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31.恋の季節

 

 少し肌寒くなってきたなぁ…


 先ほどまで一緒に雑談していた侍女のシスルと別れたエリスは、そんなことを考えながら、お城の中庭にふらりとやってきた。


 季節はもう秋。

 中庭に咲いている花も、季節の変化に対応してか、以前とは種類が変わってきている。


 エリスは時間が出来ると、ときどきこの中庭にやってきていた。彼女にとってこの場所は、城中でくつろぐことが出来る…数少ない憩いの場所となっていたのだ。



 もうすぐこっちの花が咲きそうだなぁ。

 あぁ、こっちはもう終わっちゃったなぁ。

 …そんなことを考えながら中庭を歩いていたエリスの視界に、ふとあるもの・・・・が入ってきた。



 中庭の奥の、他の位置からは死角になる場所。

 …重なり合う、二人の人物の影。


 なんとそこでは、一組の男女が抱きしめ合っているではないか。


 どうやら二人は身を潜めながら、愛を囁きあっているらしい。



 うわぁ…どうしよう。

 なんだかまずいもの見ちゃったなぁ。

 あ、キスしてるっ!

 うーん、目に毒だ…


 そんなことを考えながらも、ついついそちらに目が向いてしまうエリス。



 だが、見つめ合いながらキスをしているその男女の顔が目に入った、そのとき。

 …エリスは驚きのあまり声を上げそうになった。



 男性のほうは、エリスがあまり見たことない人だった。

 顎下に髭を生やした、ちょっとワイルドな印象を受けるその人物。服装から、衛兵などではなく、一般職の人だと分かる。


 だが、相手の女性は…



 エリスにとって、顔見知りの人物だった。








 ---------------------








「ええーっ!?サファナが知らない男の人とキスしてたぁ?」

「しーっ!しーっ!ミアってば、声が大きいよ!」



 ぼくは、二人の大声に驚いて読んでいた本から顔を上げた。

 なにやら二人でコソコソ話をしているなぁと思ったら、どうやら恋バナをしていたらしい。

 しかも、中庭でサファナが男性とキスをしていたというのだ。


「それって、あれよねぇ。彼氏がお城の中に居るってことになるよね?」

「そ、そうなるよね。でも…私が見たことない人だったんだ」


 へぇー、サファナもちゃんと彼氏が出来たんだ。

 まぁ…たしか今年23歳だったと思うから、居てもおかしくはないお年頃なんだけどね。

 昔ぼくらの担当侍女をしていたときも、衛兵の人と付き合ってたりしたし…


「よーし、それじゃあ早速情報収集しよう!カレン、あんたも手伝いなさい!」

「ええっ!?ぼくも手伝うの?」

「あったりまえじゃないの!」


 さも当然のように胸を張って言い張るミアねえさま

 いや、ぜんぜん当たり前じゃないし。


「だって、ぼく話しかけたりするの苦手だよ…」

「あっそう、わかったわ。それじゃあエリスを付けてあげるから、それでなんとかしなさい!」

「えっ?私っ?」



 …そんなわけで、無理やり姉さまに命令されたぼくたちは、サファナの彼氏が誰なのか捜索することになったんだ。









 あまりやる気の無いぼくとエリスがやって来たのは、目撃証言?のあった中庭だった。


 中庭にたどり着くと、そこでは休憩中のバーニャが…お菓子をポリポリ食べながら庭の花を鑑賞していた。


 …中庭は飲食禁止なんだけどね。

 まぁそれを言ったらキスするのも禁止だと思うけど…


「こんにちわ、バーニャさん。良い天気ですね」

「あらあらエリスちゃんにミア姫。こんにちわ、お散歩ですか?」

「え?ええ…まぁそんなところです」


 バーニャはいつものように優しげな微笑みを浮かべながら、ぼくたちに挨拶をしてくれた。

 なんだかんだでもう5〜6年は侍女をやっているのだけれど、彼女が怒っている姿を見たことは…これまで一度もなかった。いつもニコニコしてて、なんでも話しかけやすいオーラを持ってた。


 とりあえずぼくは軽く会釈を返すと、あとの会話をエリスに一任することにした。


「ところでバーニャさん、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが…」

「あらあら、なぁに?ちなみにいま私が食べてるクッキーだったら、マリアージュ通りに最近できたおしゃれな洋菓子屋さんで…」

「あ、いえ。そうじゃなくて…いまちょっと人を探してるんです」


 そう言うとエリスは…自分が見かけたという『サファナの彼氏』の特徴を簡単に説明した。

 …といっても、ヒゲの話くらいだったんだけどね。


「なるほど…あごひげの生えた人ねぇ。最近おしゃれヒゲが流行ってるから、結構多いのよねぇ。私は嫌いではないんだけど…むしろウェルカムって感じかしら?

 …それで、その人がどうしたの?」


 そう聞かれて、エリスは返答に困ってぼくの方を見てきた。

 ぼくの方を見られても困るんだけど…


 とはいいつつ、話を聞いている以上は隠し立てするわけにはいかないと思ったので、ぼくはとりあえずエリスに頷き返した。

 そしたらエリスは、ちょっとだけ言葉を選びながら…理由を説明したんだ。


「…実はですね、その人が…サファナさんの彼氏じゃないかって話があって…」

「……なんですって?」



 次の瞬間。

 それまでニコニコしてほんわかした雰囲気を醸し出していたバーニャの雰囲気が、その一言をきっかけに激変したんだ。


 そしてぼくは…

 世にも恐ろしいものを見ることになる。





 ぱきーん。

 バーニャがその手に持っていた…大事そうに食べていたクッキーが、粉々に砕け散った。


 バーニャの優しげだった目はくわっと見開かれ、真っ赤に血走っている。

 額には血管が浮き上がり、口角はぐいっと押し上げられていた。


 その姿は…まさに鬼。



「エリス…それは本当?」

「えっ?バ、バーニャさん?」

「その話は本当なのかって聞いてんのよっ!!」


 口調までもが変わってしまったバーニャに、ぼくとエリスは完全に縮み上がってしまった。

 ガタガタ震えて、思わず二人で手を握りしめてしまう。


「あうあう…あっ、ごめんなさい、バーニャさん!間違いでした!たしかカレン王子がその人にハンカチ借りたから返したいって言ってたんです!それで探してるんですよ!ね、ねぇ?ミア?」

「え?あ、うんうん。そうそう。そうなんだよ」


 恐怖のあまり思わずぼくも普通の口調が出てしまったんだけど、もはや状況はそれどころではない。

 必死になってぼくたちはバーニャに…さきほどの誤解・・を解いたんだ。



 ぼくたちの話を聞いて、ようやく冷静さを取り戻したのか…なんとか落ち着きを取り戻したバーニャ。表情がいつもの彼女に戻っている。

 ふーっ、なんとか一安心だ。



「あらあら…間違いだったのね。そうよねぇ、サファナに彼氏なんて出来るわけ無いわよねぇ」

「そ…そうなんですか?」


 エリスの問いかけに、バーニャは得意げに頷いてきた。


「そうなのよぉ。ほら、お城の侍女っていったら普通だったらモテるでしょう?だけどね、私とサファナだけはずっと彼氏が出来なかったのよ。おほほほほ」


 それは…あなたがサファナから話を聞かされてなかっただけではないでしょうか。


 そんなことは口が裂けても言えなかったので、ぼくたちは適当に笑ってごまかすと、大急ぎでその場を後にしたんだ。




 …バーニャに、男の人の話は厳禁だね。覚えておこう。

 普段は本当に穏やかな人なんだけどなぁ…


 さっきは本当に怖かったよ。











 ほうほうのていでリビングルームに戻ってきたぼくたちは、部屋に入った瞬間…ふーっと大きく息をついた。

 互いに無事に帰還出来たことを喜び合う。


「いやー、びっくりしたね!まさかバーニャがあんな風になるなんて…」

「うんうん。いつもはすっごく優しいから、あの変化はちょっと…信じられなかったわ」



 一息ついたあとソファーに座ると、エリスが紅茶を出してくれた。


 最近知ったんだけど、エリスはかなりの紅茶好きだった。

 普段はベアトリスとかに気を遣って何かをすることは無いんだけど、こうやって二人っきりのときには時々紅茶を淹れてくれるのだ。

 それが…実はかなり美味しくて、ぼくの密かな楽しみだったりする。


「ふぅー、美味しい!なんだかホッとする味だね」

「ありがとう、カレン。でもさ、さっき初めて知ったんだけど…バーニャさんとサファナさんの関係って良好なのかな?」

「え?どうして?」

「ほら…さっきの反応?」

「あぁ…」


 ぼくは簡単にサファナとバーニャの関係を説明した。



 サファナは2年ほど前まではこの王城で侍女をしていた。仕事はもちろん…ぼくたち双子の専属だ。つまり、ベアトリスの前任に当たる。

 昔から特殊だったぼくたちの面倒は、姉妹同然に育ったサファナでないと務まらなかったのだ。

 その結果、サファナは15歳のとき…つまりぼくたちが8歳の頃から、ずっとぼくたち双子の面倒を見てくれていたのだ。


 対して、バーニャが侍女になったのは5〜6年前。

 だから、サファナとバーニャが同僚として過ごした期間は…だいたい4年くらいになる。これは、かなり長い時間を一緒に過ごしていたと言えるのではないだろうか。


 そして、ぼくが知る限り…ふたりはとっても仲が良かった。



「それでね、サファナってけっこう恋多き人でさ。…まぁモテてたってのもあるんだけど、彼氏がいない期間が無いくらいだったんだよ」

「へぇー。でもバーニャさんは、そのことをまったく知らなかったよね?」

「…うん。これはぼくの予想なんだけど…サファナはバーニャの人となりを熟知してたから、あえて言わなかったんじゃないかなって」

「あぁ、なるほど…」





 そんなことを話していると、入り口がノックされる音がする。どうやらミアねえさまが帰ってきたようだ。

 無理やり付き合わされていたベアトリスも一緒だ。かわいそうに…



「ただいまー。そっちは収穫あった?」


 開口一番の確認に、ぼくとエリスは示し合わせたかのように顔を横に振った。


「ちぇっ。だめかー。こっちも収穫なしだよー」


 姉さまはどかっとソファーに座り込む。すかさず一緒にいたベアトリスがお茶を手渡していた。


「それで、姉さまはどこに調べに行ってたの?」

「んー?衛兵の詰所だよ。もしかして元カレとヨリを戻したかと思って確認してきたんだ」

「ちょ、ちょっと!姉さま!」


 さすがにそれは…ちょっとドン引きだ。

 いくらなんでも元カレに確認なんて、デリカシーが無さすぎる。


「こらこら、さすがのあたしも直接は聞かないよ。…ヒゲ生えてるか確認してきただけ」

「そっか、あぁびっくりした…」

「ところがさ、みんな見事にヒゲなんて生やしてないでやんの!最近の衛兵は真面目だねぇ」


 真面目なのは良いことだと思うんだけどなぁ。そんなことを考えながら、ぼくは別なことが気になってしまった。


 そういえば自分には、ヒゲが生えてくる気配がまったく無い。

 声も…十分女性っぽく聞こえる声だ。

 …ぼく、大丈夫なのかなぁ。そのうち胸とか出てきたらどうしよう…



 そんなぼくの危険な考えを中断させたのは、ドアをノックする音だった。

 ベアトリスが扉のところに向かって来客を確認する。


「やっほー、元気ー?ちょっと遊びに来ちゃった」

「うわっ!サファナ!!グッドタイミング!」


 そう、やってきたのは…

 噂の張本人であるサファナ、その人だったのだ。













「あちゃー、恥ずかしいところを見られちゃったね」


 ミアねえさまに問いただされると、サファナはあっさりと白状した。

 まぁ昔から…彼氏が出来たりしたらすぐに自慢してきたりしてたから、別に違和感は無いんだけどね。



 結局…サファナの彼氏の正体は、庭師のルクルトという人だった。

 なんでも、最近庭の様子が良くなったので、誰がやっているのだろう…と思って確認したのが、彼とサファナの出会いだったのだそうだ。


 …ついでに言うと、サファナにルクルトを紹介したのがバーニャだったらしい。

 目も当てられないとは、まさにこのことだった。


「ルクルトってさ、けっこう無口で職人気質なタイプなんだけどさ。ああ見えて案外ファッションセンスもあるし、情熱的なのよねぇ。庭師だけあって、筋肉ムキムキなのよ」

「おぉー!でもムキムキとは…サファナの好みも変わらないね」

「サファナさん、筋肉質な人がタイプなんですか?」

「そうねぇ…たまたまこれまで付き合って来た人たちがそういう感じだったけど、言われてみたらそうなのかもね」

「で、サファナ。付き合ってどれくらいなの?」

「んーと、ちょうど一ヶ月くらいかなぁ?」

「わぁ…ちょうど今が一番楽しいときなんじゃないですか?」

「そうねぇ、そうかもねぇ。ウフフ」



 急遽始まったガールズトーク。

 繰り出される会話は、まるで湧き出る水のようにぽんぽん繰り出されていた。

 …もちろんそこに、ぼくが入り込むスキなど皆無。


 そんなわけで、話に全くついていくことが出来ないぼくは…ぼんやりと窓の外を眺めることしかできなかったんだ。





「そういえばエリスって、彼氏とかはいないの?」


 唐突にサファナから放たれた、衝撃的な質問。その言葉に、ぼくはなぜかどきりとしてしまった。

 エリスに彼氏…そんなこと考えたこともなかった。

 どうなんだろう…エリスはなんて答えるんだろうか。


「私ですか?いませんよー。まだお付き合いしたこともないです」

「あらまー、そうなの?エリスって可愛くてモテそうなのにねぇ」

「へー、エリスって今まで付き合ったことないんだ。まぁあたしも無いけどさー」

「いやいや、一国の姫様が簡単にお付き合いとかしちゃいけないでしょ!」


 なんだ、エリスはこれまで付き合ったことが無いんだ。

 その事実に、なぜだかぼくは…ものすごくホッとしてしまったんだ。



「…よかったね、カレン」

「ふわぁっ!!」


 突然姉さまに耳元でそう囁かれて、色々考え事をしていたぼくは…驚きのあまり思わず大声を上げてしまった。


 …まったく、なんでぼくに対して「よかったね」になるんだかなー。

 一人でニヤニヤしてるし、わけがわからないよ。



 ぼくは釈然とした思いをしたまま、手に持っていた…エリスが淹れてくれた紅茶を、一気に飲み干したんだ。



 紅茶は、ほんのりと甘くて…ちょっとだけ苦かった。


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