19.魔法と検証
ここから新章突入になります!
例の『マリアージュの女神』事件から数日が経過していた。
その後、ブライアント側からのアクションも特になく、自分を見失っていたカレンもようやく事件のショックから立ち直ってきつつあった。
ハインツは再び、平和な日々を取り戻そうとしていた。
そんなある日の午前中の…これは出来事。
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「じゃあ、今日は『魔法』について勉強しましょうね!」
エリスの言葉に、ミアは「はーい」と元気良く返事を返した。
ぼくもにこやかに返事を返す。
今日はエリスの2回目の授業だった。
ただ、1回目の授業はぼくたちにかけられた『禁呪』の調査に費やされてしまったので、実質今回が初回の授業となる。
少し眠そうな目を擦りながら、エリスが手に持つカンペらしきものに目を通した。
…おそらく睡眠時間を削って今日の授業内容を考えてきたのだろう。
「…それじゃあ早速、二人に質問でーす!
魔法使いといえば、どんなものを連想しますか?」
「んー…やっぱあれだよね、大爆発ボーンってやつだよね!」
嬉しそうにきっぱりと言い切るミア。
…なんというか、発想が完全に男の子だと思う。
「そ、そうね。それもあるかもね。
じゃ、じゃあ…カレンは?」
「んー、そうだね。身近なところだとやっぱり…冷蔵庫や照明器具、カメラや空気清涼機とかの『魔道具』を造る人って感じかなぁ?」
うん!それそれ!
といった感じで、エリスが嬉しそうにぶんぶん首を振って頷いた。
どうやらエリスの気持ちを察した模範解答ができたようだ。
ぼくは自分の導き出した答えに満足する。
それにしても…なんというか、エリスは可愛らしいなぁ。
「そうですね!
魔法使いといえば、そういった『魔道具』を造る人達を指すことが多いですね。
あとは…それらの『魔道具』に自らの『魔力』を注入したり、とかですね」
「えー、じゃあ大爆発ボーンは?」
「うーん…ミアはそれが好きですねぇ。
実は魔法使いのほとんどは…御伽噺に出てくるような派手な存在ではないのですよ。
だから、普通の魔法使いでは、そういった大規模な魔法を使うことは難しいですね。
なにより『魔力』が足りないです」
「それじゃあ、『魔力』ってなんなの?」
「姉さま…『魔力』とは、生き物の中に在るエネルギーみたいなものだよ」
姉さまの相手をさせられてさすがに可哀想だったので、ぼくは追加でさらっと模範解答をしてみた。
…そしたら、エリスはまるでぼくのことを神様でも見るかのような目で見つめてきた。
うーん、なんだかなぁ。
「そう、カレンの言うとおりですね!
なので、『魔力』は使えば…疲れたりお腹が減ったりします。
また、魔法の力は『込められる魔力の量』と『使われる触媒』に左右されるので、普通に魔力を込めただけでは火の玉ですら出来ないのです。
実際に火の玉を作るためには、『触媒』として可燃性のもの…例えば油が染み込んだ布切れと火打ち石なんかが必要になります。
逆に言えば、普通の魔法使いは…『触媒』によって引き起こされる現象を拡大させる程度の魔力しか無いのですよ。
ただし…例外はあるのですけどね」
「わかった!『天使』でしょ?」
嬉しそうに答えるミアに、エリスは「正解っ!」と指差しながらウインクした。
「そう、『天使』というのが…たぶんミアが想像しているような『魔法使い』の力を持った存在になります。
『天使』になると、魔力の量が爆発的に増えるのです」
「へぇー。どうやったら天使になれるの?ってか、エリスはどうやってなったの?」
「ちょっと、姉さま!込み入ったことまで聞きすぎだよ」
ミアが目をランランとさせながらエリスに畳み掛けるように問いかけるので、ぼくは思わず咎めたんだ。
だけどエリスは「ううん、いいよ」とほんの少しだけ困ったような表情を浮かべながら、首を横に振った。
「…そうだよね、聞きたいよね。
本当はあまり教えてはいけないんだけど、二人にならしょうがないかな」
エリスはごそごそと胸元に手を入れると、首から提げていた…古びた鍵がついたネックレスを取り出した。
「魔法使いが『天使』になるには、『天使の器』と呼ばれる特別な魔道具に出会う必要があります。
私はこの『ラピュラスの魔鍵』という『天使の器』に出会うことで、『天使』になることが出来たんです」
「へー、そんな鍵を手に入れるだけで『天使』になれるの?」
「それがね、どんな『天使の器』でも良いというわけではないみたいなの。
その人にあった『天使の器』を手に入れないと、『天使』になることはできない。
だから、魔法使いの人達は人生をかけて『天使の器』を探すのだそうよ」
エリスは首から提げていた『ラピュラスの魔鍵』を取り外すと、興味津々な顔で見ていた姉さまに渡してあげた。
姉さまはおっかなびっくりといった感じで受け取ったものの、それでなにかが起こるわけではなかった。
「ふーん、なんかただの『鍵』みたいだね」
「あはは、そうだよね。実は私もこの『ラピュラスの魔鍵』を初めて見たとき、同じふうに思ったんだ」
ぼくは姉さまから手渡された鍵を手にとって眺めてみた。
二人が言う通り、正直ただの鍵のようにしか見えなかった。
「あと、『天使』になると、理論では説明できないような特別な魔法…『天使の歌』を歌えるようになります」
「あー、知ってる知ってる!
ヴァーミリアンはなんかとんでもない『歌』を歌えるらしいよ。
ただ、その歌を聴いた人は生きて帰れないらしいけど…」
「…えっ !?」
その話に、エリスはギョッとしたようだった。
実はぼくも同じようなことをクルード王から聞いたことがあった。
それ以来、なんとなくお母様の魔法については…ハインツにおいて禁句になってしまったのだった。
冷えてしまった場の空気を気にして、ぼくは話題をそらすために…違うことを聞いてみることにした。
「それじゃあ、エリスもなにか固有の『天使の歌」を持ってるの?」
「それが…実は私はまだ自分の歌を見つけてないの。
普通は自然と心に浮かんでくるらしいんだけど…
いつかその日が来るように、実は毎日魔力の基礎トレーニングをやってるんです」
「そっか、エリスも大変なんだね。
…ところで、あたしたちも天使になれるのかな?」
突然の姉さまの問いかけに戸惑うエリス。
…それはそうだろう。
普通はそんなこと聞かれても困るだけだ。
「ど、どうでしょうねぇ。
ふたりはヴァーミリアン様のお子さんだから、きっと素質はあると思うんだけど…
こればっかりは『魔力』と『天使の器』との出会い次第だからね」
「そういえばさ、そもそもあたしらって『魔力』あるの?」
そう聞かれて、エリスは「あ、それはそうね」と呟きながら、ぼくたちふたりに向かって手を差し伸べた。
そして、ボソボソとなにか小さな言葉でつぶやく。
次の瞬間、僕たちの身体を柔らかい光が包み込む。
「あ、あれ?」
ふいにエリスがすっとんきょうな声を上げた。
首をひねりながら、もう一度丹念にぼくたちの身体に手をかざす。
もう一度…柔らかい光がぼくたちを包み込むが、結果はどうやら変わらなかったようだ。
「どうしてだろう…」
「ん?エリスどったの?」
エリスは首をひねりながら、その理由を教えてくれた。
「実は…あなたたち二人から『魔力』を感じないの」
「えっ?」
「うそっ?」
驚くぼくたち二人に、申し訳なさそうな顔をしながらエリスが仮説を披露してくれる。
「たぶん…二人にかけられているヴァーミリアン様の『禁呪』のせいじゃないかと思うんだけど…今度ゆっくり調べてみますね。ごめんなさい」
「まぁ、エリスのせいじゃないしね。
そもそも別にあたしは魔力なんて無くっても困りゃしないけどさ」
そんな…姉さまの意味のわからないフォローで、午前中の授業は終わりを告げたのだった。
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その日の午後。
ぼくとエリスは午前に引き続き、魔法に関する授業の補講をすることになった。
…ちなみに姉さまは授業にもう飽きていたので、ベアトリスと一緒にサファナのお店に遊びに行ってしまった。
実は今日の補講のテーマは決まっていた。
それは…「お母様にかけられた『禁呪』の限界がどこにあるのかを確認すること」だった。
そう…ぼくは『男らしくすること』をまだ諦めていなかったのだ。
なにせ…ヴァーミリアンは、超一流の魔法使いである『天使』なのだ。
そんな彼女がかけた魔法…しかも『禁呪』が、そう簡単に解けるとは思えない。
であれば、無駄な足掻きをするよりも、まずはどこまでギリギリ『男らしくできるのか』を、エリス監修の元で試してみることにしたのだ。
そして、その日の午後一杯をかけて検証を行った。
…一体ぼくは何回失神しただろうか。
思い出すだけでしんどい。
さて、その結果とりあえず見極められているのは以下のような感じだ。
<『禁呪』が発動しないもの(=失神しない)>
-自分のことを『ぼく』と言う
-軽く怒る
<『禁呪』が発動するもの(=失神する)>
-自分のことを『俺』『わし』などと言う
-スカート以外を履く
-荒々しい行動を取る(全力で走る、飛び跳ねる等)
-肌の露出が多い服を着て見知らぬ人の前に出る
-ガニ股で歩く
-人前であくびをしようとする
-人や物に暴力をふるおうとする
…正直、絶望的だった。
これじゃ、まるっきりお上品な女の子じゃないかーっ!!
この結果に、ぼくは愕然としてその場に崩れ落ちたのだった。
もしこれが姉さまにかかってたら、マダム=マドーラなんかは大喜びだったろうなぁ。
「カレン、元気を出してね…」
しばらくして、エリスがぼくに慰めの言葉をかけてきた。
しかし、相当凹んでいたぼくはまともな返事を返すことができなかった。
「ぼくは…もうだめだ。
女の子にしか見えない、ただの情けない中途半端な存在なんだよ…
男らしくするなんて、夢物語でしかなかったんだ…」
「あは、あはははは…」
エリスが苦笑いしているのを横目に、ぼくはさらに愚痴をぶつぶつと呟いた。
我ながら女々しいとは思うけれど、このときはやめられなかったんだ。
「大衆の前で女装姿を披露することになっちゃうし、すぐに気絶しちゃうし、男にはナンパされるし…
ぼくはもう、まともな生活を送ることすらできないんだ。
ぼくは…あのときベアトリスに言われたとおり、情けないやつなんだ…」
「えっ…?ベアトリスさんが…?」
事情を知らないエリスに、ぼくは先日あった出来事について説明した。
ナンパ男とミアがテラスで対峙しているとき、ベアトリスがぼくを呼びに来たこと。
そのときベアトリスがぼくに対して「ミア様があなたのために戦っているというのに、あなたはこんな所で引きこもっているのですか?それでも男ですか、情けないっ!」と、容赦無く叩き斬られたこと。
それで渋々部屋から出て来てあの場を覗きに来たことを…
「…エリスから見ても、ぼくは情けないでしょ?」
「そんなこと、ぜんっせん無いですよ」
自暴自棄になって愚痴を吐き出すぼくに、エリスは優しく微笑みながら即答してくれた。
「むしろ、このような過酷な条件でよく頑張ってると思いますよ。
だから…そんなの気にしないでください」
力強くぼくを励ますエリスに、ぼくはなんだか泣きそうな気持ちになる。
…いけないいけない、ここはぐっとこらえなきゃ。
「あと、その…こう言ったらなんですけど、女装を受け入れるというのはどうなんですか?」
「えっ?」
続けて語られたエリスの予想外の申し出に、ぼくは戸惑ってしまった。
それは…ぼくが今まで考えたこともない発想だった。
「でも…女の人の格好をするのはちょっと恥ずかしいし…
それに、エリスだって変だと思うでしょう?」
「そんなこと…ないですよ?」
少し困った表情を浮かべながら、エリスが首を横に振った。
エリスの紅茶色の髪の毛が、ゆっくりと左右に揺れた。
そしてエリスは…自分の言葉を確かめるかのように、再び同じことを繰り返した。
「私は別に変だと思わないですよ。
あ、それは似合ってるって意味じゃなくて…カレンが仕方なくその格好をしていることは理解していますからね。
男らしいとか女らしいとかあるかもしれないけれど、無理に型にはまることはないと思うんです。
カレンにはカレンらしさがあるというか…
なんというか、たとえ『禁呪』のせいで女性の格好をしていたとしても、私にとってはカレンはカレンですから、ね」
エリスのその言葉は、ぼくにとっては目からウロコだった。
…たしかにこれまで自分の女装を認めてくれる人はいた。
姉さまやサファナなど…でもあの人たちは「女装したぼくを女として見て楽しんで」いたのだ。
だけど、エリスは違う。
ぼくを男として、かつ女性の服を着ていることを…受け入れているというのだ。
この世に、ぼくのこの変な格好を素直に受け入れてくれる人がいるとは思わなかった。
「ありがとう…エリス。ぼくは…すごく嬉しいよ」
「ううん、気にしないで。
いろいろ大変だと思うけど、私にできることは手伝うから、その…めげずにがんばってくださいね」
ぼくはこのとき、例の「マリアージュの女神」事件以来ちょっと荒んでいた心が…少しだけ晴れ渡っていくのを感じたんだ。
だけどこんな幸せな時間は…長くは続かなかった。
この先に起こる新たな大事件の前触れ…嵐の前の静けさでしかなかったんだ。




