42.魔戦争
本編はここから第七章になります。
「あたし、魔法が使えるようになりたい!」
姉さまが突然そう言い出したのは、『収穫祭』が終わってしばらくした、肌寒い初冬のある日のことだった。
まーた始まったよ、姉さまの『突発性わがまま病』が。
どうやら今回の病気は、『収穫祭』のときに目の前で派手な魔法を見せられせいで…感化されて発症した『魔法使いたい病』のようだ。
そういえば、たしか以前…夏の『文化交流会』のときにも同じような症状を発症したかな?
もっとも、今回に関しては…ぼくは姉さまのことを悪く言えなかった。なぜなら、ぼくも姉さまと同じ考えを持っていたからだ。
そもそもぼくたち双子は、七大守護天使である『塔の魔女』ヴァーミリアンの子供だ。血統が重要な魔法使いとしては、素質的に申し分ないはずなのである。
だけど…これまでぼくたちは、なぜか魔力の片鱗さえ見せることがなかった。
以前エリスに調べてもらったときには「どういうわけか魔力を確認することができない」という、非常に悲しいコメントをもらっていた。
そのときは魔力なんてどうでも良いと思っていたのだけれど…
最近、ぼくの考えも少しずつ変わってきていたんだ。
以前にも増して、ぼく自身が『力を持ちたい』と思うようになっていた。
ぼくだって、魔法が使えるなら使えるようになりたい。もし得ることが出来るのであれば、力が欲しい。
…そう思うようになってたんだ。
「…わかった。ミアがそこまで言うのであれば、もう一度ちゃんと調べてみるね」
エリスはそう言って再度いろいろと調べてはくれたんだけど…結論としてはやっぱりわからなかったらしい。
なんでも、ぼくたちにかけられてしまった『禁呪』が、エリスの調査を阻害しているらしい。
「あのね…二人の身体に、『禁呪』による強烈な妨害がかかってるの。調べようとすると、それが邪魔をして…魔力があるかどうかさえ調査することができないんだ。しかも、この『禁呪』をかけたのが二人のお母様だから、魔力が強大すぎて私には手が出せなくて…」
エリスが説明するには、この世界の魔法使いの優劣を決めるのは『魔力の大きさ』なのだそうだ。
例えば同じ魔法がぶつかり合ったときに、魔力の大きい方が打ち勝つ。それは、『抵抗』や『解呪』においても同様だった。
今回の場合、ぼくたちの魔力調査を邪魔しているのが『強大な魔力を持つお母様の禁呪』であり、その妨害を打ち破るだけの魔力をエリスは持っていないということだった。
「私が呪いを解くような…特別な『天使の歌』でも持ってれば良かったのにね」
申し訳なさそうにエリスがそう口にしたんだけど、こればっかりは仕方ないと思う。
「うーむ、一筋縄ではいかないなぁ」
昼食の時間。侍女による食事のセッティングを待っているとき、不意にミアが愚痴をこぼした。
遅れて席に着いたクルード王が、そんな姉さまの愚痴に反応した。
「ほぅ…なにが一筋縄ではいかないのだ?」
「あ、お父様!聞いてよ!」
これ幸いとばかりに、姉さまが…魔力の有無すら調べられない現状の説明しようとする。
ちょうどそのとき、ベアトリスによって昼食が運ばれてきたので、ぼくたちは食事をしながらこれまでの経緯を説明することにしたんだ。
熱弁を振るう姉さま。
便乗して説明するぼく。
それを…しばらくは黙って聞いていたお父様。
ひととおり姉さまの話を聞き終わったあと、食後のコーヒーを口にしながら、お父様がようやくその口を開いた。
「そうか…そういうことだったのか。
残念ながらその件については、わしは役に立たん。
だがな…偶然にも明日にはロジスティコスがハインツに来る予定で、明後日には登城することになっているから、そのとき彼に相談してみようかね」
「ロジスティコス?って、あの…ユニヴァース魔法学校のロジスティコス学園長?」
「そう。七大守護天使の一人である『賢者』ロジスティコスだ。彼はこの世界における魔法の第一人者だから、きっと何らかのことはわかるんじゃないかな?」
これはすごい偶然だ…
ぼくと姉さまは、驚いて顔を見合わせた。
ロジスティコス=ユニヴァースと言えば、この世界で知らぬもののない超有名人物だ。
お父様と同じ『魔戦争の英雄』の一人であり、世界に一つしかない魔法学校『ユニヴァース魔法学校』の学園長であり、かつ七大守護天使の一人に数えられる…通称『賢者』と呼ばれている人物。それがロジスティコス=ユニヴァースだ。
そのような人物であれば、ぼくたちの『呪い』のことも詳しくわかるのではないか。
しかも…偶然にも明後日にはこの城にやってくるという。まさに千載一遇の大チャンスだ。
ぼくたちは、一気に期待に胸を膨らませた。
「んまぁ、おまえたちにちょっと伝えたいこともあったし…ちょうど都合よかったかな」
「えっ?なになに?なんの事?」
「いやいや、そのときにまた話すよ」
お父様は笑いながら適当にはぐらかすと「しかし…おまえたちが魔法に興味を示すとはなぁ」と、感慨深げにそう呟いたのだった。
その日の午後。
カレンたちは何時ものようにリビングルームで寛いでいた。そこには当然、エリスも同席している。
「そうなんだ。ユニヴァース魔法学校の学園長…ロジスティコスさんがここに来るのね」
「そうそう、エリスはロジスティコス学園長のこと知ってるの?」
「うん。一度だけお会いしたことあるよ。たしか…『魔戦争の英雄』の一人だとか…」
へー、エリスは一度会ったことがあるんだ。
滅多に会えるような人物じゃないのに、どこで会ったんだろう。
エリスって以外と顔が広かったりするのかな?
「そういえばさ、うちの両親も含めて『魔戦争の英雄』って単語をよく聞くんだけど…。あんた『魔戦争』について詳しく知ってる?」
姉さまの突然の暴言に、ぼくはア然としてしまった。
『魔戦争』については、この世界の住人で知らぬものなどないほど大変だった出来事だ。
それをこの人は、言うに事欠いて…
今まで習ってきた歴史の勉強を聞いていなかったのだろうか。
「だって、スパングル大臣の歴史の授業つまんなくてさ」
「…」
この人は、自分がその『魔戦争の英雄』の娘であるという自覚があるのだろうか。
「ベアトリスは知ってる?」
「はい、私は…今から20年ほど前にあった『魔王』との戦いだと認識しています」
「…んまぁ、あたしもその程度しか知らないけどね」
ちょっとちょっと!
姉さまはともかく、ベアトリスまでその程度の認識なの?
しかも、エリスまでウンウンと頷いている。おそらく同等の知識なのだろう。
はぁ…しかし、世界を震撼させた『魔戦争』に対する知識がこの程度とは。これではお父様が泣いてしまう。
…しょうがない、ぼくが教えてあげるか。
「分かったよ、ぼくが『魔戦争』について簡単に説明するね…」
こうして、この場で即席の『魔戦争』講座が始まったのだった。
『魔戦争』。
それは、およそ20年前に起こった恐ろしい戦争だ。
きっかけは、一人の『悪魔』の存在だったという。
…ちなみに『悪魔』とは、『天使』が悪の心に染まって『堕落』した存在だ。
天使とは正反対に、真っ黒に染まった翼を持っているのだという。
その『悪魔』…のちに『原罪』と呼ばれることとなるアンクロフィクサという人物が、魔導を追求した結果、偶然『魔界の扉』を発見してしまった。
そして…アンクロフィクサがその扉を開いてしまったことから、この世は悲劇的な状況に陥ったのだ。
『魔界の扉』が開かられると、そこから大量の『魔物』が飛び出して行ったそうだ。
魔獣、魔生物、魔人、魔族…。
そんな中、出現したのが『魔王』グイン=バルバトスだった。
「あっ…グイン=バルバトス?」
「ん?エリスは魔王の名前を知らなかったの?」
話の途中、エリスが妙なところで引っかかった。
まぁ確かに魔王の名前まで知る人は案外少なかったりする。
「う、うん。これまで魔王は魔王としか聞いたことがなかったから…」
「そっか。でもどうしてエリスは魔王の名前で驚いたの?」
「ううん、ちょっと聞き覚えのある単語だったから驚いちゃっただけ。…でも大したことじゃ無いから気にしないで」
まぁ、どこかで魔王の名前を聞いたことがあってもおかしくはないだろうな。
ぼくは気にすることなく話を続けることにした。
グイン=バルバトスの魔力は強大で、あっという間に近隣諸国を蹂躙してしまったらしい。
それはもちろん、魔王の力だけでなく…彼に付き従う七体の『魔将軍』の存在が大きかった。
『魔獣王』ガーガイガー。
『土龍』ベヒモス。
『魔貴公子』スケルティーニ。
『凶器乱舞』パシュミナ。
『魔傀儡』フランフラン。
『暁の堕天使』ミクローシア。
そして…魔王の補佐役でもあった、『原罪』アンクロフィクサ。
彼らによって、世界は大混乱に陥った。
だけど…そんなとき、人類を救う英雄たちが現れた。
それが…七大守護天使を筆頭とした『魔戦争の英雄』たちである。
「じゃあここでみんなに質問!七大守護天使の名前は全員知ってる?」
「あぁ、それは知ってる!
まずはあの…『英雄』レイダーの両親でしょ?たしか…パラデインとクリステラだっけ…?」
「そうそう。魔王グイン=バルバトスを…彼が創り上げた『グイン=バルバトスの魔迷宮』の最下層で打ち破ったのが、その二人だね。他にはわかる?」
「うちのお母様でしょう、それからブリガディア王国のジェラード国王、魔法学校の学園長ロジスティコス。あと…だれだっけ?」
「…まったく、しょうがないなぁ」
ぼくはそれ以上姉さまから聞くのを諦め、説明を続けることにしたんだ。
『七大守護天使』。
それは、先に挙げた『魔将軍』と『魔王』を打ち破った七人の天使の総称となる。
その名の通り、この七人は…全員が強大な魔力を持った天使だった。
『聖道』パラデイン。
『聖女』クリステラ。
『聖剣』ジェラード。
『塔の魔女』ヴァーミリアン。
『賢者』ロジスティコス。
あとの二人は…『星砕き』と『断罪者』と呼ばれている、あの…
「あーもういいよ、覚えらんないし!」
ぼくの説明を途中で遮ってくる姉さま。
…まったく、どうやらこれ以上聞く気がないようだ。
「一応姉さまも一国の姫なんだからさぁ、それくらい覚えようよ…」
「そんな勉強みたいな覚え方は嫌だよ。第一、なんかあんた説明下手だし」
「なっ…」
姉さまのあまりの言いように、ぼくは絶句してしまう。
そんなぼくを気遣ってか、黙って話を聞いていたエリスが間を取りなしてくれた。
「まぁまぁミア。カレンだって自分で体験した話をしてるわけじゃないんだからさ」
「ほほぅ…なるほど。体験談じゃなきゃつまらないかってか、確かにそうだね。だったらさ、実際の体験者に話を聞いてみようか!」
「実際の…体験者?」
「そう。お父様にね」
「…えっ?クルード王に?」
姉さまの意見は、かなり突飛なものだった。
だけど、確かに体験した本人に話を聞くのが一番なのは間違いない。
それにぼくは…お父様の口から『魔戦争』の話を聞いたことがなかった。
「でも良いのかな?クルード王もお忙しいんじゃ…」
「暇そうなときにでも話してもらえば良いじゃん!それじゃあ…善は急げだ。早速お父様に聞きに行こう!」
そう言うが早いか、ミアは部屋から飛び出していった。
そんな姉さまに付き従うようにして…仕方なくぼくたちは姉さまのあとをついていくことにしたんだ。
「ほう…おまえたちは『魔戦争』のことに興味があるのか」
執務室に乗り込んでいった姉さまから話を聞いて、クルード王は仕事の手を休めて顔を上げた。
「んー。まぁ、ちょっと話を聞いてみようかなーって思ってね」
「…ふーむ。魔法のことといい、今回のことといい、一体どうしたんだ?なにか心境の変化でもあったのか?」
…うーん。とてもじゃないけど『暇だったから』とは、口が裂けても言えない。
あいまいな態度を取っていると、勝手に勘違いしたお父様が嬉しそうに頷いていた。
「そうかそうか、おまえたちにもようやく…王族としての意識が芽生えてきたのかな?
…まぁよい、それでは少しおまえたちに話をしてあげよう。
あの…『魔戦争』についての話を」
お父様はすっと立ち上がると、ぼくたちを執務室にあるテーブルへと案内した。ベアトリスがお茶を用意するために少し席を外す。
ぼくたちをそこに座らせると、お父様は…少しだけ真剣な表情を浮かべながらその口を開いた。
「おまえたちが、もし魔法に興味があるのならば…魔力を持つものの義務として、ちゃんと知っていたほうが良いだろうな。せっかくだからエリスどのも一緒に聞くと良い。
魔法の怖さを。『魔力』という力に心を奪われる愚かさを。そして…悪魔や魔族がどういう存在なのかを、な」
そう言うと、お父様はゆっくりと…昔あった出来事について話し始めたのだった。
なお、本作は次の八章か…九章あたりで一度完結かなぁ?と思っています。




