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「それ、なんという曲ですか?」
突然現れた亜麻色の髪の少年に、アッシュは少々面喰った。
柔らかな巻き毛が揺るやかに流れる様は、未だ青年期に入る前のあどけなさを残している。おそらく、十二、三歳くらいではなかろうか。
驚いて声の無いアッシュに少年はにこりと笑うと自己紹介を始める。
「突然に失礼しました。私の名はサーマ。ええと、アルフレッドの友人です」
その説明にアッシュはまたも言葉を失うことになった。
いくら中身に子供っぽい所を残そうと、アルフレッドはとうに成人した大人である。
(こんな少年が、アルフレッドの友人……?)
そうは思うが、この少年はどうやらこの館の出入りを自由にすることが許されているようだ。
アルフレッドが持つ邸宅の内でも、現在ふたりのいる中庭は随分奥まった位置にある筈だ。
「リュート」を持つことを許されて以来、天気の良い日はここで音楽を奏でながらゆったりとした時間を過ごすことがアッシュの日課のようになっていた。
「……驚いていらっしゃいますね? いえ、訝しんでいらっしゃると言ったほうが正しいですか?」
言葉を返せないアッシュに、正しく少年が指摘する。しかしその姿は嫌味や皮肉っている様子では無い。どちらかと言えば、アッシュの考えていることは当然だ ろうと言った風情で、その表情はとても大人びて見える。その上告げられた内容も的確で、いっそ清々しいほど真っ直ぐだ。
(この頭の良さ、やはりアルフレッドの「友人」なのだ)
アッシュは瞬間的に理解した。そして口元に柔らかな笑みを湛えると、少年に敬意を払うような目で彼の顔を見返した。
「仰る通りです。失礼ながらこの館で貴方位の年の方を見たことが無かったもので、正直どのような方なのかと考えてしまいました」
相手の年齢には不相応なほど丁寧に返せば、相手がますます楽しそうに笑った。
「ああ、貴女が正直な方で嬉しいです。それならば、先程の私の問いに答えて頂けますか?」
重ねて問いかけてくる少年の顔に邪気は無い。それでも。
(曲の名を言えば、この頭の良い少年の事だ。ラッカの曲だと気付いてしまう)
アッシュは暫し考え込んだ後、「私の祖国の歌です」とだけ答えた。
どのような反応をするのかと恐れたが、少年は納得したような顔で頷くと、アッシュの手にある楽器を暫し見つめた。
構えたように身を堅くしたアッシュであったが、少年はそのまま何も言わず、
「では、もう一度だけお願い出来ますか?」
と、軽やかな歌うような口調で、アッシュに請うた。
どかどか、と賑やかな足音が聞こえる。
ああ、あの足音は怒っている時の彼の歩幅だーと付き合いの長さから瞬時に判断すると、サーマ・リヒャルト・リーリックは読みかけの本から顔を上げた。
そのまま、三・二・一と数えると、丁度ゼロのタイミングでバンっと扉が開け放たれ、端整な顔に明らかに怒りを上らせるアルフレッドが鼻息も荒く現れた。
「……サーマ……」
「御機嫌よう、アルフレッド」
機嫌が良い筈も無いのは一目瞭然なのに、にっこり笑って挨拶を述べるサーマに、アルフレッドは益々怒りを募らせた。
「機嫌が良いように見えるか?」
「さて、僕には貴方のポーカーフェイスは見破れませんね」
その言葉に、逆にアルフレッドが息を呑む。そして己の頬にその大きな手を当てると、今更ながらに自分が憤りを顔にそのまま乗せていた事に気付き、嫌そうに眉を顰めた。
「……嫌味な奴だな。それも帝王学のうちか?」
「いいえ。ただ、同じ顔を貴方が兄上の前でなさると困ったなと思ったまで」
先程までの表情を一切消した鉄仮面の中で、ぴくん、と眉を跳ね上げたアルフレッドが、サーマを睨む。
暫しの沈黙。
互いに睨みあう様な数秒が過ぎた後、アルフレッドは降参と言った様に両手を上げ、細く長いため息を吐いた。
「ああ。お前の気遣いには感謝する」
真っ直ぐにサーマを見つめれば、アルフレッドが心を決めた事を察したのだろう。サーマの表情も幾分和らいだ。
「全て、話してくれるのでしょう?」
「お前の見聞きした通りだ」
「まさか。僕は何も聞いていませんよ。僕が聴いたのは、美しい楽器の音色と歌声だけ。……お名前すら伺わなかったというのに」
その答えが全てだろう、とは思ったが、アルフレッドはその心中を言葉にする事は無かった。
既にはぐらかそうとする気持ちは薄れていたが、とにかく来訪の理由だけははっきりさせなければならない。アルフレッドは手近にあった椅子にどすんと腰を下ろすと、サーマの顔をじっと見つめた。




