3.『禁呪』暴走事件
その『大事件』のきっかけは、ぼくたち双子が15歳の誕生日を迎えることだった。
それはつまり、ハインツ王家の一大イベントである『カレン王子とミア姫の成人記念祭』の開催を意味していた。
ハインツ公国では、15歳になれば『成人記念祭』を催して、近所の人たちにお披露目するのがしきたりだった。
それは王子や姫であっても例外ではなかった。
ただでさえ例の『写真集事件』で一躍有名になってしまったぼくたち双子。
しかも、写真集の発売以来…公式の場での露出が全くなかった。
なので、誕生記念祭で実物を観れるのを期待する国民の声は、かなりのものだったそうだ。
でも…素直に国民に対してお披露目するには、ぼくたち…特にミア姫に問題が多すぎたんだ。
姉さまのお転婆については、元々「何か手を打たなければいけない」という考えがお父様にもあったようだ。
マダム=マドーラなどから「ミア姫をどうにかしないと!」と、かなり強くせっつかれていたことも影響していたのだろう。
煮え切らない態度だったお父様も、成人記念祭が近づくにつれ、ようやく覚悟を決めた。
さすがにこのまま世間様に披露するには忍びないと…ついにクルード王が重い腰を上げたのだ。
とはいいつつ、すぐに良いアイディアが浮かぶわけでもなし。お父様は、姉さまをどうにかする方法を一所懸命考えたそうだ。
だけど、良い解決策が見つからなくて…
お父様はかなり悩んだ挙句、ついうっかりお母様に相談してしまったのだ。
こともあろうに、ヴァーミリアン王妃に、だ。
ぼくから言わせてもらえば、それは最悪の選択だった。
そして事実、ぼくに最悪の結果をもたらすことになるんだ…
お父様から相談を受けたお母様は、あっさりとこう言ったそうだ。
「だったら、魔法で縛っちゃえばいいんじゃない?」と。
ここでお母様が普通の人間であれば、「そんなこと出来るわけがない!」と一笑に付されて終わっていただろう。
なぜなら人の精神に作用するような魔法は極めて高度であり、適性も必要なことから使い手も少ないとされていたからだ。
だけどお母様は…普通の人間ではなかった。
『7大守護天使』と呼ばれるほどの、強大な魔力を持った大魔法使いだったのだ。
この世界において「天使」は特別な存在だ。
「天使の器」と呼ばれる特殊な魔道具に選ばれた魔法使いのみがなることができる…魔法使いの上位の存在なのだ。
お母様はその「天使」の中でも、最強の七人に数えられていた。
…もっともそれは、「石の塔」で数多くの冒険者たちを撃退してきたからこそ付けられた異名かもしれないけど。
そんな…ヴァーミリアンが持つ強大な魔力でぼくたちの『魂』を『縛る』。そうクルード王に提案したそうだ。
具体的には『制約の鎖』という精神を縛る魔法をぼくたちにかけることで、カレン王子は男らしく、ミア姫は女らしくしないと、全身に苦痛が走るようにする…というものだった。
その提案にお父様は、最初のうちは難色を示した。
だけど…例の写真集事件の対応で散々な目にあっているスパングル大臣やマダム=マドーラは大賛成した。
というのも、二人は例の写真集出版以来急増する…王城に忍び込む人や、ぼくたちを盗撮しようとする人たちの対応に、大変苦慮していたそうだ。
…だからお母様の提案に対して「渡りに船」とばかりに熱烈に賛成したらしい。
「ヴァーミリアン王妃にしては、珍しく素晴らしい提案だ!それでいきましょう!」
「ぜひそうしましょう!そうしないと…もう、アタクシ切れてしまいそうざますわ!」
そんな二人の剣幕に押し切られる形で、クルード王もしぶしぶ賛同することにしたのだった。
こうして、ぼくたち双子に『制約の鎖』をかける儀式が執り行われることになった。
それは、ぼくたちが15歳の誕生日を間近に控えた…そんな時期のことだった。
…こののち、非常に厳格で笑顔さえもほとんど見たことないと言われる『鉄仮面』マダム=マドーラが、土下座ながらぼくに…涙混じりの声でこう語ったんだ。
「あのときのアタクシは…本当にどうかしていたざます。こんなことになってしまって、本当にごめんなさいざます…」と。
その日、なにも知らないぼくら双子は、儀式が始まるまでぼくの部屋でくつろいでいた。
ぼくはお気に入りの作家の小説を読みながら、非現実の世界へ没頭中。
そんなぼくにちょっかいをかけながら、姉さまはつまらなさそうに本を並べてドミノを作っていた。
やがてドミノに飽きた姉さまが、椅子を前後逆にひっくり返して背もたれを挟むようにドカッと座り込むと、ぼくの方をつまらなそうに見ながら口を開いた。
「…ねぇ、あんた。これからなにがあるか知ってる?」
「…知らないよ。だけど、お母様が来てるだけにろくな予感がしないんだけど」
ぼくは、本を読むためにまとめていたヘアゴムを一旦外して、軽く頭を振った。
銀色の髪がぱあっと視界に広がる。
…ぼくはお母様からの命令で、無理やり姉さまと同じように髪を伸ばすことを強制されていた。
理由については「あなたのその銀色の髪が好きなのっ!」と言っていたが、たぶん『ぼくと姉さまを似せることで、周りの人を混乱させて面白がるため』だと思っている。
髪を切ろうとすると猛烈に反対されたので、男なのに腰近くまで髪が伸びていたけど…この頃にはもう反発する気力すら失っていたので…「この程度なら我慢するか」と、もはや諦めていた。
もう一度髪をまとめようと、口にヘアゴムを咥えて髪を束にしていたとき、トントンとドアを叩く音がした。
…あの頃の自分に忠告できるなら、こう言いたい。
「そのドアをノックする音は、きみを地獄に導く招待状だよ。だから、決して開けてはいかない!」
と。
だけど、そんなことは知らないぼくは、髪をまとめるのを中断すると、そのまま立ち上がって部屋の扉を開けたんだ。
「あっ…これは姫様でしたか、失礼しました」
扉を開けると、そこに居た侍女がぼくを見て驚いた顔をして謝ってきた。
…これだよ。
王城に勤める者でさえ、ぼくと姉さまをよく間違える。
…というより、ほぼ100パーセント、ぼくのことを「姫様」か「ミア様」と呼ぶんだけどね…。
訂正するのも疲れるので、特になにも突っ込まずに用件を聞いてみる。
「どうしたの?」
「あの…クルード王とヴァーミリアン王妃が、お二人を呼ぶようにと」
「おっ!いよいよ呼び出しが来たかっ!」
姉さまがその言葉に反応し、ぼくを押しのけて侍女の両肩を掴んだ。
侍女のほうは、顔を赤らめて「あっ…王子様」などとつぶやいている。
…それ、王子様じゃないし。
そんなわけで、ぼくたち二人は呼び出された部屋へと向かうことにした。
「あれ?誰も居ない…」
「んー?どれどれ?」
呼び出された部屋の扉を開けると、そこには誰も居なかった。
おかしいなぁと思いながら、二人で部屋の中に足を踏み入れた、その瞬間。
強烈な電撃が全身を貫いた。
ああっ、これはお母様のトラップだ…
薄れ行く意識の中でそれだけを認識すると、ぼくはすぐに意識を失ったんだ。
次に意識を取り戻したとき、ぼくと姉さまは椅子にがんじがらめに縛り付けられていた。
そして目の前には…満面の笑みを浮かべて手に持ったステッキをペチペチ鳴らしている、ヴァーミリアン王妃がいた。
その後ろには、クルード王とマダム=マドーラ、そしてスパングル大臣の三人が、困ったような表情を浮かべて立っていた。
この状況に、ぼくの心は絶望に埋めつくされた。
お母様の強硬手段に、「ハインツ公国の良心」とも言うべき三人が従っている時点で、ぼくに勝ち目はなかった。
これから起こる出来事に、助け舟は…ない。
「これは…どういうこと?あたしらをどうする気?」
気丈にも姉さまが、強張った表情を浮かべつつ、そう問いかけた。
お母様はニヤニヤ笑いながら、手に持つステッキ…彼女を天使化させる「天使の器」である『イルマタルの雷杖』を、くるくると回す。
「はっはっは、可愛い娘よ!
よくぞ聞いてくれたわね!
これから…あなたたちに、ある儀式を行いますよーっ!」
「げっ!な…なにする気!?」
「うふふふ、知りたい?」
うろたえる様子のミア姫を見つめながら、まるで悪の権化のように高らかに宣言するヴァーミリアン。
それを苦笑いで見守るクルード王ら三人。
…なんなんだ、この茶番。
「これから、あなたたちに、ある魔法をかけます!
それは…『制約の鎖』という禁呪です」
「えっ!?それって禁呪なのかっ!?聞いてないぞ!?」
後ろからクルード王のうろたえた声がするが、ヴァーミリアン王妃完全に無視して話を進める。
「ミア。
あなたには…女の子らしく振る舞うよう強制される呪縛を施します。
カレンには、男らしく…ね。
そして、この魔法は…あなたたちが18歳になるまで決して解けません!」
「そ、そんなこと、魔法で縛れるの?」
ぼくの知る限り、魔法はそんな都合の良い便利なものではなかった。
明かりをつけたり、火をつけたり、冷蔵庫を冷やしたり…そんな日常的なものだったはずだ。
ぼくの問いかけに、お母様は最高に嫌らしい笑みを浮かべて頷いた。
「うふふふ、できるわよ。
だから、禁呪なのよ。
…あなたの場合、男らしくしなかったことを後悔するような呪縛を施しますわ!」
どんな変な呪縛がかかるかはわからないけど、正直ぼくにとってはあまり影響なかった。
いまでも男らしいつもりだし、ずっとそうあるつもりだったから。
…だけど、問題があるのは、姉さまのほうだった。
「まぢ?」
「まぢよ。覚悟なさい!」
ヴァーミリアンはそう高らかに宣言すると、ゆっくりと魔法の言葉を唱え始めた。
と、同時に、お母様の背中に…綺麗な純白の翼が具現化する。
これが…この純白の翼こそが、お母様が『天使』であることの証拠だ。
選ばれた魔法使いだけが成ることができる『天使』。
その背に具現化する『翼』は、溢れ出る膨大な魔力の具現化した姿だった。
そして、ぼくたちの足元に描かれた巨大な魔法陣がうっすらと光を放ち始める。
「やめて…。
だいたいそんなん、強制されるもんじゃないっしょ!?」
そんな姉さまの真摯な訴えも、普段からやりたい放題やっているがゆえにまったく説得力がない。
姉さまの悲しい叫びを無視して、魔法の儀式は進められていく。
そしていよいよ…術式が完成した。
ヴァーミリアンが、両手を挙げて高らかに宣言する。
「いくわよ…『制約の鎖』」
「うわあぁぁぁぁあぁぁあ!!」
そのとき!
ロープで椅子にぐるぐる巻きに縛られて…身動きが取れないはずの姉さまが、想像を絶するとんでもない行動を取った。
なんと、全身をくねりまくって椅子を動かすと…こともあろうか、ぼくに体当たりしてきたのだ。
「ちょっ!?姉さま、なにをっ!?」
「なにって…あんたを盾にするのよ!」
「ええっ!?」
「ちょっとあなたたち!そんなことしたら変な風に魔法が発動するわよっ!」
お母様があわてて姉さまをたしなめる。
だが、そんなお母様の警告も虚しく、二人もつれ合った状態で…禁呪『制約の鎖』」は発動した。
「あっ!まずっ!」
という、ヴァーミリアンの変な声とともに…
辺り一面が、激しい光の奔流に包まれた。
その光に包まれて、ぼくの意識は遠のいていった。
ぼくたち二人は、その時点で意識を失っていた。
なので、ここから先の話は、クルード王やマダム=マドーラからのちのち聞いた話になる。
「ど…どうなったんだ?」
椅子に縛りつけられたまま、意識を失った双子を見て、クルード王は妻に問いかける。
ヴァーミリアンは、頬をポリポリとかきながら、気まずそうにこう宣言した。
「えーっと…。失敗したーっ!」
かきーん。
その場の空気が、一瞬凍りついた。
『えええええっ!?』
クルード王、マダム=マドーラ、スパングル大臣の三人が、それぞれに絶望的な表情を浮かべて絶叫する。
「だってぇ…あんなに暴れられたら、繊細な魔法がうまく行くわけないじゃない?」
「それで…どう失敗したんだ?」
クルード王ががしっと妻の両肩をつかんで必死に問いかける。
舌をペロッ出しながら…ヴァーミリアン王妃は衝撃的な事実を告げた。
「…逆にかけちゃった」
「へっ?」
「はっ?」
「えっ?」
三人は、異口同音にすっとんきょうな声を上げた。
ヴァーミリアン王妃が言った言葉の意味が、ちょっと理解できなかったのだ。
「えーっと…どういう意味なのか、わかりやすく説明いただけますか?」
最初に気を取り直したマダム=マドーラが、ヴァーミリアン王妃に問いかける。
その…責めるような口調に反抗するように口を尖らせると、彼女は開き直ったかのようにこう宣言した。
「だーかーら、男の子らしくさせる魔法をミアに、女の子らしくさせる魔法をカレンにかけちゃったのよぅ!」
『はぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!?』
三人の絶叫が、部屋の中にこだました。
「ちょ…ちょっと王妃、それはまずいのでは」
慌てて確認するスパングル大臣を、キッと睨みつけるヴァーミリアン。
完全に逆ギレである。
「そんなこと分かってるわよ!だからさっきからこうやって治そうと術式解析してるんじゃないっ!」
そう開き直って絶叫すると、倒れこんでいる双子に駆け寄って、「あぁ、禁呪って、だからイヤなのよねぇ」とか「あーもう、こんがらがってめんどくさい」とか「こういう細かい作業って、ニガテなのよねぇ」などとブツブツ呟きながら、ステッキでつんつんと突ついている。
それで本当に解呪しているのか…と疑問の目で見つめる三人。
やがてヴァーミリアン王妃は、「あーもう!めんどくさい!!」と絶叫すると、全身を輝かせながら、両手に魔力を集中させた。
「一気にやっちゃえ!」
「ちょ…おまっ!待っ…」
どっかーん。
ぱりぱりぱりーん。
クルード王の制止を振り切り、ヴァーミリアン王妃は渾身の魔力を双子に叩き込んだ。
壮絶な音と光が乱舞し、膨大な魔力が双子に降り注ぐ。
…やがてそれも収まり、部屋に再び静寂が訪れた。
「はー。すっきりした」
清々しい表情を浮かべるヴァーミリアン王妃。
輝くような笑顔で額の汗を拭いている。
「それで…魔法は解除されたのか?」
そんな彼女に近寄りながら、クルード王が恐る恐る状況を尋ねた。
その質問に、ヴァーミリアンは満足そうな笑みを浮かべながら、こう答えた。
「んー、無理だった」
「…へっ?」
「なんかねー、もう…もつれた糸を解くみたいな作業が、めんどくさくてイヤになっちゃってさ。
最後一気にビャーッ!ってやっちゃった、えへっ」
「や、やっちゃったって…じゃあ、双子にかかった魔法は?」
ごくり…と唾を飲み込みながら、問いかけるクルード王。
そんな夫に、ヴァーミリアンは投げやりにこう答えた。
「んー、もうぐちゃぐちゃになってこんがらがって、解けなくなっちゃった!」
「ちょ…それって、まずいんじゃないか?」
「あーでもね、かわりにちょっと魔法に『おまけ』を加えておいたんだっ」
いたずらっぽい笑みを浮かべるヴァーミリアン。
もはや嫌な予感しかしていない三人は、恐る恐る…その『おまけ』について確認した。
その結果…
「ぐええぇぇぇ!」
その言葉を聞いて、クルード王は泡を拭きながら白目を剥いた。
「あわわわわわ!」
マダム=マドーラが、血圧が上がりすぎてぶっ倒れた。
そんな二人を慌てた様子で抱えながら、どうしようかとオロオロしているスパングル大臣。
「あーあ、もう知ーらないっと!」
そんな3人と、気絶したままの双子を横目にそう宣言すると、ヴァーミリアンは死屍累々となったこの部屋から、逃げるように去っていった。
こうしてこの、『禁断の魔術儀式』は幕を閉じた…のだそうだ。
そしてこのあと、ぼくたちは…
お母様のかけたこの『禁呪』と『おまけ』の極悪さを、イヤというほど思い知ることになる。