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11.新しい『日常』のスタート

 

 ここは、双子専用のリビングルーム。


 夕食を終えたカレンとミアが、ベアトリスを引き連れてくつろいでいた。

 ちなみにエリスはここには居ない。

 今日は流石に疲れ果てたということで、早めに休むことにしたのだそうだ。


「いやー、しっかし驚いたなぁ。

 まさかお母様が他人を受け入れる日が来るとはねぇ…」

「…本当だね。

 やっぱりそれだけエリスがすごいってことだよね」


 紅茶を飲みながら感慨深げにつぶやくミアに、カレンが同意を示す。



 二人が話していたのは、先ほどまで行われていた晩餐会での出来事のことだった。

 エリスを歓迎するために開かれたこの晩餐会ではあるが、参加したのはクルード王、ヴァーミリアン王妃、カレン王子、ミア姫、エリスの五人だけであったので、実態はハインツファミリーによるただの歓迎会だ。


 その席で…絶対に人の言うことを聞かない母親ヴァーミリアンが、なんとエリスのことを『自分カレンたちの魔法の家庭教師』として受け入れることを表明したのだ。


 普段この暴君ヴァーミリアンに苦しめられているハインツ王家一同は、彼女のこの発言に腰が抜けるほど驚愕した。

 クルード王などは「おまえ…電撃で頭がまともになったのか?」などと失言しておしおき・・・・を喰らってしまったほどである。


 だがヴァーミリアンはそんな一同の驚愕に対して、電撃で少しチリチリになった頭を撫でつけながら「エリちゃんはかわいいから特別に許可するのっ!」と、嘘偽りで無いことを改めて宣言したのだった。


「あたしたちは裸の付き合いで親しくなったのよ!

 ねぇ?エリちゃん?」

「は、はぁ…」


 若干戸惑いながらもヴァーミリアンの言葉に頷くエリスに一同は感心するとともに、本当に何事もなくてよかったと心の底から安堵したのだった。


 その後、ヴァーミリアンはクルード王に「それじゃぁあなた、またねっ!」と熱烈なキスをすると、来たときと同じように唐突に彼女のすみかに帰っていった。



「…まぁでも、明日からが楽しみだね」

「うん…

 ぼくもちゃんと部屋の外に出るようにするよ。

 このままじゃいけないって思ってたしね」

「ほぅ…あんたエリスに惚れた?」

「なっ……ち、違うよ!

 同じ歳の女の子があんなにすごいんだから、ぼくも負けてられないって思っただけだよ!」

「はいはい」


 ケラケラ笑うミアに、赤くなってぷーっと膨れるカレン。



 こうしてエリスがやったきた最初の一日は、激動の中過ぎ去って行ったのだった。








 ------------







 翌日、ハインツの王城はざわめきに包まれていた。


 ここしばらく引きこもりだったミア姫が、突然姿を表すようになったからだ。


 特に城を警備する衛兵たちは色めき立っていた。

 なにせ彼らが衛兵を志願した理由の主要なもののうちの一つが、『絶世の美女』や『ハインツの月姫』と呼ばれる『ミリディアーナ姫』を見る……あわよくばお知り合いになることだったからだ。



 そんなわけで、衛兵たちは勝手気儘にミア姫の話題で盛り上がっていた。


 以下はその一例である。



「おいおい、俺さっき久しぶりにミア姫を見たよ!

 やっぱ綺麗だよなぁ…なんかキューンって来るよなぁ」

「俺もだよ!見た瞬間、なんか生きててよかったーって感じたぜ。

 …ところでよ、なんで急に月姫様は引きこもりを解消したんだ?」

「あー、なんでも昨日から来たっていう家庭教師の影響らしいぜ?

 確か…まだ若い女の子だって聞いたけどなぁ」

「若い女の子だぁ?

 それじゃああれか、月姫様のお友達として来たって感じなのかな?

 それで引きこもりを解消したってか」

「そんなことよりも、その若い家庭教師の女の子ってのは可愛いのか?」

「それが、西側を警備してたやつが見たらしいんだけど…けっこう可愛いらしいぜ!

 まぁもっとも、我らが月姫様ほどではないらしいがな」

「あったりまえだろ!

 あんな美少女がそんじょそこらにゴロゴロいてたまるかよ!

 でもまぁ、さすがに俺らが姫様をゲットするなんてのは厳しいだろうけど…家庭教師だったらなんとかなるかもな?」

「いや、それがな…

 一説によると、カレン王子の『紐付き』らしいんだ」

「げえっ、マジかよっ!?

 そんなのありかよっ!」

「なんでも、カレン王子がその家庭教師の子を自分の馬に相乗りさせて迎え入れたらしいぜ?」

「あぁ…なんてこったい!

 せっかくの新しい出会いのチャンスだったのに、なんで王子が全部持って行くかなぁ…

 くそッ!神様は不公平だぜ!」

「ばーか、ブサイクはブサイクらしく身の程を弁えろってことだよ!」



 …これに類似した会話が、『白鳥城』内のいたるところでなされていたのであった。






 そんな城内の浮ついた気配を、カレンは敏感に察していた。

 朝食を終えたあと、午前中の勉強をするために別の場所に案内される際も、それは変わらなかった。

 なんというか…かなり多くの視線を感じる気がする。


 そう思ったカレンは、自分を案内してくれている侍女のプリゲッタに聞いてみることにした。


「ねぇ、プリゲッタ。

 …今日はなんだか、城内が騒がしく感じない?」

「それはですね、姫様がお部屋から出られたからですよ」

「えっ…?」


 予想外の答えに、思わず声が漏れてしまう。


 ちなみにプリゲッタは、カレンのことを『ミア姫』として認識していた。

 昨日ミアを見て赤くなった…例の侍女である。



 なお、このことからも分かるとおり…クルード王は『双子にかけられた呪い』のことを、ほとんどの人に秘密にしていた。

 その最大の理由は…カレンのことを思いやってである。

 従って、例の『呪い』をかけられて以降…ベアトリスのような例外を除いては、原則入れ替わっていることをほとんどの人が知らなかった。

 もっとも、この双子については…もともと多くの人たちから『男女逆』に認識されていたので、皮肉なことに誰も気づくことはなかったのだが。


 カレン自身も、女装した姿を他人に見られることよりも…自分が『女装した王子様』であるということがバレることの方を、何よりも一番恐れていた。

 なので、『ミア姫』として生活していくことをものすごく嫌がってはいたものの、どうせ『呪い』のせいで女装しなければならないのであれば背に腹は変えられない…ということで、しぶしぶ『ミア姫』のふりを受け入れることにしたのだった。


 このような事情から、まだ着任して日が浅い侍女プリゲッタも御多分に洩れず『双子の秘密』に気付いておらず、カレンのことを『ミア姫』だと勘違いして認識していた。

 それに対してカレンの方も、心の中は別として…表面上は『ミア姫』として彼女に対応していたのだった。





「いくらなんでもそんなこと……無いんじゃないかな?」

「えーっ!?

 姫様は自覚がなさすぎですよ!

 もう朝から城中が浮き足立ってますよ?」

「そ、そうなの?」


 まるで偶像アイドルでも見るかのようなキラキラしたプリゲッタの視線に、カレンは心の中でため息をついた。

 こういう事態を考えないではなかったが、まさかここまで人気があるとは思ってなかったのだ。

 もっとも、自身が引きこもることでレア価値が上がってしまっていたというのは皮肉な事実であったが。


 うーん、どうしよう。

 思ってた以上に『ミア姫の偶像アイドル化』は激しいなぁ…

 まぁでも、当初一番恐れていた『実は男だ』ってことがバレるよりもはるかにマシかなぁ…


 プリゲッタに案内されながら、カレンは一人そんなことを考えていたのだった。







「おっ、やっときたなっ!

 遅いぞー」


 案内されたのは、昨日エリスを紹介されたのと同じ会議室だった。

 中には既にミアとマダム=マドーラが着席している。

 なぜかミアは、カレンの到着を心の底から喜んでいた。

 …どうやらミアは、マダム=マドーラと二人っきりだったのが相当辛かったようだ。


「ようやく揃ったざますね。

 今日お呼びしたのは、これまでいろいろあって中断していたお二人の『お勉強』を、本日から再開することにした…ということをお伝えするためざます。

 そこで、まずはこれから、お二人の『講師』となる方々を紹介するざますわ」


 マダム=マドーラが奥の扉に向かって声をかけると、そこからゾロゾロと人が出てきた。

 クルード王、スパングル大臣、エリスと、双子にとっては見覚えのある人物が続く。


 そして最後に出てきた人物を見て、双子は思わず『あっ!』と声を出してしまった。

 その人物は、双子のよく知る…完全に予想外の人物だった。



 少し短めのショートカットにメガネをかけ、スタイリッシュな服装に身を包んだ大人の女性。

 その正体は…


「「サファナ!」」

「やっほー!ふたりとも、久しぶりー!」


 そう、双子の幼馴染でありマダム=マドーラの娘である…ファッションデザイナーのサファナだったのだ。


「いやー、これはすごいサプライズだなぁ」

「マダム、どういうこと?」

「正直、お二人の講師の人選については大変悩んだざます。

 なにせ講師になっていただける方には、信頼がおけて口が堅い…等の非常に厳しい条件が付くので、対象となる人物がとても限定されてしまうざます。

 そこで今回…お二人とも面識があり、口も固いサファナに白羽の矢が立ったざます。

 サファナには『市井情報とファッション』に関する講師になってもらうざます」

「ってなわけで、ふたりともよろしくねー!

 今回ついでにあたしのオフィスも城内に用意してもらったから、そのまま移住しちゃうからね!」

「おおーっ!」


 思わずミアが歓声を上げる。

 カレンにとっても、これは嬉しいサプライズだった。


 正直カレンは例の『事件』以来…面識のない相手と接することがかなりの苦痛となっていた。

 その点、幼馴染であるサファナであればなんの問題もない。

 これはこれで、マダム=マドーラやクルード王の粋な心遣いなのだろう。


「あと、昨日ご紹介したエリスさんが『魔法学』を、クルード王は『剣術および基礎体力』を、スパングル大臣が『数学や政治などの一般教養』を、そしてワタクシが…『礼儀とマナー』を担当させていただくざますわ」

「「はーい、よろしくお願いしまーす」」


 元気に返事を返しながら頭を下げるカレンとミア

 それに合わせて双子にとって講師となる五人の男女も頭を下げる。


 簡単な説明が済んだところで、続けてマダム=マドーラは今後の勉強のスケジュールを説明した。


 基本的には授業は午前中に行うこと。

 一日一人の講師が担当して授業を行うこと。

 …一週間は7日なので、5日授業があり2日休みとなる。

 午後については自由時間となるが、いろいろな課題が与えられたり特別授業をやることもある…ということ。


 そして最後に、マダム=マドーラは一番大事なことを付け加えた。



「あ、あと、エリスさんからのたっての希望により、全ての授業に彼女を同席させてもらうことになるざます。

 あなた方にはたいへん良い刺激となると思いますので、仲良くするざます」

「…お二人の邪魔はしないようにするんで、一緒に勉強させてくださいね」


 これまた嬉しいサプライズだった。

 たしかに、(ミア)と二人で授業を受けているよりもよっぽど刺激がある。

 ぺこりと頭を下げるエリスに、カレンはなんだかわからないけど嬉しい気分になった。


 よーし、これからは少しは前向きになってがんばるぞーっ!


 新たな日常の始まりを前にして、心機一転がんばってみようと心に誓うカレンであった。





 こうして…

 ハインツの双子とその家庭教師エリスにとっての新たな生活の日々が、その幕を上げたのだった。












 …だがカレンは、こののちイヤというほど思い知らされることとなる。


 自分が…普通の男の子ではないということを。




 なにより女装した自分が…他人の目から見たときに、『絶世の美女』として認識されているのだということを。





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