17.撃退!!
「しばし待たれよ」というクルード王からの話に従い、中庭で待っていたブライアント。
だが、その様子は…それまでと違ってまったく落ち着きがないものだった。
彼の応対を指示されたプリゲッタなどは、急変したブライアントの様子にただオロオロするだけであった。
どうやらわざわざクルード王が与えたクールタイムも、全く意味がなかったらしい。
と、そのとき。
ようやく『ミア姫』との話が終わったクルード王が中庭に戻ってきた。
待ちきれないブライアントが、あわてて王に駆け寄っていく。
「クルード王!
い、いかがでしたでしょうか!?」
「うむ…本人は違うと言っておる」
「なっ…で、でもっ!」
「…まぁ待て、慌てなさんな。
だからと言って、せっかく遠方からわざわざ来た人の願いを無下にするのはあんまりだと娘が言うてな。
今回特別に…少しだけなら顔を会わせてもよいと、本人が言っておるのだよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ほら、落ち着きなさい。
…何度も言うが、娘はあまり体調がよろしくないから、会わせるのはほんの少しの時間だけになるからな?」
「はい!わかっております!
クルード王…ご好意、本当にありがとうございます!」
恋は盲目…という言葉は聞いたことがあったが、ここまで酷いものをクルード王は見たことがなかった。
しかも『貴族の御曹司』ブライアントといえば、勉学や社交性からその立ち居振る舞いまで…徹底的にあらゆる教育を受けてきた一流貴族の子息なのだ。
それがまぁ、ここまで狂ってしまうとはなぁ…
そんなことを考えながらも、その原因が…自分の双子にあることに気付き、余計うんざりてしまう。
まったく、またストレスで毛が抜けてしまいそうだ。
今日もまた、自らの髪のことを想い…深いため息をつくクルード王であった。
しばらくして、準備が整ったのか…一度引き上げさせていたプリゲッタが、いそいそとクルード王の元に戻ってきた。
彼女の耳打ちを聞いて頷いたクルード王は、振り返るとブライアントにこう伝えた。
「お待たせしたな、娘の準備が整ったようだ。
上にあるテラスで待っているようなので、そこに案内しよう」
その言葉に、ブライアントの表情が……歓喜で爆発した。
…場所は変わり、ここは『白鳥城』の三階にある、中庭を望むテラス。
そこに、1人の女性の姿があった。
わずかに吹き付ける風に真っ白のワンピースを踊らせながら、その女性は後ろを振り返ることなくじっと中庭を見つめている。
クルード王に案内されてこのテラスにやってきたブライアントは、その女性の後ろ姿を見ただけで身震いを覚えた。
なにかこう…魂そのものが惹きつけられるかのような感覚に襲われたのだ。
その様子を確認したクルード王や侍女のプリゲッタは、いったんその身をテラスから引くことにする。
そんなことにも気付かず…ブライアントはゆっくりとその女性に対して語りかけたのだった。
「あの…初めまして。
あなたがハインツ公国のミリディアーナ姫でしょうか?
本日は無理なお願いをして大変申し訳ありませんでした。
私はブリガディア王国の貴族タイムスクエア家の長男、ブライアントというものです。
私はあの…」
だが、ブライアントが言い終わるのを待つことなく『ミリディアーナ姫』はくるりと振り返った。
その顔を見て…彼は言葉を失った。
月の光に反射してキラキラと輝く銀色の髪は、確かに昼間に会ったときとは異なっていた。
だが、この世のものとは思えないほど美しいその顔は…間違いなく『マリアージュの女神』その人だったのだ。
「やっぱり、あなたは…あのときの……」
ブライアントは震える声を抑えることができずにいた。
だが、目の前の女性は…その目に強烈な光を宿して彼を睨みつけながら、鋭い口調でこう言い放った。
「あのときもイヤだって言ったのに…
懲りずにこんなことまでして、あんたってば、ほんっとにしつこいヤツだね!
あたしはあんたなんかに興味ないから、二度と金輪際あたしの前に現れないでくれる?」
「うぇっ!?」
『ミリディアーナ姫』の…見た目と大きなギャップがある強烈な言葉の刃に斬りつけられ、驚きのあまりブライアントは思わず仰け反ってしまったのだった。
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時は少し戻る。
ここはミア姫の自室。
「あー、もう!
ほんっとにめんどくさいなぁ」
「ミア様…心中お察しいたします」
ミアはブツブツ文句を言いながら、しぶしぶベアトリスに化粧をしてもらっていた。
本当はタイムスクエア家の御曹司なんてどうでもよかった。
クルード王に頼んで適当に追っ払ってもらっても良かったのだ。
だけど、仮にここで追い払ったとしても、もしまたあいつがやってきたら…
そのときの弟の心中を思いやると、さすがに優しい姉としてはこのままにしておけなかった。
それに、弟を無理やり化粧させた上に街に連れ出した負い目も…少しはあった。
そんな訳で、あたしは「ここはひとつあいつ(カレン)のために一肌脱いでやろう!」と決断したのだった。
とりあえずあたしが今回考えた作戦は、こうだ。
まず自分が女装して、ナンパ男に面会する。
その際、問題があるようであれば、ストレートにズバッとキッパリはっきりお断りして撃退する…という、至極単純なものだった。
…これのどこが作戦?という意見は、ここでは却下する。
「でも、ミア様が女性の格好なさるなんて久しぶりですね」
「まったくだよ。
なんであたしがこんな格好しなきゃならないんだか!」
「…でも、このお姿もお似合いですよ」
「はぁ?
こんなヒラヒラのワンピース姿が?
カレンにだったら似合ってただろうけど、ちょっとあたしには似合わないねぇ…」
…なにか色々間違っているという意見も、ここでは却下だ。
「まぁ、めんどくさいことはちゃっちゃと終わらせてくるよ。
ありがとうベアトリス、もう化粧は充分だから、カレンのところに戻ってやって」
「はい…わかりました」
あたしの女装した姿をウットリとした表情で眺めるベアトリス。
うーん、相変わらず変なやつだな。
そのとき、あたしは額のところがなんだかムズムズするのに気付いた。
そういえば前に女装したときもこうなったなぁ…
そう思いながら鏡で確認すると、なにやらうっすらと『魔法陣』のようなものが浮き出ているのが見えた。
おお!
もしかしてこれが、お母様のかけた『禁呪』?
たしかあたしにかけられたのは…『女っぽくしようとすると燃える』だったっけな?
うーん、でも…なんだかさっぱりわからない。
正直、特に気になるほどでもないので、別にほっといても良いかな。
あたしはそう判断すると、鏡に映る自分にひとつウインクする。
よし!なかなかイケてるじゃないか!
なんか燃えてきたぞー!
がんばるぞー!
こうして準備を整えたあたしは、ベアトリス経由でプリゲッタにその旨を伝えてもらって、一足先にテラスにやってきたのだった。
…久しぶりにワンピースを着ると、なんだか股がスカスカする気がして落ち着かない。
なんか我ながら女子力落ちたなぁ…
まぁ別にどうでもいいけどさ。
そして手ぐすねひきながら……例のナンパ男の到着を、今か今かと待ちわびたんだ。
そして、いよいよあの男がやってきた。
あたしは久しぶりにワクワクする気持ちを抑えきれなくなってきた。
あぁ…なんかテンション上がってきた!
心なしか、額が熱くなって来たように感じる。
よーし、ここは一発、強烈にかましてやるぞぉ!!
…そんなとき、ふとブライアントの後ろのほうを見ると、心配そうにこちらの様子を覗き見しているクルード王とエリスの姿があった。
…心配しなくても、バッチリ一刀両断してやるからねっ!
「やっぱり、あなたは…あのときの……」
あたしの顔を見て、震えながらそう口を開くナンパ男ブライアント。
へへっ!驚いたかー!
あたしだって本気を出せば女に見えるんだよ!
…まぁ悔しいけどカレンに勝てる気はしないけどね。
おっと、今日はそんな勝負をしたいわけじゃなかった。
あたしは気を取り直すと、思いっきり冷酷な感じで、最初の矢を放ったんだ。
「あんた、ほんっとにしつこいやつだね!
あたしはあんたなんかに興味ないから、二度と金輪際あたしの前に現れないでくれる?」
…こいつはいきなり効いたみたいだった。
鳩が豆鉄砲喰らったときみたいな顔をしている。
あははー、ほんっといい気味だ。
…あれ?
お父様やエリスまで同じような顔してるぞ?
なんかマズったかなぁ…ま、いっか。
「わかったらさっさと大人しく帰ってもらえるかしら?」
テンションが上がってきたあたしにそう言われて、口をパクパクさせているブライアント。
…なんか金魚みたいでおもろっ!
あー、なんかどんどん楽しくなってきた。
「ちょ…
あ、あなたは本当に昼間の女神と…同じ人ですか?」
「それがどうしたの?ナンパ男さん。
あのときのあたしは、ちょっと猫かぶってただけよ。
外だから大人しくしてたけど……さすがにこんなところまで来られたら迷惑なの。
だからこの際、ハッキリ言ってあげる。
あたしは、あんたになんか興味ないから!
…だいたい良い歳こいて『女神』ってなによ?
バカじゃないの?」
ごぶっ!!
と、後ろのほうでお父様とが吹き出しているのが見えた。
しかも、いつの間にやってきたのか…その横にはギョッとした表情を浮かべたカレンまで居るではないか。
…なんでカレンがここに居んのよ。
ったく、誰のせいであたしがこんな目に会ってんだか…
…まぁ、いいけどさっ!
なんかあんたたちの反応見てるだけでも面白いし!
でもブライアントは、そんな後ろにいる人々の存在に気付いていないようだった。
どうやら彼の精神状態はそれどころではないらしい。
その場に崩れ落ちて、下を向いたままガタガタと震えている。
あー、なんかこいつ壊れたオモチャみたいだな。
ゲラゲラゲラゲラ。
あたしはだんだん加虐的な気分が湧き上がってきたので、いよいよトドメを刺すことにした。
額がかなりの熱を持っているようだけど、まったく気にならない。
どうせなら…しばらく立ち直れないような強烈なやつをぶちかましてやろうかねぇ。
ちょうどカレンもここに居るみたいだし…
お、そうだ!
良いことを思いついたぞ!
良いアイディアを思い付いたあたしは、ハイテンションな気分を抑えることができずに…少し高笑いしながら、目の前に崩れ落ちたナンパ野郎に向けてこう言い放った。
「わかったら、さっさと帰りな、坊や。
あたしに相手して欲しければ、今より遥かに良い男になって出直しておいで!」
ふっ…決まった。
ビシッと人差し指を突きつけて決めゼリフを言い放つと、あたしは踵を返してスタスタとテラスから引き上げていこうとした。
だけど…このナンパ男はしつこかったんだ。
「ま…待ってくれ!」
そう叫びながら、あたしの腕を必死に掴んできたのだ!
「あたしに触んな!このヘンタイがぁっ!」
繰り返される暴挙に堪忍袋がぷっちーん!と切れたあたしは、次の瞬間…このヘンタイの股間を強烈に蹴り上げたんだ。
ごきっ!
会心の一撃!
気色の悪い感触が、あたしの右足に伝わってくる。
「◯★△×●◎☆…!!!」
ブライアントが言葉にならない叫びを口にしながら、その場に崩れ落ちる。
あはは、色男が台無しだっ!
「…ふんっ!
思い知ったか!」
あたしはそう勝利宣言をすると、悶絶しているブライアントを放置してスタスタと引き上げていった。
その途中で、こちらの出来事を見て唖然としているカレンの腕を掴み、柱の影から無理やり引っ張り出す。
「えっ!?ちょ…姉さま!?」
「ウフフ、ウフフフフ…」
そうこうしながらあたしたちがテラスから完全に出ようとした…そのとき。
ギリギリのところで意思を保つことに成功したブライアントが、強固な意思を持ってこちらの方に顔を向けてきた。
「うぐぐぐ…
ちょ…ちょっと待ってください!
ミリディアーナ…ひ……め?
えっ……?」
必死の表情でこちらにすがりつこうとしたブライアントの目に、二人並んだあたしたちの姿が入り込んだ。
そう、まったく同じ顔をした二人が並んで腕を組んでいる姿を…
目と口を0の字にしたまま、完全に固まってしまうブライアント。
…やばい、あの顔…傑作すぎる!!
あたしは溜飲が下がる思いを実感しながら、トドメとばかりにこう言い放ってやった。
「それじゃ、ナンパ男くん、バイバーイ!」
そうして思いっきりあっかんべーをしてやると、あたしはカレンの肩を掴んで…二人一緒にその場からダッシュで逃げ出したのだった。
「がっ…ががっ…ぐう…」
双子が立ち去った瞬間、気力が尽きたのか…口から泡を吹きながら失神するブライアント。
「こらー!!おまえらやり過ぎだー!!」
顔を真っ赤にして怒っているクルード王。
後に残ったのは…
そんな、地獄のような状況だけであった。
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「おーい、ブライアント君。…大丈夫かな?」
泡を吹いて倒れているブライアントを心配そうに眺めたあと、クルード王はゆっくりと彼を抱き起こした。
背中に軽く活を入れると、ゲホッと軽く咳き込んで息を吹き返すブライアント。
「どーら、意識を取り戻したかな」
「げほげほ…あ、あれ、クルード王?
私はなんでここに…
私はいったいどうしたのですか?」
正気に戻ったブライアントの質問に、サッと目を逸らすクルード王。
だが次の瞬間、ブライアントはその顔を大きく歪めた。
情けない格好で自分の股間を押さえる。
どうやらすぐに、自分の身に何があったのかを…身体の痛みから思い出したようだ。
「うぐぅ…痛え…。
ひ、酷いことを…男に対して一番やってはいけないことですよ…
鬼ですか、あなたの娘さんは…」
「うむ、誠にすまんかったのぅ」
同じ男として、素直に謝るクルード王。
その言葉に少しだけ気を取り戻したブライアントは、さきほど見た光景について問いかけてきた。
「しかし…私の目の錯覚でなければ、ミリディアーナ姫が二人居たような…
あれはいったい、なんだったのですか?」
「うむ、確かにそっくりなのがふたりおったな。
あれが…うちの双子なのだよ」
クルード王は申し訳なさそうにそう口にしたものの、ブライアントは納得していないようだった。
「しかし、姫が二人いたのは…
あ、もしかして二人は実は姉妹だったのですか?」
「ぶっ!」
思わず吹き出してしまったクルード王。
「まさか!あの二人のうちの一方が…王子のカレンだよ」
あえてはぐらかせて答えたことに気づかないブライアント。
彼は、さきほどテラスで会話を交わした方を勝手に『カレン王子』であると認識しようとして…落とし穴にはまってしまった。
「では、さっき会ったのが王子?
だとしたら、本人から言われたわけではないからまだチャンスはあるかもしれない…
いや、でも話した感じだと女性にしか感じなかった。
それだとやはりさっきのはミア姫ということになるんだが…」
あれだけのひどい目に会いながらも、まだ戦意を完全には失っていないブライアントに、クルード王はある種の凄さを感じて感心していた。
しかし、だからといっていつまでも今の話を引きずるわけにはいかない。
さて、どうしたものか…
クルード王がひとりで思い悩んでいた、そのとき。
それまで無言でクルード王の後ろに控えていたエリスが、ブライアントのすぐ横にまで歩を進めてきた。
そして、ぶつぶつと独り言を言っているブライアントの横にゆっくりとしゃがみこんだ。
「…ブライアントさん、もうそろそろいい加減にしたらどうですか?」
「な、なにぃっ!?」
突然現れたエリスにそんなことを言われ、一瞬カッなるブライアント。
だが、彼が勢いそのままにエリスの顔を見たとき…
その表情が、一変した。
「げ…げぇっ!!
エ、エリス殿!!
な、な、なんでこんなところに…!?」
「はぁ…
それはこっちのセリフですよ。
こんなハインツくんだりまで来て、あなたはいったいなにをやってるんですか?」
呆れ顔のエリスに手厳しくそう言われ、急にオロオロしだすブライアント。
「あ、あなたが招聘された家庭教師先とは…このハインツだったのですか!?」
「…ええ、そうですよ。
聞いていなかったのですか?」
「う…うぅぅ…」
そんな二人の会話にビックリしていたのは、ブライアントを支えていたクルード王だった。
信じられないことに…ブライアントとエリスは旧知の仲だったようなのだ。
しかも、驚くべきことに…どうやらブライアントはエリスに対して大変な苦手意識を持っているように見える。
「だいたい、前にティーナにこっぴどくやられて、女性関係は大人しくするって反省したんじゃなかったんですか?」
「あ、いや…それは…」
「あのときレッド…レドリック王太子に約束してましたよね?
もう女性に変なちょっかいはかけませんって」
「うぅぅ…」
エリスに完全にやり込められているブライアントを見て、クルード王はなんだか複雑な気分になっていた。
彼はこのときになって初めて…エリスがさきほど遠慮気味に「私がどうにかしましょうか」と言っていた言葉の意味を理解したのだった。
彼女は…ブライアントと旧知であり、かつ彼を追い払うことができるだけの『力』を持っていたのだ。
おそらくその力とは…ブライアントの学友であり、エリスの血のつながった異母兄弟であるレドリック王太子に絡んだことなのだろうと、話の内容から推測された。
いずれにせよ、エリスが「私がどうにかしましょうか」と言っていたのは、このことを指していたのだろう。
「いい?ブライアントさん。
ハインツの双子の王子と姫…カレン王子とミア姫は、私の大切な友達なんです。
だから、もうこれ以上ふたりにちょっかいをかけるのはやめてもらえませんか?」
「い、いや、しかし…」
「じゃあ、あのとき反省してたのは嘘だったのですか?
もう…私の大切な友達に変なちょっかいをかけないって、あのとき約束しましたよね?
それじゃあこのことをレドリック王太子に全部話してもいいのですか?」
「そ、それだけは勘弁を…」
「…じゃあもう二人には一切手を出さないでくださいねっ!
わかりましたか?」
「は、はいーっ!」
ブライアントは情けない返事を返すと、慌ただしく…少し股間を押さえながら…ハインツ城から飛び出して行ったのだった。
…それはまるで、なにか目を背けたい事実から逃げ出すかのようであった。
こうして…最終的にはエリスの活躍?もあり、『マリアージュの女神事件』は慌ただしくも幕を閉じたのだった。
…将来有望な一人の若者に、深い深い心の傷跡を残して…




