表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛しのアンジェリーナ  作者: まあち さくら
15/17

14

 背筋が震えるのを感じる。

(それでは、兄上は……)

「しかし、アルフレッドも馬鹿な奴だ。シャーナは、既にあちらの手の中だと言うのに。今更出て行ったとて、蜂の巣になるだけだ」

「しかし……宜しいので? 援軍を出したとあれば、先の国との戦になりはしませぬか」

「良い。アルフレッドはわが国の〝逆賊〟。我の反対を押し切って勝手に出て行ったとでも言って置けば良い。もちろん帰って来た所で、あやつの運命は変わらん」

 瞬間、サーマは自室に向けて走り出していた。

(おそらく兄上は、アルフレッドのいない隙に、アッシュ殿を攫うつもりだ)

 そうしてアッシュの出自を何もかも明らかにして、アルフレッドを「逆臣」として裁判にかける気だ。

 いや……。聡明なサーマは、そこまで考えて首を横に振る。

(裁判にかける気すら、ないのかもしれない)

 先ほどの話から察するに、アルフレッドはシャーナの地で南の大国が遣わした軍勢と相見えるのだろう。そして、万一の場合はそこで命を落としても構わないと兄は考えている。

(どうする、どうすれば良い……)

 必死にサーマは考える。

 サーマは、あの年の離れた従兄弟が大層気に入っていた。

 確かに気障で女性癖の悪い所もあるけれど、自分は、アルフレッドが大好きなのだ。

(とにかく今は、アッシュ殿の身を隠すことが先決だ)

「誰も、死なせはしない」

 そう呟くと、ぎゅっと唇と目を閉じる。

 再び目を開いた時「十二歳の少年」の姿はそこに無く、硬い決意を心に秘めた、騎士の姿があるだけだった。



「……静かに」

 耳元で突然かけられた声に、アッシュはびくりと体を震わせた。

 咄嗟の動きで寝ていたベッドから起き上がると、声とは反対の方向に飛びずさる。と、月夜に照らし出されたその姿に、アッシュは思わず大きな声を上げそうになった。

「オスロット!」

「しっ!」

 〝オスロット〝と呼ばれた相手は、アッシュに素早く声を落とすように仕草で示すと、次の瞬間柔らかな笑みを浮かべた。

「久しぶりだな、アッシュ。少しやつれたか?」

「馬鹿を言うな。……ところで、お前はこんな所で何をしている?」

 至極当然のような問いかけに、故郷の友人は呆れたように笑った。

「おいおい。命を懸けて助けに来た友に対して随分な言い様だな」

「助けに来た?」

「ああ。お前とて、いつまでもこんな所にいるつもりもあるまい」

 にやりと笑う相手は、大柄な体躯に立派なひげを蓄えている。そのがっちりした体から荷を降ろすと、アッシュの前に放り投げて寄越した。

「説明は後だ。とにかく着替えろ。そのような格好では、走るのもままなるまい」

 微妙に視線を逸らしながら、アッシュに告げる。

 ハッとしながら自分の姿を隠すと、アッシュは手元の荷を引き寄せた。

「俺は、あちらにいる。用意が出来たら、抜け出すぞ。早くしろ」

 それだけ言うと、オスロットの気配が寝室から消えた。

 良くは解らないが、どうやら自分はこの館を抜け出す絶好の好機を得たらしい。それは解っていても、アッシュはその荷を開けるのを躊躇った。

(もしこれを開けてしまえば、二度とアルフレッドと会う事は叶わない)

 この館を出て自分の国へ戻れば、後はこのナポリアと戦になるしか無いのだろう。

 あの笑顔をもう見ることは出来ない。あの抱擁を受ける事も。あの息もつまるようなキスを受けることも無いのだと気づいて、アッシュは自分の唇に指を押し当てた。

(私は……気付いてしまった。あの人を……アルフレッドを愛していると)

 どうしようも無く、アルフレッドが愛おしかった。

 この場にいないアルフレッドに会いたかった。

 他の見知らぬ女性との接吻を見てしまっても、自分の思いはこんなにもアルフレッドの元にある。


「私は……あなたを愛している……アル」

 己の顔に手を押し当てて嗚咽を殺しながら、他には誰もいないベッドの上で、アッシュはひとしきり涙を流した。



「あの人は……。あの方はどこです?」

 サーマは目の前で呆けたように泣き崩れるエマの肩を強く揺さぶった。

「それが、それが、解らないのです! どうしていらっしゃらないのでしょう。アッシュ様、一体どこへお行きになってしまったの?」

 取り乱すエマは、もはや半狂乱のように泣き崩れている。

 夜が明ける前にアルフレッドの邸宅に着いたサーマではあったが、肝心のアッシュの姿が見当たらない。

「貴女は、少しも侵入者の影に気がつかなかったというのですか?」

「はい。私は、何も。ああ、アッシュ様、私のせいです。ああ、なんということ……!」

 震えるエマの肩を抱きながら、サーマは思案する。

(まさか、兄上?……いや、そんな筈は無い)

 兄ならば多くの官吏を連れ、「反逆者」である事を国民に示すように、無数の兵でこの館を取り囲む筈だ。

「では、一体だれが……」

 状況は果たして好転しているのだろうか。

 想像もつかなかった事態の前に呆然と佇むサーマ。その時騒がしい音がして、腹心の部下が走り寄ってきた。

「サーマ殿下。ラッカ公国が多数の兵を集めている由にございます!」

 あまりにもタイミングの良い「ラッカ反乱」。

(もしかして、あの方は……)

 ラッカの方角に目をやれば、ここからは見えぬ筈の火の手が、目の裏にぼんやり映るような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ