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15.前門の虎、後門の狼

 

 …は?

 運命?

 こ、このひとは何を口走ってるんだ…?


 突然の意味不明な『求愛』に、ぼくは気持ち悪くなるよりも先に…呆気にとられてしまった。


 そんなぼくの様子を勘違いしたのか…

 ブライアントと名乗る若者は畳み掛けるように話しかけてきた。


「俺…いや、私はたまたま観光でこの街に来たばかりなのですが、こんな路地裏であなたのような素敵な女性に出会えるとは思ってもみませんでした。

 正直申し上げよう…

 私はあなたに、一目惚れしました」


 その言葉を聞いて、ぼくは安心するとともに少し状況を理解することができた。


 安心したのは、ぼくが『ミア姫』であるとバレてなかったことだ。

 …細かくはぼくはミア姫ねえさまじゃないんだけど、まぁそこは置いておく。


 そして次にぼくが理解した状況とは…彼がぼくのことをナンパしている、ということだった。


 恐らくはぼくが落ち込んでると思って声を掛けたのだろう。

 なんとも薄っぺらい…浮ついた口説き文句の連発に、正直ウンザリしてしまう。


 …これだから、女の子なら誰でも良いと思っているようなナンパ男はイヤなんだよなぁ…


 ぼくは彼にバレないようにこっそりとため息をついた。






 …実はカレンは、このとき重大な過ちを犯していた。

 それは、カレンは自分自身のことを…『女の子に見られてしまう』ということは今回で自覚したものの、『自分が絶世の美少女である』という認識のほうは…からっきしまったく無かったことだ。


 なぜ自覚がなかったのか…その理由は簡単だった。

 カレンは「美女」に見慣れすぎていたのだ。

 王城にいる人々は、基本的に美男美女ばかりだった。両親はもちろん…身近にいる人々は、その多くが整った顔立ちをしていた。

 そしてなにより、自分の顔が…生まれたときからずっと一緒で一番見慣れてしまっている双子の姉とそっくりだったからだ。


 そんなわけで、多少は「まぁ…整った顔立ちではあるかなぁ?」くらいは思っていたものの、所詮その程度の認識でしかなかったのだった。


 この…『大きな認識違い』は、これからもカレンを大いに苦しめることになる。







 ぼくはため息をついたものの、このブライアントと名乗るナンパ男の対応をどうしようか悩んだ。

 だけど、そんな不穏な空気を察したのか…ブライアントがここで一気に畳み掛けてきた。


「お嬢さん、これは決してナンパなどではありません!

 本気です!

 確かにこれまで俺がモテまくってきたのは事実だけど…こんな気持ちになったの、初めてなんだ!」


 …こいつ、なにげにさらっと凄いことを言わなかったか?

 自分がモテ男だと自覚してる?

 …なんというか、空いた口が塞がらない。

 しかも、口調までいつの間にかくだけた感じに変わってきてるし…



 多分ぼくは、胡散臭いと思ってるのが表情に出ていたのだろう。

 劣勢を自覚したブライアントが、さらに聞いてもいないことを口走ってきた。


「も、もしかして俺のことを怪しいやつとか思ってる?」


 はい、そう思ってますが…

 などとは口にしない。


「大丈夫!

 俺の身元はしっかりしてるから!

 こう見えて俺、ブリガディア王国の貴族なんだ!」


 へー、最近のナンパは手が混んでるんだなぁ…

 確かに金持ちそうには見えるけど。


「俺は…美人には見慣れてきた人生を歩んできた。

 だけど、あなたみたいな…真に美しい方を見たことがない!」


 はいはい、こっちは見飽きてしまってるような顔なんだけどねぇ…


「どうか…

 俺と、正式にお付き合いいただけないだろうか!」


 そう叫びながら、イケメンナンパ男のブライアントは、いきなりぼくの手を握ろうとしてきた。


 うわあぁっ!!

 思わず仰け反りそうになりながらパッと手を引く。

 それと同時に、このヘンタイをぶん殴ってやろうか…と、引いた手を握りこぶしにして力を込めた。



 …と、そのとき。

 ぼくの身に、信じられないことが起こった!


 ぼくの額にカッと熱いものが込み上げてきて、うっすらと魔法陣のようなものが浮かんできたではないか!

 それと同時に、ぼくの意識がフワッと薄れていくのを自覚する。


 …そう、例の『お母様の呪い』が発動しようとしていたのだ!!




 な、なんでこんなときにっ!?


 ぼくは薄れそうになる意識を必死に保ちながら、『呪い』が発動した理由を考えていた。


 お母様の『呪い』…すなわち『禁呪』は、ぼくカレンが「男らしくしようとする」と「可憐に意識を失う」…という、とんでもないものだった。

 その発動条件がくせもので、「男らしく」の定義がイマイチよくわからないのだ。

 恐らく今回の場合は、ナンパ男ブライアントを殴ろうとしたことがきっかけトリガーだったのだろう。



 でももし、そうだとしたら…

 ぼくは「自分の身になんらかの危機が迫ったとしても、力では抵抗出来ない」ということになる。

 これは、対抗手段を奪われたに等しい。

 その事実に気付いて、ぼくは絶句した。


 …これは、なんと過酷な条件であろうか!?


 なにせ、このヘンタイブライアントを力づくで撃退しようとすると、『禁呪』が発動してしまうのである。

『禁呪』が発動すると、自分は意識を失う。

 …この、ナンパ男ブライアントの目の前で、だ。


 こんな男の目の前で気を失ってしまったら、どんなことをされるかわかったものではない。



 前も地獄、後ろも地獄。

 …まさに『前門の虎、後門の狼』。



 ぼくは、お母様のかけた『禁呪』の、真の意味での凶悪さに…このとき初めて気づいたのだった。





 な、なんて極悪な『呪い』なんだ…


 ぼくは絶句しながら、振り上げた右手をゆっくりと降ろした。

 とたんに発動しかけていた『呪い』が落ち着いていく。


 …やはり、そうなのか…


 ぼくの背筋に、冷や汗がゆっくりと流れ落ちた。



 そんなぼくの様子をどう勘違いしたのか。

 ナンパ男ブライアントが嬉しそうに笑いかけながら、ぼくの右手を強引に奪い取ったんだ。


「…ありがとう。

 もしかして俺の顔を気に入ってもらえたかな?

 そんなにびっくりするほど、俺は好みのタイプだったかい?」


 なっ!?

 なんてことを勘違いしてやがるんだっ!


 ぼくは必死になってブンブン首を横に振った。


 だが、それすらも…

 彼にとってはぼくの照れ隠しのパフォーマンスのように映ったらしい。


「そう照れないでくれよ…

 俺はもう、きみのとりこなんだから」


 いやー、照れてないしー!!

 とりことかならなくて良いしー!!



 ぼくは必死になって身を引きながら、この…絶望的な状況からどうやって逃げ出すかを、必死になって考えた。




 まず、「大声を出す」というのはどうだろうか。

 一見大丈夫そうに思えるが……いやダメだ。

 声を出すだけでも『禁呪』が発動するリスクはあるし、なにより姉さまたちは写真撮影に夢中で気づかない可能性が高い。


 次に、「きちんと声を出してお断りする」というのはどうだろうか。

 …これは、できれば避けたい。

 こんな男とは会話を交わしたくないというのもあるが、それよりなにより「声色で男とバレる」ことが恐ろしかった。


 それでは、逃げ出すというのはどうだろうか。

 いやいや、捕まったら元も子もないし、なにより走るだけで『禁呪』が発動しないとも限らない。リスキーだ。


 あーもう!

 …なんならいっそのこと、自分は男だとぶちまけてしまおうか。



 と、半ば自暴自棄になりかけながらも、必死に脳みそをフル回転させていると…


 突然ナンパ男ブライアントが、ぼくの腕をグイッと引っ張った!



「なっ、なななっ!?」


 接近する顔と顔。

 見つめ合う二人…


 って、そんなロマンチックな場面じゃなーい!!



 ぼくは必死になってブライアントを押しのけようとした。

 だが、それだけで…額が熱くなり『禁呪』が発動する予感を感じさせる。


 こ、これだけでもダメなのっ!?

 これは…マジでヤバイ!!


 ぼくは必死になって身をよじる。

 …そして、なんとか腕を振りほどくと、体を抱え込むようにして彼に背を向けた。



 はぁ…はぁ…

 あぶなかったぁ……

 なんとか『呪い』が完全に発動する前に引き離すことができた。

 あと少し時間がかかっていたら、本当に危なかったかもしれない。


 とはいえ、状況が好転したわけではなかったんだ。

 しかも…あまりにも『呪い』の発動条件が厳しすぎて、どうして良いのか何も手段が考えつかない!


 パニックになりそうになるのをなんとか堪えながら、とりあえずナンパ男ブライアントをキッと睨みつけた。


「す、すまない…

 あまりにあなたが美しかったので、つい…」


 つい?!

 ついってなんだーっ!!

 こっちは命がけなんだから、そんな軽いノリで来るんじゃないよ!


 そうやって頭に血が上ると…額が熱くなって『禁呪』が発動しそうになる。


 …この『禁呪』、本気でぼくをどうしたいんだ?

 この程度で発動するなんて、凶悪すぎるだろう…



 幸いにも…さすがにぼくの拒絶する態度に気付いたのか、ブライアントの強引さが少しだけ落ち着いた。

 ふぅと一息入れて、心の体制を整え直す。


 このスキに…どうにかしなければ!


 肩で息をすしながらぼくが必死になって対抗手段を考えていた…そのとき!





「…うちのに、何か用かい?」


 聞き慣れた中性的な声が、突然ぼくの後ろから聞こえてきたんだ。

 …それは、ぼくのピンチを察して助けに来てくれた、正義のヒーローの登場を意味していた。




 この声が…こんなにも頼もしく聞こえたのは生まれて初めてだった。

 いつもは聞こえてくるだけでもウンザリしてしまうくらいなのに…


 今のぼくにとって、この声が聞こえてくるということが、ものすごい安堵感に繋がっていた。


 そう、その声の正体は…


「ね…じゃなかった、お兄様・・・!?」


 真っ白なジャケットを肩に担いで、同じく真っ白なシルクハットを斜めにかぶった…ぼくの双子の姉さまミアだったのだ!



 あぁ…助かった……


 ぼくは心の底から安堵した。

 そして、突然の姉さまミアの出現に呆然としているナンパ男ブライアントをよそに、ササッと姉さまの後ろに隠れる。


 …ここで、情けないとか普通逆じゃないかとかいうツッコミは勘弁してほしい。

 ぼくだって…辛いのだ。

 なにより今のこの状況では背に腹は変えれない。

 溺れるものは藁をも掴む…だ。



「なっ…妹?

 彼女はお前の妹だと言うのか?」

「そうだ。

 俺の妹が困ってるだろう?

 ナンパはやめてさっさとどっかに行ってくれないかな?」


 バチバチと視線がぶつかるブライアントとミア。

 ぼくは今回に限定しては、心の底から姉さまを応援していた。


 …というか、味方になった姉さまはこんなにも心強いんだ…

 ぼくは、そんな…不思議な安堵感に包まれていたんだ。



「これはナンパではない!

 俺は…運命を感じたんだ!」

「運命ねぇ…

 そんな一方的なもので片付けていいのかい?

 妹の気持ちは関係ないのかい?」


 あぁ…普段の姉さまに聞かせてあげたいようなこのセリフ!

 だけど今日のぼくは揚げ足は取らない。

 なぜなら、味方の足を引っ張ることになるから。



「むむむ…」


 ブライアントが姉さまの言葉に低く唸る。

 沈黙が…両者の間にしばし流れる。





 だが、その沈黙は…突然登場した第三者の出現によって中断させられることになった。

 …さらなる援護が、ぼくたちにやってきたんだ。


「…ぼっちゃまー!

 ブライアントぼっちゃまー?

 どこにいらっしゃいますかー?」


 遠くでブライアントを呼ぶ声。

 その声を聞いて、明らかに表情を変えるブライアント。

 その顔は苦々しく歪み、舌打ちまでしている。

 おそらく彼の従者かなにかだろう。

 行方知れずになった主人を探しに来たのだ。


「くっ…時間切れかっ!

 せ、せめてお名前だけでも…!」

「ふんっ!

 お前なんかに妹の名前を教えてやる義理はないね!」


 姉さまはそう言い放つと、ぼくの手を引きながら店舗の中に引き上げて行った。


 …あとには、呆然と手を伸ばしたブライアントだけが残されたのだった。












 バタン!

 …カチャリ。


 扉の鍵まで閉めた瞬間、ぼくはあまりの安心感からどさりとその場に崩れ落ちたんだ。


 …助かったぁ。

 本当に…ほんっとうに…きつかった……


 そんなぼくを見ながら、姉さまが呆れた様子でつぶやいた。


「あんた、あんなとこでなにやってんの。

 つまらないナンパなんかに引っかかってさ。

 バカじゃないの?」


 そんな暴言を吐かれても、助けてもらったのは事実。


 それ以上に返事する気力も失ってしまっていたので、ぼくは崩れ落ちたまま…姉さまになにも言い返さなかったんだ。






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