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22.アナザーサイト 〜ミスティローザの場合〜

 

 フレイスフィア王国の親善団は、その日十数名の集団でハインツ公国の首都ハイデンブルグにやってきた。

 沿道には、彼らの到着を今か今かと待ちわびているたくさんの民衆で溢れている。

 彼らのお目当ては…なんといっても『歌姫』ミスティローザだった。





 フレイスフィアの『歌姫』ミスティローザ。

 セクシーなダンスと、それに合わせた情熱的な歌で、高い人気を誇る芸能人タレントだ。


 彼女が芸能界の表舞台に出てきたのは13歳のときだ。

 フレイスフィア王国で毎年夏の風物詩となっている『大夏祭』。

 そこで開催される『スフィアクイーンコンテスト』に、史上最年少で優勝したのが彼女だったのだ。

 その…13歳とは思えない色気のあるダンスと、何より他の参加者を圧倒する歌唱力で、彼女はその栄冠を手に入れた。


 それからの彼女は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

 数々の国で歌唱賞を獲得し、若い女の子で彼女のファンでない娘はいないくらいであった。

 セクシーな衣装もティーンズたちの憧れとなり、多くの少女たちが真似して、それがあまりに過激だったので社会問題になったことさえあった。


 …そんな彼女も最近では他の若手に押され気味で、残念なことに人気も落ち着いてきてしまってはいるものの、それでもまだまだ若者のカリスマとしてその存在感は大きかった。




 ミスティローザを乗せたが馬車が『マリアージュ通り』に到着すると、沿道からワッと歓声が上がった。

 そんな観衆に笑顔で手を振るミスティローザ。

 まるで水着のようなヘソ出しタンクトップに超ミニのスカートという組み合わせは、沿道にいる男性陣のハートをしっかり掴んだようだ。

 沿道から桃色の歓声が上がる。


 だが、当の本人はというと…



 ふん、つまならい男たち。


 熱狂する観衆を見ながら、ミスティローザは心の中でそう毒を吐いていた。









 ミスティローザは、本名をロディアンヌ=サマンサリア=ローゲットといい、フレイスフィア王国でも有力な貴族であるローゲット家の令嬢であった。

 しかし、だからといってチヤホヤされていたわけではなく、幼い頃から厳しく英才教育を施されていた。

 …『踊り』と『歌』の英才教育を。



 ここで少しフレイスフィア王国の特徴について触れたい。

 この王国はかなり南方に位置する中規模程度の国家で、一年中半袖で過ごすことが可能なくらい温暖な気候に恵まれていた。

 音楽と踊りが非常に盛んなお国柄で、特に…露出度の高い服装で踊る『スフィアダンス』という踊りは、全ての国民が踊ることが出来ると言っても過言ではないほど人気のある踊りだった。

 この『スフィアダンス』は、露出度の高い服装で歌いながら腰をくねらせて踊る…というもので、フレイスフィア王家まで含めたあらゆる国民が、この踊りを習得し熟練度を競い合っていた。



 そんなわけで、ロディアンヌ…のちのミスティローザも、御多分に洩れずこの『スフィアダンス』を習得することになるのだが、彼女の場合はその過程がさらに特殊だった。

 彼女の家系…ローゲット家は、『スフィアダンスの生みの親』として有名な貴族の末えいであったのだ。

 そのため娘であるロディアンヌは、幼い頃から『スフィアダンス』と『ダンスに合わせて歌う歌』について、かなりの英才教育を施されていたのだった。


 その甲斐あってか…幸いにも才能に恵まれていた彼女は、幼い頃からめきめきと頭角を現すこととなる。



 そして、13歳以上で応募することができる国民的なイベント…『第83回スフィアクイーンコンテスト』に、最年少で挑むこととなったのだった。



 幼い頃から歌と踊りを徹底的に鍛え上げられた彼女は、見事周囲の期待に応えて優勝した。

 その後、発表した楽曲や彼女の踊る『ミスティダンス』…『スフィアダンス』にオリジナルの要素を加えたセクシーなダンスで、一世を風靡することとなる。




 そのようにして一躍有名人となった彼女ではあるが、ミスティローザ自身はこの地位にいることに甘えてはいなかった。

 自分がこの場所に居られるのは、幼い頃からのたゆまぬ努力の賜物であると理解していたし、調子に乗って努力をすることをやめてしまえば自分はすぐに忘れ去られてしまうような存在であることをきちんと自覚していたのだ。

 そのため、彼女はこれまで仕事中心のストイックな生活を過ごして来たし、その分仕事にかける情熱もプライドも非常に高かった。


 たとえば以前、何かの舞台であった出来事であるが…

 うまく歌えなかった若い歌手を、ミスティローザがその場でひどく叱り飛ばした上に、そのまま降板させたことがあった。

 彼女としては、プロとして舞台に上がって来ている以上そのようなミスは許されないと考えていたし、そもそもそんな甘い考えの者が舞台に上がってくること自体が許せなかったのだ。



 そんなミスティローザではあったが、最近では次々と現れる新しい才能タレントの持ち主たちに押されて、若干落ち目になって来つつあることも自覚していた。

 だから、そんな状況もあったので…昨日は『サファナスタイル』に乗り込んだのだった。


 一つには、素人モデルに厳しく当たるため。もっとも『アフロディアーナ』に対してはそんなスキなどなかったのだが。

 そしてもう一つの…かつ最大の理由は、出る杭を打つためだった。


 そう、ミスティローザは『アフロディアーナ』の出現に対して、かつてないほどの危機感を感じていたのだ。




 貴族として生まれながら、努力で今の地位を勝ち取り、それに甘んじることなくあらゆる努力を惜しむことなく続ける存在。


 それが、『歌姫』ミスティローザであった。









 まったく、ろくな男がいない。


 ハインツ公国で開かれている自分たちを歓迎する晩餐会に参加していても、ミスティローザはそんなことを考えていた。


 晩餐会はハインツ王家主催の立食パーティー形式だった。

 この国の公王であるクルードの乾杯の挨拶を皮切りに、そこかしこで世間話が開始される。


 自分に話しかけてくる男性はたくさんいたものの、そのすべてが刺激もなくつまらなかった。

 感じられるのは、ただの下心だけ。

 そんなもの、彼女は求めていなかった。

 正直、つまらなくて飽き飽きだった。


 まったく、どこに行ってもそう。

 少しはマシな男はいないのかしら…



 そんな中、唯一興味を引いた男性は、クルード王だった。

 彼が若かった頃は相当の美男子だったであろう。それでも…壮年の男性特有の渋さと、苦労を経験したものだけが身につける奥深さが非常に魅力的だった。

 そこいらの男性俳優よりよっぽど素敵なくらいだ。少し頭髪が薄くなった頭ですら魅力に感じてしまう。


「今回はわざわざ遠いところまで来てくれてありがとう、ミスティローザ。心から歓迎するよ」

「こちらこそ素晴らしい歓迎をありがとうございますわ、クルード王」


 そう答えた気持ちも、半分は本当だった。







 晩餐会も半ばに差し掛かって来た頃、急に会場がザワザワと騒ついてきた。


 何事かしら…


 目の前の代わり映えのしない男に飽き飽きしていたミスティローザが、そう思って騒ぎの中心のほうに意識を向ける。どうやら誰かが遅れて登場したようだった。


 来賓ゲストである私たちよりも遅れて来るなんて、何様かしら?


 半ば冷めた気持ちでその人物のほうに視線を向ける。



 次の瞬間。

 私は全身を稲妻に貫かれたかのような衝撃を受けて、固まってしまった。



 私の視線の先、そこには…


 目が覚めるような、とんでもない美少年がいた。







 彼の姿を見た瞬間…

 今までどんな男性の前でも変化することがなかった私の心が…大きく動くのを感じた。


 まるで絵画から飛び出して来たかのような、その整った顔立ち。

 周りを囲む人たちに応じながら、時折見せる鋭いまなざし。

 ふとした拍子に見せる、輝くような笑顔…

 そしてなにより、他の男性には感じられない…中性的な雰囲気。

 銀色シルバーブロンドの髪が照明の灯りに揺れ、幻想的な雰囲気を醸し出すのに一役買っている。



 私は、知らないうちに彼に釘付けになっている自分に気付いた。


 何だろう…今までに感じたことのないこの感覚は。

 今まで見てきた男たちとは、明らかに異なるその存在感。

 …私の心をかき乱すあの男性は、一体だれなの?




「おお、やっとカレン王子のおでましか」


 私の隣にいた、誰かわからない男がそう呟いた。


 あぁ、そうなのか。

 彼が…カレン王子なのか。


 彼の名前を知ることが出来て、私はこの瞬間だけ隣にいる名前も知らないつまらない男に感謝した。




 ハインツ公国のカレン王子。

 私は当然、彼の存在を知っていた。


 1年前に発売された写真集『ハインツの太陽と月』で、一躍世間の認知度が上がった双子の王子と姫。

 写真集がチャリティだったこと、また彼らが王族であったことから、自分のライバルとはなり得ないと判断して深くは調べていなかった。

 だが、そのカレン王子が、こんなにも美少年だったとは…

 しかも年下であるというのに…不思議と妙に心が惹きつけられてしまう。


 気がつくと私は…横にいた男を放置して、カレン王子に向かって歩みを進めていたのだった。






「お楽しみのところ失礼。ご挨拶させていただいてよろしいでしょうか」


 私が強引に話に割り込んで行くと、彼の周りを取り囲んでいた人たちがサッと身を引いていった。どうやら私に気を遣ってくれたようだ。このときばかりはこんな気遣いに感謝する。

 おかげで私は、凛々しい顔で微笑んでいるカレン王子に…真正面から向き合うことが出来た。

 ただそれだけのことで、胸の高鳴りを感じる。


「お初にお目にかかります、カレンフィールド王子。私が今回フレイスフィア王国の親善大使を務めさせていただいておりますミスティローザです」

「おお、貴女がミスティローザ殿でしたか…遠路はるばる我がハインツへようこそ。この国の王子のカレンフィールドです。お気軽にカレン、とお呼びください」


 屈託のない笑顔で返事を返してくる彼に、私は身体中の血が沸き立つのを覚えた。

 彼の視線には、他の男のような『いやらしや』をまったく感じない。むしろもっと見つめてほしいとさえ思った。

 どういうことだろう…なぜそんなにも、私は彼に惹かれているのだろうか。


 そんな私の気持ちに気づきもしない彼は、さらっと社交辞令的な挨拶だけをすると、「すいませんレディ、他に挨拶をしなければならない方もいますので、この場はこれにて失礼します」と言うが早いか、さっさと私から離れていってしまった。




 な、なんということなのっ!?


 私はその事実に、強烈に打ちのめされた。


 これまで私の周りに集まってくる男たちは、誰もが私と親密になることを欲し、夢中で話したがった。

 なのに彼は…まるで私に興味がないかのごとく、すぐに立ち去ってしまったのだ。


 うそ、信じられない…


 私は動揺する自分の心を抑えることができなかった。






 そんなおり、音楽隊が現れてショーの準備を開始し始めたのが目に入った。


 これよ!これがチャンスだわ!


 そう感じた私は、すぐに彼らに話をつけ、最初に私のダンスに合わせて演奏してもらうようにした。

 彼らの準備が終わると、鋭いシンバルの音が会場に鳴り響く。


 人々の視線が音楽隊に集まったとき、私はゆっくりとその正面に進み出た。

 そして、私の合図を皮切りに演奏が開始される。

 それとともに、私は一気に…かつては一斉を風靡した『ミスティダンス』を踊り始めたのだった。



 …フレイスフィアのダンスは情熱的な愛の踊りだ。

 熱く照らしつける太陽のように…焦げつく思いを相手にぶつける。


 私は今まで…このダンスを踊る際に、特定の誰かをイメージすることはなかった。

 だけど、今は違う。

 興味あるそぶりすら見せなかったカレンを、私はどうにかして振り向かせたいと思ったのだ。

 …こんなに情熱的に踊ったのは、もしかすると最初の『スフィアクイーンコンテスト』の時以来かもしれない。


 あぁ、私の先祖はこんな気持ちで恋する人に『スフィアダンス』を踊ったのね…


 私はこのとき初めて、『スフィアダンス』を真の目的のために踊ったのだ。

 …たった一人の男性を、自分に振り向かせるために。




 …踊り終わった時、周りから一気に拍手喝采を浴びた。

 私は歓声に応えて軽く汗を拭いながらも、視線は彼を追いかけていた。


 どこにいるの…?

 あ、いたっ!

 …彼は私を見つめてくれているだろうか。

 私のダンスに、釘付けになってくれたであろうか…


 私の胸が高鳴っていく。




 しかし、私の視界に映った彼は…

 こちらをまったく見ることなく、バイキング形式の食事に夢中になっていた。



 がーん!!


 …私は、ショックのあまりその場に倒れそうになってしまった。











 その後、ゆるやかなオーケストラの音楽が流れ始め、ダンスタイムとなった。


 …今度こそチャンスだわ!


 私はカレンの周りを取り囲んでいる…並み居る他の女どもを押しのけ、カレン王子にダンスを申し込んだ。


「両国の友好のためにも、ぜひ私とダンスを踊っていただけませんかっ!?」

「ええっ!?は、はい…わかりましたよ」


 私の勢いに負けてタジタジとなっているカレン王子の首が縦に頷く。


 よし!多少強引だけどうまくいったわ!


 私は心の中で小さくガッツポーズをした。




 私はペアで踊るチークダンスが得意だ。これまでも数多くの男性が私のダンスの虜になってきた。

 どうやら私のチークダンスは…男の本能を刺激するらしい。


 この世に下心のない男性はいない。

 だから私は、この手の…特に身体を密着するタイプのチークダンスであれば、相手がどんな男性であっても自分に夢中にさせる自信があったのだ。



 だけど…それでもダメだった。

 カレン王子は私の様々なモーションにも何の反応も返すことなく、むしろたんたんとダンスをこなしていったのだ。



 こんなこと、初めてだった。

 自分の魅力が通じない相手がいることが衝撃だった。

 しかし、それ以上に…私はカレン王子に夢中になっていた。

 まさに一目惚れだった。自分がそんなことになるなんて思いもしなかった。

 だけど、このままでは何も進展せずに終わってしまう…

 そう感じた私は、ダンスの終わり際になると、必死に頼み込んで…なんとか二人だけの時間を作ってもらえるようお願いした。


「カレン王子…このあと私と二人っきりになることはできませんか?貴方に大事な話があるのです」

「えっ?大事な話ですか?しかし…」

「これは、両国の友好に関係することなのです!」

「ええっ!?…だったら私のお父様に話してもらえませんか?そうすれば…」

「いいえ、カレン王子でないとお話しできない内容なのです!ですから…お願いします」

「そ、そうですか…わかりました。それであれば、のちほど…鐘が九つ鳴ったときに、この建物の上にあるテラスに来ていただけますか」


 多少強引にではあるが、私は無理やり話をでっち上げて、何とかカレン王子と二人きりになる時間を確保することが出来たのだった。




 …こんなにも強引に物事を進めたのは、生まれて初めてだった。

 それができるのも、恋の力なのだろうか。


 そんなことを考えながら、私は来客用のパウダールームで化粧直しをしていた。

 鏡に映る自分に、何度も何度も同じことを言い聞かせる。


 …私は、やればできる女。

 そうやって、これまでも欲しいものは手に入れてきたではないか。

 今回も、全力を尽くすのよっ!



 そのとき、カレン王子と約束した時間を知らせる九つの鐘が鳴り響いた。


 よし、行くわ。

 私の…戦場へ!


 私は気合を一つ入れると、上の方にあるテラスへと向かって歩きだしていったのだった。






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