16.運命の再会!?
ここはハインツの公城『白鳥城』の一角にある、クルード王の執務室。
「なるほど…
そんなことがあったのか」
ミアから今日の街での話を聞きながら頷くクルード王。
「そうそう、それであいつ引きこもっちゃってさぁ」
ミアは呆れた様子で手に持ったシルクハットをクルクルと回した。
横に居たエリスもコクコクと同意する。
公城に帰って来るなり、ショックのあまりそれまで塞ぎ込んでいたカレンは…そのまま自室に引きこもってしまった。
かなり落ち込んでいるようだったので…気を遣った一同が、今はとりあえず一人にしておくことにしたのだった。
ちなみにサファナとボロネーゼはそのままお店に残っており、ベアトリスは念のためカレンの部屋のそばに控えているので、この場には居ない。
「でな、そんな状態のところ悪いんだが…
ミアをここに呼んだのは、ちと別な用件があってな」
苦虫を噛み潰したかのような顔をしながら、懐に手を入れる。
そこから取り出したのは、一通の手紙だった。
「実は…こんな話が来てるのだよ」
クルード王が手に持った手紙を投げ渡しながら、内容を簡単に説明した。
その内容とは、ブリガディア王国の大貴族であるタイムスクエア家…その一人息子のブライアントが、ミリディアーナ姫とぜひ今夜会食をしたいと申し出ている…というものだった。
加えて、このタイムスクエア家の御曹司が、かなりの女好きとして有名であることも情報として伝えておく。
…実はこのとき、ミアの横で話を聞いていたエリスが、ブライアントの名を聞いて驚きの表情を浮かべていた。
クルード王はそのことに気付いていたものの、エリスはブリガディア王国出身なので彼の名前や噂くらい知っていてもおかしくないかな……と考え、特に確認などはしなかった。
そんな様子に気付くこともなく、ミアが他人事のようにあっさりと手紙を投げ返した。
「へー、そうなんだ。
でもさ、そりゃ無理だよ。
あいつ完全にショック状態だからさぁ」
無条件にそのように口にするミアの態度に、クルード王は呆気にとられてしまった。
こやつ、完全に自分が『王子』のつもりでおる…
「ん?
あたしなんか変なこと言った?」
「変なことって…
お前…わかってるのか?
ブライアント君が誘ってるのは、カレンじゃなくて自分なんだぞ?」
「え?
あ、あぁー、ハインツの姫ってあたしのことか!
そっかそっか、すっかり忘れてたわ!」
そう言い放ちながらゲラゲラ笑うミアの姿に、クルード王は諦めにも似た気持ちを抱いたのだった。
「だったらむりむり。
あたし『呪い』のせいで女の格好できないからさー。
お父様、適当に断っといて!」
都合の良いときだけ発動したこともない『呪い』のせいにして、めんどくさいことから逃れようとするミアに、さすがのクルード王も苦笑するしかなかった。
「まぁ良い。
何時ものように体調不良とか適当な理由をつけて断っておこう。
…どうせ毎回のことだしな」
こうして、とりあえずタイムスクエア家のご子息との会食は『ミリディアーナ姫抜き』で実施されることとなったのだった。
今回は確かに急な話ではあったが、実はこのような『各国の王侯貴族が、ハインツへの訪問に合わせてクルード王との会食を申し出る』ケースはけっこう多かった。
もちろん「噂の双子を一目見たい」という下心を持つ者もいたのだが、クルード王自身が過去の『魔戦争の英雄』であったこともあり、純粋に彼に会いたいと願うものも多かったのだ。
加えて、クルード王は非常に気さくな人物だったので、そういった申し出をほとんど断ることが無かったことも理由として挙げられる。
もっとも、それを一種の…小さな公国が生き残るための営業活動の一環だと考えているクルード王の方策ではあったのだが。
そんな訳で、結局『ミリディアーナ姫』抜きで開かれたクルード王とブライアントによる夕食会ではあったが、ブライアントは特にそのことを気にする様子を見せることもなく、無事に終了した。
あまりブライアントが『ミリディアーナ姫』との面会にこだわらなかったことが、理由としては大きい。
もっとも、ミア姫は世間一般に『公の場にめったに出てこない姫』と認識されていたし、彼のほうも無理して急に誘っていたという自覚もあったようだから、もともとこの事態を想定していたのだろう。
これまでもダメもとで会食のお願いをしてきて、お断りを入れたケースは幾多もあったのだ。
今回もおそらくそれと同じようなケースだったのだろうと、クルード王は考えていた。
ブライアントは大貴族の子息らしく、非常に紳士的な若者だった。
おそらく家柄の『格』としては、タイムスクエア家はハインツ王家と同格か…あるいは上であろう。
そんな様子を感じさせないほど、一国の王に対する対応も立派なものだった。
話す内容も知己に富んでおり、クルード王の過去の偉業を褒め讃えたかと思えばハインツ公国の素晴らしさを語り出し、しまいにはハイデンブルグの女性の美しさの話題へと話は広がっていった。
その中でも、特に女性の話については饒舌だった。
どうやら彼は、ハイデンブルグの街中で非常に魅力的な女性に出会ったらしい。
しきりに「私は運命に出会いました」だの「一目で恋に落ちるほどの美しさで…」などとと口走っている。
もちろん、彼は生まれながらの貴族なので、たとえその…『マリアージュ通りで出会った美女』に心を奪われていたとしても、王に対する敬意は失うことなく、見事なマナーを披露してくれた。
それでも…洞察力に優れたクルード王は、彼の「心ここに在らず」な状態を見逃してはいなかった。
「まぁ…ハインツも人が多いからな。
もしもそなたが言うような美女が見つかれば、お伝えするとしよう」
「はい、ありがとうございます、クルード王。
英雄たる王にそう言っていただけると嬉しい限りです」
まるでお手本のような爽やかな笑顔をブライアントが披露する。
たしかに、世の中の女の子がコロッといってしまいそうな笑顔だな…
さすがブリガディア王国でも名うての女好きだなと、クルード王は関心したものだった。
夕食会のあと、クルード王は侍女のプリゲッタを伴ってブライアントを城の中庭へと案内した。
ハインツの『白鳥城』にある中庭は、美麗な庭として有名だった。
それほど有名な中庭をぜひ見せてもらいたいと、ブライアントからのたっての願いがあったからだ。
彼を一目見てその目がハートマークになったプリゲッタにウインクを送りながら、ブライアントがその口を開いた。
「いやー、さすがは噂に名高いハインツ『白鳥城』の中庭ですね。
学校に戻った時にレドリック王太子に自慢できます」
「レドリック王太子か…ジェラード王のご子息で、ブライアント殿と同級生だったかな?
確か、ブリガディア王国の基礎学校のご学友だとか」
「はい、そうです。
私たちもクルード王さまとジェラード陛下のような関係になれたらいいなって、よく話してるんですよ。
さすがにお二方のように『魔戦争の英雄』と呼ばれるには役不足ですけどね」
そうやってはにかむブライアントを見ながら、クルード王は関心したものだった。
なんと社交性に優れた若者なのだろう。
これで自分のところの双子の同級生だというのだから、信じられない思いだ。
たしかに女好きとの噂はあるが、英雄色を好むとも言うし…
なにより、うちのよりはるかにマシに見えてしまう。
あぁ、うちの子もこれくらい優秀だったらなぁ…
クルード王はため息交じりにそんなことを考えていた。
と、そのとき。
横を歩いていたブライアントの動きがピタリと止まってしまったことに気付いた。
不思議に思ったクルード王がブライアントの顔を覗いてみると、視線が少し斜め上のほうを向き、驚きの表情を浮かべて固まっていた。
そして、その視線の先には…
…憂鬱な表情を浮かべたカレンが、遠くを見つめながら窓辺に佇んでいたのだった。
だが、それもほんのわずかのことで…
窓辺でぼんやりしていたカレンがサッとカーテンを閉めると、すぐに奥に引っ込んでしまった。
クルード王は、この一連の出来事に思わずギョッとしてしまった。
…こ、これはマズくないか?
だが冷静になれば、別にあれがミア姫…正確にはカレンだとバレたわけではないし、『姫』だとバレたところで適当に誤魔化せば良いだけだ。
とりあえず冷静になると、クルード王はブライアントのほうをもう一度見て…
そして、思わず「はっ?」という声を口に出してしまった。
なんとブライアントは…カレンの姿がらあった場所をじーっと見つめたまま、ブルブルと震えていたのだ。
その顔色は蒼白で、見るからに尋常な様子ではない。
んん?
これは…どういうことだ?
ブライアントのあまりに異様な様子が気になったクルード王は、とりあえず彼に声をかけてみることにした。
「ブライアント君、大丈夫か?」
そう言われて…飛んで行っていた意識が戻ってきたかのように、ブライアントがハッと正気に戻る。
そして、またブルブル震えながら…
「いた…」
と、小さな声でつぶやいた。
「ん?どうしたのかね?」
「いた!いたんですよ…!
『マリアージュ通りの女神』が、あそこに居たんですよ!」
「…へっ?」
そして、ガバッとクルード王をわしづかみしたかと思うと、血走った目を見開いて突然なにかを訴えかけてきた。
「クルード王!
こ、これは…どういうことですか!?
なぜここに…あの『マリアージュの女神』が居るのですか!?
もしかして…ミア姫こそがあのときの『マリアージュ通りの女神』だったのですかっ!?」
「おいおい…君は突然なにを言っているんだね?」
「お…落ち着いてください!ブライアント様っ!」
そばに控えていたプリゲッタがあわててブライアントを抑えようとする。
だがそれすらも引き離す勢いで、ブライアントはなおもクルード王に食って掛かる。
「いや、間違いない!
あそこに居たのは『マリアージュの女神』だった!
この俺が見間違えるはずがない!
お…おねがいします!クルード王!
ぜひ…ぜひミア姫に会わせていただけませんか!!」
この時点で、クルード王はうすうす気づくことができた。
彼が今日街中で出会った『マリアージュ通りの女神』とは、おそらくカレンのことなのだろう…と。
たしかにこうやって分かってみると、ミアが自分に報告してきた今日の出来事と、ブライアントの話が妙につながるのだ。
…もっとも、わかったところで手の打ちようはないのだが。
「まぁまぁ…落ち着きたまえ、ブライアント君。
第一、うちの娘が街中なんかにいるわけがないではないか?」
「で、ですがクルード王!俺はたしかに見たのです!」
そう叫ぶブライアントの目は真っ赤に充血して血走っており、口調までもが崩れてきている始末。
そこには…先ほどまで見せていた一流貴族としての気品が失われた、ただの慌てふためく一人の若者の姿があるだけだった。
ここまで…
ここまで、人の心を乱す存在なのか…
あまりのブライアントの変貌ぶりに、歴戦の猛者であるクルード王ですらちょっと引いてしまう。
とりあえず、事実確認をしなければな…
そう考えたクルード王は、ブライアントを冷静にさせるためにも一度ワンクッション置くことにした。
「わ、わかった。わかったから、すこしここで待っていてくれないか。
とりあえずわしが本人に確認してこよう」
とりあえずその場を収めるためにも,クルード王はブライアントをその場に待たせて一度引き上げることにしたのだった。
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「ミア!ミアはおらんか!!」
ミアがリビングルームでエリスと写真撮影のときの話をしていると、激しくドアをノックする音とともにクルード王の声が聞こえてきた。
…まったく、ひとがせっかくエリスと楽しい話をしてたというのに、何事?
あたしは一気に不機嫌になりながら、渋々入り口のドアを開けたんだ。
するとそこには血相を変えたクルード王が立っていた。
「…どうしたの?こんな時間に。
それに、例のお坊ちゃんは?」
「その件!その件だ!
ミア、おぬし今日街であった出来事について確認させろ!」
そして、矢継ぎ早にお父様から幾つかの質問が出される。
「その…ナンパ男は、金髪のイケメンだったか?」
「んー、どうだったかなぁ。
確かに金髪だったけど、あたしらほどのルックスではなかったかな?」
「むむ…では、名前は名乗ってなかったか?」
「名前…?いや、聞いてないけど…
あ、待て待て。確か召使いか誰かがヤツを探しに来たとき名前を呼んでたかな…
たしか、ブロ?ブリ?」
「もしかして、ブライアントか?」
「あー、それそれ、そんな感じ!」
ここまで確認したところで、クルード王は「ハァー」と大きなため息を一つついた。
「どうしたの?お父様。
そんなため息ついて…」
「あのなぁ…
お前たちをナンパしてたその男なんだがな。
どうやら今日来てるタイムスクエア家のブライアント君その人だったみたいなのだよ」
『ええっ!?』
クルード王の言葉に、あたしと…横に居たエリスまでもが驚きの声を上げる。
…って、あれ?
エリスって、あのナンパ男のこと知ってたっけ?
…まいっか。
「それでな…さっき中庭を案内してるときに、たまたま部屋の窓のところにおったカレンを見かけてな。
昼に会った人だと気付いてしまったみたいなんだ」
「げげっ!
それはまずいね…」
「それで、どうしても『姫に会わせてほしい』と騒ぎ出してな。
発狂寸前の大騒ぎなんだよ」
「うーん…そうかぁ…」
クルード王の話を聞いて、ちょっとあたしはウンザリした。
さすがにしつこすぎやしないか?
ここいらで一発ピシャッと言ってやろうかな。
「あのー…」
さてどうしたものかと考えていたとき、それまで黙って話を聞いていたエリスが、悩ましい表情を浮かべながら…恐る恐るといった感じで声をかけてきた。
遠慮気味にちょこっとだけ右手も挙げている。
「ん?
エリス殿、どうしたんだ?」
「あ、もしその…お困りのようでしたら、私がなんとかしますが…」
エリスの思いがけない言葉に、ほうっと感心した声を上げるクルード王。
なんだろう、エリスが『なんとかする』ということは、やはり魔法の力でどうにかするということだろうか。
そう考えたあたしは、意を決して首を横に振った。
「いや、さすがにあたしらの問題でエリスに迷惑かけるわけにはいかないよ。
気持ちだけ受け取っとくよ」
「でも…」
「エリス殿、ミアの言う通りだ。
お気持ちは嬉しいが、ここはわしらに任せときなさい」
お父様もそう言いながら、あたしの方に頷いてくる。
いや、なんで頷いてるかわかんないし!
「まぁどうやら街で会ったナンパ男がブライアント君だってこともわかったから、とりあえずわしが適当に誤魔化しておくよ」
そう言ってあたしたちに右手を上げながら、お父様が部屋から出て行こうとする。
「…ちょっと待って」
あたしは、そんなお父様を…引き止めた。
怪訝な表情を浮かべて振り返るクルード王。
「どうした?ミア?」
「こうやってらこじらせちゃった原因の一端はあたしにもあるわけだし…
わかった、あたしが出て行くよ」
「へっ?」
どうやらあたしの提案は、お父様にとってはまったくの想定外だったらしい。
だけど、そもそもあたしに会いに来たわけだから、なにもおかしくはないはずだ。
その事実に気付いたのか…驚きの表情を浮かべていたものの、「まぁ、本来はお前が相手するべきものだったからな」などと言っているので、受け入れる方向に考えているようだ。
「だが…『呪い』のほうは大丈夫なのか?」
「え?あ、う、うん。
なんかエリスが『呪い』を軽減する魔法をかけてくれるってさ」
「えええっ!?」
いきなり無茶振りされて戸惑うエリスだけど、ここはダシに使わせてもらった。
…もちろん、そんなの嘘っぱちだ。
お父様もどうやらそのあたりは察したようだが、あえて深くは突っ込んでこない。
「…そんじゃ、あたしが出て行くよ。
お父様、少しだけ時間を稼いでて、準備してくる」
あたしはそう宣言すると、とりあえず『女装』するために自室に戻ることにしたんだ。
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