってしまったのだ。



 仕方がないので、ぼくは気分転換に…一人で中庭を散歩することにしたんだ。






 夜の中庭は、冬の一歩手前ということもあってとても寒かった。

 身に着けているのは、寝間着として使っているワンピースに厚手の毛皮のローブ。

 呼吸をするたびに、胸の奥に入り込んでくる冷たい空気。吐く息が白い。

 でもこの冷たさが、ぼくの心を落ち着けてくれた。



 ぼくがこうやって一人で散歩することは極めて珍しい。

 だけど…今日はそんなことがしたい気分だった。


 中庭にある草花は、夜のとばりのもとで眠っているようだった。

 そんな草花を、ぼくは心ゆくまで眺めていたんだ。




 どれくらいの時間、ここに居たのだろうか。

 だいぶ心も落ち着いてきたし…そろそろ部屋に戻ろうかな。


 そう思ってこの場を立ち去ろうかと思った、そのとき。



「…こんなところで一人で散歩しているなんて、物騒だね?」



 突然、そんなふうに声をかけられたんだ。






「だ、だれっ!?」


 聞いたことのない声…しかも、この中庭で声をかけられたことに、ぼくはかなり驚いていた。


 何より驚いたのは…その声が『若い女性の声』のように聞こえたことだった。そんな人物に、心当たりなど無かったから。


 慌てて周りを見回してみるものの、それらしい人物はどこにも居ない。


 …もしかして、幻聴?

 ぼくがそんなことを考えていると、再び同じ声が聞こえてきた。


「あははは、こっちだよ」


 改めて声のした方に視線を向ける。

 その声はなんと、中庭にある大きな木の上の方から聞こえてきたのだ。


 中庭にある木の中でも最も背の高い木。その木の枝に、声の主は座っていた。

 その人物は、絵本に出てくるような魔法使いが着るローブに全身を包み、さらには口の部分だけが露出している仮面を身につけている。

 いかにも典型的な不審人物だ。



 その…仮面の人物は、腰掛けていた枝から立ち上がると、そのまま地面へと躊躇無く飛び降りてきた。

 高さは5mはあるだろうか、思わずぼくは目を瞑ってしまう。


 だけど、想像していたような鈍い音は聞こえてこなかった。

 恐る恐る目を開けてみると…先ほどの仮面の人物が、何事もなかったかのように平然と地面に降り立っていた。

 ただ、着地の衝撃からだろうか。その人物が身につけていたローブのフードが脱げている。

 その結果、仮面の人物が持つ…月の光にさえも眩く反射する…黄金色の長い髪が露わになった。


 少しウェーブがかった金髪が、中庭に吹き抜ける風に舞い踊る。


 それを見たとき、ぼくはふと『原罪オリジナル・シン』アンクロフィクサのことを思い出した。

 彼もまた、金髪だったと伝えられていたから。


 だけど、仮面を被っていることからはっきりと分からなものの…どうやらこの人物は、年若い女性のようだった。






 本来であれば、この仮面の少女は明らかに不審者だ。

 すぐにでも大声を上げて誰かを呼ぶべきだったんだろうけど…

 このときのぼくは、何故かそんな気分になれなかったんだ。


 なんだか不思議な雰囲気を感じて、ぼくは本人に素直に尋ねてみることにした。






「あなたは…誰?どこからここに入ってきたの?」


 するとこの…仮面の少女は、頭をポリポリとかきながらこちらを見て微笑んだ。


「急に声をかけてすまなかった。

 本当はキミに声をかけるつもりはなかったんだ。

 ただ、あまりにも長い時間そこでぼーっとしてたから、ちょっと気になってね」

「そ、そんなに長い時間見てたの?」

「あ、いや、そういうわけではないんだ。本当は違う人に会いたくて来たんだけど、どうやらもう寝ちゃってるみたいでね。

 残念だけど、今日は素直に引き上げることにするよ」


 ぼくの質問に何一つ答えることなく、仮面の少女はそう口にした。

 んー、本当になんだか不思議な人だ。


「ところでキミは…ボクが怖くないのかい?」

「えっ?」


 そう言われて、ぼくはつい首を横に傾げてしまった。

 実際、たいして怖いと感じなかったからだ。


「…その、ボクが言うのもなんだけど、キミみたいな綺麗な子が、こんな遅い時間にこんな場所に一人で居るなんて、あんまり良ろしくないんじゃないかと思ってね」

「う、うん。ありがとう…ところでさっきの質問には答えて貰ってないんだけど?」

「はっはっは、キミは見かけによらず豪胆だね。さすがはハインツ王家の血を引く…王子様だ」

「えっ?」


 仮面の少女の言葉に、ぼくは素直に驚いてしまった。

 この人は…迷うことなくぼくのことを王子と言ったのだ。


 そのことは、二つの事実を示していた。

 一つは、この仮面の少女が…ぼくが王家の者であることを知っているということ。

 そしてもう一つは、ぼくのことを…男だと見抜いているということだ。


「どうして…それを?」

「それっていうのは、どっちを指してるんだい?ボクがキミのことを王子だと知っていること?それとも…キミのことを男だと見抜いたこと?」


 あっけに取られて何も答えられないぼく。仮面の少女は金髪をかき上げながら、ぼくのことをじっと見つめている。

 まるで…心の奥まで見抜かれているようだった。


「その答えはね、そんなに難しくないよ。ボクはキミのことを一目見たときから、男だって分かっていたんだ。ボクは真実を見極める眼を持っているからね。

 それさえ分かれば…キミがハインツの王子様だって推理することは簡単なことさ。

 こんな時間に、こんな場所を一人で歩けるような人物は、それくらいしか思い当たらないだろう?」

「あ、あなたは一体…?」

「ん?ボクかい?

 ボクのことは…そうだなぁ、今は『仮面の魔法使い』とでも呼んでくれよ。

 近いうちにボクの正体は分かると思うから」


 そう言うと、仮面の少女は…フードを被り直すと、そのままぼくに背を向ける。そして…ヒラヒラと手を振ると、腰にかけてある短剣に手を触れた。


 次の瞬間、仮面の少女がうっすらと光り輝く。

 すると…その背に何かが形取られた。

 それは、真っ白に輝く『純白の翼』だった。

 見間違いようがない、これは『天使の翼』だ。


 しかも…この人物の背には、なぜか片翼しか具現化していなかった。

 この仮面の少女は、片翼の天使だったのだ。



 呆気にとられるぼくを無視するように、仮面の少女は背の翼をはためかせた。

 そのまま…ふわりと宙に浮くと、空を飛んで立ち去っていってしまったのだった。




 あとには、呆然と立ち尽くすぼくだけが残された。


 あれは…一体誰だったんだろう。

 近いうちに自分の正体はわかる、と彼女は言っていた。

 それに、今日ここに居たのは、別な目的があったとも言っていた。


 彼女は…なんの目的のためにここに居たのか。

 そして、なぜ片翼の天使なのか。



 そんな謎を残して、彼女は消えていったのだった。














 そして翌々日。

 この日は朝から城内が慌ただしかった。


 いよいよ、七大守護天使の一人である『賢者ワイズマン』ロジスティコスがやってくるのだ。


 ロジスティコスはお供のものと一緒に前日からハインツ入りしていた。

 昨夜はハイデンブルグの街に泊まり、市井の者たちや、魔法屋にいる魔法使いの人たちと交流していたのだそうだ。

 そうやって色々な人たちと交流を深めるなんて、さすがは世界最高の魔法使いといわれているロジスティコス学園長だ。

 ぼくは感心しながらも…一昨日の夜の出来事を思い出していた。



 結局、一昨年の夜の出来事は誰にも話していない。

 話しても信じてもらえないかもしれないと思ったし、なにより信じてもらったあとのほうが大面倒なことになりそうだったから。


 警備不備。不法侵入。危険だからしばらく外出禁止。などなど…

 そんなことになったら、ミアねえさまから恨まれてしまいそうだったしね。



 そんなわけで、今日はロジスティコス学園長を迎える支度をしていた。


 このときぼくは、少しだけワクワクしていた。

 もしかしたら…この『禁呪』が解けるかもしれない。

 ダメでも、なにか可能性が見えるかもしれない。

 そんな期待があったからだ。

 期待に胸踊らせながら、いつものように一人で服を整えて…嫌々サファナに習った化粧を施す。


 ちなみに今日は珍しくヴァーミリアンおかあさまも登城していた。

 …やっぱり旧知の人には会いたかったのかな?

 変な騒ぎにならなけりゃ良いのだけど…





 お昼前になって、ロジスティコス学園長の登城が告げられた。

 ぼくは、クルード王おとうさまヴァーミリアン王妃あかあさま、姉さまと一緒にお城にある『謁見の間』で待機する。



 謁見の間には、ぼくたち以外にも何人かが控えていた。

 スパングル大臣、マダム=マドーラ、それにエリスも居た。

 エリスについてはお父様が呼んだのだそうだ。

 以前ロジスティコス学園長に会ったことがあるって言ってたし、その関係かな?






「ユニヴァース魔法学園、学園長、ロジスティコス=ユニヴァース様、ご登城いたしました」

「うむ、案内せよ」


 衛兵の掛け声に、形式的にお父様が返す。

 いよいよロジスティコス学園長の登場だ。

 お父様の返事に合わせて、謁見の間の扉がゆっくりと開かれた。




 扉の向こうには、三人の人物が立っていた。


 中心に立つのは、白いヒゲを垂らした老人。

 彼こそが…世界最高の魔法使い、『賢者ワイズマン』ロジスティコス学園長だ。

 ぼくも会うのは久しぶりなんだけど、初めて会ったときから外見が変わっていないような気がする。穏やかな笑顔を浮かべた、優しげなおじいさんだ。


 彼の左右に控えるのは、魔法使いのローブを身につけた男女だった。

 確か…魔法学園の講師だったと思う。

 名前は…男性のほうがフローレス導師、女性のほうがクラリティ導師だったかな?

 どちらも天使なのだと、どこかで聞いたことがある。さすがは魔法学園、天使も何人も居るようだ。



 と、そのとき。

 三人の後ろに、もう一人…人物が居ることに気付いた。

 その人物は、まるで三人の後ろに隠れるようにしている。


 あれ?あれは…まさか…


 その人物が隠れていることに気づいてか、困った表情を浮かべたロジスティコスに促されている。

 その人物は、渋々といった感じで三人の横に並んできた。


 フローレス導師に促されて、その人物が目深に被ったローブのフードを脱ぐと、黄金色の髪が…まるで滝のようにパッと拡がった。

 それまでフードに隠れて見えなかったその顔も露わになり、その顔には…仮面を装着している。


 あっ!

 ぼくは思わず声をあげそうになった。

 そう、この人物は…昨夜中庭に不法侵入してきた不審者…『仮面の少女』だったのだ。





「えっ?」


 そのとき、誰かの驚くような声が、謁見の間にこだました。


 その声の主は…以外にもなんとエリスだった。


 エリスは、これまで見たこともないような驚愕の表情を浮かべていた。

 ぶるぶる震えながら…手で口を押さえて、誰かを凝視している。


 エリスの視線の先には…例の『仮面の少女』がいた。

 仮面の少女は、なんだかバツの悪そうな表情を浮かべたまま、控えめにエリスに対して右手を振っている。


 これは…どういうことだろうか。


 そう思っていると、ロジスティコス学園長が「ほれ、公王陛下の前だ。仮面を外しなさい」と怒られていた。仮面の少女は渋々その仮面に手を掛け、取り外す。



 もしかして、仮面は…顔の傷でも隠してたのかな?

 ぼくはそんなことを想像していたのだけど、事実は違っていた。






 仮面の下には…驚くほどの美貌が隠されていたのだ。

 まるで、絵画から飛び出してきたかのような美少女。この世界に美の神様がいるのだとしたら、その恩恵を一身に受けたかのようなその美しさ。

 正直ぼくは…自分たちに匹敵するような美貌の持ち主を、初めて見た。


 年齢はぼくと変わらないだろうか…

 なんだか気まずそうに少しだけ視線をそらしながら、頭をポリポリとかいている。




 次の瞬間、想像だにしなかったおどろくべきことが、ぼくたちの目の前で起こった。


 なんとエリスが…ボロボロと涙を零しはじめたのだ。

 かと思うと、エリスは仮面の少女…今は仮面を脱いだ美少女のほうに向かって、そのまま駆け出したのだ!



 普段は大人しいエリスからは絶対考えられないような行動に、ぼくたちは完全に意表をつかれてしまった。

 ぼくや姉さまは、驚きのあまり口をパクパクさせながらその光景を眺めていた。



「ティーナ!!!」


 エリスはそう絶叫しながら、まるで体当たりをするかのように、勢い良く仮面の美少女に飛びついた!


 ガバッ!!


 彼女…ティーナと呼ばれた仮面の美少女も、それを避けることなく受け止める。


 二人は…みんなが見守るその前で、抱きしめあっていた。





 これは一体…


 ぼくは、自分の胸がズキリと痛むのを感じた。

 どうしてなのか、その理由はわからない。

 ただ…こんなに嬉しそうな表情を浮かべるエリスを、ぼくはこれまで見たことがなかった。



 仮面をつけていた…ティーナと呼ばれた美少女は、優しげな表情を浮かべながらエリスの頭を撫でていた。

 エリスは泣きながら、その胸に顔をうずめている。


 ティーナ…


 少しだけ冷静になってきたぼく。

 その名前に、ぼくは聞き覚えがあった。

 たしか…その名前は…



「ねぇねぇ。ティーナっていえば、エリスの親友じゃない?確かエリスの魔法の師匠で、今は魔法学園に居るって言ってたような…」


 ぼくの疑問に答えるかのように、ミアねえさまがそうぼくに問いかけてくれた。


 そうだ!

 ティーナとは、エリスの親友ではないか。


 たしかにエリスから、師匠ティーナのことについては「美人さん」とは聞いていたけど、もっと年上の人だと思っていた。

 それが、よもやこんなに若くて、ここまでの美少女だったとは…



 そんなことを思いながら、ぼくらは謁見の間で繰り広げられている…久しぶりの親友同士の再開を眺めていたのだった。


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