25.ミスティダンス
翌日の朝。ここは双子専用のリビングルーム。
席に座っているのは、ぼくが呼び出したサファナとエリスだ。
「どうしたの?カレン王子。急に呼び出したりして…」
「…実は二人にお願いがあるんだ」
ぼくは手に持っていた布袋から手紙を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
昨日の晩、ぼくが書いたものだ。
「サファナには、まずこの手紙をミスティローザに渡して欲しいんだ」
「手紙を?なんで?」
「…『宣戦布告』するために」
そしてぼくは、サファナに…昨晩エリスと二人で考えた作戦の内容を伝えた。
その…あまりの内容に、驚き戸惑うサファナ。
「カレン王子、あなたこの作戦は…本気なの?」
「カレン…やっぱりやめにしませんか?」
サファナが真偽を…あるいはぼくの正気を確かめる意味も込めて、ぼくの意思を確認してきた。
エリスに至っては、本当に心配そうにぼくのことを見つめている。昨日の作戦会議のときにも何度も翻意を促された。
だけど、もうぼくの心に迷いはなかった。とっくに覚悟は決めていたのだ。
ぼくは、決意を秘めた表情でうんうんと頷いた。
「…わかったわ。カレン王子がそこまでの覚悟を決めたのなら、私は全力で支援する」
サファナがそう言って立ち上がる。そして、ニヤリと笑った。
「…でもさ、どうせだったらもう少しアレンジしない?」
「「えええっ!?」」
こうして…ぼくたちの『作戦』はスタートしたのだった。
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この日、ハインツ公国の首都ハイデンブルグでは、フレイスフィア王国からの親善団との交流を図る『文化交流会』が催されていた。
このイベントは、毎年恒例で行われているハイデンブルグ晩夏の恒例行事となっていた。
昼には両国の文化を紹介する様々なイベントが催され、家族連れなどで大変賑わう。
だが、この祭りのメインは夜だった。
審査員を交えた両国の『芸能バトル』が催されるのだ。
『芸能バトル』とは、お互いの国から選ばれた代表が、いろいろな特技を披露し、国王を主体とした審査員たちがそれを審査する…というものだった。
もちろん自国開催であることから、これまではほとんどの場合ハインツ側の芸能人が勝利していた。
だが今年は違う。
フレイスフィア王国も本気を出して来たのか…『歌姫』ミスティローザが参戦してきたのだ。
さすがに今年は勝てないのではないか。
いやいや、きっと我が国の方も秘密兵器を用意してくるはずだ。
ハインツの国民たちは、いつもとは違う雰囲気の…今年の『文化交流会』に、開催前から多いに沸いていたのだった。
そして夜になり…いよいよ多くの国民が楽しみにしていた『文化交流会』夜のメインイベント…『芸能バトル』が始まろうとしていた。
「さぁ、私が輝く時間がやってきたわ!」
自分にそう言い聞かせながら、控え室で念入りに準備をしていたミスティローザ。完全に化粧を整え、セクシーを通り越したかのような魅惑的な衣装に身を包んでいる。
策を弄して事前にねじ込んでいたとおり、今回審査員には特別に『カレン王子』の名が連ねられていた。昨日強引に申し込んだ甲斐があったというものだ。
審査員はその他にクルード王や地元の名士などが名を連ねている。
「…ここまでは作戦通りよ。私の最高のダンスを披露して…きっとカレン王子を振り向かせてみせるわ」
「時間です」そう呼びに来た係員の声に、ミスティローザは立ち上がると…気合を入れて舞台へと向かっていったのだった。
ミスティローザが立つことになる…今回の『芸能バトル』の舞台は、ハイデンブルグの中心にある広場だった。
すでに広場を埋め尽くすほどの観衆が集まっている。
…若干の陰りが見えたとはいえ、まだまだ彼女の人気が衰えていないことの証明であった。
舞台では、ちょうど前の演目が終了するところだった。
ハイデンブルグでも有名なダンサー集団が、身体をカクカクさせる奇妙なダンスを披露している。
ふん、まるで壊れたオモチャね。
ミスティローザは心の中でそう吐き捨てた。
『はい、以上がダンス集団【スパイラルエッジ】の皆さんの演技でした!ありがとうございましたー!』
この『芸能バトル』の司会役を務める侍女のプリゲッタが、音声拡声器で観衆に説明をする。
その声に応じて、会場からは大きな拍手が沸き起こった。
さぁ、いよいよ私の出番よ!
ミスティローザは気合を一つ入れると、ゆっくりと舞台裏にある出場者控室へと向かって歩き出したのだった。
…そんな会場の様子を、つまらなさそうに見ている一人の美少年が居た。
審査員席であくびをしながら、銀色の髪の毛をめんどくさそうにかきあげている。
席に置かれたネームプレートには『カレンフィールド王子』と書かれていた。
そう、それは…無理やり審査員に祭り上げられてしまったミアだった。
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「…ねぇねぇ、これいつまで付き合わなきゃいけないわけ?それになんでプリゲッタが司会やってるの?」
あたしはあくびを噛み殺しながら隣にいるスパングル大臣に声をかけた。
…ちなみに、このイベントの主催者はスパングル大臣だ。さすが内務大臣、無駄なことばっかやってる。
「姫さ…いえカレン王子、プリゲッタはもともとこの手のイベントの司会進行が得意な魔法司会者なんですよ。ちなみに魔法花火なんかの特殊効果も得意だそうですな」
まったく、律儀に王子って言い直さなくても良いのにさ。どうせそばにはクルード王しか居ないんだし。
それにこれ、いつ終わるのさ。
「まぁまぁ姫さ…いや王子、そんな顔をなさらないで。このあとはメインイベントであるミスティローザ殿の歌と踊りですぞ!
いやぁ、私も良い歳してますが、楽しみですなぁ!」
げ、次はミスティローザの番か。
あいつのせいであたしは審査員役にさせられちゃったんだよなぁ…
まさか「見に来てください」に、こんな意味があるとは思ってなかったよ。
知らないうちに裏から手を回されて断れなくなっちゃってるし。
…それにしても、もうジイさんなのに元気だなぁ、スパングル大臣。
「あぁ、あとスペシャルイベントが最後にある予定ですぞ。飛び込みだったので詳細は把握してないのですが…はっはっは」
おいおい、主催者である張本人がイベントの中身知らなくて良いのかよぉ…
大丈夫なのか?ハインツの未来は。
「ミア様、冷たい飲み物をお持ちしました」
「お、サンキュー!」
空気を読んだベアトリスが、タイミング良くお茶を持ってきてくれた。
ちょうど喉が渇いていたので、喜んでゴクゴクと飲む。
いやー、よく冷えてるわぁ!
…ところで、なんであたしだけに配ってる?
あたしの隣に座っている審査員長が、いかにも欲しそうな目で見てるんだけど…ま、いっか。
『さぁー、みなさま。大変お待たせ致しました!ここでいよいよ…登場です!』
音声拡声器から、プリゲッタの明るい声が響いてきた。
しかしプリゲッタ、水を得た魚のようだなぁ。イキイキとして司会進行してる。
しかもミニスカートなんて履いちゃって、結構派手な服装だこと。
「ミア様、なんでも彼女のファンも多いそうですよ」
へー、そうなんだ。
あたしはいつもオロオロしてる姿しか記憶してなかったけど…世の中には色々なニーズがあるのかな?
『フレイスフィア王国が産んだ、奇跡の『歌姫』…ミスティローザ。登場です!!』
ジャーン!
突然、ものすごい音が鳴り響いた。
あわせてプリゲッタが何か合図すると、舞台の周りに小さな花のような花火がパッと咲き開く。
おぉ、これが魔道花火か!
それを合図に…舞台の真ん中からミスティローザが飛び出してきた。
うーわっ、派手!
それがあたしの第一印象だった。
胸元ギリギリの下着のような衣装。
キラキラしたアクセサリーが滝のように腰の周りにあって、踊るたびに揺れている。そしてこれが…丸見えに近いお尻を時々チラチラと見せ、セクシー効果を発揮していた。
観衆はもう割れんばかりの大歓声だ。
ただ…男性の声の方が圧倒的に多いような気がするのは気のせいだろうか?
そんな彼女が、音楽に合わせて…観客に向けて一通り踊ったあと、プリゲッタからマイクを受け取る。
そしていよいよ、ミスティローザが歌を歌い始めた。
曲は…彼女の歌の中で最も有名な『わたしはあなたの毒薬』という歌だった。
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『わたしはあなたの毒薬』
作詞:ミスティローザ
作曲:ドン=クリステル
ベイビー、わかってる?
私はもう我慢できないわ
あなたを独り占めしたくて
禁じられた魔薬でも使ってしまいそう
わたしはあなたを堕とすわ
そう、あなたにとってわたしは…毒薬
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あちゃー、なんか色々厳しいなぁ。
確かに歌は上手いんだけど…あたしはもう少し大人しめの歌の方が好きなんだよなぁ。
あるいはバリバリでノリノリの曲とか?
そうこうしているうちに、曲は一番盛り上がるところにやってきた。
するとどういうわけか…ミスティローザがあたしの方に歌いながらやってきたではないか!
げっ…マジかっ!?
救いを求めようとチラッと横を見ると、スパングル大臣が口を開けて食い入るように魅入っている。
おいおいジイさん、口からヨダレ垂れてるよ…
ゆっくりと艶かしい動きであたしの前にやってきたミスティローザは、こちらに向かってウインクをすると、いきなり猛烈に腰を振り始めた!
す、すごい腰の動き…
ってか、目がイっちゃってるよ。
「おおお!これは…かの有名な『ミスティダンス』てはないかっ!素晴らしい…」
横にいるスパングル大臣が、興奮した声で絶叫する。
…ほんっと使えないなぁ、このジイさん。
狂ったかのように腰を振りまくったミスティローザが、息も乱さずあたしの目を見ながら…サビの部分を歌い始めた。
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『わたしはあなたの毒薬』(サビ)
どう?
効いてきたかしら?
これがわたしの毒薬よ
もうあなたは、わたしなしでは生きれないわ
さぁ、わたしの胸に飛び込んできて!
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ジャーン!!
最後に盛大な音が鳴り、ミスティローザの歌と踊りが終わりを迎えた。
まるで…あたしに跪くように、頭を下げてポーズを決める。
あぁ…やっと地獄のような時間が終わったよ。
「ブラボー!!!」
突然、横にいたスパングル大臣が大声を上げながら立ち上がった。
なんなんだ?このジイさん。
その声を皮切りに、会場から割れんばかりの歓声が上がる。
ミスティローザはそんな歓声に笑顔で応えると、最後にあたしに向かって投げキッスをよこしてきた。
「むほっ!!」
自分にしてもらったと勘違いしたスパングル大臣が、なんか変な声を上げていた。
あーもう、どっかいってくんないかな、この人。
「いやー、素晴らしい歌とダンスでしたな!わたしは30年くらい若返った感じですぞ!」
ミスティローザが退場したあと、嬉しそうにしながらスパングル大臣があたしに話しかけてきた。
めんどくさくなったあたしは、横にいるクルード王に助けを求めようと視線を向ける。
…するとそこには、ポカーンと口を開けたままの、なさけない父親の姿があった。
…ほんっとにこの国、ろくな奴がいないや。
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「ふーっ!やったわ…」
控室に戻ってきたミスティローザは、満足げな吐息を吐き出す。
全身から吹き出る汗をタオルで拭うと、倒れこむようにそばにあった椅子に腰掛けた。
やり遂げた…
これ以上ない、最高の踊りと歌だった。
ミスティローザは先ほどのカレン王子の様子を思い出していた。
食い入るように自分を見つめていたカレン王子…
そう、私のダンスでなびかない男がいるわけないわっ!
自分自身にそう言い聞かせながらも、ミスティローザは嫌な気分を払拭することができなかった。
それもこれも…今朝自分宛に届けられた一通の手紙のせいだった。
「…忌々しい!」
ミスティローザは机の上に置いていた手紙を手に取ると、もう一度目を通した。
…その手紙には、こう書かれていた。
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親愛なるミスティローザ殿。
あなたからの勝負、受けて立ちます。
もし私が勝ったら、二度とカレン王子のそばには近寄らないように。
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そして、差出人にはこんな名前が書いてあった。
…『アフロディアーナ』と。




