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月曜日(3)兄が来たりて

 もともと一を聞いて二十を知る、と言われる兄のこと、わたしの拙い説明の内容を理解したようだ。だからといって信じるかどうかはまったく別の話。むしろあっさり信じたりするのは怪しい人なのでは。しかしここは、なんとか信じてもらって状況を打破しなければならない。


 眉間に縦じわをきざんだまま黙っている兄の視線を避けるようにうつむいて、見た目は原口准多のわたしは、妹であるわたし以外は知らないであろうと思われる兄の一面を口にする。

「机の引き出しの一番上、白いミニのワンピースからアヒルさんのぱんつをのぞかせて微笑む4歳のわたし」


 何を隠そう、これは兄がときどきひっそり見ているらしいわたしの写真だ。裏には「羽衣子4歳、初めて似顔絵を描いてプレゼントしてくれた日」と書いてある。この引き出しはいつもは鍵がかかっているのだが、兄の不在時にたまたま開いていたのに気がつき、つい好奇心から覗いてしまったのだ。そしてとてもとても後悔した。

 ちなみに「はじめて」シリーズのわたしの写真は、このあひるぱんつの他に数枚あった。しかし気温が一気に下がったように思える今の状況の中で、これ以上の言及は危険であるとわたしの危機察知センサーが告げている。


 眉間の縦じわをより深めつつ、兄はケータイを取り出してどこかに電話しだした。

「亮太? おまえのバカ弟が自転車で追突。いやとりあえず、怪我はたいしたことないから騒がないで出てきて。地蔵堂」

 弟というからには准多の兄に連絡したのだろう。そういえば、准多の兄は、この眉間に縦じわ眉目秀麗のわたしの兄と同じ学年であったはず。わたしと違って中学時代も交流があったんじゃなかったかな。


 永遠とも思える長い氷河期の後、実際には十分もたっていなかったと思われるが、騒がしい雰囲気が近づいてきて、クマっぽい男が駆けよってきた。この制服にこの校章ということは、どうやらこの人も同じ高校らしい。

「だだだ大丈夫か? ごめんなごめんな、ほんとにアホな弟で」

 クマオ(仮名)は、その当のアホな弟にむかって(見た目は可憐な女子高生のわたしだが)、必死であやまっている。わたしがまあまあととりなすわけにもいかずに放置していると、准多が「おい兄貴~、なんだよどうなってんだよこれはっ!」と高い声でいってクマオの腕にすがっている。

 クマオがギョッと顔をひきつらせ、兄がその二人をぺりっと引きはがす。

「おまえの妹、ショックでおかしくなっちゃったのか?」

 クマオが聞くと、兄は低い声でこの荒唐無稽な状況について説明を始めた。


「・・・ふ~ん。そんなこともあるんだ」

 って、素直に信じすぎでしょうっ!!

「いやまあ、理人がいうなら間違いないんだろ。ていうか准多、おまえある意味ラッキーじゃん! 人体ふしぎ発見的なあんなことやこんなことができ・・・んぶっ」

 そのことばは兄の鉄拳によって遮られたが、なんだか今、とても嫌なことを聞いてしまった気がするのは何かの間違いであってほしい。

「とりあえず対策会議。駅前まで行ってカラオケボックスだな」

 そのことばに異を唱える者がいるはずもなく、カラオケボックスにて今後の対応が協議された。おもに兄のご提案に他の三人が賛同する形で。


 その結果、とりあえず女子高生姿の准多は野々宮家、つまりわたしの家に、わたしは原口家に「帰宅」し、当面は絶対に他言無用、外見に中身を合わせる形でなりすまして様子をみる。家での生活は双方の兄がそれぞれフォローする。学校では情報交換のため、昼休みは無人になっている音楽準備室に四人集まって昼ご飯を食べる。と、いう決定がなされた。

 ちなみに二人の持ち物も、外見の方に合わせて相手のものを持ち帰ることにした。ただしケータイだけは、うっかり誰かからの通話にでないよう厳重注意を受けたうえ、自分のを持つことになった。ケータイはもともとあまり使わない方だし、デザインもたまたま似たようなそっけないシルバー調のものなので、周りに違和感を持たれることはないだろう。


 まだ間抜けづらをさらしている准多(といってもわたしの顔なのだけど)と、当面必要な、友達関係の情報なんかをポツポツやりとりしようとしてみた。准多は腐った魚の目をしたまま、それでもぼそぼそなんか言っている。

 わたしは意外としっかりしてるつもりだったけど、なんだか考えが脳みそのうわっつらをすべっていく感じで、さすがに何も頭に入ってこない。ただ一つ、思いついたことがあって「はいっ」と控えめに手をあげた。

「明日になっても状況が変わらなければ、同じクラスの美加里にだけは、この状態を打ち明けたいんだけど」

 わたしの友人関係をなぜか把握している兄は、当然美加里のことも知っていて、顎に手をあてて考え込んでいる。

「美加里に監視してもらわなかったら、この人には高校生女子の普通の学校生活、絶対ムリな気がする」

 准多は、あくまでわたしの印象だけど、あんまり思慮深い方ではない。わたしの顔をした准多が教室で、机の上に足を投げ出して、女子にあるまじきことば遣いで男子生徒に話しかける場面がくっきりはっきり目に浮かぶ。


 ほんとはわたしが直接ダメ出ししたいところだけど、今まで特に仲がいいわけでもなかっただけに、(周囲から見たら准多が羽衣子に)急にちょっかいを出すようになれば、クラスのみんなが妙だと思うだろう。

 それに、美加里には今までいちいちプライベートを細かく報告するようなことはなかったのだけど、これだけ大きなことは、彼女に内緒にしておきたくないという気持ちが強かった。

「まあそうだな。どうせなら今ここに呼び出してみる?・・・おまえこのケータイで場所知らせろ、おまえだよバカ弟。男の声で呼び出すわけにいくか、このムッツリバカ」

「まあまあ、まだコイツ、自分の高い声にも納得してないわけだし」

 涙目でスカートのひだをいじくる准多に見切りをつけて、兄が妹の一大事ということで美加里を呼び出した。

 やがてやってきた美加里は、ショートにした髪とくっきりした顔立ちが引き立つ私服姿だった。そして、彼女はまあ、ある意味常識的な反応をした。完全に信じることはできないながら、四人に取り囲まれて、この嘘くさい話につきあうしかないということを納得してくれたのだった。昼休みも特に何もないときは、音楽準備室に来てくれるという。


 ちょっとおもしろがっているような気配を感じないこともないけれど、ありがとう美加里。事件後はじめて心に温かい灯がともったよ、小さくだけど。




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