30.ハインツの侍女事情
「シスル、入るざますわよ」
マダム=マドーラに促されて、私は目の前にある大きな扉を開きました。
そこに居るのは…威厳ある我がハインツ公国のクルード王。
さすが公王、渋くてかっこいいです。お腹がでちゃってる私のお父さんのような凡人とは大違いです。
「シスル=ピノワール。そなたをハインツ王城の侍女に正式に任命する」
「はいっ!こ、光栄にございますっ!」
私はクルード王にそう言い渡され、精一杯大きな声で返事をしました。
「…色々大変だとは思うが、がんばってな?」
「あ、ありがたき幸せに存じますっ!」
クルード王の執務室を退室して、私の任命式と挨拶は終了となります。
これでついに私も、正式に…映えある『ハインツ城の侍女』となることが出来ました。
感無量です。
私…シスルは、数多くの難関を突破して、『最有力侍女候補』になることができました。
それからは、マナーや礼儀作法とかの研修を…なんと三ヶ月も受けて、ようやく今日という日を迎えることが出来たのです。
身につけているのは、夢にまで見た…ハインツ城の侍女にしか許されていない特別なメイド服。在庫では私の小さな体には合うものがなくて、特注品になったと聞きました。
少し申し訳なかったですけど…そこまでのことをやってもらえる、という事実が、ようやく正式に侍女になれた喜びに拍車をかけてくれました。
「シスル。これで今日からあなたは正式に侍女の一員となるざますわ」
「はい。ありがとうございます、マダム=マドーラ」
「それでは、あなたの先輩に当たる三人の仕事仲間を紹介するざますわ」
マダム=マドーラに導かれて、私は部屋に入りました。
部屋の中には大きなテーブルとイスが置かれていて、そこには既に三人の女性が腰をかけていました。
これが…現在のハインツに居る女性の中で、『最強・最高』と噂される三人ですか。
私は緊張のあまり、ゴクリとツバを飲み込みました。
「それではお互い自己紹介するざます。まずはシスルから」
「は、はいっ!わ、わだ、わたしはっ、シスルです!今日からここでお勤めすることになりました!よ、よろしくお願いします!」
「はいはい、シスルちゃんねぇ。私はバーニャよ。主にお城の掃除を担当してるわ。わからないことがあったら何でも聞いてね、よろしくねぇ」
そう言って最初に挨拶をしてくれたのは、少しふくよかな女性…バーニャさんでした。
こちらが…噂に名高い『打棒女傑』バーニャさんですか。たしか、ホウキの扱いから発展した棒術『お掃除打棒』の達人と聞いています。
なんでも棒一本で騎士を何人も倒したとか、騎士相手の槍術の指南役をしているとか…
だけど、バーニャさんはとっても優しい感じの…ニコニコと笑顔を浮かべた人でした。
「次は私ね!私はプリゲッタ、主に城内の案内とかを担当してるわ。私もまだ赴任してから期間は短いんだけど…よろしくね!」
わぁプリゲッタさん!超有名人ですぅ!
私は思わず興奮してしまいました。
プリゲッタさんは、ハインツでも有名な魔法司会者で、今でも王家が関係するイベントでは司会をしていると聞いています。
しかも彼女はたしか魔法を操る魔法演出家でもあり、天使ではないものの…かなり高度な魔法が使えると聞いたことがあります。
私に軽くウインクをしているその姿は、まさに若いハインツの女の子の憧れの女性の一人って感じでした。
「…ベアトリス。主にミア様とカレン様のお世話係をしているわ。よろしく」
最後に挨拶をしてくれたのは、黒髪に鋭い視線の持ち主であるベアトリスさんでした。
確か彼女は頭脳明晰で、かつ『ファーレンハイト蹴術』の師範代クラスの実力者と聞いています。
なんでも足技だけでフル装備の騎士を10mは吹き飛ばしたとか…
冷たい目をしてつっけんどんな感じですが、それはそれで好きな人にはたまらないんじゃないでしょうか。
こうして自己紹介も終わり、私は晴れて王城でのお仕事をスタートさせたのでした。
その後、私はバーニャさん監督のもと、プリゲッタさんと仕事の引き継ぎを始めました。
なんでも私は…これまでプリゲッタさんが担当していた雑用を、しばらくは担当することになるそうです。
プリゲッタさんは「これでやっと雑用地獄から解放されるわぁ」と喜んでいました。
…そんなにお城の雑用って、大変なんでしょうかね?
「へぇー。シスルちゃんはまだ16歳なのねぇ。若いっていいわねぇ」
引き継ぎの休憩の際、雑談しながら私の年齢をバーニャさんに答えると、そんな返事が返ってきました。
バーニャさんの目が笑ってなくてちょっと怖いです…
「あら、私と近いわね!私は19なんだ。
…ところでシスルの特技ってなんなの?ここに就職するには『一芸』が無いといけないでしょ?」
「はい、プリゲッタさん。私は『魔道具使い』なんです。前回の魔道具品評会で最高金賞を…最年少で受賞しました」
「あら!それは便利ね!これまで魔道具が壊れたときはわざわざ街から職人呼んでたから、助かるわぁ」
なんだかとっても嬉しそうに喜ぶプリゲッタさん。
そう言ってもらえると、とっても嬉しいです。
「でもさ、バーニャさん。私たちこれで…『棒術使い』に『格闘家』に『幻術使い』に『魔道具使い』が揃うことになるわけでしょう?…なんだか、下手な冒険者たちよりもバランスが良いですよねぇ。もしかして私たち冒険者になったら、すごいチームになるんじゃないですかね?」
「あらあら、そうねぇ。でもプリゲッタさん、私はか弱くってよ?」
「なに言ってるんですかー、この前騎士団の人たちを練習でボコボコにしてたじゃないですかー」
「あぁ…。あれは、私の年齢を聞いてくる失礼な子がいたから、ちょっとお仕置きしただけですよ。オホホホ」
はい、どうやらバーニャさんに年齢のことは禁句なようです。
私の心のメモ帳の1ページ目に書き込みました。
と、そのとき。
トントンと扉を叩く音と共に、一人の女性が部屋に入ってきました。
私はその女性を見て…言葉を失ってしまいました。
なんと彼女は…元ハインツの侍女リーダーであり、今をときめく新進気鋭のファッションデザイナーでもある…『サファナスタイル』のオーナー、サファナさんではありませんか!
最近も新ブランド『アフロディアーナ +』を立ち上げて、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。私にとっては憧れの女性の一人です。
「あらあら、サファナじゃない。どうしたのかしら?」
「やっほー、バーニャ。新人さんが来たって聞いたから顔を出してみたのよ。この子かな?」
「あ、はい。サファナさん。シスルっていいます!あの…私、『プティフロウ』ブランドの服を愛用してるんです!本当は『アフロディアーナ +』を着たいんですけど、私には似合わなくて…」
憧れの女性が目の前に居るのですから、私はここぞとばかりに必死のアピールです。
そんな私に、サファナさんは嬉しそうに微笑んでくれました。
「あら、ありがとうねシスルちゃん。…たしかにあなたはちょっと幼く見えるから『プティフロウ』がぴったりかもね。今度時間があったらあなたに似合う服をコーディネートしてあげるわ」
「はいっ!ありがとうございます!」
やりましたっ!
憧れのサファナさんに服を選んでもらえるなんて、とっても凄いことです!
サファナさんが立ち去ったあとも、私はふわふわした気持ちのままでした。まさに夢心地です。
なので、その後の引き継ぎの時間中、私はちょっぴり上の空でした。…バーニャさん、プリゲッタさん、ごめんなさい。
昼食後、私はいよいよ『ハインツの太陽と月』と称されるお二方との面会を許されることになりました。
そう、ハインツで最も有名な双子…カレン王子とミア姫とのご対面です。
私はプリゲッタさんに導かれて、お二人がよく過ごしている『王子と姫専用のリビングルーム』へと向かいました。
そこには、カレン王子とベアトリスさんが居らっしゃるらしいです。
「あの…プリゲッタさん。カレン王子ってどんな方なんですか?」
「カレン王子?そりゃもう…すっごくカッコイイわよ!なんというか、これぞ美少年って感じ?」
プリゲッタさんは頬を染めながらそう教えてくれました。
私は今までの人生で本物の美少年なんて会ったことがないので、少しだけ楽しみです。
リビングルームに行くと、そこにはとってもかっこいい…絵画から飛び出してきたかのような人が、ベアトリスさんを従えて座って居ました。
噂通りの銀色を髪を持った美少年。そう、カレン王子です。
「こんにちわ、君がシスルかい?私がカレンだ。よろしくね」
「は、はいっ!ふ、ふつつかものですか、よろしくお願いしますですっ!」
「ぷっ…」
私の挨拶を聞いたプリゲッタさんが、横で軽く吹き出していました。
私、何か変なこと言いましたかね?
それからカレン王子とは、少しだけお話をしました。カレン王子の中性的な声は、なんだか未知の楽器の音のようで、魅力的な響きを持っています。
せっかく…ハインツ中の女の子が夢中になっている王子様が気さくに話しかけてくれているというのに、残念なことにずっとカチコチに緊張していたので、なにを話したのかほとんど覚えていません。
そんな状態だったので、部屋を出たあとでようやく緊張が解けて、私は思わず大きな息を吐き出してしまいました。
「あはは。シスルってば、そんなに緊張しなくても良いのに…カレン王子はとっても気さくな人だよ?」
「はい…その、分かってるんですが。なんだか美少年オーラに圧倒されてしまいまして…」
「あ、うん。それは分かる」
プリゲッタさんはうっとりとした表情を浮かべながら、私の意見に同意してくれました。
プリゲッタさん、その目は…恋する乙女の目でしょうか?
そして最後に紹介されたのは、ミア姫です。
姫様は今、家庭教師のエリスさんと一緒に図書室に居るとのことでした。
プリゲッタさんが図書室のドアをノックすると、紅茶色の髪を持った…とっても可愛らしい感じの笑顔が素敵な女の人が出てきました。
どうやらこの方が、家庭教師のエリスさんらしいです。
私の身長はかなり低い方なのですが、エリスさんも私と変わらないかもしれません。
…あ、私の方が低いみたいです。がっかりです。
「エリスさん、例の新人さんを連れてきましたよ」
「プリゲッタさん、ありがとうございます。それでは中にご案内しますね」
そう言われて部屋の中に通された私は…
目の前の光景に、言葉を失ってしまいました。
そのお方は、図書室の窓辺に座ってらっしゃいました。
午後の日差しが差し込み、それがわずかに髪の毛に反射して幻想的に輝いています。
その顔は…カレン王子によく似ているものの、雰囲気が全く違っていました。
憂いを帯びた瞳。
白磁のような肌。
薔薇のような唇。
そこには…神様が作り上げた芸術品が、存在していたのです。
なんということでしょう。
私は、一瞬にして心を奪われてしまいました。
噂通り…いいえ、それ以上に綺麗な、完璧な美少女です。
「初めまして…シスルと言います。よろしくお願いします」
私はミア姫に心を奪われたまま、機械的にそう口にしました。
すると…なんとミア姫は、雲間から出てきた太陽のような笑顔で、私に微笑みかけてくれたのです!
あぁ、なんて素敵な笑顔なのでしょう。
私は、天にも昇る心地となりました。
「ミアです。こちらこそよろしくね」
…あぁ、その囁くような声の、なんと甘美なことか。
私は、一所懸命努力して侍女になって良かったなぁと思いました。
なにせ、こんな美少女のお側に仕えることができるのですから。
「あの…私、『魔道具使い』なんです。ですから、何かお困りのことがありましたら、いつでも御用命くださいっ!」
私の必死のアピールに、ミア姫は清楚な笑顔を浮かべて頷いてくれました。
すると今度は…プリゲッタさんの横に立っていたエリスさんが、改めて自己紹介をしてくれました。
「私はエリスです。カレン王子とミア姫の魔法学の家庭教師をしています。私も魔法使いですので、ぜひ今度魔道具のことを色々と教えてくださいね」
「わ、私でお話できることであればっ」
ミア姫と比べることは出来ませんが、エリスさんもなかなか可愛らしい方です。かつて芸能人だったプリゲッタさんと並んでいても遜色ありません。
歳も近いので、色々相談できると良いなぁと思いました。
こうして…私の侍女生活がスタートいたしました。
わからないことばかりですが、せいいっぱい頑張って行きたいと思います!
よろしくお願いします!




