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「おい? どうした?」
その全く予期せぬアッシュの反応を訝しむと、アッシュがアルフレッドの背中をぐいぐいと押す。
「と、とりあえず早く出て行ってくれ。私にも支度があるし、お前もそのような格好で評議に出て行きたくはあるまい?」
アッシュの言葉通り、アルフレッドは昨夜のままの正装を幾分寛げた格好であった。そのまま寝込んでしまったせいか、あちらこちらが皺になってしまっている。
元々人一倍衣服に気を使う性質なだけに、この格好はなんとも頂けない。自室に一度戻り着替えねばなるまい……とそこまで考えて、アルフレッドは口元に面白げな笑みを浮かべた。
「俺もヴィルに服を持って来てもらおうか」
「は?」
意味の掴めない言葉に、アッシュが顔中に疑問を表す。続けた言葉に、今度こそアッシュは怒りで顔を真っ赤に染めた。
「ふたりで、この場で着替えるか。アンタのそんな格好も、いつまでも見ていたい気もするが」
言葉の通り、アッシュは薄い夜着を一枚身に着けているだけだった。それは彼女の女らしいラインにぴったりと沿い、胸のふくらみや、腰から双丘にかけてのまろやかなラインをも際立たせていた。
アッシュが枕を掴む間にも扉をすり抜けたアルフレッドは、声を立てて笑いなが部屋を出て行く。
「おはようございます。アルフレッド様」
「おはよう、エマ。彼女ももうすぐ出てくるだろう」
「はい。……あの、アルフレッド様」
恐る恐る、と言った感じで言葉をつむぐ彼女に目を合わせれば、長い髪を二つに分けて結んだそばかすの少女がおずおずと口を開く。
「アッシュ様なのですが……」
「うん?」
何か悪い報告だろうかと身構えれば、胸の前で手を組んだエマが、祈るような格好でアルフレッドに身を乗り出す。
「毎日、とても……その……お寂しそうです」
「……」
「いえ、夜はアルフレッド様がお出で下さいますし宜しいのですが、昼間は毎日この部屋からほとんどお出になる事も無く、ぼんやり遠くばかりを見つめていらっしゃって……」
おずおずと告げられた言葉に、アルフレッドの顔が思わず曇る。
それは、アルフレッド自身も気にしてはいた事だった。
「本は、読んでいるのか?」
「はい。アルフレッド様がお持ちになられる度に、それはもう、喜ばれて。しかし読み終えれば、また、塞ぎこまれてしまって」
ふむ、とアルフレッドは考え込む。
「俺も、そんなに書庫に入り浸っている訳にもいかないしな」
「それは、もちろんです! アルフレッド様は、ご政務にお忙しいのですから」
これは困った、とアルフレッドは思った。なるべく彼女の手元に渡す本は己で選びたい。さりとて、自分にもそんなに時間がある訳では無い。
(彼女が他に楽しめることがあれば良いのだが……)
「彼女の好きな事をさしてやりたいとは思うが」
思わず口から出た言葉だったが、その時、唐突にアルフレッドはアッシュの好きなものが何なのかを一つとして知らない自分に気付いた。これはなんとも滑稽なことだった。
昨晩とて彼女のことを思うあまり、己に課した枷さえも取り外し彼女の元へ遣ってきてしまうほどであったのに。
(私は結局、彼女のことを何も知ろうとはしていないのかもしれない)
彼女の体以外の事は、何も。アルフレッドは自嘲気味に笑った。
「それならば、”リュート(注*現在のマンドリンの原型)”が良いと思います」
そんなアルフレッドの心を知らず、少女はとても良い思いつきをしたと言わんばかりに手を叩き、明るい笑顔を見せた。
「リュート?」
「はい。アッシュ様のお国で広く使われている楽器なのだそうですわ。いつもそれを弾きながら歌っていたのだと以前お話して下さいました」
なぜそれを自分に言わないのだー。
瞬間アルフレッドの身を焦がしたのは、どうにも形容のし難い嫉妬だった。それでもそれをこの少女にぶつける訳にもいかず、アルフレッドはどうにもならない憤懣をやっとの事で飲み下した。
「……解った。近いうちに用意させよう」
「はい。ありがとうございます」
そう言って頭を下げたとき、彼女はとても重要なことに気付いたかのように、はっと顔を強張らせた。
「あ、お忙しい時間にお引止めしてしまいました。申し訳ありません。私ったら……ヴィルにまた怒られてしまうわ」
アッシュの身の回りの世話を焼くエマと、アルフレッドの雑用をこなすヴィルは幼馴染の間柄である。二人とも気性がまっすぐで裏表が無い。
そんな気持ちの良いふたりをアルフレッドは殊に気に入っていて、恐らくは互いに密かに想い合うふたりをいつかきっとくっつけてやろうと思っていた。
「気にすることは無い。代わりに俺が、エマの幼馴染に怒られておくさ」
「まあ。そのような事!」
益々恐縮するエマに手を振って、アルフレッドは今日の予定をすばやく頭の中に組み立てる。
物資の流通を生業とする者の顔をいくつか思い描き、ひとり口の堅い商人の顔を見つけ出すと、アルフレッドはさも楽しそうな顔をして自室への廊下を戻っていった。




