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愛しのアンジェリーナ  作者: まあち さくら
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8

「なぜ、突然来た? しかも、あんな奥まで入り込むなんて、普段のお前らしくない」

「その事に関しては、素直に謝ります」

 それには些か申し訳ないと感じているのだろう。サーマの顔が曇る。しかし次の瞬間、サーマは眉を寄せると、アルフレッドの顔をじっと見上げた。

「しかし、貴方も悪いのですよ」

「何がだ?」

「この所貴方の訪れが無いと、たくさんのご令嬢がひっきりなしに僕の所にやってくるのです。しかし当の貴方は僕に何も教えてはくれないし、僕のほうでもなんと答えたものか、ほとほと困り果てていましてね」

 押し黙るアルフレッドに畳み掛けるようにサーマが続ける。

「密かにヴィルにも当たってみましたが、貴方は最近お出かけにならないのだ、の一点張り。それでもその理由を聞いても黙ってしまう。これでは、何か貴方に秘密があるのだと疑って当然でしょう? しかも、僕にも話したがらないような理由がね」

(よくやった、ヴィルよ)

 アルフレッドは心中密かにヴィルに礼の言葉を述べていた。 

(このサーマから沈黙を守り通すのは、大変なことだったろうに)

 悪く言えば知略の塊のような少年の追及に、よくぞ主人を守ってくれたものだ。きっとエマと幸せにしてやるからな、などと余計な事まで考えてしまう。

「アルフレッド……」

 頑として口を開こうとしないアルフレッドに焦れたのだろう。サーマが下からその顔を覗き込み、ぴたり、と視線を合わせた。

「かの国の〝勇者〟は、墓標になんと刻まれているのです?」

 アルフレッドが目を見開く。その一言で充分だった。

 サーマは、アッシュが「ラッカの勇者」その人である事も、彼女がこの国に、いやアルフレッドの元へ来た経緯も、全て察しがついているのだ。互いの腹を探り合うような沈黙が数秒続いたが、ふうっと溜息を吐き出したのは、アルフレッドのほうだった。

「……アッシュ・イナス・ラッカ、だ」

 形の良い唇が、ゆっくりとした動きでその名を形作った。

 苦悩に唇を噛み締め視線を落としてはいるが、そのアルフレッドの姿はそれでも美しい。耳に噛ませたピアスが、きらりと午後の陽光を受けてきらめく。

 伏せたまつげの長さと切れ長の目が描くカーブに見惚れながら、サーマもまた溜めていた息を吐き出すように、長く疲れたため息を吐いた。

「やっと白状しましたか。貴方の強情さにも困ったものです」

「裁判に掛けられた罪人の気持ちがよく解るね」

 軽い口調ながらも、しみじみとしたアルフレッドの口調に笑いながらも、サーマは再び顔を引き締めた。

「冗談ではありません。このままでは貴方、本当に罪人にされてしまいますよ」

 誰に、とは問わずとも解る。

 サーマも、兄である現王のアルフレッドに対する鬱屈した思いは充分に理解しているのだ。何かの火種があれば、すぐにそれが燃え出さんばかりの危険な状態であろうことも。

「俺には、叛意は無い」

「あなたにその気が無くとも、兄を好ましく思わない人達にとって、あなたほど次の王位に相応しい人物はいないように写るのでしょう」

 ふん、と鼻で笑ったアルフレッドだったが、サーマの気遣う瞳に、真実己を心配する気持ちを読み取ったのだろう。僅かに視線を足元に逸らすと、小さな声で告げた。

「だから、彼女がいる」

「ラッカを使うつもりですか?」

「万が一の時には」

「彼女の身を盾にして、ラッカから援軍を頼むつもりなのですね?」

「……」

 沈黙が答えなのだろう、とサーマは思った。

 だからこそアルフレッドは、彼女の存在を誰からも隠しているのだろう。万が一、王であるブラドリーⅡ世がアルフレッドに危険を及ぼそうとした時、アルフレッドは彼女の身柄と引き換えに、ラッカの兵力を要求するつもりなのだ。

「しかし……その引き金が、彼女自身である可能性もあるのですよ」

 それは、アルフレッドも充分に解っていた。それでも今すぐ彼女をどうこう出来るほど、アルフレッドの中にある彼女への執着は簡単なものでは無い。

「隠し通せば良いだけの事だろう?」

「まさか……! それはいつまでです? 私だって知ってしまったのです。どうして他の人間があの人の存在に気付かないと言えます?」

 サーマの言う通りだった。それでも、彼女を手放す事など出来そうに無い。……真実の理由をサーマに告げる事は、永遠にないだろうが。

 無言を続けるアルフレッドに同意の意志が無いのを見て取ると、サーマは諦めたようにふう、と吐息を吐いた。

「アルフレッド、貴方、もしかして彼女の事を……?」

 万が一の可能性を滲ませた問いかけに、アルフレッドは常の皮肉げな笑みを浮かべる。軽く口の端を上げると、サーマまでもが騙されてしまうような笑みを浮かべた。

「まさか。彼女の事は、とても大事に想っているがな。……何しろ、大切な〝手駒〟だからな」

 この年下の従兄弟に、彼女に一方的な片恋をしているのだと告げる訳にもいくまい。

(本当の私は、彼女に憎しみの目しか向けられてはいないのだ)

 それなのに、どうしてこれほどまでに一途で熱い恋心を燃やしているのだろう?


 「手駒」と言い切ったアルフレッドの酷薄な笑みを凝視していたサーマは、「それなら」と大人びた表情で付け加えた。

「少なくとも、今までと同じような生活をして下さい。ああ、〝同じような〟ですよ。くれぐれも、これ以上悲しむ女性を増やすようなことは止めて下さいね!」

 少年らしい潔癖な一面を覗かせながらも、年上の親友を想う王の弟は、悲鳴のような響きでアルフレッドに忠告した。 

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