14.マリアージュに舞い降りたプリンセス!?
ハインツ公国の公都ハイデンブルグにある『マリアージュ通り』は、世界のファッションの中心と言われるほど有名な通りである。
著名なファッションブランドの店舗や、新進気鋭のデザイナーのブティックが軒を連ねており、流行に機敏な若者たちでいつも賑わっていた。
そんな『マリアージュ通り』を、五人の男女が歩いていた。
先頭を歩くのは二人の男女。
少し前を歩いているのは白いスーツをカジュアルに着こなす少年。
サングラスにシルクハットを被っているので顔立ちはハッキリとはわからないが、相当な美少年だとわかった。
その少し後方を侍らせるかのように従う一人の女性。
こちらも帽子にサングラスという出で立ちは変わらないが、残念なことに前を歩く美少年の引き立て役のようにしか見えなかった。
だが、本当の主役はその後ろにいた。
後ろを歩くのは三人の女性。
一番右を歩くのは、ショートヘアーにファッショングラス、白いスーツに薄いピンクのシャツを身につけた大人の女性。
彼女はこの大通りの住人なら誰もが知っている…新進気鋭のデザイナー、サファナだ。
左側には、太陽の光に反射すると紅茶色に輝く髪を持った少女。
サファナと同様に白いスラックスを履いているが、上着は手に持っている。
そして、そんな二人の中心に居るのが…圧倒的な存在感を示す『美少女』であった。
服装は決して派手ではない。
真夏だというのに、シンプルな長袖のワンピース。
大きめの帽子に大きめのサングラスで、その顔を隠すようにしている。
夏の日差しを避けるためか…日傘を差しながら歩くその姿は、可憐な印象は与えるものの、この『マリアージュ通り』ではさほど特別なものではなかった。
だが、その姿が気になりふと目を向けたもの…あるいはサファナに気づいてふと目を向けたものは、その少女の圧倒的な存在感に目を離せなくなった。
そして、少女の顔立ちを見て…その美貌に度肝を抜かれた。
サングラスでハッキリとはわからないものの、サファナが連れて歩いていることから、おそらく彼女がモデルか何かなのではないかと判断できる。
それも納得できるほどの、時折見え隠れする整った顔立ち。
歩く姿は慎ましやかで、一歩前に進むたびにその場に花が咲くかのよう。
彼女の姿に惹きつけられた人々は、その正体について噂をしあった。
「誰だろうあの子…サファナんとこの新しいモデルかな?」
「そうでしょうね。
それにしても綺麗な子ね…」
「さすが新進気鋭のデザイナー、良い子を見つけてくるよ」
「やべぇ!めっちゃ好みのタイプだ!」
そういった声が、五人が通り過ぎて行ったあとに巻き起こっている。
…この五人はもちろん、双子たち御一行である。
先頭を歩く二人がミア、ベアトリス。
後続隊の三人が、サファナ、エリス、そしてその中心に居る…我らが悲劇の王子カレンであった。
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「カレン、大丈夫…?
なんだか顔色が悪いみたいだけど…」
心配そうに自分をエスコートしてくれるエリスに、カレンは作り笑いを浮かべながら返事を返した。
「う、うん…
なんとかギリギリ最後のラインで踏みとどまってる感じかな…」
ぼくたち…いやぼく自身が、ものすごい注目を浴びていることは一目瞭然だった。
注目度だけで言うと、前回の外出時とは比べものにならない。
恐らくはサファナが一緒に居るからだろうか。聞こえてくる言葉の内容から、自分のことをモデルかなにかと勘違いしていることは理解できた。
ただ、そのせいで周りから浴びせられる視線は、城内とは違って全く遠慮がない。
ぼくはまるで、針の穴のむしろの上に座らされてるいるよう気分だった。
なぜならぼくは、このプレッシャーの中で『ここに居るのがモデルなどではなくミア姫である』ということと、『実はミア姫は女装した男である』という、二つの事実がバレないか……そんな絶望的なまでの恐怖と戦っていたからだ。
エリスの魔法で今回は金髪になっていたものの、そんなものは今のぼくにとってなんの心の支えにもならなかった。
ぶっちゃけこの状況は、拷問以外のなにものでもなかったのだ。
そのとき。
そんなぼくの…作り笑いと余裕のない返答に、余計心配の度が増してしまったのか。
エリスが心配そうな表情を浮かべながら、そっとぼくの腕を…まるで支えるかのように掴んでくれた。
たったそれだけのことで、ぼくの心の中にほんわかしたものが流れ込んでくる…ような気がする。
ささやかなエリスの思いやりが、今にも途切れてしまいそうなぼくの繊細な心を、ギリギリのところで持ち直させてくれた。
あぁ、エリスは優しいなぁ…
そんなことを思いながら、ズンズン先導する姉に導かれて…ぼくは意思の無い人形のように歩を進めていったのだった。
しかし、現実は…
そんなカレンの心配などどこ吹く風で、街行く人たちに彼の正体はまったくバレていなかった。
多くの人々はカレンのことを、サファナのブランドのモデルかなにかだと思っていた。
それもそうだろう。
いままで人前に出ることがほとんど無かった自国の姫様が、まさか真昼間の大通りを堂々と歩いているなどと誰が想像するだろうか。
そんな現実を知る由もないカレンは、たくさんの人たちの注目を浴びる『マリアージュ通り』のど真ん中を…襲いかかる恐怖感心と戦いながら、サファナが経営するブランド店舗『サファナスタイル』に向かって歩いていくのだった。
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「いやぁ…カレンってば、すごい注目度だったねぇ!
あたし自身がほとんど注目を浴びることなく堂々と市中を歩けたのなんて、なにげに初めてじゃないかな?」
『サファナスタイル』に到着したとたん、姉が嬉しそうに歓声を上げた。
昔からずっと注目を浴びてきた彼女からすると、それだけでも僥倖だったのだろう。
「はぁ…ぼくは生きた心地がしなかったよ
なんか変な汗かいちゃった…」
そんなミアとは正反対に、見られる緊張感から解き放たれた安堵から…ぼくは店内に入った途端へたりこんでしまった。
サファナからの事前連絡により、『サファナスタイル』は臨時閉店となっていた。
そのため、店内には他の客や店員などの人影はない。
無人の店内に入り、一同は思い思いにくつろごうとする。
そんな矢先のこと。
「あーら、やっと来たわね!
待ちわびてたワァ」
背筋が凍りつきそうになるほど気持ち悪い口調の…野太い声が、突如『サファナスタイル』の店内に響き渡ったんだ。
他に誰もいないと思っていた店内からの突然の声にびっくりする。
横に居たエリスもぎょっとしている。
すると、店舗の奥の方から…スキンヘッドにサングラス、さらには色黒で筋肉ムキムキの男がゆっくりと出現した。
明らかに不審者!
そう判断してもおかしくないこの人物の姿を認識した瞬間、「まさか…」といった表情を浮かべていた姉さまが歓声を上げた。
「おおおお!
ボロネーゼじゃない!
久しぶり!!」
「…おやおや、そこの元気の塊みたいな坊やはミアちゃんね!
久しぶりネェ!またイケメンになったワねぇ!」
久しぶりの再会に、歓声奇声を上げながらがっしりと固い握手を交わす二人。
…どういうこと?
でもすぐに思い出した。
そう…この不審者の正体は、伝説の写真集『ハインツの太陽と月』を撮影した超有名カメラマン、ボロネーゼその人だったのだ。
呆気にとられているぼくたちを放置して、二人の会話が続けられた。
「でもさ、なんでボロネーゼがここに居るの?」
「それがさぁ、突然そこのサファナに呼び出されてね。
なんか面白いことがあるから店に来いって伝言をもらってたんだけど…
面白いことって、アンタに会えることだったのかしら?」
そう言いながらチラリとサファナの方を見るボロネーゼ。
サファナはウインクしながら、奥に居るぼくたちのことを目線だけで指し示した。
「あぁらまぁ!
なんだか知らない顔の人がたくさんいるワねぇ。
…って、アラヤダッ!?」
同行した一同を見回していたボロネーゼの視線が、その視界にぼくを捉えて…突然止まった。
次の瞬間、奇声とともに諸手を上げる。
「マァ…!!
これは…素晴らしいワ!!
これがあなたの双子の片割れね!」
「そうそう、カレンって言うんだよ」
ボロネーゼは歓声…というより奇声を上げながら、ぼくのほうにズカズカと近寄ってきたんだ。
その様子は、まるで歴戦の猛者が好敵手を見つけたときのよう。
ギラギラ光る強烈な眼力と強靭な肉体から発される圧力に、ぼくはまるで猛獣に襲われようとしている子ウサギのように怯えてしまう。
そんな様子もお構いなく、ボロネーゼは変な口調で自己紹介を始めた。
「初めまして、アタシは写真家のボロネーゼよ。よろしくネッ!
アンタのねえさんの写真集を撮影したのはこのアタシなのよ?」
「は、はぁ…初めまして…。カレンです」
「んまあぁ…アナタステキねぇ!
なんだかゾクゾクするわ!
アタシのインスピレーションをビンビン刺激するの!」
ビクビク怯えているぼくの手を無理やり奪い取り、彼は嬉しそうに握り締めた。
いたたっ!!すっごい握力なんですけどっ!?
…その圧倒的な体格差に、手が折れてしまうのではないかと心配してしまう。
さすがにそうなる前に手を離すして名残惜しそうにぼくの手を見つめると、ボロネーゼはニヤリと笑いながら…こう口にした。
「…なんだかアナタ、アタシと同じニオイがするワァ」
「そんなことはぜっっったいに、ナイっ!!」
ぼくは思わず…反射的にそう口走ってしまったのだった。
ことり。ことり。
ベアトリスが冷たく冷えたお茶を、一人一人に配っていく。
喉が渇いていたぼくたちは、ごくごくと一気にお茶を飲み干していった。
お茶を飲んで一息つき、各人の簡単な自己紹介が済んだところで、サファナが皆に今回ボロネーゼを呼んだ理由を説明しだした。
「いやね、せっかく今回カレン王子のお化粧がうまくできたじゃない?
だから、記念に…この美麗な姿を写真に残してもらいたいなぁって思っちゃったのよ。
ちょうどボロちゃんがハイデンブルグに来ているのは知ってたからさ。
こいつは一石二鳥だ!って閃いちゃってねぇ」
そんなサファナの説明に、ぼくは「ええええっ!?」と叫んで、姉さまは「おお、面白いじゃん!」と喝采を上げる。
それぞれまったく正反対の違う反応を示し、キッと睨み合うぼくと姉さま。
視線に飛び交う火花。
次の瞬間、それぞれが…自分の味方と思っている人物に同意を求めた。
「ベアトリス、やっぱ写真撮りたいよな?」
「はい。ミア様のその素晴らしいお姿を形に残すべきだと思います。
…できればその写真を私に頂きたいのですが」
姉さまの問いかけに、ぶれない返事を返すベアトリス。
「エ、エリスは写真はイヤだよね?
写真に映ると魂抜かれちゃうもんね!?」
「う、うーん…まぁ、そうですねぇ…」
ぼくの必死な問いかけに、微妙な顔をしつつも同意するエリス。
状況は二対二だ。
であれば、この状況を動かすのは…
「ねぇ、せっかくだからエリスもお化粧して映らない?」
「…えっ」
突然の、サファナからの提案だった。
この…エリスへの援護射撃は実に効果的だった。
基本的にはカレンの味方のように振舞っているエリスではあったが、そこはやはり女の子。
目の前でカレンが劇的に変身する様子を見せられて、やはり『プロによるお化粧』に憧れを抱いていたのだ。
そこを見逃さなかったサファナの、これはファインプレーと言えた。
そんな…心が揺らいでいる様子のエリスに、ぼくは絶望的な気持ちを抱いていた。
そんなぼくの様子に気付いたのか、エリスは…揺れる乙女心と戦いながらも…なんとか振り切って口を開いた。
「あ…あの、そのお話はものすごく嬉しいんですけど…
その、なんというか…私には分不相応というか…」
絶対にお化粧をして欲しいはずなのに、我慢して…ぼくに気を遣った返事を返すエリス。
はっきりとは断らないところに、彼女の迷いが見て取れた。
だが、エリスにそこまでのいじましい姿を見せられて黙っていては男が廃る。
ぼくは精神戦での負けを認めると、大きく肩を落としながら…渋々写真撮影に同意したのであった。
…エリスの輝くような笑顔が見れたのが、ぼくにとって唯一の救いだった。
「ふーっ…」
ぼくは一人、大きなため息をついた。
ここはサファナのお店『サファナスタイル』の裏通りに面した場所にある裏口。
外の空気が吸いたくなったぼくは、人目につかない裏口を案内してもらっていた。
その際、どうしても一人になりたかったので…自分のことを気にかけてくれているエリスに一言伝えたあと、一人でここに来ていたのだ。
念のため帽子は被っていたが、裏通りには人通りがほとんどないようなので、ほっとして帽子も脱ぐ。
いやー、本当に疲れた…
いったい何枚の写真を取られたんだろう。
ぼくは先ほどまでの撮影を思い出し、ふぅと息を吐き出しながら天を仰いだ。
ボロネーゼが自分に対して言い放った数々の『暴言』が、ふいに脳裏に蘇ってくる。
「あらマァ!ステキよ、カレン!シビレるワァ!」
「そうよ、アナタは蝶になるのヨ!」
「照れてはダメ!本当の自分をさらけ出して!」
「イイ!…イイわぁ!アタシもうオカシくなっちゃいそう!」
あー、こっちのほうが頭がおかしくなりそうだ…
思い出しながら、ぼくは心の底からウンザリした。
店内からは、ときおり姉さまやサファナ、エリスの歓声が聞こえてくる。
どうやらまだ撮影会は続いているようだった。
…なんというか、女の人のパワーはすごいなぁ。ついていけないや。
もうしばらく休んでから戻ろうっと。
そんなことをうっすら考えながらも、ぼくの意識は違うことに囚われていた。
それは、鏡で見た自分自身の姿だった。
正直…これまで自分は「男が女の格好をする」ことに、猛烈な違和感を持っていたんだ。
でも、実際化粧した姿を見たところ…どうだろうか。
自分で言うのも悲しくなるのだが、どこからどう見ても女性にしか見えなかった。
どうやらぼくは大きな勘違い…というか、思い違いをしていたらしい。
ぼくは、誰がどう見ても『女の子』にしか見えないんだ。
そのことを今回、ようやく…認識させられたんだ。
この事実を受け入れることは、ぼくにとってはかなり辛いことだった。
自分は『男』である…と強く思い続けることで、かろうじて最後の心を繋ぎとめていたのだ。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
最後の心の砦が、ガラガラと音を立てて崩れていくような錯覚を覚えた。
…どうしよう。
ぼくはどうすれば良いんだろう。
そんなことを思いながら、ぼくがまた大きなため息をついた…そのとき。
バサッ…
何か落ちる音が、自分の前でしたのだった。
ハッとして顔を上げるカレン。
するとそこには…見たことのない男の人が立っていた。
自分と同年代くらいであろうか。
身なりからかなりのお金持ちであることは想像できる。
サラサラの金髪で、整った顔立ちの…いわゆるイケメンだった。
手に持っていた上着を、なぜか地面に落としている。
そんな彼の視線は……
落とした上着ではなく、ぼくの顔を凝視して……固まっていた。
まずいっ!
顔を隠すのを忘れてた!
そう気づいて、慌ててサングラスと帽子を被るものの、既に手遅れ。
目の前の若者は、うっとりとした表情を浮かべたまま、ぼくに語りかけてきた。
「お嬢さん、急に声をおかけして申し訳ありせん。
あなたがあまりに寂しげな表情を浮かべていたので、つい堪えきれず声をかけてしまいました。
俺は…ブライアントと申します。
良ければブライと呼んでください」
そう言いながらこのイケメン…ブライは、最高のスマイル浮かべながら…続けてこう言い放った。
「俺は…あなたに出会うために、この世に生を受けたのかもしれない。
たった今、運命を感じました」
「…はぁ?」
そんな不意打ちに、ぼくは間抜けにも…気の抜けた声を出してしまったんだ。
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その頃、『白鳥城』の中では…
「た、大変です!」
スパングル大臣が慌てた様子でクルード王の執務室に駆け込んで来た。
「ん?どうしたんだ?」
「クルード王!こ、これを見てください!」
スパングル大臣がクルード王に手渡したのは、1通の書状だった。
クルード王はその書状を手に取り、一通り目を通したあと…「げげっ!」と声を上げた。
彼らが衝撃を受けた書状。
それは……ブリガディア王国の屈指の名門貴族であるタイムスクエア家の御曹司、ブライアント=ナルター=タイムスクエアからの書状だった。
その内容は、本日私用でハイデンブルグの街に来ているので、もしお時間があればぜひ今夜クルード王および…ミア姫と一緒に会食をしたい、というものだった。




