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愛しのアンジェリーナ  作者: まあち さくら
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1

「アンタは、なぜそんな格好をしているんだ?」

 アッシュは不躾に己を上から下まで眺める男を、思わず睨み返した。

 接見室には、男性の正装に身を包む己と男の他には、誰もいない。


 噂だけは、聞いている。

 アルフレッド・ロス・ベルーム。

 若干二十一歳にして父に代わり爵位を受けた、名家ベルーム家の嫡男。フランス領ナポリア王国の現王ブラドリーⅡ世の従兄弟にして、片腕とも評される。

 その知略と手腕でもって、アッシュの祖国・ラッカ公国をねじ伏せようとしている美貌で冷酷な男。


(なるほど。背筋の震えそうな美形だ)

 しかしどこか人を皮肉ったような笑みを口元に浮かべたその男は、今まさに自分の獲物を見つけたと言わんばかりの楽しげな風情であった。

 幾分青褪め、拳を握り締めるアッシュとは対照的である。

(私がここで失敗すれば、ラッカはナポリア、ひいてはフランス軍に攻め込まれることになる)

 兵の数は数十万と数万。

 負け戦になるのは目に見えている。

 アッシュは何よりも、己の祖国が戦火に巻き込まれるのを恐れた。

(何万もの民を、争いに巻き込んではならない。守るべきは、彼らなのだから)

「何を、おっしゃられているのか」

 アッシュの口は重い。

 アルフレッドはその言葉に「おや」という顔をした。そのままじっと、アッシュの顔を見つめている。

「ほう、俺の目をごまかせると思っているのか? だとしたらアンタの国は、俺を随分軽く見ているようだな」

「そんな事はありません。私は、王の命を受け、貴方と話し合いに参っております」

「……話し合い?」

「……はい」

 この場においておよそその言葉が相応しくないのは、アッシュ自身が一番良く知っていた。アルフレッドは楽しそうに片眉を上げると、皮肉っぽく唇をゆがめた。

「正しくは、”懇願”だろう?」

 形良い唇から発せられた言葉に、アッシュは怒りに顔を赤らめた。

 この交渉が失敗すれば、自分に待つのは「死」しか無い。たとえこのまま故郷くにに帰ったとしても、責任を取って自ら命を絶つだけだ。

 なぜか交渉の場に自分を指名してきたこの男に、危険を承知でふたりきりで会う旨を父である大公に申し出た。

(もうそれしか、私が役に立つ方法は無い)

 最悪、この男と刺し違えてでも……。

 アッシュは腰に挿したサーベルに手を掛ける。幼い頃から、剣術の稽古は欠かさず行ってきた。兄の後を泣きながら追いかけ、女だからと差別されないようにした。


「物騒なことは考えるなよ。俺は、フェアじゃ無いのは嫌いなんでな」

 アッシュの考えを見透かしたように、アルフレッドが答える。アッシュはぎくりとしたように、顔を強張らせた。

 すると突然、アルフレッドが声を立てて笑い始めた。

「な、なにを……」

 アッシュがその顔に怒りを上らせて詰め寄れば、アルフレッドはくっくっと笑い続けている。笑うと冷たい印象が薄れ、あまりにも魅力的な男になるのだと、アッシュは驚きをもってアルフレッドを見つめていた。

「アンタは、刺客になるには、正直過ぎだな。……なあ、お嬢さん?」

「……!」

 それはまさにアッシュを嘲り、侮辱するものでしかなかった。わなわなと体が震えだす。

(私は、男だ。あの日……兄が病で没してからずっと、そうやって生きてきたのだ)

「し、失礼ではないか……!」

 精一杯の虚勢を張って言えば、アルフレッドは笑いを止め、じっとこちらを見つめている。

 あまりにも鋭いその瞳。

 獲物を捕らえんとする緑の瞳に射抜かれ、アッシュは足が震え出しそうな恐怖を味わった。

 瞬間、アルフレッドの大きな手のひらがアッシュの腕を掴み、アッシュは抗う間も無くアルフレッドの腕の中に閉じ込められていた。

 思わず相手の頬を打とうと、もがいた所をなお押さえ込まれた。

 そして、息が止まる瞬間。


 アッシュは、アルフレッドに唇を塞がれていた。

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