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33.心境の変化


本編はここから第六章に突入します。





 


 ここは、ハインツ公国はクルード王の執務室。


 そこにはクルード王に加え、スパングル大臣、マダム=マドーラの三人が集まり、ゆっくりとお茶を飲んでいた。


 もちろん三人は、ただ単純にお茶を飲んでいるわけではない。いつものように双子についての相談をしていたのだった。


「さて、二人とも。最近の双子あやつらの状況はどうだ?」

「率直に申し上げると…事態はかなり良くなっていると思うざますわ」

「はい、実は私もそう感じております」

「ほぅ…」


 二人の発言に、驚きの声を上げるクルード王。顎をさすりながら、話の続きを促す。


「一番の大きな変化は、カレン王子ざます。これまでずっと引きこもりがちだった王子が、最近はかなり頻繁に部屋の外に出るようになっているざます」

「私もそう思います。しかも、以前に比べて随分と表情が明るくなりました」


 そのことは、クルード王自身も感じていた。

 特に驚いたのは、先日の『異文化交流会』での出来事だった。


 カレン王子が変装した、『アフロディアーナ』という人物の出現。

 あの出来事については、おそらく自分しか気付いていない。だがあのとき、カレンは間違いなく自分の意思で人前に出ていた。


 …そんなことは、騙されて無理やり参加させられた『成人記念祭』以来、これまで一度も無かったのだ。




「ふーむ、それで二人はその理由をどう考える?」


 クルード王の問いかけに答えたのは、マダム=マドーラだった。


「それはもちろん、エリスさんざます」

「ふむ。エリス殿か」

「はい。彼女が来てから、カレン王子は一緒に行動することが増えたざます。はたから見ている限り、エリスさんが壁になって、カレン王子をうまくフォローしているざます。

 恐らくは…それに安心して、カレン王子も少しずつ積極的に行動しているように見えるざます」


 そんなマダムの説明に、スパングル大臣も頷いている。


「マダムの言うとおりですな。

 城内のものも、『最近はミア姫の姿を頻繁に観れるようになって嬉しい』と申しておりますぞ」



 二人の答えに満足げに頷くクルード王。だいたい、自身が想定していたものと同じ状況だった。

 続けてクルード王は、別の質問を口にした。


「それでは…エリス殿の評判はどうなのかな?」

「エリスさんの評判も、かなり高くなってきているざますわ。

 侍女の間では、王子と姫に関することで困ったことがあれば、まずはエリスさんに相談してみよう…という雰囲気まで生まれてきているざます。

 ベアトリスとの関係だけがはっきりしませんが、特に悪いという感じも無いざますし…」

「衛兵からの評判はうなぎのぼりですな。なんでも…カレン王子が『自分の彼女ではない』と誤解を解いたそうです。それ以来、エリス殿に気軽に声をかける衛兵も増えたそうなのです。

 あとはやはり、『引きこもりがちだったミア姫を、外の世界に引き戻した立役者』と見られておりますなぁ」



 マダム=マドーラ、スパングル大臣。

 言葉は違えど、二人がエリスを高く評価していることに変わりは無かった。

 そしてそれは、クルード王とて同じだった。



 先日の海での会話。

 あのときにクルード王は、エリスという少女の飾らない本質を見た気がした。

 それは、他のどんなものよりも『友達』を大切にするという…色々と経験を重ねた大人からすると、到底信じられないようなものだった。


 このまま二人と、仲良くやってくれたら良いのだけどな。

 クルード王は一人、そんなことを考えていたのだった。




「ところでクルード王。まもなく『例の祭り』の季節ですが…いかがいたしましょうか」


 クルード王の考え事は、スパングル大臣のその一言であえなく中断されてしまった。

 そう、もともとはその件を相談するために二人を呼んだのだ。

 その事を思い出し、二人に改めて確認する。


「そうだそうだ。その件なのだが…二人はどう思う?」

「どう思う、とは…カレン王子のことざますね?」

「うむ、そうだ。…どうだろうか?参加してくれるだろうか?」

「うーん、いかがでしょうなぁ?」

「ワタクシは難しいのではないかと思うざますが…」


 一様に色のよい返事は無かった。


 さすがにそこまではまだ難しいか…

 二人の言葉に、クルード王は苦虫を潰したかのような渋い表情を浮かべる。



「二人の反応を見る限り、いくらカレンが変わってきたとはいっても、今回はまだ難しいのかもしれんなぁ。

 …まぁ分かった。わしが機会を見て直接本人に聞いてみよう」


 クルード王はそう口にすると、フゥと大きなため息を一つついたのだった。

 少しだけ…頭髪が舞い落ちていくかのような錯覚を、クルード王は覚えた。








 ---------------










 その日、カレンぼくは珍しく一人で城内を散歩していた。


 ぼくは気付いてしまったのだ。いつの間にか…部屋の外に出ることが、それほど苦痛では無くなってきていることに。


 さすがに、衛兵などの男の人と会話を交わすような心のゆとりは未だ無かったけれども、それでもぼくにとっては驚くような心境の変化だった。


 だからぼくは、今回…勇気を出して、一人で部屋を出てみることにしたんだ。

 ぼくにとっては、これまで経験したことの無い大冒険の始まりだった。



 一人で歩くハインツ城は、なんだか見慣れた景色と違って見えた。

 まるで魔王の居城のような…そんな雰囲気さえ漂っている、ように感じる。

 そんな中を、ぼくは恐る恐る…物陰に身を潜めるようにして歩き回ったんだ。


 しばらくそうして城内を散策していると、やがてぼくは…一人の少女がなにかをしている場面に出くわした。


 つま先を伸ばして、一所懸命壁にある照明の明かりを交換しようとしている、背の低い少女。


 彼女は、先日侍女の仲間入りしたばかりの新人侍女…シスルだった。





「あっ…ミア姫さま、ご機嫌麗しゅう」


 シスルはぼくの姿を確認すると、慌てて作業する手を止めて、ぼくに向かって頭を下げた。


 …むむっ。なんだかこういう対応に慣れてないから、どう切り返せばよいか分かんないや。


 とりあえず、ニコッと笑いかけてみることにした。するとシスルは、顔を真っ赤にして視線を逸らしてしまった。


 …うーん、どうしてそんな反応をするのかはよくわからない。だけど、そう悪くない反応のように思えた。


 そこでぼくは思い切って、彼女に少し話しかけてみることにしたんだ。



「こんにちわ、シスル」

「わわっ!ひ、姫さまに名前を覚えていただけるなんて…光栄です!」


 ぼくは思わず、少しだけ吹き出してしまった。いくらなんでも大げさすぎる反応だったから。

 さすがに四人しかいない侍女のことは、引きこもりがちなぼくだって把握している。


 だけどシスルは、ぼくが吹き出しているのを見ると、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めてしまった。

 あれ、ちょっと悪いことしちゃったかな?


 ぼくは、慣れてなさそうなシスルにリラックスしてもらうためにも、もう少し話を続けてみることにした。


「ところで…シスルはこんなところで何をしてるの?」

「は、はいっ!私は…ここの照明を交換しようとしていました。調べてみたら電球が切れているだけみたいだったので…」

「へぇ…シスルは侍女なのに、そんなことをするの?」

「はい、そもそもお城の内装のメンテナンスは侍女のお仕事ですし…

 それに私、魔道具使いマギクラフトなので、この手のものの修理はお手の物なんです」


 そう言いながらシスルは、腰に巻いていた作業袋の中から、幾つかの工具を取り出して見せてくれた。


 …へー、人は見かけによらないって言うけど、なんかすごいなぁ。

 ぼくは、こんなに小さな子がこうやって立派に働いていることに、素直に感心してしまった。


「…ところで、さっき背伸びして手を伸ばしていたのって、もしかしてこの照明に手が届かなかったから?」

「あ、はい。お恥ずかしいところを姫さまにお見せしてしまいまして…近くで脚立でも取ってきます」


 確かにシスルは背がとっても小さかった。この身長では、壁にある照明まで手は届かないだろう。


 …だけど、ぼくなら届きそうだ。

 たぶん20センチ以上ぼくの方が背が高かったから。



 何も言わずにぼくが照明に手をかけると、慌てたシスルが止めに入ってきた。


「ひ、姫さま!いけませんっ!そんなお仕事は私がしますので!」

「…でもシスルだと背が届かないのでしょう?」

「しかしっ…そんなことをしては、姫さまのお綺麗な手が汚れてしまいますっ!」


 ぷっ!

 ぼくはその言葉に我慢することが出来ず、また吹き出してしまった。


 あぁ…彼女には、ぼくのことが『深窓のお姫様』にしか見えないんだろうなぁ。

 でも、そう思われても仕方ないのかな。


 そう思うと同時に、以前であればそんな扱いを受けるだけで憂鬱な気分になっていた自分が、こうやって笑っていることに驚いていた。

 …どうやら自分は、いつの間にか一つの壁を乗り越えていたらしい。

 なんだかちょっとだけ嬉しい気分になった。


 そして、不思議そうにぼくの顔を見つめるシスルを横目に…照明に手を伸ばすと、さっと中の電球を取り出したのだった。


「はい、シスル」

「あっ…姫さま…」

「じゃあ、替えの電球貸して」

「い、いけません…そんな…」

「ふふっ」


 ぼくは躊躇するシスルから替えの電球を…半ば奪い取るように入手すると、さっきの照明の中に組み込んだ。


「はい、これで完成かな?」

「あ…ありがとうございます、姫さま」

「ううん、気にしないで。私が好きで勝手に手伝っただけだから。それじゃあ、お仕事がんばってね」

「は、はいっ!姫さまっ!」


 ぼくは、顔を真っ赤に染めながらお礼を言うシスルに手を振ると、そのまま城内散歩を再開することにしたんだ。


 うん、なんだかぼくは、一つ何かを乗り越えた気がするぞ!







 引き続き、意気揚々と城内を闊歩する自分ぼく。なんだかとっても良い気分だ。


 あっ、向こうで衛兵がこちらを見てるぞ。

 …でも大丈夫、こんなときは『魔法の言葉』だ。


 魔法の言葉…それは、『誰がどんな風に見ていようと、ぼくはぼくだ』。

 この言葉があれば、ぼくはもう迷わない。


 軽く衛兵に会釈してみた。

 一瞬ビクッてなったあと、なんか敬礼してきたぞ。

 うん、大丈夫だ。問題ない。


 ぼくは大きく深呼吸すると、密かに小さくガッツポーズをしたのだった。








 しばらくプラプラと散策していると、いつのまにか…ぼくは中庭にたどり着いていた。

 ここはよく、エリスやバーニャが息抜きをしに来る場所だ。


 誰かいないかな?

 エリスがお花を愛でたりしてないかな?

 一人で出歩いているぼくを見たら、びっくりしないかな?


 そんなことをちょっとだけ思いながら、ぼくは花咲き誇る中庭の背の高い木々の間を、意気揚々とすり抜けていった。




 やがて、ぼくの視界に見覚えのある人物の姿が映ってきた。


 ふふっ。いたぞー、エリスだ。

 後ろからワッ!って言って驚かせてみようかな。


 そんなことを考えながら、ゆっくりと忍び寄っていく。


 だけど…なんだか様子が変だ。微かだけど、話し声が聞こえてくる。


 あれ?もしかしてバーニャと一緒に居るのかな?

 それで、二人で何か話してたりするのかな。


 そう思って、エリスの向かいに居る人物が見える場所まで移動する。




 だけど、そこにあったのは、ぼくの予想とは全く違う状況だった。



 そこには…ぼくが見たことの無い男の人と、笑顔で談笑するエリスの姿があった。






 ずきり。


 なぜかぼくは、胸の奥が…少し痛くなるのを感じた。















 --------------------------









 その日、ミアあたしはひどく退屈していた。

 面白くない。つまらない。

 だけど、特にやりたいこともなかったので、あたしは仕方なく…リビングルームでぼーっと雑誌を読んでいたんだ。


「ベアトリス、今日は暇だねぇ…」

「…そうですね、ミア様」


 そんな感じでだらだらしていると、ふいに入口の扉が開いて、カレンおとうとが入室してきた。

 しかも、珍しいことに一人っきりだった。


「お、めずらしい。もしかしてあんた、一人で出歩いてたの?」

「…」


 だけど、カレンはあたしの問いかけに返事をしなかった。フラフラとした足取りのまま、窓際にあるカレンの指定席…一人掛けのソファーまで歩いていくと、そのままどかっと座りこんだんだ。

 しかも、ふーっとため息なんかついて、物憂げな表情を浮かべながら窓の外を見下ろしている。


 …なんだこいつ。意味わかんない。


 あたしはベアトリスと顔を見合わせて、理解できないといったジェスチャーをした。

 ベアトリスも小首を傾げてあたしにジェスチャーを返してくれる。

 そんなあたしたちの遊びジェスチャーに気づく余裕は、どうやら今のカレンにはまったくないようだった。



 しばらく続く沈黙。






 どうしたんだか…エリスとケンカでもしたのかな?


 そんなことをあたしが考えていた…そのとき。それまでの沈黙を破るかのように、室内にドアをノックする音が響き渡った。

 ベアトリスが恭しく扉を開けると、そこに立っていたのは…タイミング良く訪問してきたエリスだった。


「お、エリスじゃん。おかえりー」

「ただいま。って、今日初めてここに来たのに、そう返事するのはなんだか変な感じだね」


 あたしの言葉にそう答えながら入室してくるエリスの様子は、普段と変わらないように見えた。


 あれ?エリスが原因じゃなかったかな?


 だけど、いつもだったらすぐにでも…飼い慣れた子犬みたいに尻尾を振ってエリスに話しかけるカレンが、今日に限ってなぜだか外を向いたままだった。

 変だなぁとは思ったものの、それよりエリスに聞きたいことがあったので、あたしはとりあえず気にしないことにした。


「ところでエリス、今までどこに行ってたの?」

「えーっとね、ちょっと中庭を散歩してたんだけど…そうそう、面白いことがあったんだ!」


 エリスが急に、なんだか楽しそうな表情を浮かべながらあたしのほうに近寄ってくる。

 カレンは…やっぱり外を眺め続けている。

 なんだあいつ、もうほっとこうかな。


「へー、なになに?面白いことって」

「あのね、さっき中庭で…ある人にあったの」


 ぴくっ。

 カレンの身体が少し揺れ動いた。

 なーんだ、あいつ話聞いてるじゃん。


「ふーん、だれ?」

「それがね…なんと、ルクルトさん!サファナさんの彼氏のルクルトさんだったの!」

「おおっ!!」


 あたしは思わず驚きの声を上げてしまった。

 そういえば確か、そんな奴が居たなぁ。

 先日の話で一瞬盛り上がったものの、ネタがわかったらなんだか興味を失ってしまって、その存在をすっかり忘れていたのだ。


「で、どんな人だった?」

「えーっとね、見た目は厳つい感じだったんだけど…話してみると案外優しい人だった!

 今度お花のことを詳しく教えてもらうことになったんだ」

「ほー、そういやルクルトは庭師だって言ってたね」


 そこまで話して、あたしはカレンがこっちのほうをガン見していることに気づいた。

 目をまんまると開けて、なんだか気持ち悪い。


「…なんだよカレン、変な顔して」

「…えっ!?あ、いや、なんでも…」

「カレンも今度ルクルトさんと話してみる?けっこう穏やかな人だったよ」

「あ…えーっと、うん。そうだね…」


 なんだか微妙な表情を浮かべたカレン。

 エリスの問いかけに、壊れたおもちゃみたいにカクカク頷いていた。





 …なんなんだあいつ、変な奴。


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