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24.宣戦布告!

 

「あなたが…エリスさんかしら?」


 背後から突然声をかけられて、エリスは驚いて声を上げそうになった。

 慌てて振り返ると、そこには…肌の露出も露わな一人の美女が立っていた。


「えっ…ミスティローザさん?なんでこんなところに…」

「私のことはご存知でしたのね?貴女のような人に覚えて頂いてたなんて、とっても光栄ですわ」



 初めて会うにもかかわらず、妙に刺々しい。有名人が自分の名前を知ってくれていたことよりも、その態度の方が気になって…エリスは思わず身を引いてしまう。


「あの…私に何かご用でしょうか?それに、どうして私の名前を…」

「はっ、ご用?この私があなたみたいな平民凡人に用があるわけないじゃない!」


 とつぜん激しい口調でなじられ、驚いたエリスは無意識に首を竦めてしまう。


 なにこの人…なんで怒ってるのだろう。

 そんなふうに戸惑っているエリスを無視して、ミスティローザの暴言は続いた。


「こんな…田舎臭い娘の何処が良いのか、私にはさっぱりわからないわ。

 だいたいあなた、ろくに化粧もしてないじゃない。そんな無防備な状態の素顔を世間に晒して、あなたは恥ずかしくないの?」

「あっ…」


 ミスティローザのような美女にそんなことを指摘されて、エリスは急に恥ずかしくなって…慌ててサッと顔を隠した。


「今頃隠したって遅いわ。あなたはその…大して見るべきところもない平凡な顔を、恥じらいもなく世間に晒しているんだって事実をもっと自覚すべきね」



 その一言に、エリスの動きが止まった。目ざとくその様子に気付いたミスティローザが、ここで一気にまくしたててくる。

 それは…かつて若手の有望株を失意のどん底に叩き落とした、彼女ミスティローザの闇の素顔だった。



「あら…反応するってことは、ちゃんと自覚してたってことかしら?

 その割には、化粧もせずにフラフラしてるなんて、あまりにもお粗末じゃない?

 …あなたはもっと自覚すべきね。貴女がカレン王子に相手してもらえているのは、物珍しさから可愛がられてるだけだってことをね」


 勢いづいたミスティローザは、止まるところを知らない。エリスが抵抗しないのを良い事に、その暴言は勢いを増してゆく。


「良い?あなたが…自分の身の程をきちんと自覚しているなら、カレン王子からちゃんと距離を置きなさい。

 自分の立場ってものを理解した上で、もっと遠慮すべきよ。

 あなたは今はカレン王子に可愛がられてるのかもしれない。だけど…それはあくまで今だけのこと。あなたとカレン王子では、まったく釣り合っていないわ。

 だから、そのことをきちんと自覚して潔く身を引くことね。今ならまだ間に合うわ。

 …カレン王子に、あなたは似つかわしくないのだから」


 そうしてミスティローザは、誇らしげに…彼女が理解する王族としての義務や義理を、懇切丁寧に説明する。

 それでも下を俯いたまま身動き一つしないエリスに、最後のトドメとばかりに言い放った。


「…いい?エリスさんとやら。自分の置かれた立場が分かっていない低脳なあなたでも、これで状態は十分理解できたかしら?

 分かったなら、次にあなたがどんな行動を取るべきか…もう分かってるわね?」


 ミスティローザは引きつった笑みを浮かべると、最後にそれだけを言い残して中庭から立ち去っていったのだった。




 あとには、下を俯いたまま微動だにしないエリスが、ひとり取り残されていた。








 ミスティローザが居なくなったあとも、エリスはしばらくはそこでじっとしていた。だが、しばらくするとゆっくりと動きだし…そのまま何事もなかったかのようにその場を後にした。

 途中、バーニャとすれ違って「あらあら、エリスちゃん?どうしたの?」と声をかけられたものの、まるでそれに気付く様子もなくスタスタと立ち去ってしまったのだった。







 そんなエリスの様子を、最初から最後まで柱の影からじっと見つめる人物が居た。


「エリス……」


 銀色シルバーブロンドの髪に、少しだぶついた女性ものの身軽な衣装を身につけた人物。




 そう。それは、カレンだった。









 --------------------







 時は少しだけ遡る。




 フレイスフィア王国からの親善団の歓迎会が催されている頃。カレンぼくは自室に篭ってのんびりと本を読んでいた。


 先ほどは、ひどい目にあったな…


 いつものように姉さまに出し抜かれて、知らぬ間にサファナの新ブランドのモデルにされてしまったぼくとエリス。だったのだけど…


 そのことについてエリスは「なんだかよくわからない間にモデルデビューしちゃったね」と言ってはにかんでいたのだ。

 そんなエリスを見てたら、ぼくとしても強く反発するわけにはいかなくて…

 結局それ以上ミアねえさまを責めることができなくなり、なんだかうやむやのうちにお開きになってしまったのだった。



 やっぱり、年頃の女の子としては嬉しかったのかな?


 エリスの照れ笑いする表情を思い出しながら、ぼくはそんなことを一人考えていたんだ。






 ごーん、ごーん、ごーん…


 鐘の音が九つ鳴る音を聞いて、ぼくは読んでいた本から目を離した。


 どうやら思ったより時間が経っていたようだった。再び視線を本に戻す。

 だけど、集中力があまり続かなかった。ぼくの心は、本を読みながらも半ばは…勝手にモデルとなってしまったアフロディアーナもうひとりのぼくのことを考えていた。


 自分のもう一人の分身。知らぬ間にモデルデビューしていた存在。

 アフロディアーナは世間にどれくらい認知されてしまったのだろうか…

 不思議と、『写真集事件』の時ほどの衝撃はない。


 明らかにミア姫じぶんだと分からいような映り方だったからなのか。

 あるいは…エリスも一緒に映っていたからなのか。

 その理由が、自分でもよく分からなかった。



「ふーっ、まいったなぁ…」


 結局一度途切れた気持ちが戻ってこなかったので、読んでいた本をテーブルの上に置く。気分転換に部屋のカーテンを少しだけ開けて窓の外を眺めてみた。




 …最初に目に入ったのは、テラスに居る二人の男女だった。

 しかもそのうちの一人は、見覚えのある…


 げっ。ミアねえさまだ。

 しかも、見たこともない女の人と一緒に居るぞ?


 気にはなるけど、嫌な予感しかしない。どうせ関わるとろくなことにならないと思ったので、とりあえず見なかったことにして視線を外した。





 そのまま視線を下に落とすと、今度は中庭に、侍女のバーニャと…なんとエリスの姿を発見した。


 あれ、エリスだ。

 …あんなところで何をしてるんだろう。


 気になったぼくは、気分転換も兼ねて中庭の様子を見に行くことにした。











 中庭に着いた頃には、既にバーニャはいなくなっていて、エリスが一人だけになっているようだった。


 膝を曲げて花を観察しているエリスは、庭の草花を優しい視線で愛でながら自分の世界に入り込んでいるように見受けられる。

 うん、なんだか楽しそうにしてる。そんな彼女になんとなく声がかけづらくて…影に隠れながらエリスの様子を伺っていた。


 それにしても、こうやってコソコソ覗いてるぼくは怪しい人みたいだよ…




 そんなことを考えながらエリスを観察していると、突然どこからともなく一人の女性がエリスのもとにやってきた。


 誰だろう…あ、さっき姉さまとテラスで会ってた女の人だ!

 エリスは『ミスティローザ』って呼んでる。たしか有名な踊り子だか歌い手だか、そんな感じだったかな。

 それにしても、そんな彼女がどうしてこんなところに…?

 それに、なんだかすごく怒ってるみたい。


 気にはなるものの、出ていくわけにも行かなかったので身を隠したまま観察する。

 すると…なんとその女性ミスティローザが、強い口調でエリスに散々ひどいことを言い始めたではないか!


 ええっ!?どういうこと!?

 なんでエリスがあんなふうに言われなきゃならないのっ!?


 その間にも、ミスティローザの暴言の数々を…まるで風雨に耐え忍ぶ細い小枝のように、無抵抗でひたすら耐えているエリス。



 あまりにも理不尽な状況に、ぼくは思わずこの場から飛び出していきそうになった。

 …だけど、今の自分の立場すがたを思い出して躊躇してしまう。


 エリスを助けてあげなきゃ!

 で、でも…さすがに今のぼくが出ていくのはマズい。

 どうしよう…


 そうやってぼくが逡巡していると、ようやく暴言を吐き尽くして満足したのか…歪んだ笑みを浮かべたミスティローザが、捨てゼリフを残して立ち去っていった。






 ようやくエリスが解放されたことに、ぼくはとりあえず安堵した。

 どうやらなんとか収まったようだ。大事にならなかったようで一安心。



 だけど、そんな能天気なぼくの考えは…残されたエリスの姿を見て、一瞬で吹き飛んでいった。


 俯いたまま微動だにしないエリス。

 表情は、髪の毛に隠れてうかがい知ることは出来ない。

 だけど、明らかに…いつものエリスとは様子が異なっていたんだ。


 その姿を見て、ぼくは激しく心が揺さぶられるのを感じた。





 エリスを守れなかったという後悔や、暴言を吐いていたミスティローザへの怒り、動くことができなかった自分の不甲斐なさ、能天気な自分の浅はかさ…その他、よくわからない感情が全て混ぜこぜになった感じ。胸を締め付けられるような強い息苦しさ。

 そんなものが、一気にぼくの心の中に押し寄せて来る。


 どうしよう…


 ぼくは声を掛けることすら出来ず、その場に立ち尽くしていたんだ。






 やがてエリスは表情を隠したまま、ゆっくりと歩き出していった。


「あっ…」


 慌てて追いかけようとするものの、向こうからやってくるバーニャの姿を認めてすぐにまた身を隠してしまう。なにやってるんだ、ぼくは。


 だけどエリスは…そんなバーニャの呼びかける声に反応することなく、そのまま通り過ぎていってしまったんだ。



 こうして…完全に出るタイミングを失ってしまったぼくは、そのままエリスを見失ってしまったのだった。









 そのあとぼくは、城内を他の人に見つからないように探して回った。だけど、簡単にエリスを見つけることが出来なかった。



「はぁ…エリス、どこにいったんだろう」


 ため息混じりに一旦双子専用リビングルームに戻ってくると、いつの間にか懇親会から戻って来たミアねえさまが居た。

 テーブルにべったりとへばりついて、なんだかぐったりとしている。


「あれ…姉さま、戻ってたんだ」

「ん?あー、戻ったよう。疲れたよう…」

「(なんか疲れてるな…どうしたんだろう…?)ところで姉さま、エリスを見なかった?」

「エリスぅ?いやぁ、見てないけど…」


 どうやら姉さまは、まったく使い物にならなそうだ。

 時間が惜しかったぼくが部屋を出て行こうとすると、ちょっとだけ息を吹き返した姉さまに呼び止められた。


「あ、カレン待って」

「……なに?ぼく急いでるんだけど」

「あのさ。もしエリスを捕まえたらさ、ミスティローザに気をつけるように伝えておいて欲しいんだ」

「…えっ?それは…どういうこと?」



 ここでぼくは、カレン王子に扮したミアねえさまとミスティローザの間にあった出来事について初めて認識した。


 サファナの店での宣戦布告。

 王子に扮したミアねえさまへのアプローチ。

 それに対する…姉さまの最低な対応。



 同時にぼくは、なぜミスティローザがエリスに対してあのような態度を取ったのかという理由について、おぼろげながら理解することができた。



 …というか、すべての元凶は姉さまにだったのかあぁぁあぁ!!



「姉さまのバカッ!!もう少し他の人のことを考えて行動してよねっ!!」

「へっ?ちょっとカレン、それはどういう…」


 ぼくは姉さまが言い終わる前に、思いっきり扉を叩きつけるように閉めて部屋を飛び出していったんだ。


 まったく、姉さまには困ったものだ…

 それよりも、だいたいの事情はわかった。エリスのこと、急いで探さなきゃ。








 あっちこっち探し続けたぼくは、ようやくある場所でエリスの姿を見つけた。

 そこは、『白鳥城』の一番上にある…『展望台』と呼ばれている見晴らしの良いバルコニーだった。



 だけどエリスは、やっと見つけられたという安堵も吹き飛びそうになるような暗い雰囲気を抱えていた。

 とはいえ、もう黙って見ているだけというのは嫌だった。勇気を振り絞って…ぼくはエリスに声を掛けたんだ。



「…エリス?」

「…えっ?カレン?どうしてこんなところに…」



 そう言って驚くエリスの表情は…予想に反して普通だった。

 だけど、短い期間ではあるけれども一緒の時間を過ごして来たぼくには…それが普通の状態ではないことがすぐにわかった。

 普段のエリスであれば、もっと豊かな表情を浮かべている。

 それが今は、まるで面が張り付いているかのような…造られた表情を浮かべていたんだ。

 そんな表情を見るだけで、ぼくは胸を締め付けられるような気持ちになった。


「エリスのこと、探してたんだ…」

「私のことを?あ、もしかして懇親会パーティの途中で抜け出しちゃったからですか?すいません、私…」

「いや、そうじゃなくて…。さっきぼく、中庭に居たんだ」

「えっ?」


 エリスは驚いたあと…少し寂しげな笑顔を見せた。

 それは、なんだか隠していた秘密を知られたときのような笑顔だった。


「そっか、さっきの見られちゃったんですね」

「うん…ごめんね、あのときすぐに助けに行けなくて。ぼくが…もう少し勇気があれば…」

「ううん、いいんです。気にしないでください。あそこでもしカレンが出て来てたら、もっといろいろとややこしいことになってたと思いますから」


 それからぼくは、姉さまから聞いた裏事情について、かいつまんで説明した。

 一通り聞いたエリスは「そんなことだと思っていました」と苦笑いを浮かべる。


 そしてエリスはふぅっと一息つくと、改めてぼくの顔を見て、口を開いたんだ。


「それに…私のことなら大丈夫ですよ。なにも気にしてませんから」


「えっ…でも…」



 やめて…

 そんな表情を浮かべながら、淋しいことを言わないで。


「それに、あの人が言ったことは事実ですし、ね。

 私は…美人ってわけでもないし、ファッションとかのセンスが良いってわけでもないし、お化粧が上手なわけでもないし…。自分で言うのもなんですけど、かわいくないし…なにより女の子らしくないですから」




 その表情と、その言葉を聞いた瞬間。

 ぼくの中で、なにかが弾けた。

 そして、気がつくとぼくは…大きな声でこう口にしていたんだ。


「そんなことないっ!!」

「っ!?」


 驚いた表情を浮かべるエリスに、ぼくはまた一気にまくし立てた。


「ぜっったい…誰が見てもエリスは女の子らしいよ!

 それは、ぼくが保証するっ!

 なにより…ぼくからしたら、エリスはすごく可愛いよ!

 だからもう…そんなことは言わないで。お願い…」

「カレン…」


 それと同時に、ぼくは心の中にふつふつと湧き上がる感情があった。

 それは、こんなにもエリスを傷つけてしまうほどの暴言を吐いたミスティローザに対しての『怒り』だった。



「許せない…」

「えっ?」

「ミスティローザのこと、許せない…」

「えっ、ちょっとカレン…そんなこと…」

「エリス!」

「はいっ!?」


 ぼくは胸を張ってエリスの方を見た。

 もう…ぼくは隠れてこそこそとしたりしない!


「ぼくに、任せてもらえないかな?」

「…えーっと、なにをですか?」


 ぼくはふふふっと笑うと、声高らかに宣言したんだ。


「ぼくがエリスに代わって…仇をとってみせる!」



「えええっ!?」と驚くエリスの声も、もはや今のぼくの耳には届いてこなかった。





 …待ってろよ、ミスティローザ!

 どんな理由があれ、ぼくの…大切なともだちを、傷つけたやつを…



 ぼくは、絶対に許さないっ!!







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