35.ハードスケジュール!
秋も深まって来た頃。
ハインツ公国の公都ハイデンブルグの街は、『収穫祭』の話題で持ちきりだった。
なにせ、今年の『収穫祭』は特別だった。
まず第一に、今年のぶどうの品質が過去10年でも最高レベルだったこと。
今年造るワインは、かなりの上物になることが予想された。
次に、二日目に行われる芸能人によるイベント。そのスペシャルゲストが…『光の女神』アフロディアーナであったこと。
そしてなによりもハイデンブルグの人々を熱狂させたのが…
我らがハインツの至宝、『ハインツの月姫』ことミア姫が、久しぶりに公の場に…しかも『精霊』役で登場する、ということだった。
「おいおい、聞いたか?ミア姫がついに『収穫祭』に登場するんだってよ!」
「ヤバイよな!しかもたしか『精霊の歌』もあるんだろう?ミア姫様の生歌を聴くチャンスだよな!」
「ミア姫様の『精霊』姿なんて…想像しただけでも鳥肌もんだぜ!」
「あと、アフロディアーナも出るんだろう?今年の『収穫祭』はマジでヤバイな!」
「『光の女神』…今度はどんなショーを見せてくれるんだろうな?」
…とまぁ、こんな感じでハイデンブルグの街は浮き足立っていたのだった。
だが、そんなハイデンブルグにも、まったく浮き足立っていない人物たちも居た。
その筆頭が…カレンだった。
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「カレン王子!ほんっとうにゴメン!」
そう言いながら、ぼくに向かって思いっきり頭を下げるサファナ。対して、そんな彼女に冷たい視線を飛ばすぼく。
ちなみにここは、いつもの双子専用のリビングルーム。
ぼくは盛大にため息をつくと、不貞腐れた表情を浮かべたまま、ぷいっとそっぽを向いた。
「いやー、私ともあろうことが、ついうっかり勘違いしちゃってねぇ。
カレン王子にアフロディアーナの件を頼もうと思って探してたら…会った瞬間にミア姫から『カレン王子が収穫祭に参加する!』って聞かされてさ。てっきり私の話を受けてくれるものだと錯覚しちゃったんだよねぇ…」
「さすがにその思考は飛躍しすぎだと思うんだけどねっ!」
ぼくが冷たくそう言い放つと、サファナはシュンとしてしまった。
こんな感じで、ぼくはちょっとだけ怒ったふりをしていた。だけど…正直な所、もう諦めがついていたんだ。
…そう、今回の『収穫祭』にアフロディアーナが参加するという噂を流したのは、目の前に居るサファナだったのだ。
なんでも…先日ぼくたちのところに来たときに、ミアの話を盛大に勘違いしてしまった結果なのだそうだ。
そして、あっちこっちに言いふらしまくっていたところ、噂が広まりすぎちゃって、取り返しのつかないところまで来てしまった…というのが今の状況だった。
「まぁしょうがないけどさ…
それで、ぼくは何をすれば良いわけ?」
「えっ?許してくれるの?
さすがカレン王子!男らしい!
えっとね、そしたら…」
「調子に乗ってなんでも言ってきたらダメだからねっ!」
「うっ…」
ぼくが念のために釘を刺すと、サファナはなんだか動揺してた。
…もしかして、図星だったかな?
釘刺しておいて良かった…
「と、とりあえずお願いしたいのは…二日目の芸能人イベントね。
この日は芸能人によるショーが行われる予定なんだけど…」
それからサファナの話を詳しく聞くと、こういう感じだった。
今回の『収穫祭』は、三日間でそれぞれ別の大きなイベントが行なわれることになっていた。
まず初日が、『ミス精霊コンテスト』。
これは、昨年まで精霊役を決めていたオーディションが、名前だけ残した形で開催されることになったらしい。
今年の『精霊』役はぼくがやることになっているので、実質ただの美女コンテストになるようだ。
二日目が、芸能人によるパレードとショー。
たくさんの芸能人が参加して、街のあちこちで色々なイベントが開催されるとのこと。
アフロディアーナはスペシャルゲストなので、白鳥公園にある舞台で夜に何かをする必要がある。
そして最終日が…『精霊の儀式』。
『精霊』に扮したぼくが、『青年』に扮したミアに、ぶどうのオブジェを手渡すというものだ。
実はこのとき…ぼくは歌を歌わなければならない。
なので、お祭りの期間中、ぼくは一人二役で頑張らなければならなくなる。
それだけでなく…アフロディアーナとしてのショーの練習と、『精霊』役としての歌の練習が必須となってしまったのだ。
一通り説明を聞いたあと、あまりのハードスケジュールに…ぼくはちょっとだけ引いてしまった。
「姉さま、ぼくの代わりにアフロディアーナをやったり…しない?」
「無理だよ。あたしだって『青年』役以外にも、ホストとして来客を迎えなきゃいけないんだからね?
それに…あたしがやったら、ありのままのあたしでやっちゃうよ?それでいいの?」
もしミアがありのままにアフロディアーナをやってしまったら…
うーん。お祭りがぶち壊しになってしまう気しかしない。
しかも、せっかくサファナが創り上げた『アフロディアーナ』のイメージが吹き飛んでしまうかもしれない。
「あ、それはやめて。ありのままにならないで」
ということで、別の手段を諦めたぼくは…全ての役を自分でこなすことにしたのだった。
「これから『収穫祭』までの一ヶ月は、特別授業にするざます!」
マダム=マドーラがぼくたちに向かってそう宣言した。
いよいよ『収穫祭』に向けての準備開始だった。
この一ヶ月、ハインツ城の中は『収穫祭』に向けて色々なものが一気に動き出す。
ぼくとミアは、それぞれの役割に応じての準備だ。
…といっても、本当に準備が必要なのは、他でもないぼく自身だ。
まずは、マダム=マドーラに徹底的に歌の練習をさせられた。
正直これについては、どうにか代役を立てれないものか…と思ったんだけど、あえなくマダムに却下されてしまった。
なるべく男っぽくない声で歌わなきゃいけないんだけど…これが精神的にけっこうきつかった。
だけどこの件は、意外なところから助け舟が来る。
それは、エリスだった。
エリスは元々『天使の歌』を歌えるようになるために、歌のトレーニングをしていた。
だから、歌い方に関しては色々と知識を持っていたのだ。
「私にとってもトレーニングになるから」
そう言って、笑いながらエリスも歌の練習に参加してくれた。
これで…なんとかぼくはこの練習を乗り越えることが出来たんだ。
だけど本当に問題だったのは…アフロディアーナの方だった。
ぼくは、こっちについてはエリスに頼るつもりはなかった。
極力、自分一人でなんとかしたいと思ったんだ。
あ、もちろん『魔法花火』については頼らなきゃいけないんだけどね。
「本当に…一人で大丈夫?」
「あっはっは、いくらなんでもそりゃ過保護過ぎっしょ?」
心配そうな顔を浮かべるエリスを、ミアは軽く笑い飛ばした。
今日は初めてサファナのお店『サファナスタイル』に顔を出す日だった。なんでも今日は『収穫祭』二日目の芸能人イベントに参加する予定者が、一堂に会する日らしい。
ぼくはこの日、姉さまやエリス、侍女などを連れずに一人で参加する予定だった。
少し心配だったけど…サファナも居るし、なによりこんなところにまでエリスの世話になりたくなかったから。
お迎えのサファナが来て、変装を終えてアフロディアーナになったぼくが城を抜け出そうとしたとき、エリスがぼくのそばに小走りで近寄って来た。
「…ねぇ、カレン?」
「ん?どうしたの、エリス」
「あの…私…」
なんだろう、なんだか言いにくそうにしている。
エリスは何かを言おうとして躊躇したあと…小さく首を振って、ぼくに笑いかけてきた。
「気をつけて、行ってきてね。無理はしないようにね」
「あ、うん…ありがとう」
エリスは少しだけ寂しそうな顔をしたんだけど、すぐにまた笑顔に戻ると「いってらっしゃい」って言って、ぼくを送り出してくれたんだ。
サファナが手配した馬車で『サファナスタイル』に到着すると、そこにはサファナと…あと一人、ムキムキマッチョで色黒の人物が居た。
げっ!写真家のボロネーゼ氏だ!
「あーら、王子様ぁン!今日もステキネェ!」
「は、はぁ…」
一瞬逃げ出そうとするものの、すかさずがしっと腕を掴まれてしまう。
万力みたいなパワーで、ビクともしない。何食べたらこんな肉体になるんだろうか。
「淋しいわぁ。せっかくアナタとは分かり合えると思ってたのに、顔を合わせた瞬間逃げないでよォ」
「ひ、ひぇぇえ…」
ぼくが本当に戸惑っていると、この場に戻って来たサファナが。助け舟とばかりにボロネーゼを諌めてくれた。
「ちょっとボロちゃん、あんまりうちの看板娘を怖がらせないでよね。
それに…ここでは『アフロディアーナ』って呼んであげてね」
「そうね、それじゃあ…アフロちゃんでいいかしら?ちなみにアタシはボロちゃんって呼んでね」
「ぼ…ぼくは何でも良いよ、ボロネーゼ…」
そして、ぼくはサファナに…薄手のケープのようなものを頭から被せられると、そのまま二人と一緒に馬車に乗せられたんだ。
その日、芸能人イベントに参加する芸能人たちは、マリアージュ通りの奥にある『商工会議所』に集まっていた。
そこに向かう途中、馬車の中でボロネーゼがぼくに話しかけてきた。
「ネェ、アフロディアーナ。アナタ…ちょっと無理してない?」
「えっ?」
「なんだかね、アナタの表情が強張って見えるのよ。気のせいかな?」
「…」
それは、図星だった。
確かに…ぼくは色々と無理をしていた。
警戒しまくりの小動物のように、あらゆる方向にアンテナを張っているような感じだったんだ。
「そんな顔をしてたら、アナタの周りの人に心配かけちゃうんじゃない?」
「うっ…」
この人…何気に色々と核心をついてくるなぁ。
ぼくは反論出来ずに一瞬黙ってしまう。
だけど…ぼくにはぼくの言い分があった。
「…でも、ぼくが色々と無理をしないと、いろんな人に迷惑かけちゃうから…」
「そっかぁ。でもね、無理はいけないワ。せっかくのアナタの魅力が損なわれてしまうもの」
「だったら、どうすれば…」
「そうネェ…あっ。ひとつ、提案があるワ!」
ボロネーゼが、ぼくに向かってバチッとウインクをしてきた。
なんだろう…背中にゾワッと悪寒が走った。
「アナタにとって、その格好自体が無理してるんでしょ?
だったら、無理するのはそれだけにするってのはどう?」
「…えっ?それは、どういう意味?」
「つまり、口調とかは今のまんまでアフロディアーナを演じなさいってこと。
そしたら、あんまり無理しなくて済むでショ?」
ぼくは、ボロネーゼの提案に目から鱗が落ちる気分だった。
そうか…その手があったんだ。
「で、でも…自分のこと『ぼく』とか言ってたら変じゃないかな?
あと、話し方が男の子っぽいとか、無いかな?」
「そんなの大丈夫よぉ!世の中に男の子っぽい口調の女の子なんていくらでもいるし、自分のことをぼくって言う女の子は…たぶん自分のことをアタシって言う男の子より多いと思うワよぉ」
そっか…
そんなもんなのか。
ぼくはボロネーゼの言葉の意味を噛み締めながら、とりあえずは彼の言う通りにしようと決めたんだ。
そしてたどり着いた商工会議所。
そこには既にたくさんの芸能人の人たちが集まっていた。
そんな中、『アフロディアーナ』はスペシャルゲストだったので、控え室で挨拶するまで待機している。これはこれでサファナの気遣いだった。
ぼくの横には一応、ボロネーゼが付いてくれている。
「ねぇ、ボロネーゼ。あなたは、怖くなかった?」
「んん?何がかしら?」
「その…自分が望む姿が、今の自分の姿とギャップかあることに」
「あぁ…それネ。そりゃ悩んだわよ。
だってアタシ、こんなナリしてオカマでしょ?
でもね…結局色々悩んだり、本当の心を偽ったところで、アタシ自身が変わるわけ無いじゃない?
だから、あるときアタシは吹っ切れたの。
どんななりをしてようと、アタシはアタシだってね」
その言葉を聞いて、ぼくは「あぁ、この人はぼくの『魔法の言葉』と同じことを言ってるなぁ」って思った。それと同時に、この人はすごい人だなぁって感じたんだ。
なぜなら、たぶん彼は…ぼく以上に辛い経験をしてきて、その上で大きな壁を既に乗り越えているんだって思えたから。
そしてぼくは、このときになってようやく…彼のことを少し誤解していたことに気付いたんだ。
「ぼく…あなたのこと誤解してたかも。けっこう良い人だったんだね」
「だから最初に会った時言ったでしょ?あなたは…アタシの魂の盟友だってね。
…似てるのよ、昔のアタシにね」
「ええっ!?さ、さすがにそれは無いと思うけどなぁ…」
「んマァ!失礼な子ね!」
そう言いながらもケラケラと笑うボロネーゼ。
ぼくは案外…この人のこと嫌いじゃないかも。
そうこうしているうちに、サファナがぼくのことを呼びに来た。
「さぁ、アフロディアーナ。しっかりがんばって挨拶してきてネ!バッチリ素顔のアナタをさらけ出してくるのヨ!」
「うん…ありがとう。…ボロちゃん」
ボロネーゼは、ニカッと笑いながらバチコーンとウインクを返してくれた。
今度は…なんだか勇気を貰った気がする。気のせいかな?
そしてぼくは、思い切って…アフロディアーナとしての新しい第一歩を踏み出したんだ。




