26.本当に守るべきもの
「…さぁ、できたわよ。どうかしら?」
サファナの問いかけに、手渡された手鏡で自分の姿を確認したカレンは、ゆっくりと頷いた。
…ここは、舞台裏にある『王族専用』の控え室。
ぼくはここで、ある準備をしていた。
とんとん。
ドアをノックする音がして、サファナが「どうぞー」と答えると、真っ黒な衣装に身を包んだエリスが入ってきた。
その…あまりにも黒い格好に、思わずぼくは微笑んでしまう。
「エリス、そこまでしなくても良いのに。物陰からでもできないの?」
「ダメです。なるべく近くに居ないと、ちゃんと動きに合わせられないですから。それに…私がそばに居ることで、少しでもカレンの心の支えになれないかなって思って」
「そっか…ありがと」
「ううん、こっちこそカレンに辛い思いさせてごめんね…」
「謝る必要なんてないよ!悪いのは向こうや姉さまだし、なにより…今回の件は、ぼくのわがままだからね」
エリスの暖かい思いやりを感じて、ぼくは素直に嬉しい気持ちになった。
エリスにここまでしてもらうんだから、しっかや頑張らなきゃ。改めて身を引き締める。
「さぁ…それじゃあ行こうか。エリス、サファナ、作戦通りよろしくね!」
「カレン…ぜったい無理はしないでね!」
「カレン王子、思いっきり派手にやっちゃおう!」
ぼくは気合いを一つ入れると、全身用の鏡の前に立って最後の確認をした。
金色のウェーブがかった髪。
大人びた化粧。
スタイルが良く見える、タイトなワンピース。
胸は…サファナに何やら偽造してもらったので、少し膨らんでいる。
ここに立っているのは、『アフロディアーナ』だ。
だけど、これは…もうひとりのカレンだ。
今のぼくは、そのことを受け入れていた。
既にミスティローザには『挑戦状』を叩きつけていた。
これは、ミアのせいで今はエリスに向いてしまっているミスティローザの『怒りの矛先』を、自分に向けさせるための『最初の手』だった。
ぼくはこれから、エリスを守るため…そしてミスティのにぎゃふんと言わせるために、さらに手を打っていくことになる。
今日の戦いは、男には出来ない戦いだった。
…『アフロディアーナ』だからこそ、出来る戦いがある。
今回の件で、ぼくは気付いた。
ぼくにとって本当に守るべきものは…自分自身のちっぽけなプライドなんかじゃないってことを。
だから、ぼくは決めたんだ。
大切な友達を守るためなら…
こんな女装すら、受け入れてみせるっ!!
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『芸能人バトル』も全ての演目が終わって、ようやく審査結果発表の時間になった。
会場には、ミスティローザを始めとした…芸を披露した芸能人たちが全員集合していた。
ミアはこのとき…この時間が始まってから一番喜んでいたんだ。なぜなら、この『芸能人バトル』がようやく終わるから。
やっとこさ、この地獄のような時間から解放されるよ…
どうでもいいけど、審査員長はクルード王、審査員はあたしとスパングル大臣。実はこの三人で審査をすることになる。なんだよこの面子…
あたしはもちろん、ミスティローザ以外の適当な人に一票入れるつもりだ。
…何があっても、彼女には絶対入れたくない。なんか嫌な予感しかしないから。
『さて、これで予定されていた演目は終わりなのですが…。
えーっと……ちょっとお待ちください。
………どうやら、予定外のスペシャルゲストがいるようです!』
プリゲッタが観客を煽るように…もったいつけた案内をする。
ああ、そういえばそんなことスパングル大臣が言ってたなぁ…
もういいぢゃん、やめちゃおうよー。
だけど…あたしの気持ちに反して、観客は多いに沸いていた。
「やっぱり来たぜ!スペシャルゲスト!」
「ハインツ側もやられっぱなしな訳無いと思ってたよ!」
「でも…スペシャルゲストって、誰?」
このような…期待のこもった声。サプライズへの歓喜。そんなものが会場を飛び交っている。
どーでもいーし、だれでもいーよー。
さっさと終わらしちゃおうよぉー。
十分に間をとったところで、プリゲッタは『みなさんっ!』と声をかけた。
しんっ…と静まる会場。
司会上手いなぁ、プリゲッタ。
『それでは、準備ができたようなので紹介します!スペシャルゲストは……この人ですっ!!』
次の瞬間、会場の照明が全部落ちた。
おおおっ!?
なんか来たぞーっ!
何事が起きたのかと、会場には悲鳴と歓声が同時に沸き起こった。飽き飽きしていたあたしも、ちょっとだけ気持ちが盛り上がる。
すると、背後にある壁に何かが写し出された。
それは…文字だった。どんな技術を使ってるのかな?
内容はこうだ。
『私は、ここで誕生する』
意味不明な状況に、ざわざわとざわめく会場。
しばらくして、舞台の中央一番奥にあるゲスト出入り口から、ブワッと光が溢れ出てきた。
そしてそこに、シルエットで人影か映し出される。
誰だ…女性かな?
やがて、その人物は…ゆっくりと前に歩き始めた。
かつーん、かつーん。
その人物が…おそらくハイヒールだろうか。歩く音が会場に響き渡る。
誰だ…
誰なんだ?
あたしも含めた会場にいる全ての人々が、同じようなことを考えて息を飲む。
そして、その人物が舞台の中央まで歩み出たとき…
パッと、その人物にスポットライトが当てられた。
その人物を確認して…
「ぶっっっっ!!!!」
あたしは思わず、盛大に噴き出してしまったんだ。
その人物は、女性だった。
ウェーブがかった金髪は、会場を舞う一陣の風に舞い踊りながら、スポットライトに反射してキラキラと輝いている。
細身の身体に、少しタイト目なワンピース。その上にシースルー素材のケープをまとっており、それが、まるで翼のように…風に吹かれてはためく。
完璧に化粧が施されたその顔は…一見すると、まるで名画に描かれた女神のように整っていた。
だけど…その顔に、あたしは見覚えがあった。
いや、ありすぎた。
「ちょ……カレン、あんたなにやってんの!?」
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そんな…ミアの驚愕と同じように、会場に居た観客にも驚愕が拡まっていった。
最初は前の方から…徐々に後ろの方へと、ざわめきが伝播してゆく。
やがて壁面に照らし出された文字がゆっくりと消え、新しい文字と共に…その人物の写真が写し出された。
バッチリと決まった化粧で微笑む彼女は…
「おい…あれ、まさか…」
「うそっ!?スペシャルゲストって、あの人なのっ!?」
「ん…?文字は何て書いてあるんだ?名前かな?」
「えーっと、ア…アフロ…ディアーナ?アフロディアーナ!!」
「おおおおおおっ!すげぇ!アフロディアーナだよ!」
「アフロディアーナがきたー!」
観客は期待していた…サプライズを。
アフロディアーナの登場は、そんな彼らの期待を大きく上回っていた。彼女の存在を…世界のファッションの中心と言われるハイデンブルグの人達は、よく知っていたのだ。
予想外のスペシャルゲストの登場に、会場が一気に盛り上がった。
しかも、この舞台にこのタイミングで彼女が出てきたということは、『ハインツがアフロディアーナを国家的な芸能人として認めた』ことを意味していた。
新しい…ハインツの象徴が誕生した瞬間だった。
『そうです…!今回のスペシャルゲストは……いま世間の話題をさらっている謎の美少女、【アフロディアーナ】でーーっす!!』
うぉぉおおぉおおおぉぉ!!
プリゲッタのこの宣言に、会場は…興奮の坩堝と化した。
「うっわー、アフロディアーナだよ!てっきり写真だけの人物かと思ってた!」
「すっごい美少女!信じられない!」
「ほんとね!『歌姫』ミスティローザは言うに及ばず、『ハインツの月姫』ことミア姫ですら霞んでしまうのではないかしら?」
「…ってか、なんとなくミア姫に似てないか?」
「いやいや、髪の色が違うからそれはあり得ないぜ!それに月姫様は…こんな舞台に出てくるようなタイプの人じゃないからなぁ」
そんな騒動を横目に、アフロディアーナがミスティローザの方へと歩み寄って行った。
そして、彼女に向かってなにかを伝えた。それを聞いてサッと顔色を変えるミスティローザ。
…観衆には聞こえていなかったが、アフロディアーナはこう言い放ったのだ。
「勝負です、ミスティローザさん。もし私が勝ったら…カレン王子に二度と近寄らないでくださいね。彼は、エリスと…このアフロディアーナ、二人のものですから」
そんなことを知らない観衆は、アフロディアーナがミスティローザを挑発したと考えた。
大いに沸く観客。
観客たちの歓声に手を振って応えると、アフロディアーナはそのまますっと舞台の前に進み出てきた。
いよいよアフロディアーナが、なにかの技能を見せる時がきたのだ。
アフロディアーナが、一体どんな芸を見せてくれるのか。
歌なのか、踊りなのか、それとも…予想もつかないなにかなのか。
観客が、期待に胸を膨らませる。
『さぁ…それでは、【アフロディアーナ】の演目、スタートです!』
待ちきれなくなった観客たちに成り代わって、プリゲッタが高らかにそう宣言した。
突然、全ての明かりが消えた。
まるで彼女の言葉が消灯の合図になったかのよう。
だがすぐに…舞台の上がうっすらと輝き出した。
一体何が輝いているのだろうか?
やがて観客は、その…輝いているものの正体に気付いて、一気に度肝を抜かされた。
なんと、輝いているのは『アフロディアーナ自身』だったのだ。
まるで自ら光を放っているかのように、うっすらと輝いている。
「アフロディアーナが光ってる…どういうこと?」
「あれは…もしかして魔法?」
「魔法だって?もしかしてアフロディアーナは、魔法使いなのかっ!?」
ざわめく観客を静かに見渡すと、アフロディアーナがその右手をゆっくりと上げた。
次の瞬間。
ぱああああっ!
七色の光の帯が、右手から…まるで放射される虹のように飛び出していった。
うわあぁぁぁぁあ!!
その光景に、一気に沸く会場の観客たち。
さらにアフロディアーナが左手を上げると、左手からも同様に七色の光のシャワーが飛び出していく。
観客の歓声を受け、アフロディアーナが今度はにこやかに微笑みながら…その両手を胸の前でクロスさせた。
そして、その両手を勢い良くバッと拡げる。すると…
どっかーん!!
猛烈な音と共に、舞台の上で光が爆発した。
キラキラと舞い散る魔法花火。
湧き上がる悲鳴と歓声。
そしてこれが…『アフロディアーナの魔法ショー』の幕開けの合図となった。
演奏隊による音楽に合わせ、緩やかに踊るアフロディアーナ。
一つ動きが入るたびに、赤青緑…色とりどりの魔法花火が彼女の周りで、会場の上で、さらには観客の目の前で炸裂する。
それは、誰もが見たこともない光景だった。
「すげぇ!!アフロディアーナは魔法演出家だったんだ!!」
「それにしても、こんなにすごい魔法花火は見たことないぞ!!」
「しかもこの花火…熱くない!光魔法よっ!」
「高度な光魔法の花火を、こんなにも大量に炸裂させるなんて…一体どれだけの魔力を持ってるんだ?」
「もしかして…アフロディアーナは『天使』なのかっ!?」
「それよりなにより…アフロディアーナ、すごく綺麗…」
「あぁ、本当だ…信じられないくらい美しい…」
このように、全ての観客が、アフロディアーナに…または彼女が放つ魔法花火に夢中になっていた。
そして、それは…舞台上にいる他の芸能人たちも例外ではなかった。
「うそ…うそよ…こんな…信じられない」
この光景を見ながら、ミスティローザはブルブルと震えていた。
こんなにもすごい演出を、彼女はこれまで一度も見たことがなかった。
気力を振り絞って、ミスティローザはアフロディアーナの演目を心の中で否定しようとした。
しかし、それはできなかった。プロの芸能人として、真に素晴らしいものを否定できなかったのだ。
…この時点で、ミスティローザは、魂で負けを認めていたのだった。
そして、いよいよクライマックスがやってきた。
演奏隊の奏でる音楽も、相応しい盛り上がりを見せる。
アフロディアーナがクルリと回転して、ゆっくりと両手を拡げた。
すると、会場の真上に巨大な光の…薔薇の花が出現する。
どわぁぁぁあっ!!と、地響きのような歓声が上がる。
そんな会場の観衆に応えるように、アフロディアーナがゆっくりと…なにかを抱きしめるような仕草をした。
すると、魔法花火で出来た薔薇の花が、その動きに合わせて、ゆっくりと開いていくではないか。
この瞬間、会場の興奮はクライマックスとなった。
最後に、アフロディアーナはまた一気に両手を拡げた。
すると、薔薇は勢いよく砕け散って…細かい光の粒子となり、観客に降り注いでいった。
こうして、アフロディアーナの演目は無事フィナーレを迎えたのであった。
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なんとかやり遂げた…
会場に流星雨のように降り注ぐ光の粒子を見ながら、『アフロディアーナ』に化けたカレンが最初に思ったのは、そんなことだった。
もっとも、ぼくがやったことといえば、女装して舞台の上でそれっぽく踊るだけだった。
この魔法花火だって、すべて…ぼくの後ろで『黒子』となって付き従っているエリスの魔法だ。
でも…今のぼくは、それらことを恥じたりはしていなかった。
『エリスを守る!』という目的を達成するためであれば、自分にできることはなんでもやろうと考えていたし、あらゆる恥やプライドを捨て去っていたから。
これまでのぼくは、自分が…何の力のないただの平凡な人間だと考えていた。王族であること以外、何の取り柄もない人間だと。
姉さまみたいな行動力もなければ、エリスみたいに魔法の力もない。
だから、何かあっても自分には何もできない。…そう思っていた。
だけど、それは間違っていた。
あるいは気付かずに見過ごしていただけだった。
大事なのは、『得意なことだけやる』んじゃなくて…『自分にできる範囲のことを、めいっぱいやる』ってことだったんだ。
きっかけは、エリスがバカにされたことだった。
大切な友達がバカにされることを…どうしてもぼくはガマンできなかったんだ。
それで、自分に何が出来るのか考えて…思いついたのが『アフロディアーナ』だった。
…そう、何もないと思っていたぼくにも、持っているものがあったのだ。
それが…ぼく自身の女の子のような外見と、それによってミアが勝手に創り出した…『アフロディアーナ』という架空の人物だった。
今までのぼくだったら、アフロディアーナを武器にしようなんて考えもしなかっただろう。
だけど、これを使えば、あの女にぎゃふんと言わせることができるのではないか…
そう思ったら、迷わず今まで忌み嫌っていた女装を、自分の武器として認めることが出来たんだ。
これは…ぼくにとって大きな、本当に大きな変化だった。
それと同時に、自分に出来ないことは出来ないと、はっきり認識することもできるようになった。
今回の場合だと、女装だけでは足りないと思った。
だからぼくは、迷わずエリスの力を借りることにしたんだ。
魔法の力を組み合わせて、なにか面白いことができないか…と。
足りないことを自覚するのは、もう怖くなかった。
最初エリスは反対した。
自分のために…ぼくが晒し者になることを嫌がったのだ。
だけど…今のぼくにとって、それはどうでもいいことだった。それよりミスティローザに一矢報いないことには、気持ちの収まりがつきそうもなかった。
だからぼくが「友達をバカにされたことがどうしてもガマンできないんだ。だから協力して欲しい」って伝えると、エリスの態度が一変した。
「そっか…私、友達なんだ…」と嬉しそうに呟くと、あっけなく同意してくれたのだ。
エリスってば、『友達』ってキーワードに弱いみたい。
そんなエリスが出してくれたアイディアが、今回の『魔法花火』だった。
なんでも、魔力を使って綺麗な花火を出す魔法らしい。
正直、自分には他に何のアイディアも無かったので、その案に同意することにしたんだ。
最終的にこの案は、サファナというプロデューサーによって、より派手に…より強いインパクトを持つものに昇華していった。
こうして産まれたのが、今夜の舞台『アフロディアーナ旋風』だった。
…ちなみに名付け親はサファナだ。
結果は、大成功だった。
『さぁ…それでは、審査に入りたいと思います!!』
全てが終わるのを待って、プリゲッタが高らかにそう宣言した。
そして、ミアたちに手書きパネルを渡していく。
…どうやらそこに審査員の選んだ芸能人名を書くようだ。
まず最初に、スパングル大臣がパネルを挙げた。
ものすごーく悩んで出されたパネル…
そこには、『ミスティローザ』の名前が書かれていた。
…会場に巻き起こるブーイングの嵐。
それを浴びても、スパングル大臣はなんだか満足げだった。
一体、彼は何を悩んで、そして彼の中で何が勝ったんだろうか。
次は姉さまだ。
ぼくから目を逸らしながら、さっと『アフロディアーナ』と書かれたパネルを挙げる。
…会場からは大歓声が上がった。
最後は、審査員長であるクルード王。
いつもまにか…黒子の服を脱ぎ捨ててふつうの服装に着替えたエリスが、ぼくの横に来ていた。
そっとぼくの二の腕を掴んでくれる。
(大丈夫よ、きっと…!)
そう囁きながらも、掴まえた腕にギュッと力が入るのを感じた。
心配してくれてありがとう…エリス。
クルード王が、こちらの方をチラリと見た。
そして…唇の端を釣り上げるかのようにちょっとだけ笑う。
あ、お父様、ぼくの正体に気付いたな。
そして挙げられたパネルには…
『アフロディアーナ』の名が、書かれていた。
『結果が出ました!!今年の芸能人バトルの勝者は……
【アフロディアーナ】ですっ!!』
プリゲッタが、高らかにぼくの勝利を宣言した。
その瞬間、会場は大歓声に包まれた。
「うおぉぉぉお!!勝ったーー!!!」
「きたーー!!アフロディアーナの勝利だっ!!」
「やった!!新しい伝説の始まりだ!!」
「光魔法を操る美少女…『光の女神』アフロディアーナの誕生だっ!!」
「『光の女神』!!『アフロディアーナ』!!」
「カレン…やったね!おめでとう!」
満面の笑みを浮かべたエリスが、ぼくの腕にしがみついてきた。
ぼくにとっては…これが一番の『勝利のご褒美』かも?
「ううん、勝てたのはエリスの魔法のおかげだよ。いろいろ手伝ってくれてありがとう」
「…こちらこそ、ありがとうカレン。私のためにがんばってくれて…。
今日のカレン、かっこよかったよ!」
エリスの一言に、ぼくはハッとなった。
そうか…
こんな女装をすることで、男らしくなるってことがあるんだなぁ。
ぼくはこのとき初めて、そんなことがあるってことを知ったのだった。
だけど、そんな観衆の大歓声にも、エリスの感謝にも、ぼくが満足することはなかった。
なぜなら…そこは、ぼくにとってのゴールではなかったから。
これで終わりじゃない。
最後の…仕上げが残っている。
ぼくは大きく息を吸うと、ぼくを見たまま呆然と立ち尽くしている…ミスティローザに向かって歩いて行ったんだ。
ミスティローザの前に立ったとき、彼女は可哀想になるくらい怯えていた。
そりゃそっか、目の前であんなすごい『魔法花火』を見せられたんだからね…
もっとも、あの花火は全部『黒子』になっていたエリスの魔法なんだけど。
「ミスティローザさん、私の勝ちです。約束は…覚えてますよね?」
「うぐっ…」
ぼくはなるべく冷淡な声を装って、ミスティローザにそう告げた。だけど…彼女は諦めが悪かった。
「あ、あんなのズルイわよ!魔法を使うなんて…」
「魔法だって、歌だって、踊りだって、生まれ持った素質と努力の結晶だと私は思いますが…違いますか?」
「うううっ…」
複雑な表情を浮かべて、言葉に詰まるミスティローザ。
「こんなの出来レースよっ!貴女が勝つようになってたに決まってるわっ!」
「この観衆の歓声を聴けば、聡明な貴女には理解できているでしょう?
本当の勝者が、誰なのかを…ね」
「ううううぅぅ…」
そうやって歯を食いしばるミスティローザは、なんだか哀れで小さく見えた。
やっぱり、簡単には認めてくれないか。
ぼくは仕方ないので、最後の手段を取ることにした。
後ろの方でオロオロしながらこっちを見ていたミアを、手招きして呼んだ。姉さまはビクビクしながらぼくの方に近寄ってくる。
(あんた…なんでそんな格好してるのよ?それに、これは何?)
(…それは後で話すよ。それよりも姉さま、これまでいろいろ好き放題やってきた責任を…今ここで取ってもらうからね?)
(えっ!?それって、どういうこと?)
ぼくはそんな姉さまを無視して、いきなりその右腕を…抱きかかえるように掴んだ。
そして、横にいたエリスに合図を送ると、エリスも同様に…姉さまの左腕を抱える。
一見すると、両手に花状態だ。
(ちょ、ちょっ!?これ、どういうことよ?)
(いい?姉さま、ミスティローザを撃退したいなら、こう言って。……○△×▲◎……)
(げえっ!ちょ…それは無理だって!そんなこと言えるわけないじゃない!)
(じゃあ姉さまは、このままで良いの?それだと、ミスティローザは諦めないよ?)
(むぎゅぅぅ…)
ぼくの囁きに少しだけ苦悩の表情を浮かべたあと、姉さまは盛大なため息をついた。
そして、頬をピクピクさせながら…ミスティローザに向かってこう口を開いたんだ。
「えーっと…見てわかるとおり、私の両腕はこの二人で埋まってしまってるんだ。…ミスティローザ、君には申し訳ないが、私の隣に君が埋められる場所はもう無い。だから、私のことはきっぱりと諦めて欲しい」
「そ、そんなぁ…」
姉さまの言葉に、ミスティローザはフラフラしながらその場に崩れ落ちたのだった。
…ちょっと可哀想だったけど、仕方ないかな。
そのままぼくとエリスは、ぐったりした姉さまの腕を引っ張りながら会場を後にしたんだ。
ズルズルと姉さまを引きずりながら、エリスがぼくの方を見て嬉しそうに微笑んでくれた。
彼女が笑顔を取り戻してくれたことが、たまらなく嬉しかった。
この時になってようやく…今回の作戦が成功したことを、ぼくは心の底から実感出来たんだ。
こうして…色々あった今回の一件は、無事?に幕を下ろしたのだった。
ちなみに、今回の事件には後日談が三つほどある。
ひとつ目は、このときのアフロディアーナの写真がデカデカとファッション誌の表紙を飾ってしまったこと。
どうやらサファナが裏で手を回して、写真家のボロネーゼを呼んでいたらしい。密かに会場入りしていた彼が、色々なシーンの写真をたくさん撮っていた。
その結果、ぼくが演技をしているシーンの写真が大量に出回ることになってしまったんだ。
そんな訳で、【『光の女神』アフロディアーナ】の知名度が否が応でも上がって、一躍有名人になってしまったとさ。…とほほ。
二つ目は…
この件の後、しばらくしてミスティローザが新曲を出したこと。
彼女が作った新曲は、これまでの彼女のイメージとは打って変わってスローテンポの…切ない失恋を歌ったバラードだった。
これが、彼女の新しい魅力を引き出す結果となり、スマッシュヒットを記録したそうだ。
この一件以降ミスティローザは新しい路線を開拓することに成功し、ニュー『ミスティローザ』の復活を世間に知らしめた…らしい。
これはこれで良かったのかな?
そして、最後のひとつは…
このときの一件を境に、エリスがぼくたちに対して『敬語』を使わなくなったんだ。
…実は、ぼくにとってはこのことが何より嬉しかったりする。
だって…ようやく、本当の友達になれたような気がするから。
これにてこの章はお終いです!
次の章は、季節も秋へと変わっていき、オムニバス形式の日常編…となる予定です!




