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18.アナザーサイト 〜エリスの場合〜

 

 エリスわたしがハインツ公国にやってきて、気がついたらもう一週間以上が経過していた。

 いろいろなことがありすぎて、なんだかあっという間に時間が過ぎて行ったように感じる。




 今でこそハインツで家庭教師の真似事みたいなことをさせてもらってるけど、ここに来る前の私は…大国ブリガディア王国にある『アンティーク』という名前の小さな『魔法屋』で、見習い店員をしていたんだ。

 …それより以前のことについては、諸事情があって詳しく話すことができない。


 その理由…すなわち私の過去を話すことは、私の大切な人たちに迷惑がかかってしまう可能性があるからだ。

 私の過去については別に秘密というほどのことではないと思うのだけれども、こればっかりは仕方ない。

 とりあえずは…なにも知らずに平凡な生活を送っていた、ということだけ付け加えておく。


 その平凡な生活を激変させたのが、私の出生の秘密が判明したことだった。

 実は私は、大国ブリガディア王国のジェラード王の隠し子だった…らしい。

 この事実を知っているのは、ハインツではクルード王だけだ。



 で、そのきっかけとなったのが、私が『天使』になったことなんだけど…正直、今の私には宝の持ち腐れだと思う。


 なにせ私は…魔法をあまり使うことが出来ないのだ。

 理由は簡単。私自身が魔法を使えるようになったのと、天使になったのが同時だったので、まだ魔力や魔法の使い方をちゃんと覚えていないからだ。

 まだ『覚醒』して半年も経っていないのだから、こればっかりは仕方ないであろう。





 とはいえ、そんな力を見込まれたのか…

 私はこのハインツに双子の家庭教師として招聘されることになったんだ。


 だけど…弱音を吐くわけではないのだけれど、これがなかなか難しくて…


 …私自身魔法使いになったばかりだというのに、どうやって教えれば良いのだろう?

 もしこれまで泳ぐということを知らなかったあなたが、突然魚になって泳げるようになったとして、それを急に人に教えろといわれたら出来るだろうか?

 はっきり言って、私には厳しい。

 だって、魚はなぜ泳げるのか、自分で理解していないからだ。


 だけど、なんだかんだでハインツの人たちや双子の優しさに甘えながらなんとかやっている感じだ。


 …こんな私が先生なんてしてて良いのかなぁ?



 そんなわけで、毎回授業のたびに何を教えれば良いか悩んでしまうのだ。

 一回目の授業は、ふたりにかかっている『禁呪』の解析をしたんだけど、丸一日調べて…断念した。


 この『禁呪』を解くのは、例えると…切り刻んだ数種類の野菜を何時間もトロトロになるまで煮込んだスープから、元の材料の一つを全て取り出すことよりも大変だったのだ。

 そう説明すると、カレンはがっくりと肩を落として落ち込んでいた。

 …役立たずの先生で、ごめんなさい。






 さて、そんな私の教え子であるカレンとミアは、そっくりな顔とは裏腹に…性格は全く異なっていた。


 

 姉であるミアの方は、とっても活発だ。

 まるで男の子のようだってマダム=マドーラなどは言うけれど、私はそうではないと思う。

 たぶんミアは…自分に素直なだけなんじゃないかなぁ。

 それが、今はたまたまああいう形で出ているだけのような気がする。

 だから…直接本人に聞いたわけではないけど、もし聞いたらたぶん「え?あたしは男の子になったつもりなんてないよ。自分らしくしてるだけ!」って言うんじゃないだろうかと思っている。



 対してカレンの方も、女装が趣味というわけではなく…ちょっと弱気で、人一倍周りに気を使うタイプの、どこにでもいる男の子だと思っている。

 ただ、『女性であらなければならない』ってことのストレスと、これまであった数々の不幸な出来事、さらにはいつも貧乏くじばかり引かされちゃってるせいで…「自分には味方になってくれる人がいない」って感じちゃってるみたい。


 だから、ちょっとだけひねくれちゃってるような気がするんだよね。

 …ミアなんかはああ見えてけっこう弟思いだし、本当はそんなことぜんぜんないと思うんだけどね。


 本人はすごくそのことを気にしているみたいだったので、私は極力…分かり易い形でカレンの『味方』になるようにしているんだ。

 そうすることで…少しでも彼のストレスが和らげばいいなって思ってるんだけどもね。





 そうやって家庭教師をしながら、私は双子といっしょにいろいろな授業も受けている。

 これまで学んでこなかったようなことまで教えてもらえるので、毎日が新鮮だ。




 そんなある日、双子の幼馴染であるサファナさんの授業でカレンがお化粧をすることになった。

 カレンは嫌がっていたけど、私はとっても楽しみだった。

 だって、カレンは…その繊細な雰囲気まで含めて『美少女』だったからだ。


 実は私はこの双子に匹敵する美女をもう一人知っている。

 私の魔法の師匠がそうなのだけれども、彼女はなんというか…ミアとは違う意味で女らしくないというか…分りやすく言うと『がさつ』なので、あまり美女だと感じないのだ。

 だから、たしかにカレンは男の子ではあるけれど、雰囲気が『美少女』だったので、そんなカレンがきちんとお化粧をするのが楽しみだったのだ。

 …本人に言うと、傷ついちゃいそうだけどね。



 事実、出来上がったカレンはとっても綺麗だった。

 しかもお化粧を施した…美人に見慣れているはずのサファナさんですらびっくりしているみたいだった。



 カレンも自分の顔を鏡を見て、言葉を失っている。

 …これで、カレンがなにか新しいものに目ざめちゃったらどうしよう。

 少しだけそんなことを思ってしまったものの、さすがにそんなことはなかったみたい。


 そんなカレンを…うらやましそうに見ていたのがバレてしまったのだろうか、サファナさんが私に「お化粧しないか」と声をかけてきた。

 そんな…とんでもない、とんでもない!

 あんな美女と一緒のお化粧をすると、自分の平凡さが目立ってしまうではないか。

 さすがの私でもそれはちょっと切ないし、自虐趣味もないので勘弁してもらった。

 ふー、あぶないあぶない。

 でもちょっぴり、未練はあったんだけどねっ。




 そのあと、いつものようにミアの強権発動でみんなで外出することになったんだけど…予想通り、カレンが人目を引くことこの上ない。

 カレンは、他人の目が気になるタイプだったので、この状況にものすごく辛そうだった。

 あんまりにも辛そうで少し震えていたので、心配になった私は少しだけ躊躇ったあと…そっとその腕に触れてみたんだ。

 そしたらカレンは私のことを見てハッとすると…なんだかほっこりするような素敵な笑顔を返してくれた。

 …勇気を出して励ましてよかった!





 サファナさんのお店『サファナスタイル』は、とっても素敵なお店だった。

 後で聞いたところの話だと、このお店は一階が商品を売る店舗、2階がデザインを行うアトリエとモデルの写真撮影を行う撮影室があるそうだ。


 ここで私たちはボロネーゼさんに会った。

 彼は世間ではとっても有名な写真家だ。


 最初彼を見たときはその存在感にビックリしたけど、話してみるととっても気さくで良い人だった!

 …でもたぶん道端で会ったら避けてしまいそうだけど…ね。



 っと、そんなことを思ってたらサファナさんから「お化粧して写真を撮ってみない?」って誘われてしまった!

 どうやら写真撮影を渋るカレンへの当てつけでそんな話になったみたいだけど、私にとってはど真ん中ストライクの提案だった。

 だって…マリアージュ通りを歩くカレンはとっても素敵で、たとえ冴えない私であったとしても「私もお化粧して写真を撮ってもらいたい!」って思えたからだ。

 さっきは他人の目が気になったのでお断りしたんだけど、今回は写真撮影なのでその心配はない。

 それに、お化粧自体も私のオリジナルにしてくれるのだそうだ!



 あまりに魅力的な提案に私の心はグラグラしたんだけど、味方と思っていた私が寝返りそうになって…捨てられた子犬みたいな悲しげな表情を浮かべているカレンを見ると、ちょっと裏切れないかなぁと思ってしまった。


 それで、断腸の思いで一旦はお断りしたんだけど、そんな私の気持ちに気付いてくれたカレンが諦めて写真撮影に同意してくれたんだ!


 ありがとう、カレン!

 決して裏切ったわけじゃないからね。

 ただ、ちょっと…私の乙女心がくすぐられただけなのです…ほんとに。




 そんな感じで始まった写真撮影会だったんだけど、ほんっとうに楽しかった!

 ボロネーゼさんがたくさん褒めてくれて、私たちは色々なポーズの写真を撮ったんだ。


 だって、「あーらエリスちゃんったら、ステキねぇ!カレンちゃんやミアちゃんには無い魅力があるワぁ」とか「たしかにあの子らの方が美人だけど、アナタにはアナタの魅力があるワよぉ」とか「あなたの隠された魅力を全部出してっ!」とか言われるんですよ!?

 そりゃもう、こっちも盛り上がっちゃいますよねぇ?


 彼の発する言葉は特別で、被写体を不思議な気分にさせる…まさにプロフェッショナルだった。

 その話術によって、普段は隠されている…その人の魅力を引き出しているような気がするのだ。


 うん、出来上がった写真を見るのが楽しみだ!


 …ただ、カレンだけが少し疲れた表情を浮かべていたんだけど、それは見なかったことにする。





 そんなカレンが、私に一言残して裏口から外の空気を吸いに行ったんだ。

 気になって「一緒に行きましょうか?」って言ったんだけど、断られてしまった。

 たぶん…楽しんでいる私を気遣ってそんなことを言ってくれたのだと思うけど、あの時の私は少し舞い上がっていたので、気付いてあげることができなかったんだ。



 その結果、カレンはなんと「ナンパされる」という…ある意味かわいそうな経験をしてしまったらしい。

 異変を感じたミアが助けていなかったら、もしかしたらカレンはもっと大きなトラウマを抱えることになっていたかもしれなかった。


 …舞い上がっちゃっててごめんなさい、カレン。




 そのあとお城に帰ってクルード王に今日の出来事を報告していると、とんでもない話を聞かされた。

 …なんと、ブリガディア王国の上流貴族であるブライアント=ナルター=タイムスクエアからミアに夕食の誘いが来ているという!


 さすがに今の状態のカレンには食事会なんて無理だろうなぁって考えてたら、クルード王がミアに「誘われているのはお前だぞ」って言っててハッとしてしまった。


 いけないいけない、私まで勘違いしてた…ごめんね、カレン。反省します。




 

 ちなみに…実は私、このブライアントさんとは旧知の仲だ。

 彼は、私の異母弟であるレドリック(親しい人はレッドと呼んでいるし、私もそう呼ぶように…本人から強く言われている)と幼馴染で、一番仲の良い存在だった。

 なので、レッドが…お忍びで私が前に働いていた魔法屋に遊びに来る時には、ほぼ毎回一緒に来ていたのだ。


 そんなブライアントさんは、ものすごく女好きで有名な人だった。

 働いていた魔法屋でも、店主であり私の師匠であり親友のティーナにしょっちゅうモーションをかけてはこっぴどく振られていた。

 あまりのしつこさに嫌気がさしたティーナが切れちゃって、それを察したレッドから厳しく言ってもらうことでなんとか収まったんだけど、それ以降私やティーナの彼への評価は底辺へと下落したのだった。

 レッドからは「ブライは女性関係以外は本当に良いやつなんだ…申し訳ないが許してやってくれないか」と言われたので堪えることにしたのだけれどねっ。

 実際、ティーナは双子に匹敵するくらいの美人さんだったわけだし。





 結局ミアもカレンも抜きで実施された夕食会だったんだけど、最初はうまく行っていたらしい。

 給仕のお手伝いをしていた侍女のプリゲッタさんからの情報を、同じく侍女であるバーニャさんに伝えてもらい、その情報を全部入手していたのだ。

 こういうところでミアは侍女の協力を仰ぎやすいので助かっている。

 …もっとも、バーニャさんを除く二人からは、なにやら熱烈な視線を感じるのだけれどもね。




 無事に食事会が終わって中庭に散歩に行ったと聞いて、私とミアはほっとしたものだった。

 もう大丈夫だろうと思って、ふたりで昼間の写真撮影の話で盛り上がっていた。



 そしたら、血相を変えたクルード王が部屋に飛び込んできた。

 なんでも偶然中庭でカレンを見かけてしまったらしい。

 …どうやら昼間カレンをナンパしていた男の人は、ブライアントさんだったようなのだ。

 なんという偶然!



 ブライアントさんの対応にすごく困っていたようなので、彼と旧知である私が間に入れば収まるかなぁと思って…クルード王に「なんとかしましょうか?」と話したんだけど、どうやらちゃんと伝わらなかったみたい。

 しかもミアに「迷惑かけれないから自分で何とかする」と言われてしまったので、それ以上詳しく話すことができなくなってしまった。



 そして、そのあと…『女装』したミアによるブライアント対応が行われることになった。

 心配した私とクルード王は、柱の影に隠れてこっそり見学していた。

 …いざとなったら飛び出そうと、そう思っていたのだ。


 いつのまにか…ベアトリスさんから今の状況を教わったカレンもこの場に駆けつけて、私たち三人でハラハラドキドキしながら状況を見守っていた。





 ところが、自体は予想外の展開になった。

 なんというか…途中からブライアントが少しかわいそうになってしまった。



 そして最後には、強烈な急所攻撃&捨てゼリフ&二人一緒の状況を見せつける…という凶悪なコンボで、とうとうブライアントさんは失神してしまったのだ。


 あぁ、さすがに少し同情する。






 そのあと、意識を取り戻したブライアントさんがまだ諦めてなさそうなそぶりを見せていたので、ちょっとだけ脅してしまった。

 そしたら…死ぬほどおどろいた表情を浮かべたあと、私の説得に応じて素直に引き下がってくれたんだ。


 正直そのことにはホッとしたんだけど…なんだか私のことをすごく恐れているようで、その点はものすごく心外だった。



 …私のバックに居る異母弟レッドのことを恐れているのだと思いたい。




 今度会ったら、ちゃんと謝っておこうっと!

 もしかしたら、来年の魔法学校で会えるかなっ?




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