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「シャーナへの遠征でございますか?」
評議の後、数いる大臣を遠ざけた席で、王ブラドリーⅡ世はアルフレッドを密かに呼び寄せた。
「ああ。急な話だが、行ってくれるか? このような事、お前にしか頼めんのでな」
「それは構いませんが。確かに急なお話ですね」
「ああ。あまり公にする事も出来ぬ。しかし、そなたがここで名を上げてくれれば、あとの運びも問題ないというもの」
「あとの運び」とはすなわちその国を手に入れるということだろうと、アルフレッドははっきりとは口にしないブラドリーの狡猾さを思う。
「かの国の独立を手助けすれば宜しいので?」
「ああ。南の大国が本隊を出す前に、片をつけたい」
南に位置する国・シャーナが、属する国からの独立を求めて立ち上がったのは知っている。そしてその国が援軍をナポリアに求めているのも知ってはいたが、まさかブラドリーがそれを承知するとは思わなかった。
なるほど南の小国は、現在の支配国をのがれても、次はナポリアに喰われる運命となるらしい。
「なるべく、敵方に知られぬよう合流してくれ」
「万一知られれば」
「ああ。大陸を揺るがす戦が始まろう」
(いずれは知られることになるだろうが、今はまだ時期が悪いということか)
「承知いたしました。早速、兵を見繕いましょう」
「ああ。なるべく人数も抑えるように。明後日には発てるな」
無茶を言うな、皇帝を怒鳴りつけてやりたかったが、アルフレッドはぐっとそれを抑えた。
「御意」
不満が伝わらぬよう、頭を下げる。たとえ内心でどれほど煮えくり返っていようが、外に出す表情は決して崩してはならない。それが、この王との遣り取りのみならず、政治の場で生きる人間の最大の防御だということを、確かにアルフレッドは知っていた。
「たまには後宮にも顔を出してくれ。シルマも寂しがっている」
先程までとは変わった面持ちで、ブラドリーが声をかける。
「ありがたきお言葉。私も久しぶりにゆっくりと姉と話がしたいと思っています」
「ああ。最近はお前の姿が見えぬと、後宮中の女官が嘆いておる」
「忙しさにかまけて、失礼をしてしまいました」
そこまで聞き終えて、ブラドリーⅡ世は、獰猛な肉食獣のように、その瞳を光らせた。
「どこかに、イイ女でも出来たか」
その直接的な聞き方が、アルフレッドのカンに触る。僅か十二歳のサーマでさえ、口にして良いことと悪いことの区別は出来るというのに。
「さて。国中の素晴らしき女性は皆、王のお傍においでになると思いますが」
多大な毒を潜ませて言ってやれば、艶福家で名高い王は頬をゆがませる。しかし次の瞬間、その唇から試すような言葉が放たれた。
「では、他国から連れて参るしかないの」
ぴくり、と反応を返すアルフレッドにじっと視線を当てると、王はゆっくりとその巨体を翻し去って行った。
瞬間アルフレッドの頭を占めたのは、もちろんアッシュの存在だった。しかしブラドリーⅡ世がその事実に気付いているとは到底思えず、ただの牽制だろうと感じたのは、注意深いアルフレッドにおいては全く迂闊なことだった。