10.お風呂場で…決闘!?
「ふーっ、疲れたぁ!」
エリスは誰も居ない部屋の中で大きく息をつくと、パタンとベッドに倒れこんだ。
まくらに顔をうずめてしばらく突っ伏すると、足をパタパタさせて…そのままパタリと動きを停止させる。
ここは、つい先ほど案内されたばかりの…彼女に充てがわれた来客用の小部屋。
もともと宿泊することを想定して造られた部屋のようで、ベッドやタンス、化粧台など最低限の設備が整えてあった。
そしてこの部屋が、エリスのハインツ公国での住まいとなる。
「やっぱりマダムに黙って外出したのはマズかったかなぁ…」
エリスはベッドにうつぶせの体勢のまま、ぽつりとそう独り言をつぶやいた。
実は小一時間前のこと、『マリアージュ通り』から城に戻ってきたところをカレンやミアと一緒にマダム=マドーラに捕まってしまい、しこたま怒られてしまったのだ。
このときミアは「まぁた、あなたざますか!」と呆れられ、カレンは「王子まで一緒になってどうするざますか!」と絞られ、ベアトリスは「あなたが付いていながらなにやってるざますか!」といびられ、エリスは「まさか初日から城抜けするとは想像もしていなかったざます!」と怒られた。
エリスが素直に謝ると、「次から気をつけるざます!」と釘を刺されてミアたちより早く解放されたものの、ちょっぴり反省すべきところは反省しようと思ったエリスであった。
そんな感じでエリスがモヤモヤしていると、トントンと部屋をノックする音が響き渡った。
慌てて起き上がって手櫛で簡単に髪を整える。
扉を開けるとそこには…先ほど自分をこの部屋に案内してくれたバーニャという小太りの侍女が、その手にバスタオルを持って立っていた。
「エリスさん、お風呂の準備ができましたよ。
案内しましょうかねぇ」
「あ、ありがとうございます」
そう言われて、先ほどマダム=マドーラから「今夜はあなたを歓迎する晩餐会があるから、始まる前にお風呂でも入って準備してるざます」と通達されたことを思い出した。
同年代の女の子のご多分に漏れず、エリスはお風呂が大好きだった。
特に今日は…長旅からようやくハインツに着いたばかりで、初めてのことだらけで緊張しまくりだった上に、残暑厳しい街を歩き回ったりしたのだ。
まさかお風呂に入れるなんて…
エリスは自然とこぼれてしまう笑みを止めることができなかった。
つい先ほど怒られたことも、一瞬で吹き飛んでしまう。
「ま、気に病んでてもしょうがないか!
とりあえずお風呂に入って反省することにしようっと」
エリスのモットーは『反省はしても後悔はしない!』だったので、ここはさっさと気持ちを切り替えてお風呂に入ることにした。
ハインツの王城『白鳥城』には、なんと三つのお風呂があった。
一つは王族専用のもの。
一つは城で働く者たちの慰労のためのもの。
そして最後の一つは…来客のためのお風呂。
今回エリスが侍女に案内されたのは、このうち『来客用』のお風呂だった。
とは言っても、かなりの大きさである。
「ここのお風呂はとっても良いわよぉ。
よかったわねぇ!」
案内してくれた小太りの侍女…掃除担当のバーニャが和かな笑顔で教えてくれた。
エリスは改めて礼を言うと、案内された脱衣所へと入っていった。
「うわぁ…広い!」
お風呂場に入ったエリスは、思わず歓喜の声を上げた。
いくら来客用の風呂場といっても、そこは王城にある風呂である。
湯船だけでも十人は手足を伸ばして入れるくらいの広さがあった。
こんな広いお風呂に入れるなんて、幸せ…
エリスは込み上げてくる歓喜の感情を隠すこともできないまま、満面の笑みで身体を流した。
「はふぅぅぅ、生き返るぅ…」
暖かい湯船に身を沈めると、エリスは思わず感嘆の吐息を漏らした。
ハインツ公国まで何日も馬車で揺られてやって来たので、いくら途中でちゃんと宿屋に泊まっていたとはいってもさすがに疲れは溜まる。
花の乙女が情けない声を上げたとしても、それは致し方ないことだった。
そのままエリスは調子に乗って鼻歌など歌い出す。
比較的大人しめのエリスが状況も忘れてこのようなことをするのは、ひとえに『無類の風呂好き』たる所以であった。
だが、このとき。
自分の世界に浸っていたエリスは気付いていなかった。
不審な人物が、エリスに気付かれぬように更衣室に侵入してきたことを…
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ここは王城にある一室。
そこではクルード王、スパングル大臣、マダム=マドーラの三人『ハインツの良心』が、いつものように膝を突き合わせて、双子についての相談をしていた。
「はっはっは、エリス殿はいきなりカレンまで連れて城を抜け出したのか!
こりゃすごいなぁ!」
マダム=マドーラからの報告を聞いて、嬉しそうに笑うクルード王。
笑い事ではないざますわ!と鋭い眼で睨みつけられ、すぐに笑いを収めて首をすくめる。
「…しかし、ずっと部屋に引きこもっていたカレン王子がよく外出などしましたなぁ」
スパングル大臣が感心したように頷く。
彼からすると、王子が部屋から出てきただけでも大きな進歩だったのに、よもや外出までするとは想像すらしていなかったのだ。
「まぁ…マダムが怒るのも分かるが、多少は大目に見てあげようじゃないか。
エリス殿が来てくれた効果が双子にどんな影響を与えるのか、じっくりと見てみたい気がするからな」
「…まぁ、クルード王がそうおっしゃるのであれば、多少のことには目を瞑るざますが…」
そんなクルード王の発言に渋々引き下がりながら、マダム=マドーラは別件について口を開いた。
「それはそれとして、ワタクシは『あのお方』のことが気になるざますわ。
クルード王はエリスさんのことをあの方になにも伝えていないのでしょう?」
「王…あなたはあのお方になにも伝えていなかったのですか!?」
「うっ…」
クルード王はギクリとして動きを止めた。
たらーりと、冷や汗がその額を流れ落ちる。
二人が気にしていること…それはクルード王も気になっていたことだ。
だが、今更なにか手を打とうとしても手遅れだった。
彼女の性格上、こちらの言い分を聞いてくれるとは到底思えない。
どうあがいても無駄ならば、放置しておくのも一つの手である。
それにクルード王は、とある可能性に賭けていた。
それがハマれば案外上手くいくんじゃないか。
そんな期待もあった。
何れにせよ、今の自分には祈ることしかできない。
そう結論付けると、クルード王はこの件については完全にサジを投げたのだった。
「…ま、まぁなんとかなるんじゃないかな?」
「そんな無責任な…!」
「前の魔法教師のときみたいに、あの方に撃退されますぞ!?」
そんな二人の激しい主張を、クルード王はのらりくらりと頷きながら聞いていたのだった。
と、そのとき。
『白鳥城』を警備している衛兵のひとりがノックとともに部屋に入ってきた。
なにやら慌てた様子でスパングル大臣になにかを耳打ちする。
その報告を聞いた瞬間、大臣の顔色が変わった。
「クルード王様、大変です!」
「どうしたんだ?
スパングル大臣がそんなに慌てるなんて…」
クルード王が血相を変えたスパングル大臣から報告を受けた内容、それは…
「そ、それが…
どうやらエリス殿のことがあのお方にバレたようでして……
目撃者の情報によると、既に王城に侵入を許しているようなのです」
「なんだとっ…!?ヴァーミリアンがかっ!?」
スパングル大臣の説明に、クルード王とマダム=マドーラの表情が凍りつく。
先ほどから三人が気にしていたこと…どうやらそれが現実のものとなってしまったようなのだ。
あのお方…そう、『ヴァーミリアン王妃』が、この王城に姿を現したのだという。
思ったより早かったな…
クルード王はそう心の中でつぶやくと、2人の顔を見てこう口を開いた。
「…とりあえずヴァーミリアンを探そう!
見つかったら、わしが説明するからなんとか足止めしてくれ」
クルード王のその一言を合図に、その場にいた一同は『ヴァーミリアン王妃探索』を開始したのだった。
カレンが姉と一緒にリビングルームでくつろいでいると、突然そこにクルード王がやってきた。
なにやら真剣な表情で何かを探しているようだ。
「…ここではなかったか」
「お父様、どうしたの?」
さすがにただ事ではないと感じたカレンが父親に問いただす。
「うむ……ヴァーミリアンが来たようなのだ。
お前たちは見なかったか?」
「ええっ!?お母様がっ!?」
その言葉に、双子は衝撃を受ける。
特にカレンの反応は激しかった。
誰が見ても明らかに動揺していた。
まずい…お母様とエリスが会ってしまってはいけない。
会えば…きっとエリスはここハインツを出奔してしまう!
せっかく仲良くなれそうだったのに。
せっかく自分のことを色眼鏡で見ない人に出会えたというのに…
こんなところでぼーっとしてられない!
お母様とエリスが接触する前に、お母様を止めなきゃ!
ひとりそう心の中で決心すると、居ても立ってもいられなくなったカレンは、母親を探すために部屋から飛び出した。
そんなカレンの様子に驚きを隠せないながらも、クルード王とミアも遅れて同様に部屋を出たのだった。
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エリスがその人物の気配を感じたのは、鼻歌交じりに身体を洗っているときだった。
誰かの気配を背後に感じて、素早く湯を流すと近くに置いたあったタオルを身体に巻く。
「だれっ!?」
「ほほぅ…!
私の気配に気付くとは…
なかなかやるじゃないか」
脱衣所のほうから不敵に笑う女性の声が響き渡る。
…たしか浴室の入口ではバーニャさんが門番代わりをしてくれていたはずなのに…
エリスは警戒のため、首から下げていた『天使の器』である『ラピュラスの魔鍵』を手に握りしめた。
次の瞬間、ガラガラと音を立てて扉が開く!
「呼ばれて飛び出て大・登・場!
こんなところに美魔女登場っ!」
そこには…身体にタオルを巻きつけた一人の女性が立っていた。
その人物は年齢不詳の美女だった。
切れ長の目が、まるで冷徹な魔女を連想させる。
だがその目を除いた全体の面影…なにより特徴的な銀色の髪が、エリスもよく知る人物…ハインツの双子に非常によく似ていた。
そのことに気づいたエリスは、あっと驚きの声を上げた。
「あなたはまさか…ヴァーミリアン王妃ですか!?」
「ふっふっふ、そのとーり!
恐れよ崇めよ!我こそが『七大守護天気』の一人、『塔の魔女』のヴァーミリアンなりぃ!
………って、ビックリした?」
目をまん丸とさせたままコクコクと頷くエリス。
そんな彼女の様子を見て、ヴァーミリアンは満足げに微笑みながら浴室にゆっくりと侵入してきた。
「あなたがうちのかわいい息子と娘についた、家庭教師のエリスちゃんね?
ムフフ、なかなか可愛らしいじゃないの。
こんな若い子を家庭教師として付けてくるなんて…旦那もなかなか考えたわね。
…ところであなたのことをエリちゃんって呼んでもいい?」
「は…はぁ」
「でもねぇ、エリちゃん。
ワタシはそんなに甘くなくってよ!
私を差し置いて双子に魔法を教えようなんざ、お天道様が眩しいうちは許しはしませんことよっ!」
風呂場でタオル巻いた状態の人にそんなこと言われても、エリスとしてもどんな反応をしてよいのか困ってしまう。
そもそも、これが冗談なのか本気なのかさっぱりわからない。
そんなエリスの様子に気付いたのか、ヴァーミリアンは手に持った魔法のステッキをペシペシ叩きながら近づいてきた。
恐らく本気アピールのつもりなのだろう。
…もしかして、私のことを確かめに来たのかな?
そう考えたエリスは、思い切ってカマをかけてみることにした。
「あのー…
もしかして、私が家庭教師をやるのはまずかったですか?」
「えっ…?
あ、いや、まずいわけじゃないのよ?
あなたみたいな可愛らしい娘だったら別に良いかなぁって思うのよ。
だけどなんというか…私の収まりがつかないじゃない?」
「はぁ…」
思ったほど悪い人ではないようだ。
ただ、なんというか…意味が分からな過ぎてどうしていいのかわからなくなる。
この人はいったい一体どうしたいというのだろうか…
エリスは恐る恐る本人に尋ねてみることにした。
「じゃ、じゃあ私はどうすれば良いのですかね…?」
「んー……じゃあ、エリちゃんのおっぱい揉ませてくれたらいいよ」
「えええええっ!?」
いきなりのヴァーミリアンのトンデモない発言にギョッとするエリス。
思わず彼女から一歩引いて湯船の中に逃げ込む。
「なによー、減るもんじゃないんだから良いじゃない!
ミアとか私と似て胸が無いからつまんないんだよねー」
「いや…あの…ちょっとそれは…」
「ぶー!
じゃあしょうがないなぁ…
また悪の魔女モードに戻るか」
ヴァーミリアンはまたもや意味不明なことを口走ると、オホンと一つ咳払いをしてさっきまでのいかめしい顔に戻した。
「あっはっは!
じゃあ仕方ないわね。
私の魔法を受け切れたら、エリちゃんを家庭教師として認めてあげましょう!
ただし…私の魔法は強力よ。
なにせ、『七大守護天使』と称されるほどの魔力を持った私の魔法だからねっ!」
いちいち忙しい人だなぁ…
エリスが感心して見ていると、ヴァーミリアンは声高らかにそう宣言して、手に持ったステッキを力を込めて握りしめた。
次の瞬間、ヴァーミリアンの全身が光り輝くとともに、その背に大きな『白い翼』が具現化する。
ヴァーミリアンは…魔法使いの上位存在である『天使』となって、その場に光臨した。
「あら…そんなに驚いてないわね。
もしかして天使を見たことあるのかしら?
まぁいいわ、それじゃあ貴女をテストしてあげる!」
ヴァーミリアンの魔力が高まっていくのを、このときエリスは感じていた。
まずいなぁ…どうやら本気みたいだ。
あれだけの魔力を喰らったら、今の私ではひとたまりもない。
意を決したエリスは、『鍵』を握りしめていた手に力を込めると、自らの魔力を一気に解放した!
次の瞬間、エリスの背中にも王妃と同様の『白い翼』が具現化する。
眩い光とともに、バスタオルを巻いた『天使』がもう一人、その場に光臨したのだった。
それを見て、度肝を抜かされたのはヴァーミリアンのほうだった。
「エリちゃん、あなた……『天使』だったの!?
その歳で!?
こりゃ驚いたわ…
旦那ったら、とんでもない娘を連れて来たわねぇ」
だがヴァーミリアンが驚いていたのはわずかな時間だけだった。
彼女はすぐに我を取り戻すと、今度は不敵な笑みを浮かべながらエリスに語りかけてきた。
「まぁいいわ。
あなたが天使だろうが悪魔だろうがテストをやることに変わりはない!
…というわけで、エリちゃんあなた、耐えられるかしら?」
ゆっくりと魔力を高めながら湯船に足をつけるヴァーミリアン。
二人の距離が一気に縮まる。
この時点でエリスも覚悟を決めた。
自らの魔力を高め、ヴァーミリアンの魔法に『抵抗』する準備を整える。
「…覚悟はできたみたいね。
なかなか良い魔力だわ。
…さぁ、いくわよ!」
ヴァーミリアンが両手を上に挙げて魔力をそこに集中させた。
バチ…バチ…と、嫌な音がする。
その音を聞いた瞬間、エリスの顔色が一気に変わった。
「で…電撃!?」
「エリちゃん、あなたは私がなぜ『塔の魔女』って呼ばれてるか知ってる?
それは、私が塔に住んでるからってだけじゃないのよ。
塔とは…雷の暗示。
そう、私の得意魔法は『雷』なのよ!」
「ちょ…!だ、だめです!」
焦った顔のエリスが、必死にヴァーミリアンを止めようとする。
だがヴァーミリアンはそんなことでは止まらない。
素早く指で魔法式を宙に描く。
「あーら、いまさら焦ったって手遅れよ。
天使同士の魔力のぶつけ合いなんて久しぶりだから張り切っちゃうからね!
いっくぞぉ…」
「だ、だめですっ…!お風呂で電撃は……」
「往生際が悪いっ!
くらえー!『電撃の嵐』!!」
魔法が発動される寸前、エリスは全力で浴槽から飛び出して湯船の中から脱出した。
ヴァーミリアンの手から放たれた強烈な電撃が、寸前までエリスが立っていた場所に激突する。
次の瞬間、強烈な電気の嵐がその場に走った。
黄金の蛇と化した電撃はそのまま湯船に突入し…浴槽のお湯を伝ってお湯の中全体に広がってく。
だが、浴槽の中には……
魔法を使った張本人であるヴァーミリアンがいた。
「あばばばばばばば」
炸裂する強烈な雷光。
突き抜ける爆音。
響き渡る変な声。
それらが複雑なハーモニーを奏でたあと、しばらくして…再び風呂場に静寂が訪れた。
強烈な電撃の光に目を瞑っていたエリスは、電撃が収まるのを感じると恐る恐る目を開けた。
するとそこには…
感電して湯船にプカプカと浮いているヴァーミリアンの姿があった。
…このひといったい何をしたかったんだろう。
エリスは壮絶な情景を目にしながら、そんなことを思ってしまったのだった。
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母親を探していたカレンは、ふと思いついて来客用のお風呂場に向かっていた。
…既にエリスのほうに向かってるかもしれない、そう考えたのだ。
来客用の風呂場の入り口に近づくと、そこに一人の女性が倒れているのが見えた。
あれはたしか…侍女のバーニャだったはず。
どうやら無理やり眠らされているようだった。
そのことに気づいて、カレンの嫌な予感は確信に変わった。
間違いなく…ここに母親は居る。
幸いなことにバーニャはただ眠っているだけだった。
「もう食べれません…むにゃむにゃ」
などと幸せな寝言をつぶやいている。
そんなバーニャをやっとこさ壁に寄りかからせると、さてどうしたものかと思案に暮れた。
…というのも、この中に母親が居る確信は持てたものの、それが同時にエリスがこの中に居ることを示唆していたからだ。
なにせここは『風呂』だ。
その中に入っていくのは、さすがのカレンでも憚られた。
そんな訳で風呂場の前で不審者よろしくオロオロしていると、突然「バリバリバリーッ!」という強烈な音が風呂場の中から聞こえてきた。
こ、これはまずいんじゃないかな…
カレンの背中に冷たい汗が流れる。
それでもカレンが手をこまねいていると、音を聞きつけたクルード王や姉がやってきた。
助かった…そう思って二人に声をかけようと思った、そのとき。
ギギギ…
という扉が開く音とともに、ある人物が風呂場から出てくる。
その人の姿を見た瞬間、カレンは言葉を失った。
それは……バスタオル一枚を巻いただけの状態で、背中に『天使の翼』が生えたエリスだった。
その腕には、同じくバスタオル一枚を巻いた状態で気絶したヴァーミリアンを抱きかかえている。
濡れた髪の毛が、溢れ出る魔力でキラキラと輝いて見える。
それが…バスタオル一丁という姿もあいまって、カレンにはひどく魅力的に見えた。
ゴクリとつばを飲み込むと、カレンは喉の奥から絞り出すようにして、なんとか言葉をひねり出した。
「エリス…
きみは天使だったんだね…」
カレンたちが居ることに気づいたエリスは、ハッとして身を隠そうとする。
天使の翼が、まるで別の生き物のようにゆっくりとエリスの身体を覆った。
そしてその状態のまま、抱えていたヴァーミリアンを…ただ一人動揺していないクルード王に託した。
「すまんな、エリス殿。
うちのが迷惑かけたみたいで」
「いえ、その…
私こんな格好なんで、すいません!」
前髪から滴り落ちる水滴を指で拭いながらそれだけ言うと、エリスは軽く頭を下げて…バスタオルを両手で抱きかかえるようにしながら、いそいそと風呂場に戻って行った。
残されたカレンは、舞い散るエリスの魔力の残滓…『天使の羽根』を、呆然と眺めていた。
「うっひゃー…すごいな!
エリスってば、天使だってよ!?びっくりしたなぁ!
…ってカレン、なに見惚れてんだよ」
そんなミアのちゃかす言葉も、カレンの耳には入ってこなかった。
それくらい、エリスの姿に衝撃を受けていたのだ。
こうして、『風呂場襲撃事件』は幕を閉じたのだった。
多くの人の心に、いろいろな想いを残して。




